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森田芳夫 アーカイブ

2007年01月18日

新年早々

今年松の内に受け取った年賀状は約350通。外国人からのクリスマス・年賀カードが30通。
 旅ジャーナリスト会議のメンバーからの内容を拝見すると、新年早々旅へ出たり、編集作業や執筆活動に多忙の様子がよく分かる。

 会員の皆さんと同様、私も忙しく、1月早々ふるさと伊那市の市民大学講座へ講師として招かれ、12日にテーマ「ふるさとへの思い」を一時間半述べてきた。生徒は200人、まさしく私と同年代の人々。終わってから中高の同級生がヒョッコリ楽屋へ現れて、うろたえた。
「ふるさとへの思い」と言ういわば個人が感情のうちに秘めて、表現しにくいテーマを一般論として述べることはむずかしい。そのままテーマに沿って喋れば、自分の「ふるさとへの信仰告白」になってしまう。それじゃー誰も納得しないだろうと不安がいっぱいだった。
 話の流れとしては、①ふるさとという言葉の歴史と外国語での表現。②ふるさと感覚の目覚め。③私のふるさと、伊那市への思い雑感。④私にとっての未解決の問題(今の居住地を第二のふるさとと呼べるか、郷土を愛することは即国を愛することに通ずるのか)など。
 なお質疑応答の最後に、入笠山山頂に設置が提案されている風力発電30機について、私の意見を求める質問があった。三つの条件で「反対」と述べたとたん、会場のあちこちから拍手が湧きおこって、一瞬場の空気が引きしまったように感じられた。

 翌日の地元紙は「ふるさと大使森田さん 伊那のすばらしさ 市民大学講座で語る」という見出しで、大きく報じた。そして私の現在の経歴について触れ「現在は『旅ジャーナリスト会議』の代表を務める一方、観光評論家などとしても幅広く活動している」とあった。今年は当会が一般紙の活字に載る戦略を積極的に進めたいものだ。

 明日はクリスマスカードと一緒に送られてきた、私のことを写真付きで報じた12月21日付けの外国の新聞記事を紹介したい。どこの国のどんな新聞か――お楽しみに。

投稿者:森田芳夫
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2007年01月19日

私のことがオーストリア東チロル州の日刊紙(ドイツ語)に載りました。

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年が明けてもなお海外からのクリスマスや年賀カードが届いていますが、10日にオーストリア人メスナー氏から届いたカードに、私と家人のカラー写真入りの記事が載っている新聞が同封されていて、本当にビックリしました。
 昨年9月14日、インスブルックからパノラマ画家フィールキント氏のアルファロメオで遥々3時間、アルプスをトンネルで抜けて、東チロルのアイネート村へ行って来ました。そこで故ベラン画伯(1915-1999)の展覧会が開かれていたのです。ベラン画伯は20世紀を代表する山岳パノラマ画家で、生涯に約600点のパノラマ画をインスブルックで制作、アメリカのナショナルジオグラフィック誌からも制作を依頼されたほどの名声を馳せた人です。日本を舞台に、富士山、スキーの白馬、地図の街佐原などを描き、弟子のフィールキント氏は上高地、飛騨全域を描きました。
 1982年、私はオリジナル出版の『ベランのパノラマーアルプスとヒマラヤの世界』を企画、編集し、当時編集者として勤務していた実業之日本社から発行、この本は大英図書館や各国の大学からも注文がありました。

higashichirorunews2.jpg higashichirorunews3.jpg

 新聞は「東チロル時報」06年12月21日。見出しは「日本の出版人がベラン展へ」とあります。そして「展示企画者メスナー氏がこの著名な編集者の来訪を特に喜んだ」と報じています。会場は室内展示と戸外展示に分かれ、戸外展示の広場には石を並べた世界地図が広がり、写真はまさに日本の部分を指差している情景です。

さて、明日は旅ジャーナリスト会議の年誌『旅行主義』第4号の執筆テーマを何にするか、20日例会で検討する内容を巡って、欠席会員から寄せられた話題などを紹介しようと思います。

投稿者:森田芳夫
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2007年01月20日

年一回発行の会員誌『旅行主義』第4号、今年の執筆テーマはなに?

1年1回発行の会員総執筆の雑誌『旅行主義』は、今日的な「旅」をめぐる問題が何であるかを会員で検討し、そのテーマに即した内容や、旅、地域起しなどのルポ、紀行などを満載し、関係方面に幅広く配布しています。
 今年は6月3日(土)に予定されているセミナーと総会にあわせて発行日を決定していますが、今日開かれる1月の月例会でそのテーマが決まります。

 これについて、過日会員である伊佐九三四郎さんから葉書を頂きました。
 今南半球オーストラリアのコジオスコ山などへ登山に出かけているとのことですが、その内容をご紹介します。テーマは次の通りです。
 
①追跡・団塊の世代
②変わるか観光地
③どう変わる観光地
④追跡・団塊の世代ジュニア 
大きなとらえ方として
⑤旅はどう変わるか

 これらも大切な検討材料として今日検討され次号のテーマが決定されますが、『旅行主義』の各方面の反応は思わぬところから来ています。
 2号(2005年発行)の特集『市町村合併と観光』に寄稿した拙稿「『美濃』の馬籠に木曽節が流れる」が、馬籠(現岐阜県地籍・元長野県地籍)にある島崎藤村ゆかりの展示館「藤村記念館」の理事長の眼に留まり、昨年夏同様の主旨でいいからと執筆依頼がありました。
 それは同館発行の「藤村記念館だより」116号に1頁で掲載されました。私の主張の骨子は「観光パンフレットに見る行政の悪平等主義は、そう扱われた者が内側から壊して行くべき」というものです。

