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台湾探鳥会  -雨の日の幸せな物語-   by 弘實 和昭

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6月18日、午前7時に成田空港に集合した。乗客はまばらで、先頭を切って手続きを終え搭乗ゲート前で出発時刻を待つ。待合に備え付けてあるテレビが、大阪北部の地震を伝えている。
震度6弱。近畿地方の交通機関はほとんどストップしている。
死者も出ているという。何という旅立ちなのか。

天気は雨、梅雨前線が台湾から日本へと横たわっている。
その線に沿って小さな台風が北上して日本に近づいていた。

台湾はまだ梅雨が明けず、蒸し暑いはずである。
出発。中華航空で桃園空港に到着。チャーターしたバスに乗り込む。

我孫子野鳥を守る会の台湾探鳥会、参加者は16名。全員65歳以上、高齢者の団体旅行である。
ツアーガイドは林さん、大きい目で活発な女性、美人だ。そして台湾野鳥の会の林さん劉さんご夫婦を加え、総員19名での探鳥会になった。

 

火山島である台湾は、日本と同じく国土のほとんどが高い山で、雨量が多く山の急斜面を川が流れ落ちている。

世界中を眺めてもここにしか無いと言っていい美しい島国だが、この島で生きていくためには、水害や地震とも付き合って行かなければならない。
台湾では今年2月に花蓮で地震があり、17人が死亡している。

さてバスは、台北市の象徴となっている高層ビルのタイペイ101を左に見ながら走っている。ガイドの林さんが作ってくれた肉チマキが配られた。
中国の家庭料理の一つ、何とも美味。

行き先は桃園空港から60kmほど東の太平洋に面した宜蘭市。
この場所でこの時期にしか見られないヤイロチョウを観察しようというのである。

この鳥、普段はボルネオなど熱帯雨林に住み、この時期北上し子育てをする。
日本でも高知県などに飛来し、県の鳥に指定されている。

宜蘭市の天気は雨、探鳥地の森の中は薄暗く、写真撮影には不向きである。
しかし我々バーダーが、探鳥をあきらめることなどありえない。ポンチョやレインスーツなどを着込んでバスを降り、傘を差しての探鳥が始まった。

ヤイロチョウの子育てポイントには、すでに現地のボランティアの人が数人いて保護活動をしていた。彼らの話を聞いて、待つこと1時間ほど。
見事に現れたその鳥は、熱帯にすむ鳥特有の派手な色彩で、人を恐れず至近距離に近づいても目をくりくり回すだけで逃げる気配がない。

子育てのために必要なミミズを一途についばんでいる。
人垣を作り撮影に夢中なバーダー達。
この鳥を見るためにはるばる日本からやって来たのだ。雨などに負けるわけにはいかない。

 

 

しばらくの興奮から覚め、目的としていた探鳥の一つが達成された満足感が残っていた。

バスに戻り、この夜の宿泊地礁溪温泉に向かう。

この温泉は日本統治時代に作られ、今は台湾随一と言われる温泉街になった。
次の日の早朝に街歩きをしてみる。

温泉宿に銭湯、食事処、土産物屋などがずらりと並び、伊豆の熱海温泉のような街並みである。
台湾の温泉では、水着で混浴するのが一般的だが、ここは日本式温泉のように男女別に裸で入る温泉も多くあるという。

日本人は混浴というと実に興奮するが、世界中の温泉はほとんど混浴と思っていい。もちろん水着を着て入る。

 

19日、目が覚めると雨が上がっていた。再び観察ポイントへ行く。

すると、今度はヤイロチョウの方が私達を待っていてくれた。撮影開始、全員再びの興奮状態に包まれる。
時間が過ぎ少し落ち着いたころで、さて次の目的地へ移動する。

昨日来た道を戻り、桃園空港の南西にある新竹市へ向かう。

新竹市は、昔から台湾族(漢民族の一派)が住んでいた。

中国の民族の歴史は実にややこしくて、とても日本人には理解できないが、日本統治時代には、この町はかなり整備されていたようだ。

今は「台湾のシリコンバレー」と呼ばれている。
台湾料理店「風城の月」で昼食を取る。
風城とは風の強い新竹市の異名である。
この店の作りが実にユニークで、コンセプトが終戦直後の日本の街の風景である。

日本でも一時流行ったデザイン手法で、新横浜のラーメン博物館に代表される。
インテリアが映画のセットのようになっている。

ホールの天井は青空、周りの壁が映画館の入り口であったり、床屋や歯科医院などがそれに連なっていたりする。
日本人高齢者の子供時代の街を再現したわけで、顧客として日本人団塊世代をターゲットにしているのか、それとも台湾の人がこの風景を喜んでいるのか、そこのところは分からない。

そして出てくる料理は客家料理。面白いのがウエイトレスの制服が幼稚園児の格好であること。
帰国して調べると、この店は御徒町の昭和通り沿いに支店を出店していた。

 

 

再びバスに乗った。全員が乗車すると、
「大変なことが起きてしまいました。」会長が緊張した顔で立ち上がった。
「豪雨のため大雪山へ行く林道が崩れ、通行止めになっています。」

そのため、今日予定していた目的地「大雪山国家森林遊楽区」へ行けないのである。

仕方がない、行き先を「東勢林場遊楽区」へ急遽変更すると説明があった。
この時期の台湾は梅雨の終わりのはずであるが、今年はまだ明けていなかった。

晴れていたかと思うと突然急激な強い雨がザザーと降ってくる。
九州の梅雨もこんな感じだが、関東の梅雨のシトシト雨とはまるで違っている。
台中市東勢区の田媽媽にある「東勢林場遊楽区」へ着いた。

