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2008年10月 アーカイブ

2008年10月01日

「信州そば」の魅力

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また、須坂でソバを食べてしまった。
信州に久しぶりという友人たちと一緒なので、私もありがたくいただく。
『あがれ家』では、ご主人がはりきって「ヨモギそば」(右)と「十割そば」(左)を手早く打って出してくださった。
写真の手前左は「水」です。そばの味を楽しむのなら「水」でどうぞ、とのこと。さっそく「水」でいただく。
私は十割は苦手で、ツナギが多いほうがツルツルしていて食べやすい。毎月のごとく「本場信州そば」をいただいていると、魅力が減少します。もったいないことですが。


投稿者:伊藤建介
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2008年10月03日

は~まる

ここんとこのざつはちに欠かせないもんその1は「カボス」~~~♪♪。九州は大分の郷土料理の店ん方から、どか~~~っと送って頂いてん~!うれしか~~~♪♪。

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みかんくらいの大きさがあるんで、適当にくし型とかに切っては、さんまとかにはもちろん~、安いポン酒(とくに料理用とか~w)にぎゅっ~~~っとスクイ~~~ズ!かぼちゃの煮物にスクイ~~~ズ!苦いコーヒーにもスクイ~~~ズ!!
 すると、な~んともまろやかでセレブ?なテイストにみんな大変身なんですわよ~、おほほほほほ~~~♪♪♪。


 ここんとこのざつはちに欠かせないもん? その2は「夢/君の中の君」~~~w。んんん~~~って感じ??上記は「宝仙花」っつう3ピースグループの曲名だったり~~~♪♪。
 らしくないバンド名wや、らしくないベースの人とかのポニョってるルックスも最高なんだけど~ww、ヴォーカル、演奏、詞、曲、どれにもズトン~~~ッと全身射抜かれてしまってん~~~♪♪。もうカミ~~~♪♪♪。泣きながらお茶漬けすすりたいヤツは聴いてみ~~~って意味不明でスマン~~~、汗汗。

投稿者:ざつはち
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2008年10月05日

『篤姫』第40回「息子の出陣」

 今回は八・一八の政変から池田屋事件、禁門の変、第一次長州征伐へと続く歴史の流れでしたが、ものの見事に社会情勢はスルーして、ホームドラマに徹していましたね。
 滝山が家茂に側室をすすめたり、和宮様の懐妊間違いなど、どーでもいいようなところで時間を割かれたような感じです。まぁホームドラマ仕立てなので、和宮と天璋院が和解の糸口を見出す設定だったのでしょうが、戦国や戦争など血を見るのが好きな男性諸君には、消化不良を起こしそうな内容であったこともたしかです。
 今回のメインはどちらかというと、小松帯刀の妾となる琴花(お琴)でしょう。真面目一徹で妻以外には女性に免疫のない帯刀が、琴花とねんごろになってしまい、のちに家督を継ぐ清直を産むことになります。すでに小松家には正室千賀の甥清緝がおり、いったんは小松家を継ぐのですが、すぐにこの清直に譲ることになり、正室千賀が育てることになるようです。このへんの複雑な関係は、ドラマではどう描かれるのでしょうか。もちろん薩摩藩家老職の帯刀ですから妾がいて当たり前ですが、どうもあとでうろたえそうな雰囲気です。西郷も三度結婚しており、奄美在中のときに結婚した妻は鹿児島に連れ出せないため、のちの後妻のいとは奄美での子どもの世話までしたとか。うーん、薩摩の女は辛抱強いですな。現在なら即離婚で慰謝料で破産しまっせ!
小松帯刀の側室詳細は桐野先生の『膏肓記』もぜひお読みください。


 史跡紀行では禁門の変のあった蛤御門や鷹司邸跡などを紹介していました。蛤御門は2003年に取材に行ったことがありますので、今回はその写真をUPします。ただあの当時のデジカメは性能が悪くて画素もサイズも小さいのが難点。WEBにUPくらいなら耐えられますが、やっぱもう一度撮影し直したいと思う京都です。