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 興味のある方にはコピーを差し上げますのでお申し出ください。

投稿者:森田芳夫
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2007年02月06日

「銚子電鉄」紀行へのコメント

昨日の小関さん投稿の「ガンバレ銚子電鉄」に旅ジャーナリスト会議代表およびブルーガイドパックで旅行出版界の頂点に君臨しましたカリスマ編集者森田芳夫氏から、大変長い長いコメントをいただきました。この貴重な投稿をコメント欄に埋もれさすわけにはいきません。ということで本日のブログは小関さんの投稿に寄せられた森田氏のコメントです。このアドバイスによって小関さんの文章はますます磨きがかかり、上達してゆくことでしょう(by 管理人)

わざわざ出かけたというだけあって、小関さんのリポートはとても温かい視点で書かれていて、暮れなずむ紫色の海を見ながら温泉入浴を楽しんだという終わりに近いくだりまで読み進んで、なぜかかジーンと来てしまいました。
 銚子電鉄の苦境は朝日新聞の千葉版に詳しく、他県に住んでいる人より県民である我々は頻度数多く情報を得ていると思います。でもなかなか出かけていかれないのはなぜだったろうかと、これを読みながら思わず自問自答をしてしまいました。

 今から35年ほど前、銚子電鉄を目指して外川まで編集仲間と乗りに行った事がありました。外川で泊ったところははっきり覚えていませんが、君ヶ浜の岩だらけの磯ににわか造りの見せもの小屋があり、電車の窓から暗がりの中にぼーっと明かりがついていていたこと、そしてそれがいかにも怪しげに見えたことが印象に残っています。今は何もないと思いますが――。あの頃はそんな違法の興行が平気で行われていたのでしょうね。
 翌日は私の嫌いな釣りをし、銚子の町へ戻って、利根川べりに近い市場へ行こうという友人を振り切って駅前のちっぽけな店で干物を買って帰りました。なにやら心貧しい旅だったようです。でもあの頃は、編集室を離れられるだけで、心豊かになったような感じていたのだと思われます。

さて、小関さんのリポートにない物ねだりをするとすれば、それは誰か駅員さんをつかまえて、支援に対する感想、過去の苦しかった思い出、これからのことなど、生の声、つまりインタヴューを聞かせてほしかったとも思いました。

いずれにせよ出かけていく行動力に敬服しました。次のブログが楽しみです。

投稿者:森田芳夫
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2007年02月09日

「鶯谷駅」へのコメント

昨日の「スタンプ物語25・鶯谷駅」に旅ジャーナリスト会議代表森田芳夫氏から、貴重なコメントをいただきました。この投稿はコメント欄に埋もれさすわけにはいきませんので、本日のブログは管理人の投稿に寄せられた森田氏のコメントです。

小出さんの鶯谷駅のスタンプと解説を拝見しました。
 多岐にわたる解説に興味ををそそられ楽しく読みました。そしてあの駅スタンプが「おそれ入谷の鬼子母神」の朝顔市がデザインされていることを初めて知りましたが、この鬼子母神の「鬼」の字は、正しくは「左上の斜めチョン」が抜けているのが正しいことをご存知でしょうか。

iriyakisibojin1.jpg iriyakisibojin2.jpg
 
 上の写真をご覧ください。鬼の字が変でしょう?
 これは拝借した現場写真ですが、日本の著名な鬼子母神はほとんどこの文字を使っていることに驚きます。

 市川市中山のある名刹「中山法華経寺」、都内雑司が谷にある「鬼子母神」もこの文字を当てています。
しかし辞書にはもちろん、PCにもこの字体がないのが何やら不気味です。

「鬼から『角(つの)』を消したからこうなった」と私に教えてくれたのは、妹の亭主である国立大学の名誉教授です。もつべきは物知りの親戚です。台東区教育委員会の案内板には下記のように書かれています。

「入谷鬼子母神(きしもじん)は、日蓮上人の尊像とともにここ眞源寺に祀られている。眞源寺は、万治二年(1659)日融上人により創建された。
 鬼子母神は、鬼神般闍迦(はんしか)の妻で、インド仏教上の女神のひとりである。性質凶暴で、子どもを奪い取っては食べてしまう悪神であった。釈迦は鬼子母神の末子を隠し、子を失う悲しみを実感させ、改心させたという。以後、「小児の神」として児女を守る善神となり、安産・子育の守護神として信仰されるようになった。
 入谷鬼子母神では、子育の善神になったという由来からツノのない「鬼」の字を使っている。
 また、七月上旬、境内及び門前の道路沿いは「朝顔市」で賑わう。入谷名物となったのは明治に入ってからで、十数軒の植木屋が朝顔を造り鑑賞させたのがはじまりといわれている。当時この地は、入谷田圃といわれ、朝顔や蓮の栽培に適していた。
 大正初期、市街化により朝顔市は途絶えたが、昭和二十五年復活。以後、下町情緒豊かな初夏の行事として親しまれている」

