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2007年03月 アーカイブ

2007年03月01日

腰を抜かす大あんまき

ナゴヤ国はあんこ文化。残念ながら管理人は“あんこ”がそれほど得意でなかったので、おやつに出されると兄か友達にあげてしまうことが多かったものです。でもナゴヤ人は自然と“あんこ”の味に親しんでいますので、ドラ焼きの小型バージョンの千なりや、きよめ餅のようにあんこを使ったオヤツが非常に多いのです。東京に出てから気づいたのですが、“あんこ”をありがたくいただくのは、やはりナゴヤ国人だけだということが分かりました。“今川焼き”の店に人が並んでるのなんて見たことないし、ナゴヤ国では“大判焼き”とか“太鼓焼き”と呼びます。
関東の若い人たちに聞くと、あんこの苦手な人は多いようです。チョコは食べてもあんこは苦手、豆が口の中で潰れる感触がダメなんだとか? 管理人は子どもの頃あの見た目がダメでした。
今から30年くらい前になるかと思いますが、CBCラジオ(中部日本放送)では夕方4時くらいからの帯ラジオ(月~金)に、中田ダイマル&ラケットのしゃべくる『みんなの歌謡曲』というCM番組がありました(1967年1月9日~1980年10月3日)。
CM番組って何ぞや?
軽妙なしゃべくりがそのまま、店舗や商品のCMになっているんです。そして、ところどころで時代錯誤的な懐メロが流れるという……。中京地区のお店ばかりが取り上げられるので、ローカル番組であったと思います。

ooanmaki.jpg

印象に残っているのが、愛知県知立市にある藤田屋「大あんまき」。「おおあんまきころんころん……」というフレーズが耳から離れない。藤田屋名物、“自動大あん巻焼機”というメカからころんころん……と転がり出てくる様を思い浮かべます。
http://mikawacity.com/mikawa/spot/spotkako/200003/
http://www.rurubu.com/sight/sightDetail.asp?BookID=A3303080

清水義範氏の『笑説大名古屋辞典』(学研)で、はじめて本物を見たのですが、薄く細長いカステラで餡を巻いたもので、とにかくでかい。しかもそれを小さな子どもがおやつにほお張っている光景は腰を抜かしそうになります。そういう僕も2006年9月、豊橋駅ではじめて実物に遭遇。撮影用に購入しましたが、チーズ入りのほうに食指。これで160円(黒と白餡は140円)ですから、なかなか喰い甲斐があります。いまでさえ、抵抗なくなんとか食べられるようになりましたが、子どもの頃に実物を見たら確実に卒倒していたでしょう。いえ、これは“あんこ”が苦手だった僕の話です。
そういえば僕が2~3歳の頃、母と一緒に歩いていると、遠くから近所の高齢になるおばあちゃんがとぼとぼ歩いてきて、ニコニコ顔で大きなおまんじゅうを僕にくれました。しかし、あんこがダメな僕はどうしても素直に喜べず目を白黒させていました。もちろんそのおばあちゃんは数年後に他界。あのときのご厚意を受け止められなかったことが心残りとなりました。とにかくナゴヤ国へ行くなら、この大あんまきはマスターしておいたほうがいいかもしれません。それほど餡はお茶菓子に出されることが多いのです。
「餡・餡・餡とっても大好きドラえもん」って、もしかしたらナゴヤ人かもしれません。“あんこ”ネタはまだまだ続きます。あーお茶が欲しくなってきました。

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2007年03月02日

放送禁止です

沖縄県那覇市と豊見城市にまたがる干潟。漫湖です。

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昔、某男性誌の仕事で変わった地名や名所を集めてほしいということで、沖縄の自衛隊にいる友人に撮ってきてもらいました。漫湖と書きますが湖でなく、河口に近い汽水域です。1999年にラムサール条約の登録湿地となり、国指定漫湖鳥獣保護区にも指定されています。
風物詩として小中学生らによる写生大会があり、「漫湖で写生大会が行われました」と報じられると、知らない人はびっくりしてしまいますね。しかし、この漫湖、近年は生活排水の影響で水質悪化が危惧されています。みんなできれいにしましょう。

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2007年03月03日

武豊騎手を招く武豊町

愛知県の知多半島に武豊(たけとよ)町があり、JR武豊線の終着駅にもなっています。

taketoyo1.jpg taketoyo2.jpg

いまやJRAのトップジョッキーである武豊(たけゆたか)騎手の出自とは関係のない土地ですが、たまたま名前が同じだったことが縁で、町に二度も招かれており、一日町長を務めたこともあります。ナゴヤ人のとくに年配の競馬オヤジは、未だに武豊騎手を「タケトヨ」と呼んでいます。でも、武豊騎手も中京競馬場へ遠征に来ると緊張します。というのはナゴヤではバカ・アホのことを「たわけ」といい、人気馬で来ないときは「たわけ~タケ何やっとんだ」「タケトヨのたわけ~」などなじられるからです。とくに「タケ」と「タワケ」の発音が近いので、武豊騎手も落ち着かないですよね。
JR武豊線は東海道本線全通より早い明治19年(1886)開通ですが、19.3kmの未電化単線です。昔はボロボロのキハ35形が走っていましたが、近年は新型車両のキハ75形が投入され、名古屋直通の快速列車の設定もあって便利になりました。しかし、残念なことに武豊駅のスタンプは現在ありません。いつまでもローカル線の地位に甘んじている線でないことは確かですが、やはり増客策として武豊騎手の等身大看板を置いて記念撮影ができたり、武豊騎手のスタンプ(盗まれるので駅員保管)をつくったりすれば、馬券の縁起かつぎにもなりましょうに。