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投稿者:管理人
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2008年10月07日

月島西仲通り商店街「もんじゃ焼き」

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東京・月島西仲通り商店街は『もんじゃ焼き』一色。ご当地料理のヒットで、NHK朝のテレビ小説『瞳』の影響もあり、直線400mぐらいの商店街に64店がある。
9月20日現在でも、65件目が店の業態を変えて開店です。

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古参のその1軒へ。はじめて「もんじゃ焼き」を体験。『海鮮もんじゃ¥1200』を注文。
食べ方は、まず具を楕円形に、中央をへこませて、そこにソースを入れたトロトロの粉汁を流し込んで、湖化を待つ。「端の少々固めが美味」とのこと、私は小さなヘラを持って固めばかりに集中です。
まるでままごとのようで、おもしろい体験でした。


投稿者:伊藤建介
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2008年10月09日

ふるさと心の旅--サヨウナラ由比町1

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 平成の市町村大合併が、我が故郷・由比にも訪れました。平成20年11月1日、あとひと月たらずで、静岡市と合併を致します。 明治22年(1889)、1宿10カ村で由比町ができてから120年、町政の歴史に幕が降りるのです。地名は庵原郡由比町が静岡市清水区由比と、静岡市と元の清水市の合併された地名の中のはずれに記され、全国的に知られた由比の名も薄れてしまいそうです。

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 由比は富士山が美しい姿で眺められる名所「薩埵(さった)峠」や、水揚げ日本一を誇る「桜エビ漁」そして、慶安の変で江戸の世に名を広めた「由比正雪」など、町として知られた事柄が多いのです。これらが失くなる訳ではないのですが、新地名で由比がぼやけないように、オリジナリティのある町づくりを願うものです。

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 我が故郷を、由比エトセトラで紹介します。一回目は鉄道編です。海と山に挟まれた細長い町を、東海道本線、新幹線、国道1号線、東名高速など日本の大動脈が突き抜けています。そして、我が町の住民は、東海道本線の線路や国道を、自分の家の裏庭の如く使用しています。

つづく

投稿者:にわあつし
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2008年10月11日

信州・木島平村の雲の風景

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9月27日朝、急に気温が下がって13℃でした。木島平村のわが山荘の庭では、写真のような風景に変わりました。
淡い乳白色の外気は雲です。細かな水の粒が充満したこの空気の中で、深呼吸すると、こころも体も落ちつきます。これが霧と雲の境界なんですね。ここは670mで、下界は晴れているので、下から見上げるとこれは雲に見えます。
終日曇天で、確実な秋の到来です。


投稿者:伊藤建介
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2008年10月12日

『篤姫』第41回「薩長同盟」

 前回28.1%とさらに最高視聴率を更新した『篤姫』。競合番組もなく一人勝ちした印象です。それにしても今回はえらく歴史的な流れをすっ飛ばす脚本家ですなー。
 まあ、ドラマですから歴史に忠実でなくてもいいんですが、あまりにも早い展開に視聴者も何が何だか分からなくなっていたのではないでしょうか。
 ドラマ自体は家茂の母実成院を敢えて登場させなかったことで、天璋院様と家茂の義理の親子関係がうまく描かれているのはいいですがね。実成院は乱痴気騒ぎをしばしば起こしたそうですから、登場させてしまうと、フジテレビの大奥ドロドロシアターになってしまうのを嫌ったのでしょうか。
 でも、家茂が上洛するので第一次長州征伐に出征かと思えば、いきなり時代がとんで薩長同盟になってしまっている。第一次長州征伐では西郷隆盛が重要な役割だったのですが、これがすっ飛ばされ、兵庫開港で幕府と薩摩藩がもめたことや、一橋慶喜の一会桑体制のあたりを描いていないので、なぜ薩摩が長州と手を結ぶようになったか、よくわからないままになっています。これでは天璋院様もキツネにつままれたような感じになってしまうのではないでしょうか。
 坂本龍馬の妻お龍(市川実日子)も登場しましたが、肝心の寺田屋事変の注進はあまり色っぽくありませんでしたね。何が何だかわからないまま場面は変わってしまうし、脚本家としてはこのあとの龍馬の新婚旅行を描きたいのでしょうか。本日はそんな感じで時代がすっ飛ばされたため消化不良の回でした。

