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2007年07月 アーカイブ

2007年07月01日

『風林火山』第26回「苦い勝利」

ついに晴信の名を貶める史実の笠原城のジェノサイドです。
笠原城を囲んだ晴信に対し、上杉憲政の援軍を待つ笠原清繁。さらに村上義清の挟撃を恐れた晴信は相木市兵衛に偽りの内応をさせ、村上の進軍を止めさせます。義清の「謀略は好かん」というセリフ。思いっきり体育会系に描かれています。
しかし、予算を削ったのか、脇役はどうでもいいのか。長尾景虎の栃尾城の戦いはあっけなく、小田井原の戦いは合戦のシーンもなく終わっています。どうもこの小田井原の戦いというのは、勘助が『甲陽軍鑑』で初めて登場する碓氷峠の戦いと混同される向きもありますが、援軍5000のうち3000を討ち取るなんて、戦いの殺傷率にしてはちょっと高すぎる気もします。
晴信の笠原城の皆殺しの戦略は、信長がしばしとった戦略ですが、結局、この時代、まだ実力が均衡しているときですから、刃向かう者が続出しても当たり前のことで、常勝を誇る晴信が由布姫に「負けることが恐ろしい」と由布姫に泣きついているところは、まだまだ子どもですな。
今回の見どころは、第8回で登場した平賀源心の娘・美瑠姫(菅野莉央)が、成長して笠原清繁の妻(真木よう子)になっていたところです。可愛らしい子役の演技と勘助との絡ませ方からいってどうつながるのか気になっていましたが、こういう設定だったんですね。8回では自害しようとするところを、勘助が止めたわけですが、今回は夫の仇敵となり、勘助の差し出した水をはねのけてしまう。何とも因果な話です。で、笠原城の女・子どもは人身売買で売られてゆくわけですが、美瑠姫は小山田信有の妻になるようです。第22回でも書きましたが、こちらは2代目出羽守で、まさか美瑠姫との間に生まれるのが、最後の最後で武田勝頼を裏切る小山田信茂なのか?と思いましたが、信茂の生誕は天文8年(1539)なので、さすがにそれはないですよね。

史跡紀行では長野県佐久市の笠原城と御代田町の小田井宿を紹介していました。笠原城はJR小海線の北中込駅が最寄ですが、それでも登山口までは徒歩で1時間かかります。北中込は無人駅で、御代田は国鉄時代にしか降りたことがないので、今回は佐久市の中心となる中込駅のスタンプをUPしました。

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投稿者:管理人
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2007年07月04日

旅じゃBLOGネタが雑誌に登場

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6月18日のブログにも書かせていただきましたが、7月2日発売の月刊誌『旅行読売』2007年8月号に、にわあつしさんの新幹線運転士コラム「0系新幹線の時代」が掲載されました。雑誌に掲載されている写真をみて、「あれっ」と思う方もいるかもしれません。そうです。にわあつしさんが旅じゃBLOGで連載していました「新幹線運転日誌」のものです。にわさんの話によりますと、旅行読売の編集担当者が当ブログを読んで原稿依頼が来たそうで、お礼の言葉までいただき恐縮です。コラムの内容はあえて肉眼では読めないようにしています。せっかくですからぜひお買い求めください。定価400円と格安です。

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続きましては、6月20日発行の『JTB時刻表』2007年7月号の別冊特別付録「松本典久のおもしろ鉄旅プランニング」です。これも旅じゃBLOGの管理人のおなじみ「スタンプ物語」の山手線一周各駅停車のスタンプ。こちらは4ページにわたって掲載されました。すでに旅ジャーナリスト会議編『新・全国フリーきっぷガイド'07~'08』(人文社)をお読みになった方ならご存知かもしれませんが、元はデータ整理も含め1ページコラムで掲載しようと管理人がしかけたものです。常にクオリティの高い誌面づくりに尽力している人気鉄道旅行作家てんきゅうさんから評価されたことは、管理人にとってもこのうえない喜びとなっております。

はい、いかがでしたか。つまりにわあつしさんの「新幹線運転日誌」も、管理人の「スタンプ物語」も、「ローマは1日にしてならず」で、ずっと追究していたテーマです。そしてひとつの素材をつくってしまえば、1ページコラムから4ページネタ、飛躍すれば本一冊のネタにも調理できるわけです。まあ、こんなことを書いていますが、しょせん管理人の浅知恵に過ぎません。

でも、よく考えてもみてください。代表の森田芳夫氏は元実業之日本社常務で、『ブルーガイドパック』では国内版最大の部数を保ち、総部数4000万部という金字塔を打ち立てた伝説のカリスマ編集者なのです。そんな偉大な方ですから管理人の百万倍の頭脳にさまざまな引き出しが備わっているのです。さあ、前途ある若者たち、森田代表および各業界の重鎮からさまざまな技術を学び、盗み取りましょう。
ninjin3.gifニンジンは目の前にぶらさがっています。n_kuri.gif