 これは漢字というより、仏教界が勝手に記号化して、人々に読むことを強要しているデザインなんでしょうかね――。不思議なことがあるもんです。     

投稿者:森田芳夫
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以下は管理人の追伸です。コメント欄に写真がUPできなかったのでこちらに載せました。

zousigayakisibojinannai.jpg

以前に行った雑司ヶ谷鬼子母神もたしかに鬼の左上部分がありませんね。さすがはカリスマ編集者です。案内板のほうも「鬼」の字があとで訂正されています(分かります?)。しかし、これって作字なので編集者泣かせではありますね。ひとつ勉強になりました。

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2007年02月17日

スイスのパノラマカーに乗りました

小関さんのレポートで、名鉄のパノラマカーが2010年でお仕舞いになると知り、本当に残念です。
 パノラマカーはスイスでは人気上昇中。その証拠に、ゴールデンパス(カードのことではありません。観光列車路線の愛称です)の先頭車両のパノラマカー(MOB社)の運転席下の展望座席が10年前私が乗ったときは4席だったのに、HPで見ると今は8席に増えています。

swiss-panoramacar1.jpg

 1997年7月31日、私は念願のこのシートに座り、ツヴァイジンメンからレマン湖畔のモントルーまで1時間45分を過ごし、夏のスイスの田園風景を手に取るよう眺めることができました。このシートは日本のエージェントを通して2カ月ほど前に座席予約をしたため、取れたと思われます。
 この4席は偶然私の家内を含む日本人4人で占められてしまったのです。関西から来たと思われる赤ん坊を連れた若い夫婦でしたが、特に話をすることなく過ごしました。この人たちもかなり早く予約を入れたのでしょう。

swiss-panoramacar2.jpg

 この先頭車両は写真で見るとおりサロンカーですが、先端の展望シートは右奥、ボードで遮られてた先にあります。左奥にある座席の入り口から次々金髪の乗客が覗きにきては「Ohoo!」と言っては引っ込んでいきました。
 沿線はスイスでも牧場が比較的多い地域で、特に峻険な山岳景観があるわけではなく、いわばロマンチック、それだけに退屈ともいえます。当時の記録に「喉が渇いたので後ろのサロン席へ行き、日本人の新婚カップルと思われる若い二人にしばしパノラマ席を譲る」と書いてありました。
 名鉄も4年後にまったく新しいパノラマカーを導入してほしいと思います。
 でも一番ほしいのは中央線、大糸線、飯田線、高山線ですね。それが最も手っ取り早い乗客増戦略でしょう。

投稿者:森田芳夫
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2007年02月23日

スイス旅・絶景のラントヴァッサー橋撮影と「ベルニナ急行」乗車の知恵

 小関さんのブログ、スイス鉄道の雄・RhB(レーティッシュ鉄道)」の紹介は要領よく、興味をそそります。確かにグリンデルヴァルトやツェルマットを卒業したスイス・ファンが次に目指すエリアは、当然ここグラウビュンデン州しかないでしょう。
 私自身昨年9月に、またこの鉄道を利用し、ダヴォスへ行って紅葉に彩られた山歩きをしてきました。かつてクール駅から南下してエンガディンの村々へ何年も通いましたが、そのたびに厳しい地形と格闘して敷設されたレーティッシュ鉄道の車窓から、思いもかけない山岳展望の旅を楽しんだものです。

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 さて小関さんが触れていたスイス鉄道屈指の絶景と言われるラントヴァッサー橋は列車の窓から誰でも楽に撮影できますが、それには知恵が必要です。
 目もくらむような谷にかけられたこの石橋は高さ65m、しかも半径100mの円弧を描きながら、列車はオーバーハングした岩壁をこじあけたトンネルへ突入します。写真は8年程前に私が車窓から撮影にしたものですが、クールからはできりるだけ最後尾の車両、しかも進行方向右側に席をとることをお勧めします。
 ちなみにこのトンネルは1902(明治35)年に組み立て櫓無しに完成したと「スイス百科事典」(フィリズーアの項)にでています。ついでに、線路を支える石柱間のアーチ幅は各20mが五つ、岸壁に懸かった片アーチが一つだそうです。他に橋を仰ぎ見るように撮影できる場所が谷の下にあるようですから、よく調べてから次のフィリズーア駅で下車するのもいいでしょう。

 もう一つ、小関さんが推奨していた人気列車「ベル二ナ急行」に私も乗りましたが、そのとき目にした気の毒な光景を忘れることができません。それはある夏、ザンクト・モーリッツ駅から満員で発車した列車が終点のイタリア、チラナ駅へ着いたときのことです。改札口に入国審査をする窓口があリ、そこで何人かの乗客が大声を上げていました。どうやらそれはパスポートを忘れて乗ってきてしまった人々が、ホームから出ることが許されないことに対する抗議の叫びのようでした。町の小さな店で本場のスパゲッティを食べて駅へ戻って聞いたところによると、彼らは折り返しの列車でスイスへ戻ったとのことです。スイスは今なおEUに加盟していませんので出入りにはパスポート必携です。お忘れなく。