 史跡紀行では薩長同盟の地である二本松薩摩屋敷跡や京都市上京区の小松帯刀寓居跡参考地の石碑を紹介しました。これは歴史作家桐野先生の推論も参考に今年7月に建立された碑だそうです。いやー先生の功績はすごいですね。おかげで京都も新しいスポットがひとつ増えたのではないでしょうか。残念ながら僕は未訪ですので、今回は写真・スタンプなしです。

投稿者:管理人
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2008年10月14日

信州、リンゴの秋

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やっと暑さから開放。
9月30日の信州長野県中野市のリンゴ畑の風景です。気持ちよかったなあー。
柔らかくて甘みのある、「つがる」リンゴですが、長野県で交配普及した「つがる」です。
青森県の津軽地方で「信州りんご」は作っていません。
正しくはリンゴに袋をかけないので「サンつがる」というそうです。
長野県で青森県・津軽を宣伝しているようなものですが。須坂の農業試験所で、このリンゴの開発にあたった技師は、その後、岩手大学で教授として寒冷地の農業普及に尽力され、全国一のブルーベリーの指導者になりました。

投稿者:伊藤建介
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2008年10月16日

大阪ベイエリアの今

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 大阪へ。新生なにわの人気のベイエリア地区は海上の街です。この地域の施設はほとんどが経営不振で、大阪市の施設が多く、破綻模様の大阪府のスケー プゴート的存在です。この稀有壮大な海上都市には、生活感のない、人も少なく、静かな空気 が漂っています。

 写真は天保山大観覧車から、手前中央は「海遊館(水族館)」、左足ゲタに 半分隠てサントリーミュージアム。海を隔てて、最高所のビルがWTC (ワールドトレードセンター)コスモタワー、右端の海上に突き出たような半円球は「なにわの海の時空館」で、大阪港にちなむ歴史的文化的施設とのこと、北前船が復元してありました。

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投稿者:伊藤建介
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2008年10月18日

北海道旭川の紅葉

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紅葉はカエデだけでなく、ナナカマドやウルシも鮮やかです。10月上旬なれど北海道・旭川のナナカマドの街路樹は今は盛りと、鮮やかな朱色で、みごとなものです。
しばらく見とれていました。


