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スタンプ物語8・五反田駅

本日は管理人が山手線内では一番よく利用する五反田駅です。スタンプも再度、手持ちの朱肉での押し立てホヤホヤです。

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絵柄は東口にある愛の母子像と池田山公園です。待ち合わせ場所で知られる愛の母子像は、昭和49年(1974)、東京五反田ライオンズクラブによって建立されました。像自体は子どもが今にもずり落ちそうでおかしいのですが、五反田の顔として古い2つのスタンプにも描かれています。この古いスタンプのほうは東口みどりの窓口に保管されており、係員に申し出ると押すことができます(2007年1月現在)。でも、スタンプを出してもらっても、後ろに切符を買う人が並んでいれば、脇によけて押して切符購入は譲ってあげましょう。極力、業務の邪魔はしないよう、管理人からのお願いです。
江戸の面影を残すものとしては、東口から徒歩15分のところに池田山公園があります。寛文10年(1670)に備前岡山藩池田家の下屋敷として下賜されたところです。高低差を活かした池泉回遊式の庭園は四季折々の花が美しい区民憩いの場。開園時間(9~17時、ただし7・8月は~18時)を制限しているため、整備も行き届いています。また、薩摩島津家の大名下屋敷のあったところは島津山と呼ばれ、清泉女子大学内には本館として、コンドル設計の旧島津公爵邸が現存します。
五反田は目黒川の谷間の低地で、名の示すように田畑の規模を表す五反(一反は10a、300坪)の田に由来します。地名は旧大崎村の小字で、駅が開設された明治44年(1911)のときは一面農地だったといいます。昔から通っていた中原街道は、江戸虎ノ門から平塚中原(神奈川県平塚市)に至る東海道の脇道ですが、最初は江戸への最短として、江戸入り当初の徳川家康が利用し、幕府の鷹狩りにも使われていました。駅北側のは三代将軍家光が鷹狩りの折に命名した雉子神社も残っています。のち東海道が幹線として整備されると、中原街道も通行量が激減しましたが、大名行列を避けられるため、沿道の農産物を最速で江戸に供給する物資輸送の道として利用されたといいます。

投稿者:管理人
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2007年01月10日 17:28に投稿されたエントリーのページです。

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