投稿者:森田芳夫
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2007年03月09日

今が最高、雪山の展望

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 例年の通り、今年もまた2月末に雪をまとった日本アルプスの眺めをたっぷりと堪能してきた。
 写真はふるさと伊那市の天竜川の西側、海抜700mの丘から見た、南アルプス仙丈ヶ岳(3033m)の優雅な姿である。どっしりと張り出した支稜と、深く刻まれた山襞のディテールが見とれるのは、雪をまとった冬、晴天の午後2時頃から日没頃まで。
 右奥に真っ白に見える峰は日本第二の高さを誇る北岳からの連峰、間の岳(3189m)である。桜で有名な高遠は左に長く伸びた尾根の付根のあたりにある。
 「南アルプスの女王」の別称があるこの山の全貌は、山梨側からは見ることができず、伊那谷でもここ伊那市の西の丘からだけである。
 この丘をさらに200mほど上がると、温泉がある人気の農業公園「みはらしファーム」へ達し、そこからは北岳など2峰を除く南アルプスの三千米級の名峰、赤石岳など7座が望める。
 写真撮影、スケッチ、自然から受け取る心の癒しなど目的は何でもかまわない、天気予報を熟視して、今出かけることをお勧めしたい(撮影2月26日午後2時半)。

投稿者:森田芳夫
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2007年03月20日

岩手競馬再開への長期戦略はありそうです。

先日の管理人の投稿に対し、代表の森田芳夫氏から貴重なご意見をいただきました。

私は競馬を見たこともないし、馬券も見たことがありません。
 しかし、「馬」そのものには、愛着を感じています。水沢が本気になって競馬レースを再建したければ、まず「馬」を町興しの核に据えて、市民を巻き込み、全国の「馬好きの首都」となるよう努力を重ねるほかありません。

moriokastamp.jpg mizusawastamp.jpg

そのための施策を羅列します。
①日本の品評会と名馬コンクールの例年開催。
②馬肉料理の開発し、「馬肉料理の町」(そのネーミングを公募)を宣言。(岩手、長野、熊本は明治政府の法令に背いて馬刺しを食べてきた)
③タクシーはあってもいいが、市民の足を基本的に「馬車」にする。
④乗馬学校、貸し馬、魅力的な専用乗馬ルートの開設。
⑤馬と触れ合うユニークな動物園の開園。
⑥子馬の飼育施設、日本と世界の競走名馬の引退後の養老施設を作り、公開する。
⑦馬にちなんだお土産グッズの開発(馬皮製品、使い古した馬蹄のオーナメント、馬の毛で作るハンドバック、木彫りの馬、崇高な感じの絵馬など--)。
⑧全国絵馬コンクールの開催とその応募作品展示会を長期に開催。
⑨馬にちなんだ芸術作品コンクール(詩歌、メロディー、小説、絵画、彫刻)の開催。
⑩市立馬専門医科大学の開校。
⑪馬の歴史資料博物館を作る。
最後に「水沢競馬」をめざす。

まだまだ他にも考えられます。

・このほか国際交流として実効が期待される二つ。
■姉妹都市としてスイス随一の馬の町セニレジェ(ジュラ州・人口2千人、馬数千頭)と姉妹都市の締結。ノウハウを学び、日本の馬の文化を伝達する。
■信頼できるエージェントを通し、「ウイーンの乗馬学校」から毎年馬を運び、エレガントな馬の舞踏ショウを開く(かつて東京へジャンボジェットで2頭が運ばれて大人気を博したことがある)。ウイーン少年合唱団の演奏会と同時開催できればなお結構。

時間はかかるかも知れないが、どれかは市長の決断ですぐ始められるはずです。ご一考ください。市民の賛同もえられるはずです。

投稿者:森田芳夫
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2007年04月16日

小湊鉄道沿線は花だらけ

kazusaushiku.jpg

今年の春は会の年刊誌『旅行主義』4号の編集に追われて、近辺の満開のサクラの風情をろくに楽しめなかったが、4月10日に取材で乗りに行った房総半島の内陸を走る小湊鉄道の沿線で、散りかかる風情を楽しむことができた。でも八重や枝垂れなど、満開のサクラもあちこちで見た。
 写真は高滝駅を裏手から撮ったものだが、菜の花、ヤシオツツジ、ボケ、レンギョウなどが一斉に咲いて、一瞬ここは地上の天国かと錯覚するほど見事な花園だった。
 小湊鉄道の沿線はすべてが田舎っぽく、自然にしっくりと溶け込んだ人の暮らしが、なぜかとても懐かしい。沿線にはちょうど満開を迎え菜の花が、田んぼの水とよく映えている。
 車窓から見ていてもじかに風と光には触れられない。地図を見て道路と線路が着かず離れずに走る区間を発見、思い切って線路沿いに高滝・里見駅間ひと駅を歩いてみた。畑を耕す私より若い「おじいさん」とたあいない話を交わしたり、竹林からぬっと走り出てきた電車を撮ったりして、房総のわき道で私は期待以上の至福のときを過ごした。

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 終点の上総中野のひとつ前の駅が、紅葉で有名な「養老渓谷」。その前の駅から乗ってきた菜の花を手にした男の子の小学生がここで降りた。車中で写真を撮ろうとしたら、男の子は泰然としていたのに、隣りに座っていた高学年の姉のほうが「イヤー」といって腰を浮かした。
 駅前には養老温泉の旅館の名をつけたバンや、大型の車がずらりと並んで待っている。さすが!と思いきや、お客さんはすべて自分んちの小学生、かわいいわが子たちだった。紅葉の時期でないと、客待ちの車はないよと、駅前のラーメン屋の元気なおばあさんが教えてくれた。

 菜の花いっぱい、春たけなわの田園を走る電車を狙い、あちこちで私が乗った車両めがけてカメラを向けていた人を見かけた。しかし、まだこの沿線には鉄道写真マニアのエアポケットというべきスポットが山のようにある、と見た。そして、どの車両にも若い美人の車掌が勤務、検札に回ってくるたびに車内にはとてもやわらかい空気が流れ出し、そのたびに私は車窓風景色から一瞬目をそらした。