では明日の弥生賞は武豊騎手のアドマイヤオーラが来るでしょうか? 予想はこちらをお楽しみください。

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2007年03月04日

『風林火山』第9回「勘助討たれる」

2日遅れてしまいましたが、ようやく仕事がひと段落つき家に帰って明け方に見ました。今回は勘助よりも信玄中心の回でしたね。いきなり平蔵が放つ矢を受け止める勘助。本当に隻眼か? 普通あんなことできません。さらに二度目も晴信に向かって矢を放ちますが、板垣に気づかれ勘助は捕らわれの身に。そして晴信は「偽軍師、山本勘助を討ち取った」といいながら、勘助を助けます。今回のタイトルは結局これがいいたかっただけのことでしょうか?
で、いきなり話は4年もとんで晴信と三条夫人の間には太郎(義信)が生まれています。そして晴信の妹禰々は諏訪頼重のもとへ輿入れ。で、ここでようやく由布姫登場します。そして諏訪に訪れた父信虎が頼重の娘由布姫を見初め、側室に差し出すように命じますが、時代設定からいうと由布姫(勝頼の母諏訪御料人)はまだ10~11歳。子役でなく、いきなり柴本幸(加藤あいのほうがよかった)が出てくるのも無理があるし、信虎はロリコン趣味か! どうも暴君に描かれすぎる信虎とイヤミな晴信の親子関係はいただけませんな。しかも晴信を駿河に追放しようとし、晴信は信虎への謀叛を画策する。嗚呼、勘助出番がない。信虎追放劇にどう絡ませてくるのでしょうか? あと噛ませ犬の青木大膳は? 続きが気になります。
史跡紀行ではいきなり諏訪氏と由布姫の故郷の紹介で、長野県茅野市・諏訪市・下諏訪町・岡谷市を一気に紹介しました。これって僕が制作した『風林火山をゆく』(英知出版)の「勝頼の母・由布姫の里」とまったく同じじゃん。何もいきなり全部紹介しなくても、もっと小出しで紹介すればいいのに。
ということで諏訪湖畔にある中央本線の茅野・上諏訪・下諏訪・岡谷の各駅にスタンプがあります。茅野はこれ以外にもスタンプが2つありますので、史跡めぐりのついでにぜひ押しに行きましょう。ちなみに中央本線の上諏訪~下諏訪間は左手に諏訪湖が望めます。

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2007年03月05日

気味悪がられる小倉トースト

すいません、録画した『風林火山』第9回のビデオをまだ見ていないので先行します。

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先日もあんこネタを書きましたが、ナゴヤ人のあんこ好きで、究極ともいえるのが写真の小倉トーストです。

最近は関東でもまれに見られるようになりましたが、ナゴヤのコンビニ定番の菓子パンは“小倉&ネオ”。コッペパンの真ん中に切れ目を入れ、小倉餡とマーガリンを挟んだものです。アンパンや食パンにマーガリンを塗ったりするのは、当たり前のように好まれるのに、どうもこの組み合わせがナゴヤ以外の人に気味悪がられるらしい。そういうあんこが苦手な管理人もオヤツでこれを出されると困りました。いえ、ナゴヤ出身の友人は大好物ですが。

また、小倉デニッシュも名古屋人大好きな菓子パンのひとつ。そもそもその元となるのは、名古屋の喫茶店における“小倉トースト”というメニューなんです。文字通り、焼きたての分厚いトーストにマーガリンと小倉餡を乗せただけ。コメダコーヒーでも360円で味わえます。見た目は抵抗ありますが、ナゴヤ人は姿形よりも中身の味を重視。食べると止まらなくなり、結構お腹がふくれます。誰でも簡単にできるメニューなので、騙されたと思ってぜひお試しを。ただカロリーは高めなので食べ過ぎないようにしましょう。

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2007年03月06日

スタンプ物語30・御茶ノ水駅

2月21日の神田駅でいったん終了しましたスタンプ物語ですが、不定期で再開します。山手線の次は中央線、ただし東京支社のお江戸シリーズスタンプのあるのは西荻窪までですので、あらかじめご了承ください。

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先の山手線で東京駅神田駅の解説は終わっていますので、中央線は御茶ノ水駅からになります。スタンプは「湯島聖堂とニコライ堂」。状態はあまりよくないのですが、国鉄時代の「わたしの旅スタンプ」(右)も同じ内容で、まだ残っています。湯島聖堂は元禄初期に5代将軍綱吉によって建てられた孔子廟がはじまりで、のちに幕府官立の昌平坂学問所に改められました。ここの大成殿は2006年のテレビドラマ『西遊記』のロケにも使われたようで、中国の雰囲気が楽しめる空間です。
ニコライ堂は日本ハリストス正教会の本部で、様式はビザンティン式のドーム型屋根が特徴。明治24年(1891)にコンドルの設計で竣工しました。その後、大正12年の関東大震災で上部が倒壊しましたが昭和4年(1929)に復興。昭和58年(1983)には国の重要文化財に指定されています。両者とも聖橋口から至近ですので、ぜひ見学されてはいかがでしょうか。

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御茶ノ水駅は御茶ノ水橋口にあるスタンプ台にはスタンプがなく、改札係員が保管していますが、なぜそうしているのかというと、全部でスタンプが4つもあるからです。駅にあった朱肉は赤なのですが、上の2つのスタンプは手持ちの朱肉で本来の黒色で押しました。お江戸シリーズは黒で統一だし、わたしの旅スタンプは「史跡や建物、文化財が特色の駅」のジャンル(黒色の四角)だからです。
他の2つは期間限定ラリー印では2004年の「関東の駅100選」のもの。は誰か分かります? 大久保彦左衛門(1560~1639)です。本名は忠教(ただたか)。『三河物語』の著者でも有名ですが、「天下の御意見番」として講談などでも活躍。御茶ノ水橋口から徒歩2分、明大通り沿いの杏雲堂病院敷地内に屋敷跡の碑が建っています。

