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『篤姫』第19回「大奥入城」

 篤姫いよいよ大奥入りです。
 起きるときも指示があるまで起きれない、食事中にも髪を結うなど大奥のしきたりに戸惑う様子。魚はひと口食べただけで新しいものに取り替えていたようです。そのしきたりに従わないのがいかにも篤姫といったところでしょうか。
 本寿院や側室のお志賀の方(鶴田真由)とも第一印象はよく、まだ確執は出てこない様子。滝山と幾島の争いはすでに始まっていましたが。家定唯一のお志賀の方は生没が不詳ですが、家定よりもひとまわり年上だったといわれます。家定死後は落飾して豊倹院となりますが、それにしても没年も不詳とは本当にひっそりと亡くなられたのでしょう。
 肝付改め小松尚五郎は新婚で平和な日々を「のうのうと過ごすので死んでる気分」と云っていましたが、これは『三国志』の劉備の「脾肉の嘆」といったところでしょうか。暇な田舎暮らしが合わないのでしょう。
 あと桐野先生のブログにもありましたが、「駿河の下田」は明らかに脚本家のケアレスミス。伊豆の人が聞いたら怒りそうです。『風林火山』のときにも年号違いがありましたが、NHKというのは校閲部とかしっかりしていたのではないでしょうか。まあ最近はどこもかしこも人員削減の傾向は見られますが。
 最後に篤姫と将軍家定の初対面となりました。ミカンを投げたり、かくれんぼしたり、病弱とはいわれていますが、ずいぶんと元気な将軍様ですね。

史跡紀行では皇居東御苑や大手門などを紹介していました。皇居東御苑はスタンプもありますが、今回は未訪のため割愛させていただきます。

投稿者:管理人
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2008年05月11日 07:34に投稿されたエントリーのページです。

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