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養老渓谷駅発17時01分下りのプラットホームで待っていたのは、私と一匹の猫だけだった。

投稿者:森田芳夫
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2007年04月17日

高遠城址公園で満開のサクラを見てきました

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4月13日(金)、伊那市へ招かれ、高遠城址公園へ行き天下一品と謳われている満開のサクラを見てきた。
 首都圏などから招かれた「ふるさと大使」10人余を乗せたバスが午後3時に伊那市役所を出発、予想していた交通渋滞も無く、30分後にはもう入園できた。
 この日は曇天で、しかも夕方にかかっていたので、青空や雪山との色のコントラストには乏しかったが、真下から仰ぐ淡いピンクの色はなんとも形容しがたい美しさ、園内には明治8年(1875)に植えられた老木もあるが、四季にわたってサクラを手入れする3人の桜守のお陰で、若木に劣らない、大振りで見事な花をつけている。
 高遠のサクラは「花が咲く」というより、まるで果実のように「花がたわわに生(な)る」というほうが当たっている。それほどに1,500本のコヒガンザクラが丁寧にケアされているのだ。満開のときに遠くから見る公園は文字通り町並みの「花冠」に見え、「地上の楽園」とはこういうものかと思わせ、木の下に立って花を仰げば、酒が無くても気分はもはや酩酊状態だ。
 昨年3月末、高遠町は長谷村とともに伊那市と合併したが、それまで高遠町長だった伊東義人氏が一行の案内を務め、要所要所で歴史、サクラの養生、アルプスの展望、秋の紅葉祭りなどの説明があり、一層興味深く「お花見」ができた。
 この季節に入園する来客数予想は約35万人、例年よりほぼ一週間早い開花であるが、今はインターネットで開花時期を調べて全国から来るので、集中度は以前より高いという。この時期だけの入園料500円はすべてサクラの保全のために使われ、翌年に備える。これこそシビック・トラストの一種であるというべきであろう。

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 公園北側の出口に高遠美術館があリ(公園への入場券で入館できる)、その近くに伊東前町長が「園内で色も形も一番美しいサクラ」とする巨木が花を一杯に付けて枝をひろげていた。当日は枝が揺れるほど強い風が吹き渡っていたが、花はしっかりと付いて離れるようなことはかった。そして予想された通り、その週末が最高の人出で賑わったと聞いた。

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高遠美術館の休憩室からは公園のサクラと、晴れていれば中央アルプスが望める。

投稿者:森田芳夫
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2007年04月30日

「ネコバス」無料で伊那の中心街を走る

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今年3月から毎晩、長野県伊那市の中心街を「トトロ」をイメージしたレトロなネコバスが走り出した。
 車体はダムの畔で物置に使われていた1959年製のボンネット型「いすずBX341」。内装外観ともに改装し、車検をとって現役復活させた。日本に現存するバスとしては2番目に古い車体とされる。
 企画、出資は市内で居酒屋を経営する向山等さんで、市内のビジネスホテルと2軒と契約し、宿泊客を、氏が経営する2軒の居酒屋へ無料で送迎する。さらに一般客も停車間ならば利用できる。運転時間は午後6時から11時まで、ネオンきらめく中心街を一周約40分かけて6周する。

nekobusuntensyu.jpg
運転する小松良光さんはこのバスの持ち主。
向山さんと組んで運行が実現した。

 伊那市生まれの私が、同じ伊那市生まれの小松さんが運転するバスの客となったのが4月27日の夜。ゆったりとした二人掛けシートは清潔で実にレトロな雰囲気。生家跡のある繁華街入舟、八幡町を通り抜け、さらに天竜河畔を走ると車窓を流れる風景までがまるで30年前に戻ったかのように見え、すべてが懐かしい。
 今後はさらに契約するホテル数を増やして伊那を訪れる客のサービスに供したいというが、まさに時代の要請である「飲酒運転の撲滅」にも一役買って、さらにこのネコバスが「動く観光名物」となる兆しとなることを願った。

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ホテルに貼られたポスター。制作は東京で音楽雑誌の編集者
をつとめ、Uターンしたフリージャーナリスト中村文人さん。

投稿者:森田芳夫
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2007年07月13日

にわさんのブログヘのコメント

はい、本日は4月30日以来、2カ月ぶりの真打・森田芳夫代表からの投稿です。

0706swiss229.jpg

ついにやりましたね。ヨーロッパのエレガントな鉄道の旅の様子が写真と文章でよく伝わってきます。
 旅はリーダー次第です。皆さんが満足された様子、大変な「心」の社会奉仕をしましたね。

 同じ頃、私は伴侶と二人でスイスの高地、海抜1600mのヴェンゲンに6泊していました。街のはずれ、崖に引っかかったようなホテルです。ユングフラウと氷河に削られたウターブルンネンのU字渓谷を見渡せる部屋のテラスは、今まで20個所以上泊ったスイスのホテルの中でも、最高の展望テラスの一つに数えられます。

 日中は登山電車に乗ってあちこちの山歩きに出かけていましたが、朝晩はこのテラスからヴェンゲナー・アルペン鉄道が上り下りするの動きを飽きずに眺めていました。この登山電車は立体感のあるアルプス景観にしっくり溶け込んで、まるで自然のひとかけらのようにさえ見えました。そして部屋にいると、かすかにcog(歯車)のきしむ音が聞こえたりしてきます。