投稿者:伊藤建介
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2008年10月19日

『篤姫』第42回「息子の死」

 ここにきて駆け足で進むドラマです。ホームドラマもここまで徹底し、歴史的な事件をすっ飛ばすのは少々消化不良を起こしそうな気がしますが。ただ、僕のほうも年が暮れるにつれ、日増しに慌しくなっており、コメントが短くなりがちですが、そのあたりはご理解願えればと思います。
 やはり出ましたな坂本龍馬の新婚旅行。それについに小松帯刀が浮気を打ち明け、妻に詫びる。まぁ、このシーンは女性には受けるでしょうな。ここでお龍が帯刀の妻お近を説得します。龍馬の新婚旅行の地は霧島温泉郷の塩浸温泉。本数の少ないJR肥薩線嘉例川駅が最寄ですが、地図から判断しても3km以上は離れています。修学旅行で林田温泉へ行ったことはありますが、クルマがないとやはり不便。龍馬の足跡をたどるとなると取材者泣かせでありますな。
 ところでこの新婚旅行、桐野先生のご指摘にもありましたが、龍馬夫妻は塩浸温泉ですが、小松夫妻は栄之尾温泉で、同じ霧島温泉郷でも結構離れています。しかも10月16日の読売新聞には小松帯刀とお近が龍馬より10年前に新婚旅行に出かけたという説が浮上しています。たしかに龍馬夫妻を日本初の新婚旅行とするのは、かなり不確定な要素が多いという話を聞いたことがありますが、やはり日本人の心象として龍馬を日本初にしておきたいのでしょう。しかし、夫婦で湯治というのはもっと以前からありそうな話。ひょっとしたら聖徳太子が日本初なんてことも十分あり得るわけでして……。
 一方、将軍家茂は21歳の若さで他界します。死因は脚気衝心といわれていますが、虫歯がひどかったという説もあり、よく分かりません。ただ、あの若さで国事を背負えば心労は並大抵のものではないでしょう。先日、某テレビドラマで天璋院と勝海舟が共謀して殺したなどとやっていましたが、こういう無茶な話に肖像写真を所蔵先などから借りるものですから、最近は所蔵先もかなり神経を尖らせているようで、おかげで写真を借りるにも大変なご時世になってきました。そのうえ、スケジュールだけは早くて時間はなく、世も末でございますな。
 史跡紀行では鹿児島県霧島市の霧島温泉郷・塩浸温泉や霧島神宮などを紹介していました。もちろん、未訪の地。でも取材で行かなくてはならない場所でもあり、金も時間もなくて困ったものです。スタンプ・写真もありません。あしからず。
 
投稿者:管理人
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2008年10月21日

サヨウナラ由比町2「歴史編」

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 江戸から京都までの東海道五十三次の十六番目の由比宿は、北は青森・尻屋崎、南の下関から約735㎞と、ちょうど本州のど真ん中に位置する宿場町です。由比の名の語源は、いろいろな関係を結ぶ、「結(ゆい)」から生まれたようで、その昔は湯井とか湯居、由井などいろいろな字体で表されていました。現在の「由比」の字体になったのは江戸時代からのようです。また、豪族が地方を支配した平安後期の1056年、「前九年の役」で大活躍をした大宅光任の曽孫・光延が、源頼朝から駿河の清水・高橋、由比、西山の三郷を与えられ、光延の三人の息子の一人である光高が由比の俗姓を名乗り、由比氏として名主君臨、現在もその子孫が健在しています。

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 平成6年、町おこしの一つとして、江戸時代の歴史に触れられる施設・由比本陣公園内に「東海道広重美術館」が開館しました。歌川広重の東海道五十三次の「由井」や、ゴッホが模写した事で有名な「亀戸梅屋舗」など1300点が収集・展示されています。その向かいには、『慶安太平記』で全国に名を知らしめた駿河の快男児・由比正雪の生家と言われる「正雪紺屋」があります。

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 正雪は『由比根元記」に「由比宿紺屋吉岡兼房の倅富士太郎」と記されていますが、浪人救済のために正雪が起こした「慶安の変」は、幕府への謀反の騒動として処罰は厳かったようです。正雪の身内はすべて死罪とされ、現存する紺屋が出生地なのかは定かではありません。私は幼少の頃、捻挫した痛い足を引きずりこの正雪紺屋に通い治療した思い出があります。柔術で覚えたという治療は、慣れた手つきで痛みも早くとれ、さすが正雪の子孫! とおじいさんを尊敬していました。ただこの頃は、正雪がどんな人物だったのかは知りませんでしたが。

つづく

投稿者:にわあつし
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2008年10月23日

『三国志武将百傑』

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『三国志武将百傑』(学習研究社)
B6判 224P 550円 ISBN978-4‐05‐403938‐4

2008年10月21日発行。11月より放映される三国志の映画『レッドクリフ(赤壁)』に先がけ、三国志に登場する主な武将・人物100人を取り上げました。カラー特集では正子公也氏の挿絵はじめ、攻城兵器・必殺武器・軍船・計略などを紹介。三国志のあらすじや主な合戦、故事成語、用語解説などは島崎先生が執筆しています。これ1冊読めば三国志の概要が分かり、“映画の友”としても欠かせません。観る前に読めば予習に、観た後に読めば復習になります。コンビニで見かけたらぜひ買ってくださいませ!

