「鑁阿寺(ばんなじ)の本堂」(足利市)が国宝に指定 ~足利学校と双璧に~  by 野﨑 光生

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☆ ☆ 国宝誕生 ☆ ☆
 
 栃木県足利市にある「鑁阿寺(ばんなじ)の本堂」が、去る8月7日に国宝に指定された。これを機に、久しぶりにこの名刹を訪ねてみた。
 栃木県内の国宝指定は17件目で、建造物としては日光市にある「輪王寺大猷院霊廟(りんのうじたいゆういんれいびょう)(徳川三代将軍「家光公」の墓所)」以来61年ぶりのことであり、地元では大きな話題となっている。
 鑁阿寺本堂は、足利尊氏の父・貞氏が正安元年(1299)に再建したものである。当時最新の建築様式であった禅宗様建築(ぜんしゅうようけんちく)を取り入れ、外来の新しい技術の受容のあり方を示していることなどが今回指定の評価につながったとのこと。また、鎌倉時代の禅宗様建築は全国的にも類例が少ない。
 

威風堂々とした鑁阿寺の本堂

 

威風堂々とした全容を見るだけでも圧倒されるのだが、細部にも建築的に興味深い工夫が凝らされている。
 例えば、柱上の軒を支える組物は、鎌倉時代に中国から伝わった寺院建築様式である禅宗様の特徴を示す「詰組(つめぐみ)」である。柱上だけでなく、柱と柱の間にも組物が配置されており、贅沢な作りとなっている。
 また、境内には本堂のほか、国の重要文化財である鐘楼や経堂、そして栃木県指定文化財の太鼓橋と楼門(ろうもん)など見所は多い。
 

堀に囲まれた鑁阿寺には、太鼓橋を渡り楼門から入る

 
 

石畳通りの先に史跡足利学校
 

この寺の周辺は石畳が敷かれ、通り沿いには書家・相田みつをゆかりの店などもあり、そぞろ歩きも楽しい。この日は真夏の昼時にも関わらず、地元名産の着物である「足利銘仙」をまとった若い女性が土産物店を覗いていた。
 石畳づたいに路地を歩いて行くと、隣接する史跡足利学校にたどり着く。
 

足利学校の全容

 

足利学校は、当地では最も有名な観光拠点でもある。受付で参観料を払うと、チケット代わりに「日本最古の学校 足利学校入学証」が渡される。
 

「入場券」ではなく「入学証」とは気が利いていてうれしい

 

この学校の創設は諸説あるが、永享11年(1439)とするのが有力である。日本全国から僧侶などが集い、儒学や易学そして戦国期には兵学も学んでいた。上野寛永寺を創建した天海(てんかい)もここで学んだという記録がある。また、谷文晁や吉田松陰、大隈重信などの著名人もここを訪れている。
 敷地内には「方丈(ほうじょう)」と呼ばれる校舎など建物のほか、庭園や「旧遺蹟図書館」も見学することができる。
 
 

足利の双璧
 

この学校には「典籍(てんせき)」(書物)が1万7千冊あり、実はその中の「宋刊本文選」など4種がすでに国宝に指定されている。つまり、足利の史跡・観光拠点の双璧である足利学校と鑁阿寺に国宝が揃ったということになる。
 鑁阿寺が国宝に指定され、徐々に訪れる人が増えている。今後もこうした動きは強まると思うが、一過性のものではなく、持続的に多くの人に訪ねてほしい。
 
 

文化財を活かした観光振興

足利の歴史を探訪するうちに、長野市松代町で行われている「エコール・ド・まつしろ(まつしろの学校)」を思い出した。
 松代藩真田十万石の城下町で、国指定史跡などの文化財を趣味や生涯学習の場として使い自ら手入れしていこうという、市民が主役の町おこし文化活動である。そしてボランティア団体「エコール・ド・まつしろ倶楽部」が中心となり、華道、茶道、俳句、写真、郷土食など多様な学習会を、松代城跡や旧松代藩文武学校で開きながら、訪れる観光客との交流も行っている。
 こうした活動方法は、足利市の観光振興に参考になると感じた。
 

松代城跡では観桜会が開かれ、伝統芸能も披露される

 

足利市には長い歴史の中で築かれた質の高い文化があり、足利銘仙などの特産品、そばなどの食文化等々、観光資源にも恵まれている。また、足利学校では「日曜論語素読体験会」といった参加型の行事も行われており、文化をキーワードにした観光主体の地域振興が可能である。
 
 

上質な観光都市へ
 

久しぶりに足利を散策したが、歴史に裏付けられた文化の香りを改めて感じた。そして、観光面でハード、ソフト双方の整備が進んでおり、観光客を迎え入れようという姿勢があちこちにうかがえた。
 足利市は首都圏に隣接しており、潜在的に多くの観光客が期待できる。ぜひ、鑁阿寺本堂の国宝指定を広く情報発信し、これを契機に多くの人々に訪れてほしい。
 しかし、観光客に対して安易に迎合することなく、豊かな資源を活用しながら、格式の高い上質な観光都市を目指して、これからの歴史を刻んで行ってほしい。
 
 

( 2013年8月28日 寄稿 )