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2008年11月 アーカイブ

2008年11月02日

『篤姫』第44回「龍馬死すとも」

 大変慌しい時期で、できればスルーしたいような危機的状況ではありますが、すでに当ブログのストックネタも尽きておりますので、あっさりと書いておきます。
 前日にUPされた桐野先生『膏肓記』で予想されていましたが、その通りになってしまい、先生の先見性に恐れ入るばかりでございます。小松帯刀という人物がこれまでクローズアップされてこなかったため、たぶんドラマで演じられている帯刀が実像なのかと思い込んでしまっている視聴者も多いのではないでしょうか。小松が龍馬と組んで大政奉還を行い、同じ薩摩でありながら西郷・大久保との考えの違いから接触がなくなってゆく。小松を平和主義者のように描きたい脚本家が、本来は武力倒幕派の小松をいかにも大政奉還の立役者のようにしてしまいました。
 もっともっと不満なのは龍馬ファンにとっていつも気になっている暗殺劇がどう描かれるのかという一番重要な場面を何の脈絡もなく刺客に襲われて絶命。西郷や大久保が糸をひいた形跡も表立って見られず、完全な肩透かしです。それにしてもNHKは残虐シーンを嫌ったのか、龍馬の傷の浅いこと浅いこと。出血も全然ないし、あの程度の切り傷で落命するのでしょうかね。
 最終的には帯刀と篤姫が江戸無血開城の立役者になるようにもっていきたいのでしょうか。たしかに宮崎あおいさんの演技は認めますが、宮崎あおいファンなら喜んでも、歴史ファンにとっては不快に感じてしまうつくりになっているのもたしかです。最後の最後でこんなことするかといった感じです。
 あと気づいた点ではようやく田安亀之助が出てきましたね。勝海舟が江戸城にきて、大奥が一丸となって抗戦の構えをみせることで一致団結。でもこれって政治的には蚊帳の外なんですがね。

 史跡紀行では京都市中京区の二条城を紹介していました。二条城懐かしいですね。新選組の取材で2003年に行きましたが、それ以降、京都とも疎遠になっておりますが、こんな行楽シーズンに行きたいものです。今回は二条城とスタンプをUPします。もっとももう5年前なので新しくなっているかもしれませんが。一新といえばJR二条駅のスタンプもそう。たぶん新印も入手していると思いますが、さすがに整理している時間はないので今回は割愛します。

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投稿者:管理人
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2008年11月09日

『篤姫』第45回「母からの文」

 龍馬暗殺から鳥羽・伏見の開戦まで随分今回はスローな流れに戻ってしまいました。しかし、肝心の小御所会議では山内の殿様のパフォーマンスもなく、薩摩の陰謀というのもいまいち分かりません。長州藩は蚊帳の外なのでしょうか。
 今回はあくまで反戦平和主義に立ち回る小松帯刀が病気のため、薩摩にとどまり、その間に西郷・大久保が倒幕を実行に移すというものでした。小松が病で上洛できなかったのは事実ですが、脚本家はそれをよいことに小松が止めることができずに暴走してしまうような描き方をしたいようです。小松の病因は桐野先生のブログが詳しいです。でも、小松が辞官納地を提案しているのだったら、明らかに徳川家を追い詰めていませんか。このへんは戦争の嫌いな優しい小松を描くために歪みが生じていますぜ。
 なのに天璋院の実家今和泉家に行き、天璋院を故郷に帰らせるように母を説得したり、久光まで使って手紙を書かせるなど明らかに変です。もう徳川家に殉じるという決意は固めているのだから、はっきりいってこの回とんだヤブヘビです。
 その間に江戸市中での薩摩藩の放火は続き、ついに三田薩摩藩邸を焼き討ちに。こんな飛ばしようじゃ鳥羽・伏見も軽くスルーされるのでしょう。ホームドラマだから仕方ないといえば仕方ないのですが。

 史跡紀行では大阪市中央区の大坂城を紹介していました。本来なら三田薩摩藩邸跡を紹介すべき回なのですが。なお、大坂が大阪に改められるのは明治維新後のことです。大坂城は未訪ですが、カリスマ編集者森田芳夫の後継者でもあるH津歴史文化財団が取材していますので、今回は大坂城と最寄のJR大阪城公園駅のスタンプをUPします。嗚呼、大阪城行ってみたいです。

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(写真提供/H津歴史文化財団)

『篤姫』もいよいよ最終回まで、残りカウントダウンを数えるまでになりました。なお、来週は取材で日曜におりませんので、更新が若干遅れます。あしからず。

残り2カ月切りましたが、四條たか子先生著の『天璋院篤姫と幕末を旅する』(一水社)を購入していない方は、ぜひこちらからご覧になって購入してくださいまし。来年にはほぼ絶版確実のため。

投稿者:管理人
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2008年11月11日

旭川の初吹雪 寒かったー!

