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にわあつし アーカイブ

2007年03月29日

新幹線を運転する1

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はじめまして。旅じゃ会員のにわあつしです。小生、今ヨーロッパ鉄道ふれあいの旅を次々企画中。今から30数年前、ヨーロッパはTEE国際特急全盛期に、ユーレイルパス片手に一人鉄道乗り回しの旅をして以来、ヨーロッパの鉄道旅の素晴らしさにはまり、回を重ねるごと同行者が増え、最大20人ぐらいの時もあり、また新幹線運転士メンバーの旅もありました。今年は6月に2週間、高速列車TGV.ICE.タリス、チザルピーノ、イーエススターを含め、ヨーロッパ鉄道ふれあいの旅が決定。同行者11名、主に、一般のツアー旅に不満を抱いた段階塾年層の女性陣です。旅の目的地までの移動手段のみ利用される事が多い日本の鉄道と違って、駅、そして列車に乗ったところから旅が始まるヨーロッパの鉄道。生活感溢れる車内で各国の人々と素晴らしい景色を見ながらふれあいの旅をするのが楽しみなのです。鉄道旅の記録はこれから次々報告したいと思います。

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その前に、私の経歴欄――元新幹線電車運転士。そうなんです。それも今は骨董的な存在の0系電車の時代なんです。基本的には今の700系電車などとも運転そのものは極端に変わらなく、車で言えばナビが付き動力性能が向上し、操作もコンピューター化していることですかな!0系はマニアル車。運転士の感性で動かすことができた電車だったのです。天候や乗車人数や電車の癖!つまり加速とかブレーキの効き具合ををブレーキ弁ハンドルとノッチ操作で判断し運転していく。駅での停止位置や時間の正確な確保はこれらの事をいち早く体に染み込ませる事がポイントです。例えば、駅入線時は運転士の一人舞台。ATC信号で30キロ以下へ速度が落ちたら運転士は自分がバトンタッチします、という白い確認ボタンを押す。そして30キロ以下ギリギリの速度で、ホームに並ぶお客達の視線の中停止位置目指して入線していく。そして、50メートル手前でブレーキをかけて、体にかかる重みを感じ取りながらブレーキを抜いて停止位置にぴたりとあわせるのです。決まると最高の満足感ですよ。電車でGO!ではない本当の運転日記、これからもつづきますよ。

投稿者:にわあつし
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※旅じゃBLOGでは会員からの投稿およびそれ以外の読者からのご意見・質問をお待ちしています。デジカメ写真の投稿も大歓迎です。(文字量は400~800Wが目安ですが基本的に自由です。たくさん書いていただいた場合は、複数日に分けることもできますので。おもしろ・びっくり写真などに簡単なネームだけでも全然OKです)。会員の方は直接書き込めるようにシステムを構築中ですが、なにぶんまだWEBコンテンツ技術が追いつきませんので、当分の間は管理人までメールで投稿お願いします。(宛先は必ず明記してください。迷惑行為防止のため、コメントとトラックバックをいったん保留後公開いたします)

2007年04月09日

新幹線を運転する2

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温暖化現象が進んでいるせいなのか、今年は、我が家の近く薩埵(さった)峠から望む冷ややかな日にくっきりと輝く富士山の姿の見える日が、少ないですね。峠近くに咲く桜も、天候のせいか夜明けの行灯のようにいつの間にか咲いて散っていくようです。

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さて新幹線を運転するバート2!季節は春。新幹線の沿線も、桜、菜の花、そしてれんげ草が咲き、運転台からの景色も180度花のパノラマでとても見晴らしが良く。と言いたいところですが、しかしこの季節、美しい花畑に群がる虫たちも多く、高速で走る新幹線電車の前はたちまち虫の雨かカーテンか。プチプチプチと、前面ガラスに当たってきます。運転士は、ウオツシヤー水を出してワイパーでガラスを洗い視界を確保しながら運転をして行きます。