購入


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2008年10月25日

コロコロぶっすりっ

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 家に残ってるビーズで、形がふぞろい過ぎたり~、割れやす過ぎて使えねえ~~~ってヤツが結構あるねん~~~、泣。
 んで~迷った挙句に樹脂粘土の中に埋め込んで丸めて~、別の手製デカビーズにしてしまえ~~~と目論む~~~!
 んでんで~~ペンで色塗り~ニスも塗り~、テグスやピンなんかを通す穴開けるために楊枝をぶっ刺して乾かし中~~~!!


投稿者:ざつはち
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2008年10月26日

『篤姫』第43回「嫁の決心」

 将軍家茂死去で落飾しなくてはならない和宮様ですが、落飾をためらうと同時に役目は終わって都に帰ろうとします。一方、将軍職を継いだ慶喜も正室も江戸城へ入らず、大奥の存在が薄れます。まぁ、父斉昭があそこまで嫌われているのですから、城に入りたくなかったのでしょう。亀之助は出てこないけどどこ行った?
 落飾をためらっていた和宮様ですが、いきなり落飾を決意し、静寛院となります。しかし、都へ帰ろうとした矢先に兄孝明天皇が崩御。笑って静寛院を送り出そうとする天璋院に対し、その強さに感服します。そして江戸城に止まり、天璋院同様、徳川の女であることを決意します。天璋院が強いのは亡き家定公がついているからといい、まぁ冷え冷えの現在の夫婦関係に一石を投じるつくりになっていました。
 一方、薩摩では小松帯刀が月代をやめ、総髪になっていました。小松の肖像といえばあの月代が有名ですので違和感ありですが、実際は現存する3枚の写真のうち2枚が総髪だそうです。でも、総髪の肖像写真はみたことないので、やはりしっくりきませんね。そしてお琴と別れるといいながら、お琴との間に子が生まれています。この時点で千賀の甥の町田申四郎実種が養子となっていたと思うのですが、このあたりは割愛してしまうのでしょうか。
 あと、このあと四侯(松平慶永・島津久光・山内豊信・伊達宗城)と慶喜による列侯会議が出てきましたね。これ以前の文久3年(1863)末から翌年春まで行った参預会議の再現ですが、こちらが割愛されたため、いまいち幕府と薩摩が対立してゆくさまが読み取りにくいというか。でも、ここで薩摩は倒幕路線を突き進むことになり、土佐は幕府擁護に回ります。さて、来週はその大政奉還と龍馬暗殺です。龍馬暗殺の謎解きはここではどう描かれるか興味深々ですが、どうなることやら。

 史跡紀行では東京都港区の増上寺を紹介していました。ここは歴代将軍のうち2・6・9・12・14代将軍と和宮の墓が眠っています。普段は公開していませんが、4月上旬の御忌大会(ぎょきだいえ)ではこの将軍家の墓が公開されます。増上寺は東京タワーを借景とした大殿がスタンプの絵柄にも採用されており、JR浜松町駅のスタンプも同じ絵柄です。

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 先生の更新とタイミング合いませんでしたがこちらもどうぞ。


投稿者:管理人
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2008年10月28日

江戸時代の接待料理 再現会食会

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「江戸時代のご接待料理再現会食会」に参加しました。
10月22日、長野県須坂市の田中本家博物館での秋の食の会です。 弘化4年(1847)秋の『諸客賄方控帳』どおりの内容。御殿様用です。
今回も料理関係の岸朝子さんと一緒。ほどよい紅葉の旧家の庭を 眺めながら18名での会食ですが、当時の料理とおもてなしを充分に味わいました。 14皿も出ました。

