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地図記号(温泉マーク)の変遷・磯部温泉2

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舌切雀の磯部温泉
 我が国最古の温泉記号のある磯部温泉は、群馬県西部の安中市南西部で、利根川の支流である碓氷(うすい)川中流部南岸にある。昭和30年(1955)、安中、原市、磯部、板鼻の4町と東横野、岩野谷、秋間、後閑(ごかん)の4村が合併。2006年3月、平成の大合併で松井田町とも合併した。
 もともと安中藩板倉氏3万石の城下町として栄えたが、明治11年(1878)、碓氷製糸社が創業、県の蚕糸業の一翼を担うようになった。加えて、鉄道も開通して磯部駅ができると、温泉地付近に別荘もできて賑わったが、やがて軽井沢に繁栄を奪われるようになった。そもそも磯部とは海部(あまべ)と同じく、もとは航海や漁業をする民で奈良時代の豪族、地名もこの名前からとったと言われる。本拠地は伊勢、志摩の沿岸と言われ、和名抄には三河、美濃、信濃、但馬、上野、越前の各国に磯部の郷名が見られる。安曇の海部が西日本の漁民から出発し東海、信濃に勢力を伸ばしたのに対して、磯部は隠岐、但馬を西限に近畿、中部内陸、越後、上野、下総へ進出したと言われる。
 筆者が現在把握している範囲において、「磯部」の地名はこの磯部温泉の他、北は福島県から南は三重県、兵庫県の範囲で17カ所がある。

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舌切雀の由来
 昔話、民話の一つで原型は宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)の腰折雀(雀恩を報ゆる事)と云われ、室町時代末期の成立とされる。内容は動物報恩説話、物羨み話の一つと言われ、モンゴルや朝鮮半島にも同様の話があるという。内容は雀が糊を舐めてしまったと怒った婆が雀の舌を切ってしまった。可哀想に思った爺が雀の宿を訪ね詫びると、雀が土産に葛篭(つづら)をくれた。爺は小さくて軽い葛篭のほうを選び家に帰って開けると、中からたくさんの宝物が出てきた。それを見た婆は羨んで雀の宿を訪ね、大きな思い葛篭を貰って帰り開けてみると、中から蛇や百足などの怪物が出たという話である。
 その雀の宿とされるのが磯部温泉湯元の隣にある『雀のお宿・磯部館』である。碓氷川のせせらぎと風、木と竹と和紙の文化が今も残る温泉に入ると舌切雀の昔話に思いが及んでいくのである。

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おしまい

投稿者:菊地正浩
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2009年04月04日 00:29に投稿されたエントリーのページです。

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