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タイトルフォトは30年ほど前の富士山をバックに走る0系新幹線。0系が走る当時は、防音壁もなく、れんげ草が一面に咲きほこり、スカッとした風景でした。横から見る0系のフォルムはノスタルジックで懐かしいですね。700系のアヒル顔や500系の鋭いウエッジ顔と比べ優わな顔つきで、さしずめ仏顔と言うところかな??ところで、0系のこの先頭部分の中に結構広い空間があるのです。正式には運転室機器室と言うのですが、4畳半ぐらいの広さがあり、椅子も用意されています。業務で移動する職員がよく利用する部屋で、国鉄に入社仕立ての頃、私は、旅や帰省で新幹線利用の時、運転士に頼みよくこの通称ボンネツト室に乗せてもらいました。薄暗く外の景色も見えませんが、業務扱いで乗車させてもらっていたのでかなりの旅費の節約になった思い出があります。700系など新規車両にはこの室はないようです。
今、運転はすべて1人乗務で、東京~新大阪、最短2時間半、生理現象もままならず、乗務前から体調管理をするようです。国鉄時代は、ひかりは運転士2人乗務で、交代をしながら東京~新大阪を運転をしていました。トイレはもちろんのこと、食事交代もできたし、眠気覚ましのためか、社内販売のかわいいレディたちが必ずコーヒーなどのドリンクサービスに運転台を訪れてくれるなど、現在の新幹線運転士勤務と比べると夢のようでありました。これから0系運転当時にタイムスリップをして、当時の東京~新大阪間の運転旅日記を綴っていきます。パート3につづく。

投稿者:にわあつし
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2007年04月14日

新幹線を運転する3

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0系アーカイブ、これから東京~新大阪間ひかり号の運転をしていくのですが、その前に、新幹線電車運転士になる道筋を教えます。私が現役の運転士だった当時の国鉄時代は、初めに、国鉄新幹線総局の登用試験を受け運転部門に入社。最初に整備掛という、雑役の仕事からスタートしました。次に、電車掛・電車の修理部門で働き電車の構造など覚え、2年9カ月で憧れの新幹線運転士の登用受験資格がつきます。そして年に1度、東京運転所管内で10数人程の運転士募集に応募、受験をしたのでした。整備掛から電車掛へ、そして運転士とすべてに学科、適性試験がありました。特に運転士登用試験は4次までの適性試験がありかなりの倍率だったのを覚えています。

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そして運転士試験合格後、半年間学校、半年間見習いの後、一人立ちになる3駅区間の実馳試験にクリアーして、正式に運転士となりました。写真は0系教本、ATC信号表示地点表、運転日誌です。当時の運転士職場は、元SLの機関士など、運転にかけては根っからのプロの運転士が揃っていて、新幹線開業に伴い転換してきたポッポ屋ばかりでした。

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さて今の新幹線運転士登用の道。JR登用試験で入社後、駅勤務、その後車掌を3年程経験後、1年に一度10数名程の新幹線運転士募集に応募し、採用されると、晴れて運転士になるのです。しかし、ずーっと運転士をしているわけではなく、再び駅に降りて、営業の仕事をするという、何でもしなければならない環流システムなのです。また、運転士登用の試験は適性検査のみだそうです。今、JRはオールラウンド勤務の時代。0系の時代は、運転士は運転する電車と運転だけの道を一筋に、プロ仕事士の駆け抜けていった時代でした。写真は、これから運転する0系電車の運転グッズです。制帽、時計、業務で使用する腕章、制服の袖に付けるワツペン、乗務日誌・JR用、新幹線運転免許証―JRになってから個人貸与、そして手前の銀色に光る棒が、電車を動かす鍵!ブレーキ弁ハンドルです。自動車でいえばキーを回す、つまり、このハンドルを運転位置におくことにより、人間でいえば動脈に値する、103線・直流母線に電気が流れ電車は出発準備OKとなるのです。さあ、東京駅から出発しよう。
パート4につづく。

投稿者:にわあつし
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2007年04月18日

稲葉会員が静岡新聞に紹介されました

2007年4月16日の静岡新聞「古道を歩く」の下田街道⑨梨本宿で稲葉修三郎会員のことが紹介されました。以下、新聞の中身をOCRで読み取りましたので、ぜひご覧ください。