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2007年03月07日

みやげの判断に迷う外郎

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ナゴヤのおみやげで有名なのは外郎(ういろう)ですが、2大メーカーは大須ういろと青柳ういろうです。ややこしいのすが大須は「ういろ」で、青柳は「ういろう」なのです。ナゴヤではテレビやラジオで嫌というほど聴かされるのが、両社のCMです。

『大須ういろ・ないろの歌』(午後3時の時報とともにラジオで流れる)

わーい、3時だ!大須ういろの時間だ。
ボンボンボーンと時計が三つ
坊やオヤツを食べました
とろーりとろけて、とーろりーんーこー
二つの赤い堤灯の
大須ういろとないろーでーすー♪

『青柳ういろうの歌』

悔しかったら言ってみな
白・黒・抹茶・あずき・コーヒー・ゆず・さくら
七つの味を残らずポィ、ポポポィのポィポィポィ
あおやーぎういろうー食べちゃったーぁ♪

(新バージョン)
ポポポィのポィ、お口へポィ
白・黒・抹茶・上がり・コーヒー・ゆず・さくら
七つの味を残らずポィ、ポポポィのポィポィポィ
あおやーぎういろうー食べちゃったーぁ♪

上がり→あずき→上がり と一度変わって戻っています。

ところで青柳の7つ味ですが、現在はコーヒーとゆず味はつくっていないそうです。このCM、しばし忍者の合言葉の暗号のようにナゴヤ国で使われ、「白・黒・抹茶」といわれたら、すぐに「上がり・コーヒー・ゆず・さくら」と答えなければ、ナゴヤ人でないことがばれてしまいますし、知らなければナゴヤ人として認めてもらえません。ところが僕の世代では「上がり」が「あずき」になっていて、ナゴヤ人の間でしばし論争になります。

ナゴヤ国へ帰省してみやげを何にするかで迷うのが、このういろです。「みやげには重いもんがええ」というのはナゴヤ人の発想ですが、このモチモチとした食感は、食べなれていない関東や九州の人には合わないみたいです。また、箱型のものを買ってしまうと、ファミリーならいいのですが、一人で封を切ると一度に全部は食べられず、冷蔵庫に入れても日がたつとカチンカチンになってしまうのがネックです。最近は一口サイズも売られていますが、これとて好き嫌いのギャップがあるので購入には戸惑います。

ちなみに餡が苦手だった僕は子どもの頃から大好きだったのですが、餡が好きな兄は子どもの頃はあまり好きではなかったようです。でも、ナゴヤ人はCMソングのすりこみによって、だんだんと食いたくなるように育てられてゆくのです。

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2007年03月08日

政令指定都市になる浜松の秘境

2005年8月16日、本土で一番人口の少ない(約200人)愛知県の富山村(2005年11月27日、豊根村に編入)を訪れました。ここは長野・静岡と県境を接する奥三河の山村です。

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最寄はJR飯田線大嵐駅ですが、この駅は天竜川をはさんだ静岡県にあります。元は水窪町だったのですが、こちらはひと足早く2005年7月1日に浜松市に編入されていました。浜松市は2007年2月末現在で人口約82万。4月1日には静岡市のあとを追うように政令指定都市になります。

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それにしてもこの秘境駅一帯が政令指定都市しかも浜松市天竜区になろうとは、誰が想像したでしょうか? しかも浜松市は岐阜県高山市に次ぐ広さなのです。
ところで県庁所在地の静岡市と浜松市の対抗意識はすごい。静岡市は大井川鐵道井川線の終点井川が市内というのに驚かされましたが、2003年4月に清水市を編入した際は、当時一番広い市だったのです(現在は5番目)。人口が70万を超えたので2005年4月に政令指定都市に移行しましたが、その後、浜松市が2市8町1村を呑み込んだため、人口も面積も浜松市に抜かれたのです。その後も静岡市は蒲原町・由比町と合併協議をし、2006年3月31日に蒲原町を編入しました。由比町が合併しなかったため飛び地になっています。たぶんこの先も静岡市は、再び浜松市を抜こうとして焼津市や由比町・岡部町を狙ってくるでしょう。浜松も浜名湖の西に残った湖西市・新居町を呑むかもしれません。
話がそれましたが、2005年7月1日~11月26日まで浜松市は、日本一のミニ村の富山村の玄関口だったのです。写真左の立派な駅舎は、1997年に富山村の出資で建てられました。村内のレポートは次回に続きます。

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2007年03月09日

今が最高、雪山の展望

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 例年の通り、今年もまた2月末に雪をまとった日本アルプスの眺めをたっぷりと堪能してきた。
 写真はふるさと伊那市の天竜川の西側、海抜700mの丘から見た、南アルプス仙丈ヶ岳(3033m)の優雅な姿である。どっしりと張り出した支稜と、深く刻まれた山襞のディテールが見とれるのは、雪をまとった冬、晴天の午後2時頃から日没頃まで。
 右奥に真っ白に見える峰は日本第二の高さを誇る北岳からの連峰、間の岳(3189m)である。桜で有名な高遠は左に長く伸びた尾根の付根のあたりにある。
 「南アルプスの女王」の別称があるこの山の全貌は、山梨側からは見ることができず、伊那谷でもここ伊那市の西の丘からだけである。
 この丘をさらに200mほど上がると、温泉がある人気の農業公園「みはらしファーム」へ達し、そこからは北岳など2峰を除く南アルプスの三千米級の名峰、赤石岳など7座が望める。
 写真撮影、スケッチ、自然から受け取る心の癒しなど目的は何でもかまわない、天気予報を熟視して、今出かけることをお勧めしたい(撮影2月26日午後2時半)。