 優雅なTGVやICEの旅もいいですが、登山電車の2等席に乗り、晴れたり曇ったりする空と、そそり立つ万年雪の山を見ていると、これも、もう一つのヨーロッパの鉄道の旅だと、しみじみ思えてきます。

 パート2を楽しみにしています。

投稿者:森田芳夫
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2008年03月04日

倍率325倍、公募のいすみ鉄道社長に吉田氏

本日のお客様は実に約8カ月ぶりのカリスマ編集者森田芳夫氏です。

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 2月28日付けの朝日新聞千葉版は、経営再建中の第三セクター「いすみ鉄道」が公募していた社長に、吉田平氏(48)が選ばれ、4月1日から2年間就任すると報道した。
 同社は1988年の開業以来、赤字続きで県などの支援を受けていたが、民間の経営感覚をとりいれて再生をはかろうと、年収7百万円で社長を公募したところ、全国から325人が応募、年齢も21歳から76歳だったという。吉田氏は旧千倉町(現南房総市)生まれで、父が創業した千葉市にあるバス・タクシー会社平和交通(有)など3社を経営する。千葉市内で「買物バス」の企画をするなど、新サービスの企画や豊富な経験とノウハウが評価されたと報じられている。
 紙面の最後には「客の視点を大切に再生の実現に努力したい」という本人のコメントが掲載されていた。

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投稿者:森田芳夫(写真提供:上田)
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2008年03月10日

「天下第一の桜」信州高遠城址公園のお花見にJRが臨時列車と臨時バスを運行

天下のカリスマ編集者として名を馳せ、会代表および伊那ふるさと大使でもある森田芳夫氏より速報です。

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園内約1500本の桜のうち、最も美しいと合併前の高遠町長ご推薦の銘木。
高遠美術館にほど近い。

アルプスの残雪を背景に、ピンクの色取りが美しく浮かび上がる高遠城址公園の桜、1500本が一斉に満開となる時期にあわせ、今年はじめて臨時列車「高遠さくらまつり号」と臨時バスが運行される。
 運転日は満開の見通し日である4月12日(土)・13日(日)、19日(土)・20日(日)の4日間に限られる。往復とも一日一本。

≪往き≫
高遠への臨時列車■松本駅9:28発→岡谷駅9:57着・10:10発→伊那北駅10:50着(中央線から飯田線へ乗り入れ)
■千葉・東京から岡谷駅でこの臨時列車・臨時バスに乗り継ぐためには「あずさ3号」千葉駅6:38発→新宿駅7:00発→岡谷駅10:05着・10:10発に接続。
高遠への臨時バス(臨時列車利用者専用)伊那北駅11:00発→高遠さくらホテル11:25着(公園までは徒歩10分)

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山城だった城跡から町をのぞむ。

≪帰り≫
高遠からの臨時バス(臨時列車利用者専用)高遠さくらホテル15:00発→伊那北駅15:25着
伊那北駅からの臨時列車■伊那北駅15:57→岡谷駅16:33着・16:39発→松本駅17:14着■新宿駅へは岡谷駅で17:15発「スーパーあずさ28号」に接続。新宿駅19:36/13・20日のみ岡谷駅で15:51発臨時列車「あずさ56号」に接続。新宿駅19:21着

 なお、臨時列車利用者に限り伊那北駅~高遠さくらホテルの往復バス代と公園入園券がセットになったパスポートが1000円で発売される(伊那北駅)。伊那北駅にはこの期間、臨時の売店や祭りが開かれ、歓迎ムードを盛り上げる。

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高遠の桜は「花が咲く」というより、「花がたわわに実る」という感じ。

投稿者:森田芳夫
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2008年06月06日

Ledの恐怖-山﨑カメラマンの初投稿に寄せて

 Ledは目を射るかのようによく鋭く色が見え、長持ちし、色変化がすばやく、しかも省エネになるとの謳い文句だが、おかげでクリスマス前になると、屋根から壁いっぱいにテカテカと恥じらいも飾り、むしろ得意になっているように見える家が増えた。
 みんなLedを使った豆電球の集合体であり、電気屋はこれを売り物して、季節商品の目玉にしているかのようだ。
 我が家の周りにも増えた。それらの家を撮ってえみると、撮るたびに光の色分布が違ってしまい、まるで違う家かと思ってしまうほど奇妙な感覚にとらわれる。

 これを列車の先頭に使われると、「カメラマンは泣く」ことが分かった。
 山﨑さんは、この業界トップクラスの売れっ子と自他ともに認め合う名人だけあって、さすが歯切れのいい文章だが、悔しがり方がちょっと甘い。JR各社に物申すスタイル、それも「生活がかかってるぞ」と詰問調でいいのになあ、と思った次第。もうLedを表示に使うような先頭車両は取らんぞ! と各社にいってやればいい。

 ちなみにクリスチャンでもないのに、なぜ、このごろみんなんちは暮れにデコレーションをやるんだかわからない。2年前の12月、クリスマスの本場、ニュルンベルクやミュンヒェン、「きよしこの夜」の賛美歌が生まれたザルツブルクなどを訪ねたが、日本みたいに飾り立てた民家なんて見たことがない。列車の窓からだけでなく、いくら探してもないのだ。ほとんどの家がキリスト教徒なのにーー。

 日本の庶民はどっかおかしい、狂っている。
 そんなに電力が余っていたら、発電のために自然と景観を破壊し、誰もが旅に出る意欲をなくしちゃう風車の建設なんかやめちゃえばいいんだ。そして意味のない電飾に使う電力は、殺人を伴うような痴漢を防ぐため、街灯の増設に使ったほうがよほど先進国にふさわしいやり方ではないか!