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 百二十万人弱の人でにぎわった今年の河津桜まつり。既に花影は失せ、葉桜となったカワヅザクラの大木の下に昨年十月、石碑を置いた。「峠を越えて 瀬を渡り 伴に歩んだ 五十年」と刻む。河津町梨本地区の中心、川合野で民宿を営む稲葉修三郎さん(82)が妻美代子さん(77)と重ねた金婚の祝い。稲葉さんは父親が早逝し大家族を支えた。職替えは十六にも及ぶ。
 下田街道の宿は湯ケ島(伊豆市)とこの梨本の二カ所。梨本を飛ばす強行軍もあったが、下田を出て小鍋峠を越えても天城の山並みがそびえ、人家が消えた中で急峻な谷や川を渡らなければならない。梨本に宿を取ることが多かった。
 稲葉さんが「南総里見八犬伝」などで知られる文人、滝沢馬琴の随筆「燕石雑志(伊豆の海)」を紹介してくれた。一八〇〇年代初め、馬琴は逗留先の伊豆下田から天城越えで江戸に帰る途次、まだ日は高かったけれど天城山六里を越えがたいと思い、梨本村に宿泊する。「馬琴は小鍋坂、大鍋坂の水音もいと遠し湯が島の道、と口ずさんだ」と稲葉さん。下田屋という旅人宿だったが、既に廃業。本陣や脇本陣も様変わりしていて宿駅の面影はない。
 梨本宿へば河津町小鍋から大鍋を経て入り、大鍋川と河津川を渡る。合流部であり、橋下を清流が若をはむようにして勢いよく下っていく。馬琴が記した水音は二百年後の今も鮮烈だ。
 橋を渡り坂道を少し上ったところの小さな三差路に道標があった。倒れたのだろうか、二つに折れたものをセメントで接合している。
「右下田 左はま道」「右三嶋 左下田道」とそれぞれの面に刻んだ文字が何とか読み取れる。下田街道と海岸へ向かう浜道の分岐点を示す。建立したのは君沢郡小海村(沼津市)の増田七兵衛。七兵衛が立てた道標は小鍋峠の入り口、下田市北の沢にもあった。
 車一台の通行がやっとの急坂がいかにも旧道らしい。いったん国道414号に出て、稲葉さんの民宿「てっぽう」の看板を目印に旧道の下り坂に入る。脇の水路で蛍の餌となるカワニナを確認しうれしくなった。上は国道で車が行き交うが、河津川や支流の瀬音がかき消してくれる。道沿いではツバキの花や夏ミカンの実が彩りを加え、脇道を行く楽しさが増す。
 旧道はループ橋の直下に出る。この間には伊勢新九郎(北条早雲)の軍勢に滅ぼされた深根城(下田市)主関戸吉信のものとされる墓があり、大日如来像や供養塔などをまとめた場所も。延焼を食い止めたケヤキは火伏さんと呼ばれている。
 幕末、通商条約締結談判のため初代米国総領事ハリスや通訳ヒュースケンが下田から江戸に向かい、梨本の天城山慈眼院(坪井弘司住職)に泊まった。慈眼院は国道沿いになってしまったが、当時は七兵衛建立の道標近くに山門があり、深山幽谷の地とされた。先々代の諦堂住職はハリスをしのんでユニークな位牌をつくっていた。戒名は「愛日院殿誠心圓融大居士」。石に米国、左に日本の国旗を配し、末永い日米友好を願った。
 河津町観光協会長でもある弘司住職(51)は温泉施設を建設中。これまでのユースホステルと一体化して観光面での活用を意気込む。今月二十一日がプレオープン。古刹も時代の変化に立ち向かっている。(文・鈴木寛一郎 写真・塚原勝二)

〈メモ〉
梨本宿を巡るコースは伊豆の踊子文学碑の温泉場、湯ケ野(河津町)が起終点の踊子歩道に一部含まれる。踊子歩道は大鍋の橋を渡らないで発電所跡、つり橋を経て民宿「てっぼう」前に出る。七滝口まで同じ道。湯ケ野-七滝口約50分。伊豆急河津駅からバスで湯ケ野まで13分。下田街道はコースではないが、七滝・修善寺方面行きバス西湯ケ野下車。問い合わせは河津町観光協会〈電0558(32)0290〉、中伊豆東海バス〈電0558(72)1841〉へ。