投稿者:森田芳夫
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2007年03月10日

明日の名鉄杯ファンファーレに注目

2月13日の小関さんの投稿に対するコメントでも書かせていただきましたが、ナゴヤのJRA中京競馬場のパノラマステーションに7000系パノラマカー3両が保存・展示されています。

panoramasta1.jpg panoramasta2.jpg

展示車両は2002年3月28日を最後に引退し、岡崎の名鉄舞木検査場で整備されたあと、8月23日から一般公開されています。中間車は売店を改装のうえ、『ビュッフェ パノラマ』として、ドリンク・軽食などを販売。競馬開催日および場外発売日の9時~16時30分に営業しています。この時間帯は車内も解放され、2階運転台も見学でき、子どもは運転席に入れてもらえるサービスも行っています(ただし雨天中止)

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さて、明日(11日)の中京競馬場のメインレース(11R)は名鉄杯(1000万下・芝2000m)です。前にも書きましたが、通常のファンファーレではなく、冠スポンサーである名鉄パノラマカーのミュージックホーンのメロディが演奏されます。ここで、

「どーけーよ、どーけーよ、ころすぞー」

と唄った貴方はナゴヤ人です。発走は15時25分。フジテレビ「スーパー競馬」でも中継されますので、ぜひ耳をすませてください。中京競馬場へ行く方は、このパノラマカーの中に入ってシートに座るとゲンがかつげるかもしれませんよ。で、肝心の予想はこちらをお楽しみください。

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2007年03月11日

『風林火山』第10回「晴信謀反」

またまた遅れてしまいまして申し訳ありません。13日の明け方にようやく観ました。寝るのを惜しんで……。ああ、早くタイムリーで観られるような生活に戻りたい。
今回も勘助ほとんど出番がありません。前回で晴信に情けをかけられたのが屈辱のようで、古寺にこもって酒びたりとグレています。若い内野勘助だからサマになりますが、史実の老人勘助では目も当てられません。一方、信虎と晴信の対立は激化し、ともに駿河に追放しようと今川義元のもとに使者を送ります。晴信の側近、板垣は飯富昌虎・甘利虎泰にも晴信に加担することをすすめますが、甘利の「あまりにも無常」というセリフはオヤジギャグだったのでしょうか?
天文10年(1541)、武田信虎は諏訪氏、北信濃の村上義清と組んで真田郷の海野一族を攻めます。幸隆が敗れて上野(群馬県)へ落ち延びるときになって勘助登場。すでに幸隆には源太郎という子がいますが、これは時代設定からいっても昌幸でなく、信綱です。昌幸はまだ生まれていません。幸隆が世話になる長野業正、中央舞台からはずれているので知名度はイマイチですが、光栄の「信長の野望嵐世記」では信長よりも能力数値が高く設定されています。これは弘治3年(1557)に武田信玄が6度にわたって上野に侵攻したけど業正に撃退されている史実があり、結局、信玄も業正存命中は攻略できなかったからです。もちろんこの頃、幸隆は業正のもとを離れて信玄に属していますが、この長野業正をクローズアップしてくれるとドラマ的にはもっとおもしろくなると思います。
そして今川義元は大原雪斎の進言で晴信に加担することを決意。ここで信虎を迎える使者として勘助に白羽の矢が立つわけです。

史跡紀行では、なぜか今回の物語とは関係のない山梨県韮崎市の宗泉院と武田勝頼の新府城跡を紹介していました。宗泉院は勘助の供養塔といわれる石祠がある寺ですが、アクセスが大変。山の中腹にあり、クルマで行ったのですが果てしなく山道を通りました。クルマで行ってもかなり時間がかかったことを実感させられるわけですから、バス停で降りて歩くと30分以上はかかります。このドラマがなければ無縁の地だったでしょう。ということで今回は宗泉院方面へ行くバスが出る韮崎駅のスタンプを紹介します。

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韮崎駅は八王子支社印の「瑞牆山と増富温泉」のスタンプがあったのですが、摩滅か盗難か何かで現在はありません。古いキャンペーンの「しんせんやまなし」のミニスタンプだけが保管されています。かなり状態も悪いのですが、スタンプの平和観音は駅裏手の観音山に建つ高さ18.3mの像で、駅ホームからでも観音様を見ることができます。なお、武田勝頼の新府城跡は韮崎よりも隣の無人駅・新府が最寄です(徒歩15分)。

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2007年03月12日

よっちゃんの体重ブログ第2弾(その1)

すいません管理人バタバタのため、またもビデオ録画の『風林火山』を消化することができず、久々の投稿よっちゃんの体重ブログを先に掲げさせていただきます。なお、今回は写真と文章が豊富なため、2日に分けてUPします。明日も続きをご覧ください。

御無沙汰しております。2月末に何とか一山登ってまいりました。今回は中央本線からアクセスの良い山を御紹介しましょう。

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 中央本線梁川~鳥沢間の南麗にそびえる倉岳山です。駅からのアクセスが良い、富士山が近くに見える等で人気があると聞きました。が、平日の正午、梁川駅に降りるのは私と地元のお婆さんだけ、、、 倉岳山は990M、梁川駅から山頂を経て鳥沢駅まで回るコースの所要時間は4時間ほど。約10Kmの道のりです。梁川駅から登山口までは舗装路を歩きます。冬の雪中トレッキングに人気の山だそうだが、今年は暖冬です。梅は満開、ボケまで咲いていました。春の香りを楽しみながら程なく登山口へ。北斜面でも残雪は無く暖かな日差しの中の山行です。沢筋の苔むしたルートは歩き辛いものの趣があって良い、爽やかな沢の音と小鳥の囀りしか聞こえず、静かなハイクが楽しめます。

