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2008年07月 アーカイブ

2008年07月01日

情けない旅フェア

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旅フェア2008の報道公開日に取材を兼ねて見てきました。160の各自治体、観光団体集まってのフェアで、機軸は「食」でした。
「食」でも流行の「B級」といわれる人気料理です。「B級料理」は、庶民向けに最良のたべもので、その地域の人気は出るでしょう。しかし、それでいいのでしょうか? 
人気になればなんでもいい。ただ、それだけのように思えるのです。各地域には歴史も文化もあるだろうに、情けなく思えました。地域活性化にはならないようです。
写真は「神戸のオムそば」と「門司の焼きカレー」ですが。少々辛口かな。

投稿者:伊藤建介
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2008年07月02日

ヨーロッパ鉄道心の旅2-6

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 久しぶりに訪れたモナコ公国の鉄道駅は、地下トンネルであった。長さ300mもある豪華大理石の長い連絡通路で、市内とつながっている。しかし、人影も見当たらないほどにひっそりとしていた。それもそのはず、突然の鉄道のストライキにあたったのである。

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 美しいエズ村からバスでモナコに入り、観光後は列車でニースに戻り夕刻のTGVでパリに発つ予定であったが、ニース行きの列車がない!! 旅をしていると予想外のハプニングに出くわすことがある。イタリア・ミラノ駅では、手荷物預かり料金が、荷物の個数ばかりでなく、1個の荷物は20kg制限! 床に管理しておくだけなのに重量制限とは? ボヤキながら慌ててスーツケースを開け、荷物を振り分け、重さ調整をしたり、ニース行列車では、我々の予約指定席に現地客が居座る始末。それもなんと制服のイタリア国鉄職員である。私はチケットを見せ、No.1~6の指定を確認させる。ところがこの職員の言い訳は「あなたの席は1~6ではなく、1と6の2席だ!」などと、いい加減なことを言ってくる始末だ。腹立しかったが、こちらも一歩も退かずにかなり強く言い込め、席に納まった出来事であった。

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 さて、ストライキのモナコ駅で、ニースから我々の乗るTGVの定時出発を確認したため、早々にバスを使ってニースに戻る。旅は道ずれというが、ハプニングも次の旅へのアドバイスとして心に収め、無事定刻通り発車したTGVで、ニースを後にパリに旅発った。

つづく

投稿者:にわあつし
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2008年07月03日

21世紀の建築のトレンドは”半壊型”?

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 デュッセルドルフのライン河の港では、古い施設を思い切って撤去し、新しい建物が次々と造られている。
 6月中旬、市役所が仕立てたバスで、われわれ「日独協会千葉支部」の一行30人はここに案内された。
 現地の日本人通訳の説明によると、新しい世紀へ向けて、新名所を造るという意気込みで市が発注した写真のような建物が三つ軒を並べている。アメリカの設計家ゲーリーの作品というが、どうも私は気に入らない。

 協会のメンバーの一人が「どうですか、森田さん、ここにドイツ事務所でもお持ちになったら」と突然冷やかしてきた。
 「いやだね。ドイツの建築を特徴づけるバルコニーもなく、広い窓もない。さらにゼラニュウムなどの花を置くところが何もない。こんな即物的で、根性が曲がった建物はごめんこうむる。もしかしたら床も傾いているんじゃないですか」と、聞こえよがしに答えた。

 現地通訳の女性が「ドイツのイメージをお聞きし、大変勉強になりました」と一言私に囁いた。

 このような建物で人目を引くという市の発想はいかがなものか、でもこれで納得する人がいるのかもしれない。しかしこの情景は地震直後の壊れかかったビル、または空襲による爆風でへし曲がった壁を連想させる。
 もはや「戦争と地震」を知らない世代や、奇をてらうアメリカ人にはうけるのだろう。

 そういえばこのブログで伊藤会員が今年、銀座にこの手のビルができたことを伝えていた。

 同じ時代に呼吸をしながら、とんでもない考えを持つ人がいるものだ。

投稿者:森田芳夫
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2008年07月04日

サミット前の札幌の空港 

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6月15・16日に札幌へ。温泉教授の松田忠徳さん宅に1泊。新千歳空港はサミット歓迎ムードと裏腹に空港建物内には警官だらけ、各県警の方達が隙間なく巡回していました。まさかその姿を撮るわけにもいかず、頭上の歓迎飾りをパチリです。

投稿者:伊藤建介
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2008年07月05日

『その「年齢」歴史が動いた!』

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『その「年齢」歴史が動いた!』(イースト・プレス)
B6判 500円 ISBN978-4‐87257‐720‐4

2008年6月発行。『特冊新鮮組DX』(竹書房)の特集記事を再構成し、歴史人物100人の偉業を成し遂げた年齢を一挙公開。「信長は3歳で城主になった」「聖徳太子は2歳で念仏を唱えた」「家康は68歳で15人目の側室を囲った」など話題満載。『新鮮組』でおなじみ、サダさんのイラストもユニークです。さらに各人物にプロフィールをもうけ、当社所蔵の歴史関連写真もふんだんに使っています。これでワンコインなんてお買い得でっせ!