投稿者:にわあつし
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2007年04月23日

新幹線を運転する4

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写真は今から30余年さかのぼり昭和50年春、0系電車全盛の頃の東京駅。昭和39年新幹線開業、45年大阪万博、そしてひかりは西へ博多開業の年でした。このひかりのステッカーは、行き先表示が電車にまだ設置されてなかった頃、よくホームでお客が、ひかり号とこだま号を乗り間違えることが多く、これを防ぐために、ひかり号だけにこの表示ステッカーを貼ったのです。さてこれから乗務するのは東京10時発ひかり5号博多行き、車両編成H59(Hはひかり、こだまはKで区別していた)16両編成。勤務は33仕業、通称とんぼ仕業。つまり、日帰り(とんぼ帰り)で東京~新大阪を運転する勤務です。
この当時の東京運転所運転士の受持つ電車は、基本的に東京から午後下りの新大阪方面電車と新大阪から午前中の上りの東京行き電車を運転、東京の運転士は下りは新大阪までの運転でした。新大阪まで運転する勤務の多くは1泊2日仕業で、大阪に行くと必ず泊まる1日1回片道だけの運転で、これに比べとんぼ帰りの勤務は、月に1、2度ですが結構ハードな勤務でした(現在JR仕業では列車のスピード化による時間短縮に伴って、とんぼ仕業をしてその日再び下り、1泊して上るという勤務が定例化されているようです)。

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品川の東京運転所車両基地にて。後列左2番目が筆者

ひかりの乗務は運転士2人、今日の相方は運転士科同期生の田村氏。同じ釜の飯を食った仲、お互い気心もよくわかり、ハードなとんぼの仕事でも気が楽です。発車15分前、運転準備に取りかかります。最初に、ひかり5号の列車番号を車両に設定登録し、運転台カウンターの各機器のスイッチ類を点検します。そして、車両の清掃など準備終了の標識のランプが赤から白に変わったことを確認すると、ブレーキ弁ハンドルを運転台カウンターの左側にある円筒形の切り口に差し込み、ブレーキの圧力を確認。そしてブレーキ位置におくと発車準備OKです。

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「チーン」と鳴るベルとともに速度計の速度表示上のランプが、0KMから70KMに移動。ATC信号出発OKの指示が出て、線路のポイントが本線につながりいよいよ発車です。懐中時計の発車時間を確認、ホームの発車ベルの音がブザーに変わり、ドアが閉まり、運転台パネルの戸じめ表示灯のランプが点灯すると、「戸じめ点灯、信号70、時刻よし」指先と目で声を出しながら、それぞれの表示を確認。そして、右足元にあるペダルを踏むと、警笛の音とともに発車です。ブレーキ弁ハンドルを緩解すると、カウンター中央の逆転レバーを前進位置に倒し、右側の通称ノツチと呼ぶ主幹制御器主ハンドルを1段下げる。車に例えればアクセルと同じで、1から10まで刻まれ、数字が多くなる程にモーターに電流が多く流れ速度を増していきます。今日はゴールデンウィーク前日、混雑したホームの人混みからしてこのひかり5号は超満席状態で、1ノツチではかなり重苦しいようです。続けてノツチを下げていくと、1両4個ある185KWのモーターが16両分64個一斉に動きだし、後部から力を増して来る感覚が身体に伝わって来ました。本線に入るリズミカルなポイントの渡り音を後に、春の時雨のなか東京駅を離れていきます。ひかりは西へ。
パート5につづく!

投稿者:にわあつし
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2007年05月11日

新幹線を運転する5

untendai2.jpg 運転台風景のイメージ

0系アーカイブ。その前に、この文章は単なる新幹線の説明ではなく、運転士から見た体験談を描いています。これから先新大阪まで、運転士になったつもりでこのアーカイブを読んでいただくと、おもしろいですよ。さあ、一緒に出発しましょう。
ひかり5号博多行き。16両編成の長さは、1両25メートルX16。400メートルは実に長く感じ、有楽町の駅にさしかかって運転席小窓越しに後ろを覗いても、まだ最後部は東京駅を離れていない。電車は銀座数寄屋橋日劇を横に眺めながら在来線と並行して進む。古き良き時代を物語った日劇も今は近代的ビルに変わり跡形もないが、当時東京を発着の時には、運転旅の疲れを癒やす東京のシンボルでもあった。田町付近までは在来線と並行して走る。時折横に肩を並べる湘南電車の、窓越しの手を振る子供達に警笛で合図を送る。真横に並ぶと、湘南電車の運転士もかなり意識顔でこちらに目を向けているようだ。