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2007年07月08日

『風林火山』第27回「最強の敵」

タイトルの意味するものは、いったい何だったのでしょう?
美瑠姫またまた登場。小山田信有が「子ができぬことで憂いておったのだろう」というと、美瑠姫が妊娠しているような感じで腹をさすり、信有と床をともにする。こんな設定意味があるのでしょうか? 生まれてきたのが、武田家滅亡の因をつくった小山田信茂で、それが笠原清繁の落とし胤だったともいうのでしょうか? どうも作者の意図が分からんです。
で、ますます暴君と化する晴信。うーん、やはり家督は利発な信繁に継がせたほうがよかったのではないの? 「戦バカ」になって戦いをやめようとせず、勘助さえもこの暴走を止められない。一方、村上の間者として武田陣に入った平蔵は、村上に戻る途中で甘利に捕えられます。甘利は村上にところへ赴き、内応を約束する。主君を諫めるためにというが説得力がありません。
それでも剛直の板垣は晴信に必死の諫言をいたしますが。そうなのかこのストーリーは晴信がバカ殿だったために、板垣・甘利という重臣を失う設定となるのか。それにしても勘助、出番がまったくなし。あんた軍師でしょうが。

史跡紀行では山梨市を紹介。甘利虎泰が普請した窪八幡や勝頼戦陣の鐘のある永昌院などを取り上げていました。山梨市駅は下車したことあるのですが、このときはまだ使い慣れなかったデジカメ一眼レフの設定を間違えて写真はことごとく失敗。スタンプしかありません。あしからず。

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投稿者:管理人
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2007年07月10日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅1

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お待たせしました。鉄道で巡るヨーロッパふれあいの旅の出発です。
TEEヨーロッパ横断特急が全盛だった30数年前、一人で優等列車の乗り歩きをしてから、すっかりそのすばらしさにはまってしまい、これまで幾度訪れたことでしょうか!ヨーロッパの歴史ある街並みや、美しい田園風景は、いつの時代も変わりません。各国の人々とふれあいながらの楽しい旅は、生活感あふれる鉄道に尽きます。

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今回は07年6月に2週間ほど、フランス、ベルギー、ドイツ、スイス、イタリア5カ国の世界遺産を含む観光地を旅しました。総勢11名の参加者の多くは、バス旅が多い一般観光ツアーに不満足だった団塊の女性たち。何度か渡欧を経験している彼女たちでさえ、まるで初体験のように鉄道旅の楽しさに感動しています。案内役の私にとっても感無量です。鉄道が網の目のように発達しているヨーロッパ。日本の新幹線にも劣らぬすばらしい高速列車や、色鮮やかで斬新なデザインのローカル列車が、旅を導いてくれます。
これからのヨーロッパ、自由気軽に鉄道を使って、心に残る旅をしませんか。訪れる季節によって表情が変わり、それぞれに趣があります。私の体験上ベストシーズンは、6月ですね。気候も温暖で、花も咲き揃い、美しい風景を楽しむことができます。ただし、この時期は、ヨーロッパはお祭りシーズンなので、ホテルや乗り物などは、早めの予約が必要です。

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さて、ヨーロッパ鉄道心の旅、その始発となるヨーロッパでの出発地ですが、私はいつもパリです。パリから始まりパリに帰る。私にとってパリは、ヨーロッパの故郷のような所です。パリへは日本からの航空便も多く、航空運賃もリーズナブルな設定ができます。パリは、ヨーロッパ鉄道旅の玄関都市ですね。北欧、東欧、南欧方面そして、ドーバー海峡のトンネルをくぐり、ロンドンまで走るユーロスターなど。国際列車の発着本数が一番多いヨーロッパの中心駅でもあります。パリには、SNCFフランス国鉄の駅が。北、東、サン・ラザール、モンパルナス、オーステルリッツ、リヨン、ベルシーの7つの駅があります。

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どの駅も街の中心を囲むように設けられ、それぞれ行き先の地、国々によって出発駅が違い、また、国際色溢れる違った顔があります。ヨーロッパ鉄道旅、それは駅に一歩足を踏み入れた瞬間から、幕を開けます。歴史ある大屋根の下に繰り広げられる映画のワンシーンのよう。あなたも舞台の上から出発しましょう。パート2につづく

投稿者:にわあつし
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2007年07月13日

にわさんのブログヘのコメント

はい、本日は4月30日以来、2カ月ぶりの真打・森田芳夫代表からの投稿です。

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ついにやりましたね。ヨーロッパのエレガントな鉄道の旅の様子が写真と文章でよく伝わってきます。
 旅はリーダー次第です。皆さんが満足された様子、大変な「心」の社会奉仕をしましたね。

 同じ頃、私は伴侶と二人でスイスの高地、海抜1600mのヴェンゲンに6泊していました。街のはずれ、崖に引っかかったようなホテルです。ユングフラウと氷河に削られたウターブルンネンのU字渓谷を見渡せる部屋のテラスは、今まで20個所以上泊ったスイスのホテルの中でも、最高の展望テラスの一つに数えられます。

 日中は登山電車に乗ってあちこちの山歩きに出かけていましたが、朝晩はこのテラスからヴェンゲナー・アルペン鉄道が上り下りするの動きを飽きずに眺めていました。この登山電車は立体感のあるアルプス景観にしっくり溶け込んで、まるで自然のひとかけらのようにさえ見えました。そして部屋にいると、かすかにcog(歯車)のきしむ音が聞こえたりしてきます。