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2008年07月06日

『篤姫』第27回「徳川の妻」

トホホ、『篤姫』の前にひと寝入りしておこうとして起きたら、もう終わりの5分。目覚ましかけておいたつもりですが、無意識に止めてしまったのかもしれません。こんなことなら最初からビデオに録画しとけばよかったのですが、まだ消化していないものもあったのでつい……。ドラマのコメントは週末の再放送までお待ちください。
 再放送を観ましたので改めて書きます。将軍継嗣問題もいよいよ佳境を迎え、幾島と滝山が激しく対立。で、慶福擁立の井伊直弼に対し、一橋派は松平慶永を大老に推します。で、今回も家定と篤姫がどちらが大老にふさわしいか両者と会見。慶永の列侯による改革よりも、井伊の幕権強化のほうに家定は同意。「徳川将軍家を守りたい」このことに胸を打たれた篤姫はものすごい勢いで家定のもとへ走っていきます。あの着物でのピッチ走法はなかなか見応えがありました。他の女中たちが篤姫のスピードについていけない。さながらスプリンターのアストンマーチャンでした。
 結局、篤姫は嫁ぎ先の徳川家に殉ずる決意をします。このへんの背景は桐野先生のブログにもあるように本寿院の影響もあったようで、慶喜が将軍になるなら自害するというのも史実のようです。家定と篤姫、束の間のLOVE×2ですが、次回は家定と斉彬の両巨頭が亡くなります。再び嵐が巻き起こりそうな予感です。

 最後の史跡紀行では浜離宮恩賜庭園や築地市場など、隅田川河口付近の紹介をしていました。隅田川の船旅は菊地正浩会員が2月11~16日に「水上バスで東京散歩」をルポしていますので、こちらもお読みください。とりあえず浜離宮最寄りの新橋駅と浜離宮のスタンプをUPします。浜離宮については「スタンプ物語3・新橋駅」で詳しく書いてありますので割愛させていただきます。こちらを読んでくださりませ。

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投稿者:管理人
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2008年07月07日

ヨーロッパ鉄道心の旅2-7

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スイス「ベルンの熊」
 世界遺産の街ベルンは、少し小雨混じりの天気だ。しかし、この街は歴史ある長いアーケードが続き、雨天の観光にはさほど影響がない。アーケード下の商店街は買い物客で活気にあふれ、品数も豊富で値段も安く、スイスでのショッピングルートとして必ず旅のコースに入れる、私のおすすめの街である。

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 昨年訪れた時に工事中だった、ベルン中央駅前の市電のターミナルも新装され、ターミナルからは石畳に敷設された軌道を、カラフルな塗装のトラムが引っきりなしに出発してゆく。
 幾度と訪れているベルンだが、まだ見たことがないのが、この街の名付けのシンボルである熊で、今回、一番始めに街外れの熊公園を訪れた。登別温泉の熊牧場のように、手を挙げ餌を求める獰猛な熊たちがたくさん待ち構えているかと思いきや、なんと、大きな熊が一匹だけ丸い濠の中に、きょとんとした顔で寝そべっていた。その姿はとても寂しそうなベルン熊だった。

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つづく

投稿者:にわあつし
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2008年07月08日

横浜のディスティネーションキャンペーン

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今夏のJR・横浜DCの発表会があり、横浜の中田市長が張り切って、キャンペーンをPR。横浜在住のタレントまで借り出して、横浜生まれの料理の再現もあり、活気を感じました。

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横浜生まれの食品はアイスクリームやビールが知られていますが、今回は老舗のホテル・ニューグランドで生まれたドリア、スパゲッティナポリタン、プリン・ア・ラ・モードが出され、私も久しぶりに濃厚な味のドリアを堪能しました。
来年6月の横浜開港150年記念イベントに向けてのDCだそうです。


