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『風林火山』第43回「信玄誕生」

 今回は晴信が出家してようやく「信玄」になります。史実では永禄2年(1559)なので、時代的には整合性があるのですが、原作の信玄の女を戒めるものが、甲斐・信濃の領民を慈しめるための出家では、いささか偽善っぽさが残ってしまいます。そして信玄と一緒に勘助は「道鬼」、真田幸隆は「一徳斎」、原美濃守は「清岩」とそろって坊主になるわけです。
 リツを養女にしたまま、相変わらずのドタバタ漫才。幸隆は勘助に「親の慈愛があるか」と図星をつき、「次男・三男はやらん。妻にしてしまえ」と云う始末。勘助はリツを太吉の婿にしようとするが、リツは拒否。勘助は「伝兵衛でもよいのか」と怒り出す始末。たしか勘助の嫡男で長篠の戦いで戦死する山本勘蔵信供は弘治2年(1556)生まれとなっているし、寿命まであと2年しかないのに、いったい勘助の子はどうするのでしょうか。それともやはり養女にしたリツに婿を娶らせて跡取りを生ませるのでしょうか。それでは全国で山本勘助の子孫を名乗る人に申し訳ないでしょうに。
 あと今回の見どころは第三次川中島合戦のあと、さりげなく信濃豪族の市河氏に書状を出していました。これが勘助の実在の証明する「市河文書」となるわけですが、だったら「菅助」と字を間違えてほしくないものです。まあ、当時は編集技術などありませんから仕方ないのですが。

 史跡紀行はまったく関係のない山梨県甲州市の放光寺と恵林寺を紹介していました。甲州市は既出ですし、物語とはまったく関係ありません。今回は舞台が苦しいにしろ、なんでこんなところを紹介しますかね。おかげで写真もスタンプもなしです。すいません。

投稿者:管理人
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2007年10月28日 00:29に投稿されたエントリーのページです。

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