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 すっかり汗ばんだ頃、いいタイミングでベンチがあります。最後の水場です。飲めませんと書いてありますが飲んじゃいます!旨いです。一服してから沢とお別れし、一気に尾根まで上ります。尾根に着くと立野峠とありました。南に下ると秋山方面、頂上へは右折します。標識も有り迷うことは無いです。尾根筋の南側は広葉樹が葉を落として展望が望めます。北斜面は杉林で鬱蒼としています。左右で全く違うのでちょっと面白いです。管轄が違うのか? それとも北斜面の方が杉の植林に適しているのかもしれません。

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 倉岳山は尖った山なので標高800Mを越すと登りがきつくなります。赤土の急斜面は滑りやすいので注意して上ります。息が上がる頃、急に前が開けて頂上に着きました。北方の景色が見事です。鳥沢周辺、中央高速道、扇山、百蔵山、岩殿山も見えます。南西方面は道志の山々の先に富士山がバッチリ!?と言いたい所ですが、春の霞に隠され輪郭がぼんやりとしているだけでした。因みに頂上には丸太椅子が二組しか有りません。敷物持参がお勧めです(明日につづく)

投稿者:よっちゃん
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2007年03月13日

よっちゃんの体重ブログ第2弾(その2)

さて、昨日に引き続きよっちゃんの体重ブログです。果たして痩せられますかどうか……。

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遅いランチを食べてから高畑山方面へ下ります。下りも急斜面なので滑りやすいです。ウエイト100Kgオーバーがコケるとダメージが大きいので注意しながら下ります。20分ほどで穴路峠へ、峠から尾根沿いに上ると高畑山方面、右が鳥沢へ下ります。倉岳山、高畑山の縦走コースが人気のようですが、今日は時間不足なので鳥沢へ下ることにします。 この峠、ちょっと変わっています。十字路の場合、普通は尾根道がメインで左右から接続する感じですが、穴路峠は南北の峠道が尾根道をスパッと切り取ったような感じで道幅広く切通してあります。端の方の「峠道文化の森」看板にその訳が載っていました。穴路峠は村と村を結ぶ要所だったようです。しかし変わった名前の峠です。調べてみたところ諸説あるものの、アナジあるいはアナシとは北西風のことで、寒い時期に秋山から鳥沢へ向かう際、南北に切通してあるこの峠を超える際厳しい季節風が吹きつける事から付いた名前らしいとの事でした。秋山と甲州街道を結び、古くからの人、文化の交流がしのばれます。この辺りの山は炭焼きが盛んで運んでいたようです。今でこそ寂しい峠で一人佇めば、今にも行商に行く村人が背負子を担いで現れてきそうな感じがしました。

 峠からは比較的緩やかな道ですが、所々崩落が進みえらく道幅が狭いので緊張します。一人で落ちたら山伏になって暮らすしかありません。日も陰り薄暗くなって来ました。先を急ぎます。 沢筋に出てからはまるで河原のような石がゴロゴロ、疲れた足には堪えます。鳥沢から登り梁川へ下る方がコースとしては良さそうです。どうりですれ違う人ばかりだと思った、、、 途中、高畑山分岐があり、角に石仏が奉られてます。鳥沢から上った場合、右折すれば高畑山経由で穴路峠に行けます。

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 穴路峠から1時間。足も辛くなるころ、ようやくエメラルドグリーンが映える小篠貯水池を通り抜けます。登山道はここまでで、集落入り口に赤い鳥居の山の神神社があり、ここも梅が綺麗です。小篠集落の中をゆるやかに下って行き、後ろを振り返れば夕日に映える高畑山(右)と倉岳山(左)が見送ってくれます。虹吹橋で桂川を渡り甲州街道に出れば鳥沢駅まで10分ほどです。駅に着いたときはとっぷり日が暮れてしまいました。休憩込みで梁川駅から鳥沢駅までの所要時間は5時間半でした。

 春の息吹を感じるのは多分4月中頃でしょう、山桜も所々植わっていそうです。山里文化交流の道を歩きに出かけませんか? 2月末の体重113Kg(減ってないぢゃん!!)

投稿者:よっちゃん
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2007年03月14日

『名古屋テレビ塔~なごやんと天守閣と、時々、ひよこ』

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タイトルに深い意味はありません。二匹目のドジョウと言いたかっただけです。

地上にそびえ立つ名古屋テレビ塔は、昭和29年(1954)完成。東京タワーなんて昭和33年(1958)ですがな。そうだ名古屋はえらいのだ。

名古屋名物の白餡饅頭といえば、敷島製パン(東京ではパスコの名で進出)の“なごやん”松河屋老舗の葵の御紋の入った“天守閣”もございます。天守閣は1個74円でバラ売もしています。鹿児島出身の友人がこれが好物で、おみやげにいつも要求されました。食べたことない人に「どんな味?」と聞かれたら、「ひよこと同じ」と答えておきましょう。“ひよこ”って本当は福岡のお菓子なんですけどね。

この“ひよこ”をたぬきに置き換え、以前は「ロバ製菓」が“ぽんぽこ”という白餡饅頭を製造してましたが……、倒産。今はその工場を別の会社が引き継いで、“ぽんぽこおやじ”という白餡饅頭(笑)を作ってます。

カタチはどうあれ、まあ、いいです。白餡饅頭バンザイ!