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やがて左手に、東京運転所車両基地の長い車庫横を通過(今は品川駅と超高層ビルの街に変貌している)、八つ山のトンネルをくぐり抜けると、S字に大きくカーブをしながら高架線を進んでいく。
「制限90!!」
田村氏が歓呼する。多摩川付近までは、住宅密集地の上を走るためカーブが多く、速度規制が続き、ノッチを小刻みに動かしながら進む。新横浜駅手前で、ATC信号が初めて210Kを表示する。信号歓呼とともにノツチを最大の10まで刻む。ひかり号は相模平野を210K最高速で走り続ける。このあたりは切り通し沿いに線路が続き、上に住宅や線路を跨ぐ橋が多い。

untendai1.jpg運転台風景のイメージ

「先月の交番でね、夜9時頃かな? このあたりで(マグロ)の確認に当たってしまってね! 大変だったよ」
助手席の田村氏に話しかけた。
「三島への回送で、運転台も一人だったし、暗がりの線路を30k以下の速度でゆっくり前方を探しながら走り、それらしきものを発見した時は、冷や汗ものだったね」
私は夢中で話こんでいく。人身事故を業界用語で(マグロ)と言っている。跡処理がまぐろに酷似しているところがあるからだ。人身事故に遭遇して、200Kの速度から最大ブレーキをかけても、停止するまでには約2KMは進む。事故地点の検認は、時間の都合上後続の列車が行う(現在は上り下り関係なく、近くの列車が行うようです)。
「遭遇する人は2度3度続くみたいだし、神社で清めてもらうようだよ」
田村氏が答える。マグロの話題の続くなか、ひかり号は小田原も定時で通過。トンネルをいくつか過ぎると熱海駅。熱海駅はカーブしたホームで待避線もない為、110Kに速度を落とす(現在は180Kで通過)と熱海駅を通過、新丹那トンネルをくぐり抜けると三島で田村氏とハンドル交代だ。
次は豊橋まで彼が運転だ。春雨のなかをひかりは西へ。パート6につづく!

投稿者:にわあつし
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2007年05月14日

新幹線を運転する6

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雨が少し強く降ってきたようだ。三島からは田村氏がハンドルを持ち、私は検査担当業務となる。ひかり号は運転士2人で東京~三島~豊橋~米原~新大阪を4区間に分けて、交代で2区間づつを運転します。また、こだま号は運転士は1人なので、東京~新大阪の場合は、東京~名古屋を運転して名古屋で1時間半余り休憩。再びこだま号を運転して新大阪に下る勤務。上りのこだまは静岡で休憩をとり東京まで上ります。
下り、上りのどちらかが片道こだま運転で大阪泊まりの場合は、片道は必ずひかり運転の勤務になっていました(現在はすべて一人乗務で、検査担当の業務は電車車内の空調や自動ドアその他サービス機器のなど故障応急処置は車掌が行い、動力関係など主回路の故障の場合は、100系からは、運転台パネルで故障車両ユニットをカツトして、他の車両から電源を移すなど、運転台で、運転士1人で管理できるように、電車の性能も向上し、ますますコンピュータ化されています。やがて運転士も運転する仕事から、運転管理させられる立場の運転士になるのかも?)。

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降りしきる雨と電車の高速度に、ほとんど水を拭きとる効果のないワイパーの動く視界のなか富士川を渡る。右手に望む富士山も影形なく隠れている。天気がよく富士山が美しさを表している時、この沿線は、新幹線を撮影する人々を多く見る。田子の浦や富士川は新幹線撮影スポットなのです。蒲原、由比などいくつかのトンネルとみかん畑の間を通りやがて静岡を通過。
「静岡マル!」
お互いに歓呼し乗務日誌に記録する。マルは定刻通り通過の事。15秒以内の誤差は定時とする。これが、天皇陛下のお乗りになるお召し列車の場合は1秒の誤差も許されない。必ず定められた時間に通過・停車駅の定位置で時計の針の12の位置に秒針をぴったり合わせるように運転をしなければならない。これは指名された運転士の職業技になっている。もちろん、停車・発車時の気づかない静かな乗り心地のよさも、まさに電車と一体となり操作していく熟練技なのです。

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ひかり5号は、青々とした牧の原の茶畑台地の香りの中を超満席のお客を乗せて走り抜け、波打つ浜名湖を通過。やがて豊橋の駅に近づいてきた。
「サア!交代しよう。ところで、新大阪に着いたら、久々にお好み焼きでも食べに行こうか!」
田村氏に声をかける。
「そうしよう、大阪に着く頃は雨も上がっているだろうし」
昼飯雑談で盛り上がるうちに、豊橋を定時通過。次は停車駅の名古屋だ。パート7につづく!

