日本の歴史的建築物の保存  by 弘実 和昭

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 建築の保存が注目されている。我々建築家にとっては、実は保存とは中々厄介な事で、すぐ「保存よりは建て替えた方が簡単です。」と言うことになってしまう。

 たとえば、日本の住まいを近代的に作り替えてくれた住宅公団(現在のUR都市機構)は、今でも賃貸住宅77万戸を保有しているのだが、現在その多くが老朽化してきている。そこで、機能性を今風の生活に合わせ、老人でも生活できるようにエレベーターを付けたりしてバリアフリーに改修をすると、新築時に掛る費用の85~90%程度の工事費が必要なのだそうだ。「だったら壊して建て替えたほうが・・・」と言いたくなる数字である。

 さて、ではなぜ人は建物を保存して残そうとするのか、この問いには少し面白い話がある。

 日本が世界に誇る法隆寺、この寺院群は607年に作られた世界最古の木造建築である。なんと築1,400年を超えたことになる。1993年に世界遺産にも登録されている。
「では、法隆寺はどうしてこれほど長い間建ち続ける事が出来たのでしょうか。」木構造の第一人者である坂本功先生は、このような質問を投げ掛ける。

 問われた人たちの回答は、「日本の大工が素晴らしい技術を持っているから」「日本には優れた木材が豊富で、出来るだけ金物を使わない工法で木の持つ本来の力が発揮できているから」「神社建築は免震構造なのです。」など、もっともらしい様々なことを言う。

 しかし、坂本先生の答えは意外な言葉だった。「長い間建ち続ける事が出来たのは、その建物が美しいからです。」ちょっとはぐらかされたような答え。しかし、その後の説明が鮮烈である。「私はこれまで法隆寺を調査してまいりましたが、この建物は欠陥建築です。放り出しておくと35年ぐらいで壊れていくでしょう。だから、放っておけないと、法隆寺を愛する人達がその都度補修や補強を行ってきたのです。壊してはいけないという多くの人達の思いが、このお寺を守り続けたのです。」

 なんとも感動的な、そして建物保存の意味を集約してしまっていると言っていい話ではないでしょうか。

 最近では、明治時代のレンガ建築や、つい最近まで使われていた著名人の住まいなど、行政が協力して保存に取り組んでいる例が多くあります。建物を保存すること、それは建物の持つ価値ばかりか、住んでいた人の業績や生き様を未来に運んでくれる貴重なタイムカプセルなのです。

( 2012年5月18日 寄稿 )