この「遊楽区」、しっかりと整った森林リゾート施設で、ホタルや花を観賞できる遊歩道、昆虫観察、森林浴場、アスレチックなどなど多彩なレクリエーション施設を持つ。
台中市民の憩いの公園のようである。

区内にある遊歩道にあずま屋が沢山あり、雨足が強い中、この屋根の下にもぐり込んでの探鳥となった。
しかし、なかなか鳥は来ない。

すると、劉さんが太極拳を始めた。その姿は美しく、ゆっくりとした動き、見事に決まる型。
太極拳の効能は「筋力の柔軟性の向上、安定した運動による睡眠の深化、身体バランスの強化と転倒リスクの低下」などと言われている。
高齢者の健康法にぴったりではないか。

 

 

話を戻す。豪雨である。鳥も避難しているとみえてさすがに表れない。

20日、通行止めだった林道が開通した。幸い大きな崖崩れではなかったようである。梨畑が続く林道を通り、崩れた事故現場の脇をすり抜けてバスは登った。

そして、昨日行くはずだった目的地「大雪山国家森林遊楽区」へとたどり着いた。
大雪山では森林を保護しており、そのためリスやヤギ、シカ、クマなどの野生動物が多く生息する。

野鳥がとにかく豊富。ここでミカドキジを写真に収めるのが第二弾の目的である。
台湾では固有種の大型のキジの仲間が3種生息しており、コジュケイに似たミヤマテッケイと鶏の雰囲気を持つサンケイ、そして優雅なミカドキジである。

雨が時々パラパラと降る中で、出現を待つ。このツアーメンバーは過去に2度挑戦しているが、これまで出合うことがなかったという。

今度こその思いが強い。サンケイが現れた、しかしミカドキジは出現しない。
この晩は谷関温泉に泊まる。渓谷沿いの温泉で、両岸に数多くの温泉旅館が建っている。

そして、それらを繋ぐ吊り橋が掛けられている。この温泉、戦後日本が去るまでは「明治温泉」と呼ばれていたそうで、他にある富士温泉(現在の盧山温泉)と桜温泉(現在の春陽温泉)を合わせて台湾中部3大温泉と言われていた。

 

 

お風呂は大きな露天風呂で、それぞれの旅館の屋上や川に面した庭先に作られている。その上に吊り橋が掛けられているため、入浴を楽しむ様子が実に間近に見下ろせる。風景は栃木県の鬼怒川温泉に似ている。

21日は雨が上がり、早朝探鳥でもかなりの成果があったようだ。
再びミカドキジのポイントへ向かう。待つこと暫し、なんとミヤマテッケイが出た。6羽、群れでの出現である。
ミヤマテッケイは、警戒心が強くて遭遇することすら非常に難しい鳥である。

探鳥のベテランで台湾へも何度来ているバーダーたちですら、出現した目の前の鳥が何であるかすぐには分からなかった。図鑑を開き確認して「ミヤマテッケイだ!」と叫ぶ声。

目の色が変わる。カシャカシャと連射の音が響く。

一体何枚写真を撮っているのだろうか、数百枚・・・。言い様のない自然との出会い、興奮。

 

 

この鳥は貴重な鳥である。しかし、キジはまだ食用に捕獲されることが多いという。密猟が後を絶たず、行政が保護に乗り出している。

確かに、野生動物の保護が一般的に認知されてから、まだ50年ほどでしかない。

人類(ホモサピエンス)はいまだに増殖を続け、現在が約73億人だが、毎年7千万人も増え続けており、国連の予想では、2050年には97億人に増え、2100年には、112億人が地球上にひしめくことになる。

必然的に人類以外の大型動物は家畜化しない限り絶滅していくという。

トラ牧場が東南アジアに数多く出来ていると聞いている。肉や皮を取るためである。

いまや人類は生態系を守る番人にとならなければならない。野生のキジを取って食べない事など当然で、自然と共存すること、これは人類へ課せられた義務である。
話を戻す。ミヤマテッケイが去り、夢のように感じられる時間が過ぎて、ぼんやりとした時間がただよっている。
再び移動、この日宿泊する桃園市石門水庫まで行くのだが、そこは台北市から南へ50kmほどにあるダム湖で、その周辺がリゾート施設として開発されている。

熱気球を飛ばしたり、アスレチックをしたり、サイクリングをしたり、台北市民の遊び場だ。

 

22日は帰国の日である。昼には桃園空港に戻らなければならない。
最後の日の目標はヤマムスメ。

この鳥も台湾固有種である。カラスの仲間なのだが、オレンジの嘴、非常に長い派手な尾羽に白と黒の横縞が入り、背中は青みを帯びている。

なるほど娘と言われるだけあって、おしゃれな鳥である。ダム湖に沿って整備された公園で出会うことが出来た。

 

 

探鳥の喜びとは、歩いて鳥を見つけ、写真に収めることと言ってよさそうである。撮影のたびに野生の鳥の生命力に触れ、自然の力を感じ取ることできる。台湾はとにかく野鳥の密度が濃いのが特徴で、島国のため固有種も多い。ここはバーダーにとっては天国、雨の日でも十分幸せにしてくれる。