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11月8日の旭川の吹雪。7日の夕方から降りだして、その吹雪の夜は強烈な冷たさ、指先は痛いし、参ったなあ。でもワクワクです。
旭川市庁舎、シンボルの旭橋、ナナカマド…。寒い冬に突入でした。
運転しながら撮っちゃいけないけれど。つい嬉しくて。


投稿者:伊藤建介
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2008年11月15日

紅葉散歩1「安倍峠」

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 曇り空が続く中休みの日、静岡県と山梨県を結ぶ山越えの道・安倍峠を訪ねた。戦国の武将・武田信玄が、静岡・梅ヶ島から掘り出した金を運んだと言われる安倍川の秘境である。

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 周遊ルートは、静岡→[県道29号線]→梅ヶ島温泉→安倍峠[1416m]→身延山久遠寺→[国道52号線]→静岡で、総距離は132㎞。少し小雨模様の国道52号線を山梨・身延山めざして北上。日蓮宗の総本山である久遠寺で参拝を済ませると52号線と分かれ、大城川に沿って山裾に向かう。

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 ここから静岡・梅ヶ島まで18㎞の山道は、通称豊岡梅ヶ島林道と呼ばれる。道は最近、完全舗装され、離合しにくい箇所こそあるが、よく整備されて走りやすく、秘境とは思えない林道であった。山肌に沿って続くつづら折りの道からは、県境を貫く八紘嶺[1918m]などの山々の尾根が、鮮やかな紅葉の衣を拡げ始め、美しい絵巻を繰り広げていた。

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 この峠道は、富士山もこの景色の中に顔を揃える絶景で、この時期は白い雪を被った富士山と、周囲の紅葉とが織り成す見事なロケーションを見られる季節でもある。残念ながら訪れた時は曇に隠れ次回の楽しみとなった。やがて安倍峠を越え、鯉ヶ滝、安倍の大滝を眺めながら信玄の金の路ロマンを満喫すると、旅の締め括りは、梅ヶ島温泉にて癒しの湯に浸り、帰途に着いた一日であった。

投稿者:にわあつし
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2008年11月16日

『篤姫』第46回「慶喜救出」

 今回は取材のために当日不在にしており、翌日録画したビデオを観ましたが、更新がすっかり遅くなってしまいました。
 天璋院の手紙が実家に届き、「徳川に殉じる」という返事。一方、鳥羽・伏見の戦いで敗れた徳川慶喜は部下を見捨てて江戸へ逃げ帰り、浜御殿で勝安房守と対面します。そこで勝は慶喜に天璋院に会うように勧めます。その大奥では慶喜の首を差し出せと紛叫中。
 篤姫に会った慶喜は「大坂を離れたのは戦を止めること」「首を差し出す覚悟はできている」と言いますが、篤姫は「きれいごとはもうよい」と一喝。「生きてもらいます」「生き恥をさらしてもらいます」といいます。そして「あなたは家族です。大奥1000人を束ねるのも大変なのに、将軍だと余計大変」といって、初めて慶喜が天璋院に心を開きます。桐野先生も申していますように「家族愛」がテーマだったのでしょう。まぁ、離婚などが当たり前の世の中だから、余計教訓になったのかもしれません。あくまでドラマ上の理想だけで現実はドロドロということ日常茶飯事ですが。
 もうひとつ気になったセリフで、篤姫の実家・薩摩と和宮の許婚だった有栖川宮が倒幕の軍で江戸へ進軍するのに対し、岩倉が「歴史はむごいことをする」と言うと、西郷は「縁もゆかりもない者に討たれるのはもっとむごい」と返答。なかなか含蓄深いです。
 以上はあらすじですが、要は尊攘派であった水戸藩出身の慶喜が「錦の御旗」をみて、「朝敵になるのは嫌じゃ」と部下を見捨ててしまったのはたしか。その下で働いていた新選組の近藤・土方などは本当に可哀想。晩年、慶喜もこのことを思い出し、歌に詠んで涙したとか。

