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『天地人』第13回「潜入!武田の陣」

 冒頭の「あふれる若さで戦国をChange」って止めてもらえませんかね。モチベーション上げるどころか、かえって脱力してしまいます。
 兵糧の憂いはなくなっても、相変わらず景虎側には北条・武田の二大大名が支援しているのですから、これでは景勝・兼続主従もひとたまりもありません。悩む兼続に父の励ましがあったり、弟の与七の何気なく云った言葉がヒントになって、武田との同盟を画策します。信濃と上野の上杉領の割譲という屈辱的な和睦に周囲は反対。景勝も最初は拒否していましたが、兼続の「自ら立つ勇気はないのか」という説得に、ついに景勝も応じます。
 そして兼続が武田の使者に立つ前夜、夫信綱と同衾したお船ですが、寝付けず外に出ているところを兼続と出会い、髪結いの紐を渡します。嗚呼、信綱の立場はどうなるのでしょうか。そして泉沢久秀と弟与七の3人で武田軍の高坂弾正昌信(大出俊)と面会。高坂昌信の死は旧暦で5月7日なので、景虎が御館に移る前に亡くなっているのですが、どうしても花をもたせたかったようです。昌信は「謙信公は信玄が見込んだ男児」といって和睦を承諾し、同盟が成立すると思いきや、次回で亡くなってしまうんですね。つまりこの時点の兼続の命がけの使者はまったく無に帰してしまうわけで、次回、高坂弾正と勝頼の奸臣といわれる長坂・跡部の両名との対比がされるのでしょうか。
 最後にどうでもいいけど、信長と現代衣装風の初音のコンビはもういいや。とくに初音は時代劇の雰囲気をぶち壊しにしてますね。

 あと、他の先生方の批評も併せてお読みください。最近は他の先生もひどい番組に気分が萎えてしまったのか、連載は橋場先生と僕だけになってしまいましたが。
橋場日月先生『日次記(ひなみき)』

 史跡紀行では高坂弾正昌信ゆかりの長野市松代町を取り上げ、海津(松代)城や明徳寺、昌信の墓などが紹介されました。昌信をここで登場させたのはこの松代を紹介したかったからなのかもしれません。松代は2006年に『風林火山』の取材で行きました。この場所は『風林火山』第48回「いざ、川中島」で紹介しましたが、今回は別のアングルの海津城跡碑をUPします。最寄の長野電鉄松代駅にはかつてスタンプがあったようですが、現在はないみたいです。観光地なのでぜひスタンプは復活してほしいんですがね。松代駅には無料のレンタサイクルもあって便利です。ただ僕は明徳寺未訪でしたので、今回は長野駅のスタンプでごまかします。

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 余談ですが、大河ドラマ視聴中に千葉県知事選で森田健作氏の当確のテロップが流れました。いすみ鉄道の元社長の吉田氏も立候補していたようですが、2年の任期を10カ月で投げ出してしまったようで、いすみ鉄道のほうはどうなってしまうんでしょうかね。同じ森田でもカリスマ編集者森田芳夫氏に千葉県知事選出馬してほしかったのは、あくまで私見ですが。

『天地人 直江兼続』(メディアボーイ)をまだ購入していない方は、ぜひこちらからご覧になって購入してくださいまし。

投稿者:管理人
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2009年03月29日 17:40に投稿されたエントリーのページです。

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