投稿者:管理人代理
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2007年03月15日

ナゴヤの喫茶店はすごい!

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何がすごいかって?オマケが大好きな民族なのだ。ということは、そうです!

コーヒーを注文すれば朝食が付いてきます。厚切りトースト、ゆでたまご、サラダ等々。こんなのはまあ普通。和定食やうどんまで付いてくるお店だってあるんだよ。もっとも、モーニングサービスは一般にAM11:00まで。今度証拠写真撮ってくるね。
通常の営業時間には、写真のようにおつまみがついてきます。バターピーナッツ、これは定番で、個包装になった豆菓子やカップケーキ、マドレーヌなんてのも。かつてはアイスクリームという喫茶もありました。なんか腹を壊しそうですが……。

知らない人はびっくりします、「注文してないんだけど?」それでなくてもコーヒー1杯の値段は安いほうだと思います。

あと、都心じゃなくて住宅街の中にもけっこう喫茶店があるんです。周囲が田んぼだっておかまいなし。作業服のおじさん、おばさんが一服していたり、地域文化に密着してます。朝の勤めが早い人のために午前5時30分ぐらいから営業している喫茶店だってあります。
日曜の朝などはスエット姿のおじさんが新聞を広げていたり、マンガや週刊誌も充実してます。
実際、マンガを読むために通っている人もいるくらいで、ナゴヤ人はちょっとしたポケットマネーで、くつろげる空間を貸し切り状態にしてしまう。
心の贅沢というやつですね。

投稿者:管理人代理
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2007年03月16日

スタンプ物語31・水道橋駅

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えーお久しぶりです。仕事がつまってしばらく代理に書かせていましたが、本日は管理人です。久々にスタンプ物語です。
今回は水道橋ということでスタンプは「小石川後楽園」。観光ガイドなどでは次の飯田橋が最寄になっていたりもしますが、水道橋駅西口から徒歩10分程度で、飯田橋とさほど変わりません。ただし、スタンプは東口みどりの窓口前にあるからややこしい。東に伸びる中央線は東口・西口タイプの駅がありますが、これってホームの端と端なわけですから、出口が違うと徒歩の所要時間も5分くらい変わってしまいます。
話はそれましたが、後楽園は寛永6年(1629)に初代水戸藩主・頼房が築き、2代目の光圀(水戸黄門)が改修して完成させた回遊式泉水庭園です。7万㎡以上の広大な園内に四季折々の花が咲き、日本各地と中国の名勝を模した岩や橋などもあります。入園300円。9~17時。無休。
ってガイドブックの受け売りみたく書いてしまいましたが、ヤキソバのおいしい後楽園WINSはよく行ったくせに、肝心の庭園には一度も行く機会がなかったので、いまいち実感が湧かないのです。お江戸の由緒ある名勝なのにです。どうしても後楽園というとWINS・ドーム・ドームホテル・ラクーアに目がいってしまうのです。そういえば来年の大河ドラマはお江戸を中心にした『篤姫』でしたね。ガイドブックライターより、フィールドワークの大切さをこの頃実感しています。
でも『旅行主義』第3号にも書いたけど、後楽園WINSのヤキソバはおいしいよ!

投稿者:管理人
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2007年03月17日

岩手競馬が大ピンチなんです!

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先に管理人のブログでも書かせていただきましたが、16日、岩手競馬再建のため、盛岡・奥州両市に対して297億円を融資する県からの補正予算案が、岩手県議会で否決されたのです。これに対し、増田岩手県知事は、本年度での岩手県競馬の廃止を示唆しており、3月24~27日の水沢開催をもって岩手競馬が終了する可能性が出てきました。ばんえいのときはまだ時間があったので、ソフトバンクの支援も得られて存続が決まったのですが、あと1週間足らずで廃止では民間支援による存続を図るための時間的猶予もありません。

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幸い水沢競馬には2004年9月16日に「青春18」で行ったことがあるのですが、結局、新しくなった盛岡競馬場(OROパーク)は行かずして廃止をみることになってしまうかもしれません。この競馬場は競馬バブルの真っ只中だった1996年に約404億円をかけて建設されました。芝コースも設置されたすばらしさは特筆できますが、この建設はあまりにも無計画だったといわざるを得ません。そしてこの約404億円という投資をドブに捨てようというのです。
具体的な救い道は競馬存続派の奥州(水沢)市長がいることで、水沢の単独開催に移行し、新盛岡のほうはJRAへの売却の方向へもっていったほうがいいかもしれません。JRAとてフトコロが厳しいのは分かりますが、まだ盛岡ひとつ救う手立てはあるでしょう。

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しょせん非力な管理人では、せいぜい少ないおこづかいから馬券を買ってあげることくらいしかできないのですが、もしこれを読まれた方、ぜひ3月24~27日の水沢開催へ行くことをおすすめします。今なら「青春18」が使えますし、もうこのまま岩手のお馬さんに会えなくなってしまうかもしれないからです。水沢競馬場にはおいしいものもたくさんあります。そのひとつが「多満川食堂」のいもの子汁(写真左)です。温まりますよ~。他にも僕は苦手ですがモツ煮(写真右)も評判です。
他にも競馬場内に茅葺の復元民家や馬車なども展示してあり、近代的なグッズショップもあります。しかし、ソフトバンクの本をみても明らかなように、これらの魅力や周辺観光地のPRが欠けすぎではないかと疑問に思うこともあります。
この場を借りて申し上げます。幸い当会にはブルーガイドパックで国内版最大の部数をしかけた代表森田芳夫氏はじめ、旅行業界の重鎮たちがそろっています。岩手県および岩手競馬組合に関係する皆さんがもしこれを読んでいたら、ぜひ当会にご相談ください。少しでも客を呼べるアイデアが出せると考えています。