投稿者:にわあつし
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2007年05月23日

新幹線を運転する7

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ひかり5号は春雨のなか、濃尾平野をひた走る。周りから眺めると、真っ直ぐに見える線路も、運転台からは、ジェットコースターのように急ではないが、段差が繰り返しつづき、前方の線路がなくなっているかのように感じられるような、激しい登り下りがつづく区間もある。電車の上を延びている架線も、50M間隔で立つている支柱ごとにジグザグに架けられ、電車のパンタグラフの集電のスリ板に平均して当たるように設けられている。

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春の雨の日は湿度が高く、運転台の前面ガラスも曇りがち。お互いに声をかけあうと、カバンから洗面用具のタオルと固形石鹸を取り出し、ガラス内側に石鹸を塗りつけ拭いていく。生活の知恵だが、結構曇り止めに効果がある。ガラス拭きをしながら会話がはずむ。
蒲郡付近にさしかかったとき、田村氏に声をかける。
「坂野坂トンネルに幽霊が出る話を聞いたことがあるか!」
彼も振り向き、驚きの顔で、
「あるよ、ある。運転所で噂を聞いた」
はしやぎ顔で答えてきた。
「こういう湿気の多い雨の日に出るらしいね。今日は会えるかも!」
「その幽霊は男かな女かな?」
「白いマントを着た女らしいよ」
「坂野坂の雪女ってところかな!」
互いに、少々ふざけ気味の会話に花を咲かせているうちに、坂の坂トンネルが近づいてきた。トンネルは、愛知県幸田町坂野坂峠の下を通る延長2198Mの長大トンネルだ。ひかり号は坂野坂トンネルの表示を見るや否や、トンネルに突入していく。速度は190K。入ると同時に気圧が変化し、耳をつんざく音、そしてトンネル内の風圧の音に変わってくる。真っ暗の中、前照燈の光がトンネルの舞台を照らし出してゆく。雨で濡れた前面ガラスも、風圧が水滴を跳ね返し、レールの線だけが前方に輝く。互いに顔を見合わせながら、幽霊の出番を冷ややかな目で待つ。トンネルは上り勾配から下り勾配にさしかかる直前であった。フワッー!突然前方が白い霧の幕に覆われた。
「おーい、前が全然見えないぞ!」
田村氏が叫んだ。とたんに、ヒュー!という、空気が吸いこまれるような強い音とともに、二つの目が迫ってきた。

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「出たぁ~!」
私も驚き叫んだ。その瞬間、霧の幕がとれ、上り電車がすれ違っていった。
「あれが坂野坂の幽霊か!」
驚きの顔で息を弾ませているうちに、電車はトンネルの外に出た。何とも気色の悪い一瞬であった。
明日のパート8につづく!

投稿者:にわあつし
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2007年05月24日

新幹線を運転する8

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前回紹介しました坂野坂トンネルは、湿気と気圧の変化でトンネルで起こる現象が起きやすいことで有名な話題のトンネルなのです。幽霊騒動をあとに、ひかり号は矢作川を渡り、やがて名古屋市街地に入って行く。

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第26番町橋を過ぎ160Kに速度を落とすATC信号が出た。停車駅に近づくと、段階的に210-160-(110)-70-30と速度を落とす指示の出る箇所があり、運転士は頭に入れて速度を調整していく。左手、ナゴヤ球場を横に信号70を表示、そして、名古屋駅ホームが前方に近づいてきた。ホームは溢れんばかりの人でいっぱいだ。信号30をホーム直前で受けると、30K以下ギリギリの速度で、整列した待ち客の集中する視線を受けながら、下り勾配の雨の名古屋駅ホームを停止位置に向かって進む。ホームの号車番号を数えながら進み、やがて2号車後部口、50M手前だ。ブレーキ弁ハンドルをおもむろに掛け、ブレーキの効き具合を確かめる、まずい!? 予想以上に後ろから押され気味だ!再びブレーキを増す。
「行き過ぎだーー!」
田村氏が声をあげる。電車は、増しブレーキとともに約2M行き過ぎて停車した。すぐさま、連絡電話で後部車掌に連絡。
「バックします、ドアは開けないでください」
連絡と同時に、逆転ハンドルを後転にし、停止位置までバックした。幸い、お客の混乱もなかったため、無事、名古屋駅停車となった。

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雨で滑りやすいレールと満席客の車両状態が予想以上の停車ミスを起こしてしまったのだ。
名古屋駅は、私にとっての一番気を遣う駅なのです。

パート9につづく!