 優雅なTGVやICEの旅もいいですが、登山電車の2等席に乗り、晴れたり曇ったりする空と、そそり立つ万年雪の山を見ていると、これも、もう一つのヨーロッパの鉄道の旅だと、しみじみ思えてきます。

 パート2を楽しみにしています。

投稿者:森田芳夫
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2007年07月15日

『風林火山』第28回「両雄死す」

明日も連休ということもあって、各先生方は早々と今回のコメントを書いていましたが、管理人は相変わらず更新が遅くてすいません。
NHKさんが『風林火山をゆく』(今はなき英知出版)で提供してくれた内野勘助の甲冑姿の写真は、今回の上田原合戦のものだったのではないでしょうか。とにかくエキストラにお金をかけた感じです。
それにしてもバカ殿を諌めるためとはいえ、死に急ぐこともないでしょうが。
上田原合戦は実際は天文18年(1548)2月の出来事ですが、ロケを春先にやったためか、「早春」と表記されていました。で、甘利の偽降は完全な創作ですが、体育会系の村上義清は疑うことなく、本陣に通しています。すごい勇者ですね。しかも甘利が義清を撃とうとして失敗。いつの間にか弓の名手となった平蔵が手柄を立てています。しかし、捕えられた甘利はいとも簡単に脱走し、背後に矢をいっぱい受け、板垣信方の本陣に駆けつけます。
今回の主役は千葉真一さんが演じる板垣信方です。あれだけ槍で突かれても死なずに奮戦する板垣。あなたは不死身ですか。ハリネズミのように矢を受けて壮絶な最期を遂げましたが。史実では晴信も槍で左腕を負傷しているようでうが、それは次回にとっておくのでしょうか?

史跡紀行では昨年9月に訪れた上田原古戦場を紹介。板垣神社や観音寺、無名戦士の墓などを紹介していました。板垣神社は信方が愛煙家で知られたことから、タバコが備えてあるのですが、このあたりのエピソードにはまったくふれていませんでした。板垣が一服しているところを村上軍に襲撃されて撃ち取られるという説もあるようなので、ドラマでも採用してほしかったものですが。田んぼの中の塚は村上方の将であった伝・屋代源吾の墓ですが、これも紹介がありませんでした。実際には村上方も雨宮刑部などの部将が討ち取られており、結構な被害だったようです。
それにしても上田市は最寄の路線バスが休日運休だし、「上田原古戦場公園」と名のついた史跡とは関係のない総合運動公園はあるしで、結構いい加減です。それでも映像で見る限りでは「風林火山」の旗が立てられていましたが。
上田駅のスタンプは第7回でUPしてしまったため、今回は板垣神社の写真のみです。

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投稿者:管理人
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2007年07月17日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅2

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出発の舞台は駅。ヨーロッパ大都市のターミナル駅は、大屋根のある巨大な空間の行き止まりスタイルが多いです。「中央」と名の付く駅はほとんど行き止まり式で、列車は到着すると反対向きで発車して行きます。そのなかでも、アーケードスタイルの光の入るドーム屋根には圧倒されます。

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歴史の深さを物語る古い鉄骨と、幾何学模様の大屋根。その下に数メートル四方はある大胆で斬新な広告が、幾重にもぶら下がって構内を飾るパリの駅や、ホームの各支柱に薄型テレビを備え付け、広告を発信しているイタリアの駅など、時代物の中に最新デザインがマッチングしている駅の姿はすばらしく、つい目を奪われます。古い物を新しくしても、他の物との調和が取れなく、けばけばしい宣伝広告が、無秩序に貼られている日本の駅と比べると、古き伝統の中に新しさを調和させ、美しく表現するヨーロッパの国々の街創りのセンスに感心します。

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行き止まり式ホームには、最新型高速列車や、年代物の機関車や客車が、カラフルな塗装で並び、鉄道ファンでなくても、旅人の目を引きつけます。駅の広い構内の周りには、ファーストフードやカフェ・レストランをはじめ、キオスク、銀行など、旅に欠かせないショップが並んでいます。とくにサンドウィッチなど軽食を売るファーストフードの店が多いですね。