 史跡紀行では京都市と八幡市の鳥羽・伏見の戦場を紹介していました。一応、この地は2003年秋に新選組の取材で訪れています。あのときは歴史好きな畳屋の主人がクルマで案内してくれました。あのご主人、まだ覚えていますでしょうか。今回は戊辰戦争の戦場と妙教寺をUPします。ただしスタンプはありません。

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投稿者:管理人
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2008年11月20日

『図説国鉄絶版車両』

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『図説絶版国鉄車両』(松本典久著/講談社+α文庫)
文庫 285P 760円 ISBN978-4‐06‐281232‐0

2008年10月20日発行。2007年度後期セミナーでゲストとして講義してくださった、おなじみ鉄道旅行作家てんきゅうさんの著作です。11月いっぱいで引退する新幹線0系からブルートレイン、国鉄型の特急電車および気動車、急行型気動車、通勤・近郊型電車など7章に分けて、国鉄車両を解説。そういえばいつの間にか消えてしまったあの車両。もうほとんど見かけなかったり、乗れなかったりする懐かしい写真がところどころに入っています。

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2008年11月23日

『篤姫』第47回「大奥の使者」

 いよいよ江戸城無血開城に向けての奔走が始まります。しかし、史実よりもドラマを中心にしたつくりで、実成院の痴乱騒ぎ役が本寿院にあてられています。和宮の嘆願書は藤子が、天璋院の嘆願書は唐橋が届けにいきますが効果なし。近衛邸で幾島再登場。西郷に面会できない小松に天璋院の嘆願書を渡し、江戸城で天璋院と再会します。雷の演出はちと余計でしたが。
 天璋院が西郷に文を書き、幾島がそれを西郷のもとへ届けます。西郷はその文を読んで涙しますが、「徳川を倒さぬ限り、この世は変わりもさん」と江戸総攻撃の決心は変わりません。それを聞いた天璋院は「西郷は少しも変わっておらぬ」と言って、勝安房守(海舟)を呼んで、いよいよ勝と西郷の会見へと進むわけです。
 しかし、他の重要な事件は端折るのに、このやりとりだけで1回分を使ってしまうとは。明治維新になって亀之助を養育するところなんかはあっさりとスルーされそうですね。西郷だけがあえて悪者になって、それを小松と天璋院が阻止する内容になっています。
 桐野先生の『膏肓記』では、この背景での小松や西郷の動きが詳しく書かれていますので、ぜひ参考に。

 史跡紀行では埼玉県川口市の赤山陣屋跡と錫丈寺の滝山の墓、鹿児島市の幾島の招魂墓が紹介されました。ドラマとは関連が薄い舞台ですが、ここで滝山と幾島の史跡を取り上げたかったのでしょう。鹿児島のほうはさすがに未訪ですが、川口市の錫丈寺は昨年11月に訪れました。当社編集制作の大河ドラマ本では掲載できませんでしたが、清水昇・川口素生両先生の共著『大奥』(新紀元社)にはその写真が載っています。今回はJR川口駅のスタンプと錫丈寺および滝山の墓をUPします。

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 残りあと3回となりましたが、四條たか子先生著の『天璋院篤姫と幕末を旅する』(一水社)を購入していない方は、ぜひこちらからご覧になって購入してくださいまし。

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2008年11月26日

第24回全国トイレシンポジウム(長野県伊那市)

第24回全国トイレシンポジウム(伊那市)に当会が「協力」
   旅ジャーナリスト会議の会員13名が参加

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壇上で挨拶する小坂樫男伊那市長。背後の看板右端に当会の名称がある

 11月7・8日の2日にわたり、長野県伊那市と同市高遠を会場として、「第24回全国トイレシンポジュウム--『桜の里』で里山、山岳、避難時のトイレを考える」(主催/伊那市・日本トイレ協会ほかで構成される委員会)が開催された。
 旅ジャーナリスト会議は、開催に至るまでの進言と、当日の参加者へ配布する「桜の里のトイレ」のアンケートなど、資料制作のお手伝いをした。
 さらに当日、「桜の里のトイレ整備」の分科会で菊池正浩会員がコーディネーターとして大きな役割を果たし、稲葉修三郎会員が河津桜の里のトイレ状況を報告、続く奈良県吉野山、伊那市高遠城址公園の関係者の報告とともに会場から大きな拍手を受けた。
 全国各地からの参加者が500名、当会は「協力」という立場で相応の務めを担い、2日にわたり会員13名がマイカー、二輪、バス、列車などを使って首都圏や県内から馳せ参じた。

