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荒川豊蔵の可児と笠間(4/20)

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 4月20日に笠間市の茨城県陶芸美術館の『荒川豊蔵展』を見てきました。
人間国宝の氏は明治27年(1894)、岐阜県多治見市に生まれ、大正11年(1922)に京都に移り宮永東山が経営する東山窯の工場長となります。
 昭和2年(1927)に北大路魯山人に招かれ鎌倉の星岡窯に移ります。その当時の建物は笠間の春風万里荘となっています。
 昭和5年(1930)に可児市久々利大萱の牟田洞の古窯跡で、桃山時代の志野茶碗の陶片を発掘、桃山時代の志野が美濃で焼かれていたことを実証する「世紀の大発見」といわれました。その後、可児市大萱に桃山時代と同じ単室窖窯を築いたそうです。

 写真上は20日の美術館、美術館横の登り窯ですが、下は先日4月12日の岐阜県のJR可児駅、名鉄新可児駅の様子です。

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 こんなことを知らずに、旅行者として可児へ行っていたわけです。

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「荒川豊蔵展」に行って、さらに焼物に魅力を感じました。写真は昭和30年(1955)の奥村樗牛絵・荒川豊蔵作の志野です。楽しいものです。
連休はこの美術館のある、笠間市芸術の森公園で笠間焼の販売イベント「陶炎祭り」が開かれます。

投稿者:伊藤建介
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2008年05月02日 00:22に投稿されたエントリーのページです。

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