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表玄関は駅の顔。壮大で、まるで博物館を思わせるような、歴史的建造物が多く、パリのSNCF国鉄の駅もほとんどが、威厳ある駅舎です。リヨン駅もその一つで、正面にそびえ建つ時計塔が、歴史の深さを物語っています。リヨン駅は、その名の如く、フランス第2の都市リヨン方面、南仏への出発駅。また、スイス方面への列車の出発駅でもあります。
ヨーロッパでは、行き先方面の都市名が、始発の駅名に使われている都市があります。ホームが36番線まであるリヨン駅の、構内に置かれた大きなシュロの木が、コート・ダジュールへの旅の夢を誘っています。初めて南仏に走った豪華列車の名にちなんだ、ベルエポック調の高級レストラン「トラン・ブルー」も、同駅構内にあります。TEE(ヨーロッパ横断特急)全盛の頃、フランス国鉄の誇る、世界一の豪華列車と言われたミストラル号も、このリヨン駅のホームから、バカンスの夢を抱く客を乗せて、南仏ニースに走っていました。
私も何度か乗り、軽音楽の流れるバーで、地中海に沈む夕日を眺めながら過ごした、至福の時を思い出します。現在も、昔と変わらないアーケードのホームに、オール2階建ての最新型TGVデュープレックスをはじめ、多くのTGV高速列車が並んでいます。パリからヨーロッパの国々に出るベース地として、このリヨン駅付近がお勧めですね。パリ・シャルル・ドゴール空港からエアフランスのバスも発着。ホテルも、隣接しているメルキュールホテルをはじめ、スタンダードですがリーズナブルなホテルが多いです。また、パリ市内観光へは、たとえば、エトワール凱旋門までは、地下鉄が乗り換えなしの一本で行けるし、セーヌ河沿いに散歩がてら30分も歩けば、ノートルダム寺院に着く好立地です。ヨーロッパのターミナル(終着駅)は、さながら映画の舞台のようです。改札口もない、ホーム前の構内のベンチに腰掛け、リズミカルな音楽の流れるなか、別れを惜しみ抱擁するカップルや、行き交う旅人を眺めていると、日本の駅にはないノスタルジーを感じますね。次は列車に乗って出発です。パート3につづく

投稿者:にわあつし
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2007年07月19日

勘助白桃食べ頃です

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『風林火山』の番外編です。先日、豊橋在住の方から嬉しい贈り物が届きました。そうです7日付の中日新聞でも報道され、第3回でも紹介しました勘助白桃です。
この桃は山本勘助の末裔と伝わる故・山本勘次さんが品種改良した桃で、大粒で糖度が高く大変美味しいと評判です。広島県にも同名の桃があり、苗木が伝わっているようです。
しかし、当社で制作した『風林火山をゆく』(英知出版)では、誌面の都合でこの勘助白桃が紹介できなかったのになぜ? と思って、お礼ついでに聞いてみたところ、やはりこの旅じゃBLOGを見て知ったそうです。本来なら会員の皆様にもおすそわけしたいところなのですが、日持ちの関係もあって今回はできないので、来年の例会にはぜひ皆さんで召し上がっていただこうと思っています。
なお、勘助白桃はJA豊橋のフルーツショップ「ゆめ彩館」でも購入でき、地方発送も行っていますので、どうしても食したい方は下記へ問い合わせてみてはいかがでしょうか? 例年7月下旬頃まで出荷しています。
http://www.ja-toyohashi.com/

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誌面では紹介できませんでしたが、昨年9月にレンタサイクルを借りて豊橋市賀茂町の山本勘助生誕地を取材した際、周辺の見どころを記した案内MAPがあり、勘助白桃も紹介されていましたので、オーナーの方にお願いして写真を撮らせてもらいました。現在の勘助白桃の原木(写真左)は2代目で、初代の原木は根元(写真中央)だけ残されていました。桃の木の寿命は15年程度ですので、木を残すことはできないのですが、苗木などによって勘助白桃も代々受け継がれてゆくことでしょう。

投稿者:管理人
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2007年07月21日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅・特別編

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フランス国鉄TGV、すごいですね!時速574.8km。架線から電気を取って走る鉄道の速度とは考えられません。時速581 kmのギネス記録を持っていても、実験線から先に進まない、JRリニア新幹線(写真右)も顔負けです。日本でこのニュースを知り、パリに着くと早々に、リヨン駅の書店で、SNCFフランス国鉄情報誌を入手しました。TGV試験車のスピード記録は、パリ東駅から、フランス・アルザス地方、ヨーロッパの十字路と呼ばれる美しい古都ストラスブールまで延びる、工事中の高速新線で打ち立てられたものです。

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情報誌で見る工事中の路線は、規模の大きさもさながら、ただ一直線に続く線路でありました。自然の生態系を壊さぬよう、また、風景を変えないようにして、広大な田園風景にマッチさせていく。日本の新幹線の、山々や込み入った住宅地を切り開き、縫うように進む風景とは根本的に違い、列車の速度も当然速く出せるだろうと感じます。それに列車とレール間、そして集電機器などとの絶妙な抵抗バランスなど、フランス国鉄の技術のすごさには脱帽です。
東海道新幹線で私が運転した0系電車の最高速度は210kmですが、カーブや勾配が多く、熱海駅など海岸線のルートや、住宅地の沿線や高架部など、速度制限も多くありました。東海道もフランスのような路線なら、東京~大阪間もかなり短時間で走れるでしょうね? 現在ではN700系など、電車の性能もアップしており、加速時間やカーブでの速度を向上させ、分刻みのダイヤを時間短縮に励んでいるようです。
ヨーロッパの鉄道の線路幅は、日本の新幹線と同じ、1435mm標準軌道(スペイン・ポルトガルは広軌1635mm)で、TGVなどの高速列車は、途中から高速専用線に入る、つまり、駅に関しては、TGV専用駅もありますが、ほとんどが普通列車と同じ駅から発着するため、旅行客には大変便利です。それに日本だったら、御蔵入りになるような年代物車両と、最新鋭の列車とが顔を揃えるなんて、とてもユニークな光景じゃないですか。