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大平、一の膳、二の膳、吸い物膳とあり、めずらしい納豆醤油がありました。納豆醤油は 写真に小さく写っていますが、なんと江戸時代の「金襴手猪口伊万里焼」入りです。
「鮮鰤刺身」や「塩引鮭刺身味醂掛」など、ブリ、シャケの昆布締めも出まして、カステラもいただいていたんですね。
当主の田中宏和さんによると、「当時、日本料理の頂点に達していた」 そうです。
食器はすべて当時のままの伊万里焼、輪島塗、京漆器などで、ピカピカで 出てきます。
チョー高価食器で、持つ手も緊張します。掛け軸も花器も当時のものが飾ってあり、雰囲気は上々。しかし18名の会食に男性は私だけ。
参加費は1万5千円。お味も食器も、お部屋も、もてなしも「おいしゅう ございました」


投稿者:伊藤建介
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2008年10月30日

サヨウナラ由比町3「味覚と祭」

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 由比の味覚といえば、温州ミカン、倉沢びわ、そして桜エビが挙げられます。ミカンについては天明6年(1786)、紀州出身の厳城和尚が、気候風土のよく似た由比の地へ紀州ミカンの苗木を植えたのが始まりです。また、びわは昔から「茂木びわ」という、小粒のびわが栽培されていましたが、明治の半ばになって、九州で栽培されていた甘く大粒の「田中びわ」を西倉沢・柏屋川島幸平氏が貰い受け、苗木を栽培したのが現在の由比のびわになったようです。ミカンもびわも、由比の温暖な土地が育む味覚の実りといえましょう。収穫の時期を迎えた町の段々畑は、暖かい潮風を浴びたミカンやびわの実で、色とりどりの賑わいをみせます。

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 そして“桜エビといえば由比”といわれるほど、日本一の桜エビ漁の町として、由比は全国に知られています。桜エビを使った料理の店が、町内に数多くあり、なかでも由比漁港内にある『浜のかき揚げや』は、漁船から直に卸される新鮮さが、訪れる観光客に人気を呼んでいます。

 由比の桜エビ漁が盛んになったきっかけは、明治27年(1894)冬、由比町今宿・渡辺中兵衛共同の鯵夜曳船(夜間に鯵を捕るために網を曳く船)が、富士川の河尻沖で網を下ろす際、いつも網に付けている浮樽をうっかり忘れ、そのまま網を下ろしたところから始まります。網が深く沈み過ぎ、やがて網を引き揚げると、思いがけないほど多く(一石・180L)の桜エビが捕れ、やがて鯵船曳網から桜エビ揚操網漁に変わって、日本一の桜エビ漁の町になったようです。以前は、捕れた桜エビを浜に干したため、由比の海岸は赤い桜エビの絨毯のようで、鮮やかな風情がありました。今は、冷凍技術や輸送の進歩で、新鮮な生桜エビが全国の家庭でも味わえます。

 この桜エビにちなんで、毎年5月3日に由比漁港では、「桜エビ祭」が開かれ、多くの観光客で賑わいます。このほか、由比名物の甘夏ミカン“デコポン”にちなんだ3月の「デコポン祭」、大道芸や太鼓など様々なイベントを繰り広げる、10月の「由比街道祭」など、オリジナリティ豊かな催し事はいずれも大好評です。

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 明治22年(1889)に町制施行した由比町も、町政120年の歴史に幕が降りようとしています。2008年11月1日には静岡市清水区に編入。由比の地名は片隅になってしまいますが、豊かな恵みの町は健在です。標高707mの浜石ヶ岳の頂上に立てば、快晴の日には北に南アルプス連峰、東に富士山、そして駿河湾の大海原の南には伊豆半島、西に三保半島と360度のパノラマが広がり、風光明媚な由比の地を眺望することができるのです。

おわり

由比町消滅まで残りあと1日!

投稿者:にわあつし
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