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『風林火山』第32回「越後潜入」

勘助が道庵という偽名を使って越後に潜入し、長尾景虎に謁見しますが、そのまま鉄砲百挺用意しろといわれ、越後に留め置かれたままになり、この間に砥石合戦が起こります。村上義清は景虎の叔父高梨政頼と対峙しますが、平蔵の策で政頼と和睦し、砥石城攻めで疲弊した武田軍に襲い掛かります。晴信二度目の敗北となる「砥石崩れ」ですが、舞台は越後ばかりで、戦いはあっけなく終わってしまいました。『甲陽軍鑑』では勘助が活躍する舞台だったのですが。
それにしても宇佐美定満が父為景の仇敵になっていましたが、これは琵琶島城主宇佐美房忠が反乱を起こしたのと関連付けているのでしょうか? その定満に鉄砲を与え、使えるかどうか検分しろという景虎。酒豪を思わせるシーンも出てきましたね。
定満に「軒猿」と呼ばれる忍びが出てきましたが、勘助のほうはあっさりと正体を見破られます。それはそうだろう。晴信の軍師なのだから……。果たしてどうなりますことやら。

今回の史跡紀行は興味深いです。長野県栄村の市河氏館跡。『甲陽軍鑑』以外で、あの勘助の実在を証明した市河文書の一族です。信濃の地頭であった市河家が北海道へ移住した際に携行した文書で、昭和44年(1969)に「山本菅助」なる人物が史料にあり、初めて勘助の実在が明らかになりました。
最寄はJR飯山線の森宮野原駅ですが、飯山線に乗ったことはあるものの、当駅は未下車でスタンプも押していません。もっとも駅から徒歩40分とのことで2㎞以上あります。夏の「青春18」旅行で痛感しているのですが、駅から徒歩15分でも相当こたえます。炎天下の散策は熱射病に気をつけてください。

投稿者:管理人
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2007年08月12日 10:41に投稿されたエントリーのページです。

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