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今年5月パリ東駅へ、ドイツ最新高速列車ICE3(アイシーイー)が、初めて乗入れました。国際列車の発着が一番多いパリ。TEEヨーロッパ横断特急全盛の頃は、機関車が牽引する客車スタイルが多く、国境の駅で、次に走行する国の機関車が交代していた時代でした。今では各国の異なる電源区間も走行できる、優れものの高速列車が開発され、ドイツ・ICE高速列車も、パリの東駅に登場したのです。これまでより約2時間短縮の4時間半でパリからドイツ・フランクフルトまで直行。パリからの鉄道旅は、ますます便利になり、私も次回は利用しようと今から楽しみにしています。
ヨーロッパ鉄道心の旅パート3につづく。

投稿者:にわあつし
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2007年07月22日

『風林火山』第29回「逆襲! 武田軍」

原稿締切や引っ越し作業などがあって、遅ればせながら今回も菊地会員の投稿のあとでUPしました(;^_^)
いきなり最初の突っ込みどころは前回早春となっていた上田原の戦いが、今回は史実にもとづいて2月になっていることです。おいおい時代が遡っているじゃないの。しっかりしてくれよ校閲部さんよ。
で、結局上田原合戦の続きがあるわけでなく、あっさり終了。たしか晴信ってこの戦いで負傷して湯村温泉で湯治しているはず。どうせなら内野勘助が「殿、疲労した身体と心には温泉が一番でございます」なんて助言し、空海の如く法力で温泉を掘り当てるなんてしたらおもしろかったのに。
この敗戦で諏訪西方衆が蜂起し、小笠原長時も塩尻峠に出陣します。このとき小山田信有が妻とした美瑠姫が子を出産。だからやはりあの信茂なのか? 時代設定が合わないけど。
今回は塩尻峠の戦いで、諏訪法性の旗がカギとなりました。板垣が晴信に頼んで書いたこの旗が、諏訪明神のご加護とされ、西方衆が寝返ってきたのです。炎天下での戦いにだらけきった長時の陣へ奇襲攻撃をかけ大勝。トンボが板垣の亡霊となって出てきました。なぜ今頃になって泣き喚く晴信??? ところで板垣演じた千葉真一さんが、先週、俳優業を引退する記者会見を行いました。味のある俳優だっただけに残念です。

史跡紀行では塩尻峠の戦いの舞台となった長野県岡谷市・塩尻市を紹介していました。戦死者を葬った銅塚・首塚は、中央本線みどり湖下車のようです。昭和58年(1983)に中央本線の岡谷~塩尻を短絡する塩嶺ルートにある駅で、現在は本線ですがここが完成する前は、伊藤大八という地元の代議士が強引に中央本線を辰野回りにしてしまったわけで、現在は辰野支線の辰野~塩尻間は非常に乗りにくい閑散区間となっています。
実は『風林火山をゆく』(英知出版)制作の際、このエリアはページの都合と重要度の低さから割愛してしまったのですが、他のブログを参照すると、塩尻駅から徒歩20分のところに勘助子育ての乳松(平出一里塚)があるそうです。これはNHKでも紹介されませんでしたが、伝説によると戦場で泣いていた赤ん坊を山本勘助が拾い、平出一里塚の松に根方に隠すと、松葉のしずくを飲んでいたといいます。ところがこの伝説地の看板は割られて横たわっているそうで、抹殺されてしまった伝説地の感が否めません。今回は塩尻駅のスタンプです。

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投稿者:管理人
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2007年07月24日

世界遺産登録をめざす銅山遺跡「蘇るか足尾銅山」1

本日より菊地正浩会員のレポートを3回に分けて連載します。

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 銅(どう)と言わず(あかがね)と言う、わたらせ渓谷鐡道に乗り、絹織物の街桐生を出てから、緑の渓谷と清流を友にしながら上流まで行くと銅の町がある。今この足尾銅山遺跡の町が熱くなろうとしている。

はじめに
平成18年(2006)3月20日、旧足尾町は合併し栃木県日光市足尾町としてスタートした。相前後して黒保根村が群馬県桐生市に、東村と大間々町がみどり市となった。すなわち行政が2県3市にまたがり、観光に依存する、わたらせ渓谷鐡道にも少なからぬ影響を及ぼすことになった。そもそも鉄道もさることながら銅山街道(あかがねかいどう)(現・国道122線)も、足尾銅山の鉱石を江戸・東京へと運ぶために開かれ、沿線も発展してきたのである。銅山遺跡を産業観光資源として生かし、世界遺産登録をめざそうとする足尾町、同時にわたらせ渓谷鐡道の存続を願う沿線住民の動きを追ってみたいと思う。

日本の鉱業と鉱害問題
日本列島は環太平洋火山地帯に位置し、火山や温泉と多くの金属鉱床が存在する。佐渡金山、石見銀山、生野銀山、足尾銅山、別子銅山等が開発され、一時期ジパング(Zipangu=黄金の意味でJapanの語源となった)と呼ばれるほど、金・銀・銅の輸出国であった。当然のことながら鉱毒、塵肺、森林破壊、河川被害等の鉱害問題が顕在化していった。