投稿者:伊藤建介
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2008年07月09日

パパッとこ

いや~~~、先月の忙しさが結構ハンパじゃなったもんで~~~、泣泣。これからはもうチョット目には間隔つめて書きコしたいと思うけん~、どぞ見もらえると~~~、願願。

 もう2週間前くらいなんだけど~、5月30日に載せてた画像ベニバナの花がなんとか咲いてん~~~♪。あれから更に害虫とか病原菌にやられて葉っぱの色も全体的に白っぽくなってたんで、今年も無理かいなあ~~~、っとあきらめてたとこ~、パパッと蕾が開いてん~~~♪♪。

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 草丈全体を撮影すると、朽ち加減のお見苦しい~部分?も入ってしまうんで、上の方の誇らしい花弁のアップをパチリ~~~。

 パパッと咲いたから、パパ~~~ッとビールでも飲みたいとこじゃが~、今日もそれなりに忙しかったりで~、これからパパッとヤボ用済ましに行ってくるでよ~~~、汗汗。


投稿者:ざつはち
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2008年07月10日

ヨーロッパ鉄道心の旅2-8

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スイス・ルツェルン 「シュタットケラー」

今回の旅、スイスでの一泊目は、ムーゼック城壁やカペル橋など中世の名残ある古い街、ルツェルンに宿をとる。この街に来ると楽しみに必ず訪れるのが、スイスのフォルクローレショーで有名な店「シュタットケラー」である。引率人数も今回は多く、また、私自身結構この店の楽しさにはまっているので、ぜひ皆さんに盛り上がってもらおうと、日本で予約をしておいた。

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 外まだ明るいが夜の8時、総勢17名でテーブルに着く。メニューは、69スイスF(約7100円)のSausageコースを予約。フライやステーキなどのコースもあったが、旨いソーセージのあるこのコースを選んだ。コースには、スイス名物チーズフォンデュも含まれ、ショー代も入っての料金である。確実に1Lは入っている大ビールジョッキ代を含めると一人8500円ほどであった。愛嬌振りまく専属のおじさんウェイターが手際良く料理を運ぶなか、200人の客が集うレストランでのショーが始まる。客層は我々日本人はじめ、アメリカ、オーストラリア、アフリカなど国際色豊かで、ショーをしている舞台では、お客を引き込んでヨーデル、スイスホルン他スイス音楽で、最高の盛り上がりを見せている。気が重かった雨のスイス初日だったが、ショーの楽しさにすっかり爽快の気分で、皆さん一日の幕を閉じた。

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追伸、この店の料理だが、最初にチーズフォンデュが出る。かなりの量のあるパンを、チーズを付けて食べ始める。空腹でスタートしたら、パンとチーズでかなり満腹状態。メイン料理はその後、大皿サラダとともに、大盛りのフライドポテトと添えて出てくる。ゆっくり、ぼちぼち、調整しながら進まないと、手つかずの料理がテーブルに並ぶ始末となる。

つづく

投稿者:にわあつし
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2008年07月13日

『篤姫』第28回「ふたつの遺言」

 前回は平均視聴率26.0%とまたまた記録を更新した『篤姫』。今回が最大の山場なだけに記録はさらに伸びるのでしょう。
 将軍継嗣が慶福に決まり、井伊大老は強権を発動して勅許を得ずに日米修好通商条約を締結。ここで「恐れ入り奉ります」を連発しておりました。桐野先生の『膏肓記』にもありますが、これは史実だったようで、このシーンをドラマに用いたことを感心しています。反面、精力的に動いていた幾島は気賀が抜けてしまったようですが。
 家定の死去は安政5年(1858)7月6日、その10日後に養父斉彬が死去というダブルパンチの篤姫。夫と養父を一度に失うなんて、小公女セーラ並みの不幸ですね。しかも上様の薨御は1カ月後であったので、篤姫にとっては養父の死のあと、斉彬の遺言を読んで涙したあとに家定の死を知るわけです。「上様のところへ連れてゆけ」という篤姫。しかし、1カ月も上様の亡骸を保存する方法が当時からあったのでしょうか。それとも先に荼毘にふされたのでしょうか。そのへんが気になります。
 薩摩で斉彬が死去する際に、弟忠教(のちの久光)を呼び寄せ、後継を養子の又次郎(のちの茂久)にし、嗣子として六男の哲丸にするよう遺言します。斉彬に実子が生まれてういたとはいえ、まだ2歳の哲丸を藩主にするわけにはいかなかったのでしょう。しかし、その哲丸も翌年には他界してしまいます。斉彬の男子は6人いましたが、すべて幼くして亡くなっているところをみると、お由羅による呪詛というより、毒殺の疑惑も消えないのでしょう。
 史跡紀行では鹿児島市の天保山砲台跡や島津斉彬陣屋跡、福昌寺跡の斉彬墓などを紹介していました。ここは昨年10月10日にレンタサイクルで回ったところで、今となっては懐かしいところです。桐野先生のブログにもあるように周辺には龍馬新婚旅行の碑もあって、再来年の大河のために再訪しなくてはいけなくなるところです。今回は天保山砲台跡の写真と鹿児島中央駅のスタンプをUPします。

