時空を越えるアートの旅
~ 菊地匠 個展「in Platea」より ~ 野﨑 光生

時空を越えるアートの旅 <br>~ 菊地匠 個展「in Platea」より ~    野﨑 光生

美術展で異次元の旅を楽しむ

その美術展を訪ねると、室内には時空を越えるかのように作品が展示されていて、私はそれらを見ながらまるで異次元への旅をしたかのようにアートを楽しむことができた。栃木県足利市にあるギャラリー碧(へき)で開かれた「菊地匠 個展『in Platea』(プラティア)」でのことだ。

菊地匠氏は今年29歳の美術家、その若さもあって昨年の個展に続き、作品自体の制作はもとより、作品群の構成や展示方法にも精力的に取り組んでいる。しかし、勢いばかりではなく、作品や展示など個展の構成力は緻密で充実した内容だった。

会場となった「ギャラリー碧」

 

古代ローマの中庭(Platea)を再現

ギャラリーに入ると部屋の中は薄暗く、別世界にまぎれ込んだかのような空間が演出されている。

そこには樹木や果実、鳥などが描かれた風景が広がり、古代ローマの中庭が再現されている。これらはフレスコ画で描かれた大きな作品で、壁に貼り巡らされている。実は、これらは作家がローマで実際に見てきた情景で、自ら再現したものである。

壁には古代ローマを再現したフレスコ画が

 

そして、古代ローマ時代の技法であるフレスコ画の上には、個展の主役となる作品が掛けられている。様々な作品が並んでいるが、その中にはフランスで19世紀から20世紀に活躍した、エドゥアール・マネやアンリ・マティスへのオマージュ、つまり、彼らの作品をイメージし敬意を込めて描いた作品も含まれている。

しかし、その多くは、花や人物などをモチーフに抽象的に表現した現代的な作品となっている。また、日本画で用いる「岩絵の具」や、水墨画などで使われる「たらし込み」といった技法を使うなど、ローマやフランスの「洋」と対峙する「和」の部分も多い。

 

マネの作品「フォリー・ベルジェールのバー」のオマージュ(中央)

 

 

マティスへのオマージュ

 

時間と空間を移動する旅

もちろん、一つひとつの作品も興味深いのだが、これらの作品を時系列的、空間的に一連の作品群として捉えてみるのもおもしろい。すると、「古代のローマ」から「近代のフランス」へ、そして「現代の日本」へといった時代の流れに加えて、空間(場所)の移動があることに気づく。「そのうつろいを意識しながら、作品を鑑賞してもらう」といった作者の意図も垣間見える。

一方で、私は「その流れとは逆に時代をさかのぼって、古代ローマの空間に、今回の現代アートの作品が展示されたらどうなるのだろうか?」と思いを馳せる。そう考えると、タイムスリップするような感覚で想像を巡らせることができ、鑑賞の幅を広げて楽しむことができる。

古典と呼ばれる作品は、制作当時は革新的に新しい作品として現代性が評価され、その後の時代にもその現代性が評価され続けて名作として生き残ってきたものだ。印象派の作品も当時は革新的な作品だったが、現代性が評価され続け現代でも愛されている。では、菊地氏の作品の革新的な新しさはどこにあり、今後どう評価されていくのだろうか。そんなことを思いながら鑑賞すると、見方もより深まっていく。

 

花をモチーフにした現代的な作品

 

作家と鑑賞者の距離

ところで、菊地氏のこの個展に対する思い入れは強く、構成も緻密なため、会場にはややもすると見る者をはじき返すような緊張感も感じられた。

また、美術の専門家はこの個展を学術的に解説したり、評価したりする。作家の今後を展望する上でも重要なことである。しかし、そうした文章は一般の鑑賞者にはわかりにくい面もある。そのため、専門家的な解釈を一般の鑑賞者にも伝わりやすく解説することも、ファン層を広げ、ひいては画家を育てていく上では重要だと感じた。

もっとも、専門家にとっても一般の鑑賞者にとっても、最も重要なことは「作品を見て感動するかしないか」である。理屈抜きに作品を見て心が動くことが大切であり、その後に感動した理由を考えて楽しむのもアートのおもしろさだ。そして、一般の鑑賞者の特権は、作家の意図とは全く違った自由な解釈をして楽しむことだ。さらに、それぞれの鑑賞者が感じたことを作家に伝えることで、作家の美術観を広げるという重要な役割も担う。そう考えると、むしろ一般の鑑賞者の方が制約がなく自由に解釈して楽しめるはずだ。こうした体験の繰り返しで、鑑賞者の「見る目」が、「観る眼」に変わり、真のアートファンが増えていく。

 

別室には白壁に飾られた作品も

 

地方都市で開かれたことの大切さ

この個展はローマやパリといった大都市と関連性がある内容だが、日本においては東京ではなく地方の小都市である足利市で開かれた。そのことの意義は大きい。菊地氏が足利市出身ということもあるが、早くからその才能を見出した地元のギャラリスト(ギャラー碧のオーナー山川氏)の存在も欠かせない。

若手作家として注目されているため、東京など県外からも多くの鑑賞者が訪れたが、個展に関する一連の情報が東京からではなく、地方都市から発せられた。SNS等の浸透も追い風となっている。

昨今、コロナ禍もあって東京からの移住で地方が注目されているが、そもそも地方にはサイトスペシフィックな(そこにしかない)地域資源や魅力がたくさんある。そのことに地域外から訪れた人たちはもちろん、地元の人にこそ郷土の魅力を理解してもらいたい。その手段としては、その地域特有のアートの魅力を発信することが格好の手段となる。なぜなら、アートはその地域の文化の高さを端的に表現するものだからだ。

 

ギャラリー碧 ドアから第1室に入り、右手奥の第2室へと続く

 

アートの旅

さて、はたしてこの個展に訪れた多くのアートファンは、どのようなことを感じたのだろうか?

私はこの個展を見て時空を越えた旅をすることができた。かつて訪れたローマの空気感や、パリなどの美術館で名画を見た時の感動がよみがえり、自分の経験した旅と重ねることで新たな世界観も描くことができた。そして、前回個展からの変化を楽しむと同時に、今後、作風がどのようにうつろいながら展開していくのかを想像してみようと思った。

菊地氏は創作の旅を楽しみながら、長い旅の途上にいるように思う。これからどのようなアートの旅を続けていくのか見続けたい。

 

 

 

「菊地匠 個展 in Platea」は2020年11月5日から17日まで、ギャラリー碧(栃木県足利市)で開催されました。

ギャラリー碧のサイト https://g-heki.com/