投稿者:管理人
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2007年03月18日

『風林火山』第11回「信虎追放」

はい、ようやく21日夜に観ることができました。信虎追放劇、よく描かれています。晴信の弟信繁は本当にできた弟ですね。本来ならあそこで権力争いが起こるのに……。信長と信行しかり、伊達政宗と小十郎しかり。秀吉と秀長の関係のように兄を補佐していくのですね。役者も晴信以上にいい味出しています。さて、駿河に行った信虎、ここでかつて臣従させた大井宗芸(信達)に出会います。大井夫人の父にあたる人です。そして今川義元、大原雪斎、大井宗芸らとともに歌の読み合わせをし、最後に義元が「晴れて心に戻る甲斐なし」と。これは信虎のことを指しているのですが、それに気づいていない信虎、「晴信をよろしく頼みます」と云っています。
さて、駿河から甲斐への帰途、甲斐国境ではかつて自分の名を与えた腹心までもが叛き、茫然自失。そこに勘助と噛ませ犬青木大膳などが迎えにきます。帰り道で勘助の殺気に気づいた信虎はいきなり勘助に斬りかかり、馬上での一騎討ち。勘助は信虎を殺すのでなく、刃を交えたことで思い人ミツを殺された復讐の念が晴れたのでしょう。勘助に代わって信虎に斬りつけた青木大膳を止めます。信虎はこの後、剃髪しますが義元が桶狭間で討たれるまでは駿河にいたようで、その後放浪してのちに軍師として九鬼嘉隆(のちの九鬼水軍の大将)を志摩より追放する活躍を見せます。でも、結局甲斐に帰国はかないませんが。

史跡紀行では万沢宿のある南部町と信虎の墓がある甲府市の大泉寺を紹介していました。万沢宿はJR身延線沿いの十島駅が最寄でちょうど身延沿線が甲斐と駿河を結ぶ街道がありました。十島は身延線で山梨県に入った最初の駅です。久しく身延線も乗っていないので実感が湧きませんが……。大泉寺のほうは直接は行かなかったのですが、制作した『風林火山をゆく』(英知出版)では紹介しています。ただ、甲府駅からバスで15分、さらに徒歩15分かかります。今回はスタンプや写真がありませんのでこれにて失礼します。

投稿者:管理人
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2007年03月19日

よっちゃんの体重ブログ第3弾

すいません。またまた管理人『風林火山』のビデオ観れず。今週もよっちゃんからの投稿を先にUPします。

まいどですー。先日、国道16号沿いのバイク屋まで修理に出向いたのですが、そのまま預かりになってしまい、電車帰宅となり、奇しくも東武野田線に乗ってまいりました。かなり昔、iモードも無い時代。船橋から小山方面まで急用があったときに路線図だけ見て野田線が早そうだと乗り込み、とんでもなく時間が掛かって参った事がありました。ゴウンゴウンと唸る動力音、運河、梅郷などストレートかつローカルな駅名、単線区間も多くやたら長ーい停車時間、時間を気にしつつ車窓から綺麗な夕景を見ていた(要するに建物少なく雑木林、原っぱばかりということか?)記憶が蘇ります。

 さて、バイク屋から20分ほど梅郷駅まで歩きます。16号線は大型トラックばかりでうるさいので横道へそれます。さすが梅郷と言うだけあって彼方此方雑木林に混じって梅の木が良い香りを出しています。原っぱでは三角ベースで手打ちをしている少年達、最近見かけない光景だけに唸ってしまいます。うーん。ビバ!ローカル!! 少年捕まえて道尋ねます。「ばいごう駅ってどっち?」「ばいごうってなに?」「駅のことだよ」「え??うめさとだよおじさん」「へ??う・め・さ・と?」 おぢさんじゃないっ!と心の中で叫びつつ、初めて正しい駅名を知る41歳なのでした。

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 この付近の印象は15年前と余り変わっていない感じです。勿論ベットタウンとして開発も進み建売住宅の密集しているところもありますが、まだまだ遊び場の多そうな、いい感じの田舎風景が残っていました。 電車の音が近くに聞こえてきます。車両も8000系(左上)に変わり、もう唸り音はしていません。県道を渡り梅郷駅に着きます。いよいよ複線化されるのでしょうか、駅舎も新たに建築中(左下)です。「生まれ変わる梅郷」とのキャッチフレーズで駅前のタワーマンションも建築が進んでいます。今後はこの辺りもどんどん変わっていきそうです。スレート葺の旧駅舎(右下)も間もなく無くなります。郷愁を誘う部分も残してほしいと思いつつ電車に乗り込みました。

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 普段縁の無い会社線を利用するとついキョロキョロしてしまいます。向いの婆さんが孫とせんべい食べてます。グリーン系の車内色がくすんでいい感じで鄙びてます。夕方でも乗客数少なめです。勿論各駅停車一筋です。失礼ではありますが、東武野田線、シビレます! 利根川運河を過ぎ、初石を過ぎ、流山おおたかの森駅でつくばエキスプレスに乗り換えます。つくば線開業に合わせた新駅で降り、乗り換えると突然都心に戻ってきたかのような錯覚に陥ります。それほど野田線はホノボノとしていて心落ち着きます。次回バイク回収の際は遠回りして満喫しようと思います。都心から余り離れなくても旅気分は味わえるものですなぁー、