 初日には登山家の田部井淳子氏の山岳トイレの基調講演、国土交通省観光省地域振興課長による基調報告があり、その夜、伊那食品工業かんてんぱぱガーデンで開かれた全体交流会では、参加した会員の全員13名が壇上に上がり、自己紹介をする場も設けられた。
 2日目は早朝に高遠城址公園のトイレ事情を視察、折から城址公園の鮮やか楓の紅葉を堪能し、そのあと「高遠さくらホテル」で小牧市市民病院の吉川羊子医師による「避難生活での健康管理とトイレ対策」の基調講演、さらに神戸市、長野市、地元のボランティアを交えて災害時のパネルトークも開かれ、大いに学ぶところがあった。 
 
 両日ともステージに掲げられた大看板には「協力 旅ジャーナリスト会議」と大書され、主催者の好意で参加者全員に会員誌『旅行主義5号』と「トルヌス最新号」が袋に入れて届けられた。
 その結果、今回の催しを通して、わが会の存在と活動が全国に知られることになったが、それは引き続き各方面から会のあり方が注目を浴びるようになったことにほかならない。
 会員の一層の結束と、一段ステップアップした活動が望まれる次第である。

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早朝の高遠城址公園見学では温かい味噌汁などのサービスもあった


報告:森田芳夫
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2008年11月30日

『篤姫』第48回「無血開城」

 うーむ、どうもこのドラマ終始一貫して、天璋院を中心に歴史を動かしたいようですね。静岡での山岡鉄舟と西郷の会見はすっ飛ばされてしまったし。宮崎あおいファンにとっては万々歳かもしれませんが、歴史ファンには消化不良に陥りつつあり、かえって固定の視聴者を失うことになりかねないのではと心配です。西郷と勝安房守の会見もなんか篤姫のマル秘アイテムで西郷が人前で泣き崩れ、江戸総攻撃を中止したようですが、そんな過去にこだわる西郷が果たして大物なのかという疑問も湧きます。
 西郷が京に戻ると、今度は大久保が江戸攻撃を主張していますが、これって大久保が唱えていた大坂遷都案と何か関係があるのでしょうか? あと史実では「3日だけ江戸城を立ち退きください」と天璋院を騙して大奥を終焉させるのがお約束だったのですが、これもまた勝が滝山にウソを云わせ、天璋院がそれをあっさりと見破っています。そしてこれも大河お約束でしょうか。天璋院が家定の位牌に詫びていると、家定の亡霊が登場。
 城を枕に討死せず、「徳川の心は残したい」などとご都合主義の思考を家定の亡霊のお告げにしてしまうなんてどっちらけです。やはり徳川の女として周囲の説得に応じず、江戸城を最後まで明け渡さなかった気概ある天璋院様のほうがかっこいいのですが、あおいちゃんにその頑固一徹の役割をさせることに抵抗あったのでしょうか。江戸市中の抗戦派旧幕府軍は蚊帳の外ですか。
 最後に大奥の女中すべては集まっていませんでしたが、まぁ位の高い人を集めて「この城を出ようとも大奥が消えようとも徳川の心は残る。誇りをもって子々孫々へ伝えよ」と天璋院が申し、江戸城を出る身支度をはじめます。一方、京に帰った幾島は小松にあい、天璋院の安否を気遣う小松に対し、「それほど気になるなら自分でおたしかめになるよよい。ご立派になった天璋院を目に焼き付けておけ」と天璋院に会うことを勧めます。次回はその小松と天璋院が再会し、今更ながら小松が自分の気持ちを打ち明けるようで、ラブロマンスとしては視聴率をとれそうですが、歴史家としては嗚呼、亀ちゃんの面倒みてくれよといいたくなるところです。
 あと毎度おなじみのこちらもどうぞ。

 史跡紀行では西郷と勝が対面したと伝わる東京都大田区の池上本門寺、港区の愛宕山、田町の勝海舟・西郷隆盛会談の碑などが登場しました。すべて訪れたことのある場所ですが、池上本門寺に西郷と勝の会見碑があることは知らず、撮りそびれていました。田町の会見碑とJR田町駅のスタンプは、以前の「スタンプ物語5・田町駅」でUPしたので割愛し、今回はJR大森駅のスタンプと池上本門寺山門の写真および愛宕山にあるNHK放送博物館のスタンプをUPします。

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 残りあと2回ですが、四條たか子先生著の『天璋院篤姫と幕末を旅する』(一水社)を購入していない方は、ぜひこちらからご覧になって購入してくださいまし。

投稿者:管理人
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