 歳をとると怒りが止まらなくなる。でも正論だと思うけど??

投稿者:森田芳夫
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2008年06月30日

近世と現代の尺度

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 1945年2月13日夜、ドイツのドレスデンは三波に及ぶ英国軍の空爆で、一夜にして灰燼に帰し、その夜だけで10万人が亡くたったといわれ、広島・長崎とよく対比されている。
 先週19~20日、夏至の前の晩と本命の晩、この街に2泊した。10時になってもなおフラッシュなしに写真撮影ができるのはさすが高緯度のドイツならではと実感できた。

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 ところで盛り場のレストラン街を写真とった。5階建てのレストランが櫛の歯のように続いている情景が左、改めて上を入れたところ異様に高い教会が写った。その差は上の写真をご覧いただければ納得できよう。

 3年前に60年ぶりに修復・再建された聖母教会のアンバランスの高さ、これころ近世18世紀の高さ基準である。前にある現代の建物と比較してみると、あの時代の価値基準がよく分かる。高さ100m近い教会建築、これがあのころの常識だった。

 とくとご覧ください。現代の高層ビルのひょろ付いた雰囲気とは違う、気品ある、重厚な雰囲気に唸らない人はいないだろう。

投稿者:森田芳夫
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2008年07月03日

21世紀の建築のトレンドは”半壊型”?

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 デュッセルドルフのライン河の港では、古い施設を思い切って撤去し、新しい建物が次々と造られている。
 6月中旬、市役所が仕立てたバスで、われわれ「日独協会千葉支部」の一行30人はここに案内された。
 現地の日本人通訳の説明によると、新しい世紀へ向けて、新名所を造るという意気込みで市が発注した写真のような建物が三つ軒を並べている。アメリカの設計家ゲーリーの作品というが、どうも私は気に入らない。

 協会のメンバーの一人が「どうですか、森田さん、ここにドイツ事務所でもお持ちになったら」と突然冷やかしてきた。
 「いやだね。ドイツの建築を特徴づけるバルコニーもなく、広い窓もない。さらにゼラニュウムなどの花を置くところが何もない。こんな即物的で、根性が曲がった建物はごめんこうむる。もしかしたら床も傾いているんじゃないですか」と、聞こえよがしに答えた。

 現地通訳の女性が「ドイツのイメージをお聞きし、大変勉強になりました」と一言私に囁いた。

 このような建物で人目を引くという市の発想はいかがなものか、でもこれで納得する人がいるのかもしれない。しかしこの情景は地震直後の壊れかかったビル、または空襲による爆風でへし曲がった壁を連想させる。
 もはや「戦争と地震」を知らない世代や、奇をてらうアメリカ人にはうけるのだろう。

 そういえばこのブログで伊藤会員が今年、銀座にこの手のビルができたことを伝えていた。

 同じ時代に呼吸をしながら、とんでもない考えを持つ人がいるものだ。

投稿者:森田芳夫
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2008年09月18日

「トロッコ王国美深」-渡邊さんの初投稿に寄せて

 「トロッコ王国美深」についての渡邊さんのレポートに感動しました。
 スケルトンのダブルデッカーに乗り、心地よいスピード感に浸りながら自然の息吹を肌で感じ、一段高い視点から遮るもののない沿線のパノラマを堪能できる仕組みが、この日本にあったとは---。

 とたんに興味がふつふつと湧き、改めてこの成り立ちを探ってみました。

 1985年に廃線になり、放置された線路を何とか活用しようと、なんと13年後の1988年に住民有志がNPOを立ち上げて知恵を絞って実現したとありました。これを知っただけでも、練りに練った地元の熱意が伝わってくるではありませんか。
 密室の中で、ただスピードだけを求める新幹線の旅を揶揄し、現代人が求める、これこそもう一つの「第三の鉄道の旅」といえるでしょう。
 廃線利用でなくても、わざわざ線路を敷いても、この仕組みは「心を癒す旅」のターゲットになり、これすなわち、省エネ時代の観光の新たな目玉になるのではないか---なんて感慨にふけっています。

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 私もこの夏、アメリカノースカロライナ州でNPOによる、廃線利用のSL、往復20kmに乗ってきました。
 無蓋車、カブース(乗務員専用車両)、窓枠・屋根つき車、普通客車など面白い編成でした。
 いずれ新たに投稿しますが、国は変わってても同じNPOによる、その写真の一端を送ります。

 ああ、紅葉のころはどんなだろうか、乗ってみたい! 「北の大地」にふさわしい、「目からウロコが落ちる」レポートをありがとう。

投稿者:森田芳夫
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2008年09月29日

当会最長老稲葉さんが雑誌表紙に登場

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 今発売中の『旅行読売・別冊・バリアフリーの温泉旅』(定価880円)の表紙に、会員で最長老・83歳の稲葉修三郎さんが登場しています。
 全国の旅館の中から選んだ58軒バリアフリーの宿がガイドされていますが、目次に続く巻頭4ページには、伊豆長岡温泉のホテルWを舞台に、二人の美女とともに稲葉さんが高齢者や身障者が宿を利用する様子が活写されています。さらに修善寺までガイドするお達者な姿が組写真で展開されています。
 中でも「入浴支援リフトの貸切風呂」の入浴風景は、モデルとなった稲葉さんを通して、その仕組みがよく分かります。