 ところで帰ってきてから、ふと思いました。梅郷、近くに無かったな、、、ちょっと調べてみました。 梅郷駅は、明治44年(1911)5月9日開設、明治22年(1889)市制町村制が施行され、旧山崎村、桜台村、今上村、花井新田、択根新田の5ヵ村が合併して新村を設置し、村名を「梅の五弁」になぞらえて、「その花の香ばしく後に堅実に実を結ぶ」を佳名とし梅郷村が出来、駅名の由来となったそうです。ガーン!周辺の梅は関係ないぢゃん!でも、駅に因んで後から植えたのかもね。 15日の体重112Kg(変らんのぅー)

投稿者:よっちゃん
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2007年03月20日

岩手競馬再開への長期戦略はありそうです。

先日の管理人の投稿に対し、代表の森田芳夫氏から貴重なご意見をいただきました。

私は競馬を見たこともないし、馬券も見たことがありません。
 しかし、「馬」そのものには、愛着を感じています。水沢が本気になって競馬レースを再建したければ、まず「馬」を町興しの核に据えて、市民を巻き込み、全国の「馬好きの首都」となるよう努力を重ねるほかありません。

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そのための施策を羅列します。
①日本の品評会と名馬コンクールの例年開催。
②馬肉料理の開発し、「馬肉料理の町」(そのネーミングを公募)を宣言。(岩手、長野、熊本は明治政府の法令に背いて馬刺しを食べてきた)
③タクシーはあってもいいが、市民の足を基本的に「馬車」にする。
④乗馬学校、貸し馬、魅力的な専用乗馬ルートの開設。
⑤馬と触れ合うユニークな動物園の開園。
⑥子馬の飼育施設、日本と世界の競走名馬の引退後の養老施設を作り、公開する。
⑦馬にちなんだお土産グッズの開発(馬皮製品、使い古した馬蹄のオーナメント、馬の毛で作るハンドバック、木彫りの馬、崇高な感じの絵馬など--)。
⑧全国絵馬コンクールの開催とその応募作品展示会を長期に開催。
⑨馬にちなんだ芸術作品コンクール(詩歌、メロディー、小説、絵画、彫刻)の開催。
⑩市立馬専門医科大学の開校。
⑪馬の歴史資料博物館を作る。
最後に「水沢競馬」をめざす。

まだまだ他にも考えられます。

・このほか国際交流として実効が期待される二つ。
■姉妹都市としてスイス随一の馬の町セニレジェ(ジュラ州・人口2千人、馬数千頭)と姉妹都市の締結。ノウハウを学び、日本の馬の文化を伝達する。
■信頼できるエージェントを通し、「ウイーンの乗馬学校」から毎年馬を運び、エレガントな馬の舞踏ショウを開く(かつて東京へジャンボジェットで2頭が運ばれて大人気を博したことがある)。ウイーン少年合唱団の演奏会と同時開催できればなお結構。

時間はかかるかも知れないが、どれかは市長の決断ですぐ始められるはずです。ご一考ください。市民の賛同もえられるはずです。

投稿者:森田芳夫
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2007年03月21日

元祖味噌カツ

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ナゴヤの赤味噌文化の代名詞といえるのが味噌カツです。ナゴヤの食堂には必ずといっていいほど置いてあり、何も知らない東京人が食堂に入ってカツ定食を頼もうものなら「味噌にしますか、ソースにしますか」と聞かれ、びっくりさせられます。まだ店の人が聞いてくるだけマシなのですが、いきなり味噌がかけられたトンカツが登場したとき、「このソース甘いよ。腐っているんじゃないの」と宣った輩がいたそうです。その後どうなったかわかりませんがナンマンダブ……半殺しにされていなければよいのですが。
ところで現在、矢場とんなどで出てくるわらじトンカツはむしろ亜流で、本家の味噌カツは土手焼きの煮汁(赤味噌・砂糖・みりんなどで調味)に串カツをつけて食べたのが始まりと言われます。土手焼きは牛モツ・牛スジ・こんにゃく・ゆで卵・大根などを煮込む味噌おでんの王道ですが、この土手煮の味噌鍋にどぼんとカツを食べるのです。名古屋競馬場や笠松競馬場、岐阜県海津市のお千代保稲荷などでも食べられます。競馬場の味噌カツは店の人が煮汁につけ、皿にキャベツを添えて出されますが、お千代保稲荷の味噌カツは1本80円で、自分で味噌煮鍋にぶっこんで食べられます(当然二度漬けは禁止!)。脇にキャベツが置いてあり、自由に食べられるこのアバウトさは、お千代保稲荷ならではでしょう。
ナゴヤの子どもはこれをオヤツに出されると大喜び。しかもコロモが薄いので10本、20本なんて軽々食べられてしまうところが怖い。ナゴヤ出身のママさんはお千代保稲荷に行ったとき、子どもたちが味噌カツをせがむので、「10本までよ!」と釘をさしたとか。栄養が偏るといけませんからキャベツと一緒に食べましょう。

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投稿者:管理人
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2007年03月22日

スタンプ物語32・飯田橋駅

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スタンプは飯田橋西口にある牛込橋です。ここでもスタンプ設置箇所は東口となり、水道橋同様、東西逆転現象が起きています。
牛込橋は、寛永13年(1636)に阿波徳島藩主蜂須賀忠英(ただてる)によって江戸城外郭門の一つ牛込見附門とともに建設された橋で、現在の早稲田通りに架かっています。この陸橋は1996年3月架け替えられたもので、長さ46m、幅15.75mあります。これに橋のたもとの構造部分との陸橋に続く堤上の道