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投稿者:管理人
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2008年07月15日

一と氷角

 シャキ~~~ンって冷たいアイテムがほしくなる時期?なんで~、たまたまゲットしたアクセのパーツで作ったんが下の画像のネクレなり~~~w。

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 なんかトップについてんの氷みたいやない~?アクリル製だけど~、まあまあ光沢あってええ感じ~~~ww。胸元を涼しげに飾ってはいかがかな~~~?
 そうそう、利用さしてもらってる下北沢のレンタルボックス~、ハコウリさんの我の位置?が変わったねん~~~。B-1-4からC-6-2へ、ぜひお近くにお越しの際は見にいってやって頂けるとうれしゅう~、よろしゅうねん~~~♪♪。
 ま、上のネクレなんかは、ざつはちの作品のほんの氷山の一角かもよ~、なんつって~~~、汗汗。

投稿者:ざつはち
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2008年07月17日

ヨーロッパ鉄道心の旅2-9

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スイス・ルツェルン 「トゥリュンメルバッハの滝」

 旅の行程も天候次第で変わって来るもの。今年のスイスは、天候不順のためか、厚い雲に覆われた日が続いていて 、青空の見えた日はスイス滞在4日目からであった。ルツェルン近郊のピラタス登山を雨のために中止。代わりに訪れたのが、ライブINヨーロッパでも紹介したトゥリュンメルバッハの滝だ。
 ユングフラウ方面のBOB登山鉄道の駅ラウターブルンネン駅前からポストバスで約10分。滝入口バス停を降り、幾つかの滝が流れ落ちる谷間の小道を10分ほど歩くと、トゥリュンメルバッハ滝入口のチケット売り場と滝方面への石段が続いている。そして、まさしく身近に滝壺があることを察する物凄い水音が、身体中に響き渡る。

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 滑りそうな濡れた石段を音に引き寄せられるように登ると、洞窟から地上に流れ落ちる爆流が見られ、すぐ横の洞窟には、滝に沿って昇るエレベーターが設けてある。氷河から溶けて、10段階も洞窟内を流れ落ちる滝を、エレベーターを使って滝昇りをし、上段の滝から観瀑させてくれる。スイスの観光力には驚かされるばかりだ。上段から毎秒2万リットルの凄まじい水が、洞窟内を見え隠れしながら流れ落ちる姿を、急な石段に沿って下り、ビショビショに体感しながら眺めた。雨日の恩恵は凄まじい滝の息吹に感動の一日であった。

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つづく

投稿者:にわあつし
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2008年07月20日

『篤姫』第29回「天璋院篤姫」

 前回26.2%とさらに最高視聴率を更新した『篤姫』です。今週は取材で出かけていたため、ビデオ録画を頼んでおいたのですが、録画に失敗した模様。再放送を観るまでもなく中国のサイトでUPされた動画を観て24日にUPします。しかし、PCでは画像が大きくできないため観づらいですね。
 今回は家定が薨去し、篤姫が落飾して天璋院となる話です。放心状態になった篤姫は自分が上様の死期を早めたと自問自答し、お志賀の方や本寿院にも上様の死を伝えます。怒り狂った本寿院は「そなたが毒殺したのじゃ」と篤姫を折檻。でも本来、将軍生母が御台を折檻することなど、大奥の身分秩序からあり得ない話と桐野先生のブログでも解説されています。さらに疑惑の残る家定暗殺説も詳しく書かれていますので、興味のある方はぜひ太字のリンク先にも飛んでください。
 一方、斉彬の死後、気落ちした西郷は殉死をはかり、月照に止められます。薩摩では藩主の父忠教(のちの久光)が小松帯刀を呼び、側に仕えてほしいと懇願し、それに対し大久保が同意します。権力に刃向かうものではなく、利用してゆくもの。怜悧かつ合理的な大久保らしい考えですね。ここで前藩主の斉興が25回ぶりに登場しましたね。斉彬の死後、藩主忠義が若年であることを理由に忠教をさしおいて再び藩政を掌握し、西郷隆盛など斉彬派の家臣を粛清するようですが、このあたりはドラマでどう描かれるのでしょうか。見ものです。
 史跡紀行では鹿児島県姶良町の平松城跡、重富島津家墓地や鹿児島市の久光像や玉里邸庭園など忠教(久光)ゆかりの史跡を紹介していました。姶良町の最寄はJR日豊本線重富駅で、20年以上前にスタンプを推した記録が残っていますが、そのスタンプがすぐに出てこないので、今回は割愛させていただきます。