日本の近代化と公害問題
明治維新になってほとんど国有化されていた金属鉱山や炭鉱等が民間に払い下げられた。なかでも銅は国家なりとされ、生糸と並ぶ主要な輸出産業で、足尾、別子、小坂、日立は四大銅山といわれたが、一方で四大鉱毒事件を発生させた。足尾鉱毒事件と別子、小坂、日立煙害事件であり、当然大きな社会問題となった。とりわけ、日本の「公害の原点」と称される足尾鉱毒事件は、最大の鉱毒事件で、政府の対策にも拘わらず煙害による禿山が残された。この事件は、性格には産業排水によるものとは言えないが、日本の公害の原点と言われ、明治初期から中期にかけての水質汚染例といわれる。

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足尾銅山と鉱毒事件
足尾銅山は江戸時代(1810)に発見され、徳川幕府によって開発された。明治10年(1877)古河鉱業(株)(現古河機械金属(株))の所有となって再開発され、一時期国内はもとより東洋一と言われた銅山であった。この足尾町を上流として利根川に合流するのが渡良瀬川である。足尾銅山の採鉱廃棄物は附近の谷間や斜面等に放置されていたが、幾度かの洪水により流出、下流の各地域で農漁業と人の健康に被害を与えたという事件である。最初の被害は明治11年(1878)秋の洪水で、鮒、鰻等が死んで浮き上がり、河川に浸かった農民達の足の指又がただれるというものであった。以降数回の洪水を経て北関東一円に拡がり、なかでも栃木・茨城両県の被害が甚大で、農作物は枯死、魚類の捕獲禁止、妊婦の流産が続出したという。明治27年(1894)から明治31年(1898)、栃木・茨城両県の出生率は、全国平均比一割以上低く、死亡率は約1.6倍に達した。その他、銅精錬過程での亜硫酸ガスの放出と燃料用等に森林が伐採されたこと等で、附近の山々は禿山となり渡良瀬川源流の美しい松木渓谷は、日本のグランドキャニオンと言われるほど、緑のない岩山と化してしまったのである。

パート2につづく。

投稿者:菊地正浩
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2007年07月25日

世界遺産登録をめざす銅山遺跡「蘇るか足尾銅山」2

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復興に向けて
被害民は地元選出の田中正造代議士を中心に、鉱山の創業停止を求めたが聞き入れられず、明治33年(1900)、請願のため東京に向った約3,000人が警官隊や憲兵と衝突した事件や明治34年(1901)、田中代議士による明治天皇への直訴事件は有名である。このように足尾銅山は公害問題の原点として世に知られているが、日本の近代化に果たした貢献も大きなものがある。大正5年(1916)には、人口がピーク3万8千人を数え、宇都宮市に次ぐ繁栄をみせた。
銅山は昭和48年(1973)に閉山されたが、現在旧坑道の一部が銅山観光用の見学ルートとして残されており、トロッコ列車に乗って実際の坑道に入り、楽しみながら当時の状況を学ぶことができる。禿山となった松木渓谷のほうも砂防ダムの建設、治山、治水、植林事業等復興に向けての努力が今も続けられている。

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世界遺産への登録をめざして
石見銀山が近代化遺産として世界遺産登録された話題は耳新しい。足尾の近くでも群馬県富岡製糸場が名乗りをあげている。足尾町では3年前に地域住民が「全町地域博物館化構想」の、まちづくり策定委員会を立上げ、足尾銅山一帯を産業観光資源と位置づけ運動を開始した。しかし、所有の古河機械金属㈱は古河グループ発祥の地でありながら、積極的な関与はしなかったという。一方、数年前から民間主体で足尾銅山の歴史に前向きに取り組むグループが活動、その先駆けとなった「NPO法人足尾歴史館」(館長長井一雄 通洞駅から徒歩5分。入館料300円。月曜休館。足尾銅山の歴史が貴重な写真や史料から学べる、足尾で生れ育ったというスタッフがボランティアで館内を案内説明してくれる)や平成18年10月に発足した「足尾銅山の世界遺産登録を考える会」等、活動の輪が広がってきた。
これらの動きに古河機械金属㈱も前向きな姿勢を示し、世界遺産登録運動に一定の理解を示すこととなった。地域住民の熱意に応えることと、事業継続を両立させるという課題も少なくない。しかし、古河の姿勢が一歩前進したことは地道な地域住民の活動といえよう。全町地域博物館化構想を進める課題は山積で前途は容易ではない。

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だが、観光資源は豊富である。足尾銅山観光、足尾歴史館、足尾砂防ダム、銅親水公園、足尾環境学習センター、日本のグランドキャニオン松木渓谷、足尾銅山精錬所跡、日本で初期時の道路鉄橋古河橋(写真)、間藤水力発電所跡、鉱山長屋、加えて渡良瀬川沿線の自然観光資源、特別天然記念物日本カモシカ、温泉等々である。定番の観光旅行に飽きた方、一度は訪ねて産業遺産、環境、歴史、社会問題を考える旅をしてほしいし、それだけの価値を持っている所であるといえよう。