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 80歳を越しているとは決して見えない稲葉さんに接するとき、そして旺盛な執筆活動を拝見するたびに、私はいつも励まされますが、今回雑誌へ颯爽と出演するお姿を見て、もしそういうものがあれば「シニア・フォトジェニック賞」に推薦したいと思ったくらいです。
 
 ぜひ書店の店頭でご覧ください。

投稿者:森田芳夫
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2008年11月26日

第24回全国トイレシンポジウム(長野県伊那市)

第24回全国トイレシンポジウム(伊那市)に当会が「協力」
   旅ジャーナリスト会議の会員13名が参加

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壇上で挨拶する小坂樫男伊那市長。背後の看板右端に当会の名称がある

 11月7・8日の2日にわたり、長野県伊那市と同市高遠を会場として、「第24回全国トイレシンポジュウム--『桜の里』で里山、山岳、避難時のトイレを考える」(主催/伊那市・日本トイレ協会ほかで構成される委員会)が開催された。
 旅ジャーナリスト会議は、開催に至るまでの進言と、当日の参加者へ配布する「桜の里のトイレ」のアンケートなど、資料制作のお手伝いをした。
 さらに当日、「桜の里のトイレ整備」の分科会で菊池正浩会員がコーディネーターとして大きな役割を果たし、稲葉修三郎会員が河津桜の里のトイレ状況を報告、続く奈良県吉野山、伊那市高遠城址公園の関係者の報告とともに会場から大きな拍手を受けた。
 全国各地からの参加者が500名、当会は「協力」という立場で相応の務めを担い、2日にわたり会員13名がマイカー、二輪、バス、列車などを使って首都圏や県内から馳せ参じた。

 初日には登山家の田部井淳子氏の山岳トイレの基調講演、国土交通省観光省地域振興課長による基調報告があり、その夜、伊那食品工業かんてんぱぱガーデンで開かれた全体交流会では、参加した会員の全員13名が壇上に上がり、自己紹介をする場も設けられた。
 2日目は早朝に高遠城址公園のトイレ事情を視察、折から城址公園の鮮やか楓の紅葉を堪能し、そのあと「高遠さくらホテル」で小牧市市民病院の吉川羊子医師による「避難生活での健康管理とトイレ対策」の基調講演、さらに神戸市、長野市、地元のボランティアを交えて災害時のパネルトークも開かれ、大いに学ぶところがあった。 
 
 両日ともステージに掲げられた大看板には「協力 旅ジャーナリスト会議」と大書され、主催者の好意で参加者全員に会員誌『旅行主義5号』と「トルヌス最新号」が袋に入れて届けられた。
 その結果、今回の催しを通して、わが会の存在と活動が全国に知られることになったが、それは引き続き各方面から会のあり方が注目を浴びるようになったことにほかならない。
 会員の一層の結束と、一段ステップアップした活動が望まれる次第である。

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早朝の高遠城址公園見学では温かい味噌汁などのサービスもあった


報告:森田芳夫
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2008年12月16日

『篤姫』関連、50回にわたる小出氏の健筆を讃える

 NHKの『篤姫』の放映が昨日終わり、その人気は近年稀に見る視聴率に現れているという。また内容も主演の演技力が伴ってとみに充実していると、夏頃から新聞のTV欄でもしばしば報じられてきた。ビデオリサーチの調べでは最終回の視聴率は28.7%。30%の大台にはついにのらなかったものの、平均視聴率は24.5%となり、過去10年で最高記録となった(「オリコン」)。
 この一年間、TV放映に合わせて「旅じゃ」のブログに50回にわたり『篤姫』を執筆し続けたのが、わが会の若手、小出文彦氏である。その特異な「持続力」に改めて敬意を表したい。

 彼の意図は決してTV番組の解説ではなく、文章に土地を象徴する風景スタンプや、写真など、変化にとんだビジュアルな素材を添えて、まず舞台背景である「土地」をクローズアップし、筋書きに従って変わるそれぞれの地で活躍する人物像を描き出すと言う、一種の「地誌文学」に近い手法を駆使してる。土地の歴史と現在の表情を、人物像を通して読む楽しさは万人に共通するものであろう。
 
 ときには3~4日過ぎてしまい、改めてブログを開けてみると、文脈が通じないということもあったが、前の日付けをクリックすると全文が現れるというのも、ブログの強みである。それほど執筆の間隔は短く、密接していた。
 小出氏はこのブログの執筆を始める前、TV放映に先立って『篤姫』に特化したムックを自ら編集していたのだからその薀蓄は、他の編集者が及ぶところではない。

 来年の放映は『天地人』であることは広く知られているが、すでに氏はムック『天地人』の編集を終え、先月発刊して一カ月も経たないうちに2刷を記録するなど、その編集手腕は実証されている。

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  2009年、新年早々から始まる『旅じゃ』に登場する氏の執筆になる『天地人』のテキストと、写真などビジュアルな素材が楽しみである。このブログを通して、「地誌文学」の骨格がさらに顕わになり、その分野の先駆者となるであろう小出氏の活躍に一層期待したい。


投稿者:森田芳夫
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