投稿者:管理人
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2008年07月22日

蔵王も好天気

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宮城県蔵王町。7月1-2日の蔵王の刈田岳でも梅雨晴れながら、強烈な暑さでした。
東北地方でも気候が変化していて、はや、夏の到来ですが、山頂近くでは、この時期を待っていたかのように、コマクサが咲いていました。


投稿者:伊藤建介
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2008年07月27日

『篤姫』第30回「将軍の母」

 慶福が14代将軍として家茂と改め、落飾した天璋院はその後見役として生きてゆく希望を見出します。いまでいうモチベーションというものでしょうか。しかし、桐野先生も申しているように家茂は当時13歳なのに、演じている俳優が宮崎あおいと同年齢(22歳)の松田翔太では、どうしても不自然さがぬぐえないのです。子役を設定すべきだったのではないでしょうか。家茂に「娘子のよう」といわれてしまい、天璋院の威厳はどこへやら。年齢的には姉弟のような感覚ですが、どうも役者さんの年齢が一緒だとそうも見えない。家茂は亡くなるまで月代を剃っていなかったともいいますし。
 今回、井伊直弼が立てた将軍後見役に田安慶頼の名が出てきましたね。のち徳川宗家16代となる亀之助(家達)の父です。しかし、幕政は井伊大老の専横で安政の大獄となります。京都に西郷も月照とともに薩摩に逃れますが、斉彬に代わって再び実権を握った斉興によって牢に入れられ、西郷に月照を斬る「永送り」を命じられます。西郷は月照と錦江湾に入水しますが、奇跡的に蘇生したようです。
 一方、家茂は将軍宣下のあと、ふとしたことから天璋院を「母上様」と呼び、天璋院を感涙させます。まあ、今回のタイトルはこれがメインだったのでしょう。幾島は天璋院付年寄として重野を推挙し、自らから辞任を申し出ます。この別れは次回に続くということで……。

 史跡紀行では慶福の故郷である紀州藩の和歌山市を紹介していました。和歌山城や紀州東照宮など紀州関連の史跡が出てきましたが未訪です。JR和歌山駅には過去に下車したことはありますが、スタンプもJR西日本エリアで2008年に一新されてしまったので、新スタンプも未押です。今回も写真・スタンプなしですいません。それにしてもまだまだ全然、現地へ行っていないことを痛感します。体がもうひとつあったらなぁ~。

投稿者:管理人
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2008年07月30日

『世界が愛した日本』

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『世界が愛した日本』(竹書房/四條たか子著・井沢元彦監修)
B6判 1365円 ISBN978-4‐8124‐3573‐1

2008年7月発行。『特冊新鮮組DX』2007年4月号でも取り上げられた外交美談の特集を深く掘り下げて書籍化しました。著者は『天璋院篤姫と幕末を旅する』(一水社)でもおなじみの四條たか子先生。監修は歴史作家で有名な井沢元彦先生です。あなたは知っていましたか? 世界の人々が日本を「世界に最も良い影響を与えている国」と評価していることを。日本の教科書には載っていなくとも、彼らはずっと日本を誇りに思っていてくれたのです。涙なしでは読めない感動の一冊。

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第一章
日本×トルコ
エルトゥールル号の恩返し
95年後の日本人奇跡の救出劇

第二章
日本×ポーランド
シベリア孤児の救済
日本外交史上、異例の即断が救った小さな命

第三章
日本×ベルギー
10万フランの贈り物
日本人の魂に応えた感謝の気持ち

第四章
日本×ユダヤ人
6000人を救った“命のビザ”
国益を超えた外交官・杉原千畝の決断

第五章
日本×インドネシア
植民地からの脱却
インドネシア独立を助けた日本兵

第六章
日本×韓国
もう一つの昭和
日韓の架け橋となった李方子妃

第七章
日本×ドイツ
坂東俘虜収容所で咲いた“虜囚文化”
捕虜ではなく人としての交流

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About 2008年07月

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