パート3につづく。

投稿者:菊地正浩
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2007年07月26日

世界遺産登録をめざす銅山遺跡「蘇るか足尾銅山」3

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わたらせ渓谷鐡道(通称わた渓)の存続を願って
足尾銅山を考えるとき交通アクセスを抜きには考えにくい。日光市からはバス路線とマイカーであるが、何といっても桐生市からの鉄道か銅山街道(現国道122号線)を利用したバス路線とマイカーである。問題のわたらせ渓谷鐡道について考えてみよう。群馬県桐生市桐生駅から栃木県日光市間藤駅を結ぶ44.1km全線非電化、単線でワンマン運転の気動車が17駅を結ぶ。足尾銅山から産出される鉱石輸送のため、明治44年(1911)に開業、国鉄、JRの時代を経て第三セクターとしての現在に至っている。そんな歴史を背負って銅山街道と清流を友に谷筋をさかのぼって走る。とくに初夏の新緑と秋の紅葉が渓谷美を引き立たせる。しかし、足尾から終点の間藤に近づくにつれて、足尾鉱毒公害の面影や禿山の続く異観に歴史の重さを肌で感じるようになる。このわたらせ渓谷鐡道については、旅ジャーナリスト会議のメンバーが執筆した『新・全国フリーきっぷガイド'07~'08』(人文社刊行)の中で見どころなどを含めて紹介しているのでご一読願いたい。しかし、ガイドブックは別にして、実情は問題点も多くこのままでは先行きの存続が危ういのではないかと思う。

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存続に向けて沿線地域住民の動き
平成18年10月23日危機感を持った沿線では「わたらせ渓谷鐡道市民協議会」を設立した。群馬・栃木両県、沿線市の行政関係者、わた渓経営陣、地域住民有志が集まり「市民、行政、鉄道事業者三者の役割を明らかにするとともに、わた渓を支える市民の輪の拡大とネットワーク化に努める」と定め、市民サイドからわた渓を生かした地域づくりに取り組むことを宣言したのである。地域毎に行われた取り組みを挙げてみると、わた渓の利用促進、自然を生かした駅周辺や地域の整備・保全、ゴミ・缶拾いと清掃、花苗・苗木植え、草とり・線路の土手整備、トロッコ列車に手を振ろう、足尾駅祭りの実行、イルミネーション点灯事業、わた渓存続署名運動等に取り組み地域住民が鉄道を残したいと立ち上がった。
しかし、実情は問題点も多くそう簡単ではないように感じられるのは筆者だけであろうか?鉄道の存続だけではない、沿線観光について本気で観光振興に取り組んでいるのであろうか。車やバス利用の観光をも含めた総合的な振興策が求められよう。例えば、駅の温泉がキャッチフレーズの水沼温泉センター(写真左)、神戸駅ホームに停車している列車レストラン清流(写真右)、トロッコ列車に乗り見学できる銅山観光等それなりの施設はあるが、食事となると決して二度とは利用しないであろう。「コンビニのおにぎりや弁当のほうがマシ」と思われることのないよう、勉強と工夫が必要であろう。

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おわりに
既述のとおり世界遺産登録をめざし、全町博物館化構想に取り組む、まちづくり策定委員会並びにNPO法人足尾歴史館等やボランティア、一方、わたらせ渓谷鐡道存続を願う、わたらせ渓谷鐡道市民協議会の活動、各々が動き出している。だが、足尾は日光市、わた渓は桐生市側の感は否めない。すでに栃木県と日光市の観光ガイド関係パンフには足尾の銅山観光が組み込まれPRされている。この現実を踏まえて冷静に考えてみよう。
そもそも足尾銅山の発展とともに、銅山街道ができ、わた渓ができ、沿線が発展してきたことはまぎれもない事実である。いわば桐生から足尾までの沿線観光は一体なのではないかと思う。日光市の足尾として世界遺産に登録され発展したとして、わた渓沿線は取り残されても良いとは考えにくい。ならば、いまこそ栃木・群馬県、日光市・桐生市・みどり市の2県3市の行政と地域住民・団体が協調して広域観光振興を推進していくべきであろう。合併による行政際間の風通しを良くした取り組みが、この沿線発展とわたらせ渓谷鉄道存続、そして足尾世界遺産登録への夢を実現させていくのではないだろうか。いや実現させてもらいたいし、鉄道も存続してもらいたいし、何度でも訪れるリピーターにもなりたいと思っている。
こう思えるのは筆者の老婆心からなのか? いや、旅ジャーナリストの立場からも今後の動向を注視していかなければならないと思うのである。おしまい

投稿者:菊地正浩
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2007年07月28日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅3

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 さあ、列車に乗って出発です。ヨーロッパ各国を走る列車の個性あるカラーは、旅人の目を奪います。とくに目を引き付けたカラフル列車を2点紹介すると、アルプスの白い山々に溶け込むようなスイスの広告機関車(ブリック駅・写真左)、派手な絵柄のイタリア・ユーロスター(ミラノ駅・写真右)。ユーモア溢れるデザインが、楽しいですね。

