
縁起のよい駅名の恵比寿は、明治期に日本麦酒醸造会社(現・サッポロビール)が製造していたヱビスビールの商標からつけられた地名です。明治34年(1901)、ビール工場から出荷専用の貨物駅として開設し、旅客営業をはじめたのは明治39年(1906)。当初は下渋谷といいましたが、工場周辺を「ゑびす」と呼ぶようになり、昭和3年(1928)には駅周辺の地名も「恵比寿」に改められました。スタンプの恵比寿様の像は西口にあります。工場は昭和60年(1985)に都市化の開発に伴い、千葉県船橋市に移転。その跡地の再開発が91年からはじまり、94年にはサッポロビール(現・サッポロホールディングス)によって高さ40階(167m)の恵比寿ガーデンプレイスタワーが竣工されました。スタンプに描かれたガーデンプレイスまでは駅から動く歩道「スカイウォーク」で直結。サッポロビールの本社もここに置かれ、新鮮なビールが試飲(有料)できる恵比寿麦酒記念館も併設されているほか、38・39階には展望レストラン街が形成され、デートスポットとしても有名です。
今回のスタンプはお江戸ではないのですが、ガーデンプレイスとは反対側西口から徒歩10分のところに、江戸の大名13家が眠る祥雲寺(渋谷区広尾5丁目)があります。当墓地には筑前福岡藩祖黒田長政(1568~1623)の墓をはじめ、筑後久留米藩有馬家、丹波園部藩小出家、河内狭山藩北条家などの墓があり、戦国時代の医師として有名な曲直瀬道三(1507~1594)の墓もあります。
また西口から徒歩5分くらいのところに寛文4年(1664)から明治38年(1905)まで7基の庚申塔が建っています(恵比寿西2-11-7)。庚申信仰というのは60日ごとにある庚申の夜にうっかり寝てしまうとそのまま死んでしまうことがあると伝えられ、庚申の日は一晩中飲んだり食べたりしながら語り明かして眠らないように過ごし、その仲間を「庚申講」といいました。庚申講は平安期の清少納言『枕草子』にも登場するので、日本では古くから伝わっていたようですが、江戸期にはこれが民間に広まり盛んに行われていたようです。現在では廃れてしまいましたが、地方では親睦会に置き換えて庚申講を行っているところもあるようです。まあ東京でもこの伝統はしっかり受け継がれていますよね。学生時分は2か月に1回朝まで宴会なんて当たり前でしたから。もっとも社会人では翌日仕事にならない(もうその体力はない)のでやらなくなりましたが。
投稿者:管理人
人気blogランキングへ
※旅じゃBLOGでは会員からの投稿およびそれ以外の読者からのご意見・質問をお待ちしています。デジカメ写真の投稿も大歓迎です(おもしろ・びっくり写真などに簡単なネームでもOKです)。会員の方は直接書き込めるようにシステムを構築中ですが、なにぶんまだWEBコンテンツ技術が追いつきませんので、当分の間は管理人までメールで投稿お願いします(宛先は必ず明記してください。迷惑行為防止のため、コメントとトラックバックをいったん保留後公開いたします)。