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 最初の目的地は、ベルギーの古都・ブリュージュです。ホテルのあるリヨン駅から、国鉄RER近郊線で北駅に移動。オランダ・北欧、そして、ロンドンまで走るユーロスター北方面の玄関、パリ北駅から列車の旅が始まりました。ブルージュへは、途中ブリュッセルで、オーステンデ方面のローカル線に乗り換えます。北駅から乗る列車は、レッドトレインと呼ばれる国際特急タリス号で、ブリュッセルまで313km、1時間25分の旅。ボディや車内すべてが、ワインレッドに統一された、フランスTGVの改良型で、北駅ホームに並ぶ姿はとてもお洒落です。

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私たちのグループは、1等用ユーレイルセレクト・セーバーパス(ユーレイル加盟国から3~5カ国の旅行国を絞り2人以上が同一行動する条件の周遊割引パス)を用意しているために1等車を利用。このタリスの1等車は、席までの食事や、アルコール類を含むドリンクのサービスがあるのです(ただし、時間帯により食事内容も異なり、平日以外はドリンクサービスのみ)。パス以外に必要な、タリス号の1等指定券には、サービス料金が含まれ、今回の旅で一番高額でした。タリス号利用は、食事の時間帯に合わせて計画すると、節約効率が良いですね。
指定車乗車口で、車掌の検札と案内サービスを受けると、いよいよ乗車です。駅での乗り換えでは、ホームも低く、列車には、ステップを駆けて乗るため、参加者の皆さんには、トランクは最大60cmまで、できるだけ大きな滑車が付いている物を用意させました。そして、予約無しで乗車しても、比較的空いていて、大人数でもかたまって座りやすい、一等車の利用を決めています。

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列車は発車時間が来ると、ベルもなく発車します。一般のヨーロッパ観光ツアーでバス旅の窮屈など、苦い経験をされた参加者の皆さん、最初に乗ったタリス号では、ゴージャスな車内でのびのびとくつろぎ、出された食事と美味しいワインに酔いながら、広がる北フランスやベルギーの田園風景を眺める至福の時に、鉄道旅のすばらしさを実感していました。ブリュッセルからは、貸し切りみたいに空いた1等車。オーステンデ方面に1時間で、中世の家並みが残り、「天井のない美術館」と呼ばれるブリュージュに着きました。皆さん、静かで疲れない列車の旅に、感動したようです。
パート4につづく

投稿者:にわあつし
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2007年07月29日

『風林火山』第30回「天下への道」

「サザエさん症候群」ではありませんが、どうも日曜は落ち着いてテレビも見れない週が続いております。他の先生方はタイムリーで書き込んでいるというのに。
ところで今回は参議院選挙で時間が45分繰り上がっていまして、ビデオ録画もしていなかったため、前半部分は見逃してしまいました。まあ、土曜の再放送はしっかり録画しておこうと思いますが。
話題は越後の上杉謙信のほうにウェイトが置かれていましたが、まだ村上義清も健在というのに何でかな~。おっと謙信の軍師といわれる宇佐美定満(緒方拳)登場。勘助との謀略合戦が始まるのでしょうか。この宇佐美定満という人物、近年は実在説が否定されており、後世の捏造ともいわれています。たしか最期は野尻池での舟遊びの際に長尾政景とともに溺死してしまうのですが、まあこれは勘助死後の話ですので関係ないのですが。
で、勘助は紀州根来寺まで鉄砲を買い付けにいき、100挺もそろえて今川氏に港を借りる交渉に出ます。今川のほうは西より東に目を向けており、端役でもいいからそろそろ信長・秀吉・家康を絡めてほしい気が……。もっとも勘助がボケてしまうのでたぶん登場しないでしょうが。でも勘助、その100挺の鉄砲を長尾景虎のところにもってゆくことで越後に潜入するようです。
史跡紀行では今回の物語と全然関係のない山形県米沢市を紹介していました。上杉氏が米沢に移るのは江戸期からで、すでに景勝の代になっていますが、これって2009年度の大河ドラマ『天地人』の伏線なのでしょうか? それとも宇佐美定満の居城だった琵琶島城(新潟県柏崎市)を取り上げるつもりが、中越地震で急遽、自粛して差替えでもしたのでしょうか? ということで今回はスタンプはありません。いえ、本当はそろそろ米沢も取材に行かなくてならないのですが……。

投稿者:管理人
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2007年07月30日

味は美人

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 札幌に住む親戚の叔母から、何かの折ごとにもらうのが十勝銘菓、六花亭の「マルセイ バターサンド」です。

 香ばしく焼かれた小麦粉の両表地?の間に、レーズンの入ったバタークリームがはさんでありますが、ラム酒やブランデーなども加えられているらしく、くどい味どころか、上品っぽくってすごくイケるんですよね、これが。

 マルセイとは、明治38年(1905)に北海道ではじめて商品化された晩成社のバターのことで、その発売当時のラベルを復刻させて、パッケージのデザインに使っているんだとか......。しっかり受け売りですみません。

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 2枚目の写真のほうは、現物を自分で持った状態でのショットだったりします。幾度となく撮り直しをしているうちに、無意識に力んでいたのかぐずぐずと形が崩れてきて、手がかなりベタベタになってしまいました。

 まるで要領が悪くてのろい僕を、あざけっているかのようです。味は美人のくせして、撮影され姿がブスいぞ~とか思ったのでした。

投稿者:ざつはち
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