投稿者:にわあつし
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2007年05月30日

新幹線を運転する9

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停止位置オーバーランだっひかり号のホーム待ち客も、無事何事もなく列車に乗りこんでいる。田村氏と互いにほっとした気持ちで、発車時刻を待つ。この運転台後部1から5号車の自由席車両は、デッキまで立つほどに超満席の状態で、お客のざわめきが後ろから聞こえてくる。
「かなり乗っているね!」
二人で話し込んでいると、コンコン♪ 乗務員扉を叩く音がする。ドアを開けると、いきなり大きな声で、
「何だよ今の止まりかたは。罰金ものだね?」
同期生の菊池氏が、笑い顔で入ってきた。彼は新大阪まで添乗(運転はしないで移動すること)だ。運転台下のボンネツト内から折りたたみ椅子を出すと運転席の2つの椅子の間に並べた。同期生仲間で話しが盛り上がるなか、ひかり5号は名古屋駅を3分遅れて発車をした。

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名古屋市街を離れると、やがて木曽川、長良川の2大鉄橋を渡る。木曽川手前から岐阜羽島駅手前まで、名神高速道路と並行する。
「この前のひかりの仕業で下ったとき、このあたりで俺の運転するひかりを追い抜きした車があったよ、250Kは出てたかな?」
菊池氏が話してきた。並行する距離は10Kもないが、この間、カーレースならぬ新幹線とレースをする車が出没することがあるのです。
岐阜羽島を過ぎた付近から長い登り坂になっていく。この辺から米原手前ぐらいまで約60キロの区間は、新幹線最大の難所である関ヶ原越えだ。関ヶ原まで、1000分の25、つまり、1キロ進むごとに25m高くなる勾配が続き、前方視界もケーブルカーでも運転しているような景色だ。冬場、日本海からの寒気が伊吹山付近で雪になり、大量の積雪をもたらすところだ。

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大雪のときは、スプリングクラーという、水を散らす装置が線路の両端に設けられ、水を散らすことにより、積もった雪を凍らせ雪の舞い上がりを防ぎ、電車のモーターなどに入って絶縁を破壊したり、床下にこびりついた雪の固まりが線路に落ち、砂利といっしよに飛び散って、床下機器やガラスを壊したりする事故のないようにしている。速度も70Kぐらいまで下げて運転をするため、雪が降ると30分から1時間は遅れてしまうのです。今日は雨の関ヶ原越え。雪の天候と同様に、雨の降る日もレールが濡れているのでよく滑る。それに急勾配も重なり、この様な状況のところでの定時運転は非常に神経を使う。登り坂なので速度が上がらず、油断をすると速度は下がっていく。いきなり加速をしようとノツチを上げると、車輪が空転を起こし速度計の針も左右にスライドばかりして、速度表示が安定しない。仕方なくノツチを戻すという繰り返しの運転になる。このため、速度も上がらず時間も遅れてしまうのです。
定刻どうりの時間でこの坂を登りきるのには、岐阜羽島を過ぎたばかりのまだ平坦なあたりから、全速力でこの勾配を登り始め、途中は小刻みにノツチを操作しながら、速度をできるだけ下げないようにして、だましだまし運転をしていく。この関ヶ原の急勾配は悪天候の時は、新幹線のいちばんの泣きどころなのです(いま700系をはじめとして雪の関ヶ原越えは、電車が線路面の滑り状態を感知して速度を自動的にコントロールするため、遅れも少なくなっています)。
明日のパート9につづく!

投稿者:にわあつし
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2007年05月31日

新幹線を運転する10

ひかり5号は、超満席の重い車両ながら雨の関ヶ原を順調に登りきり、米原を5分遅れで通過した。米原で田村氏と運転を交代。同級生の運転談義に花を咲かせていると、ガラガラという台車を引く音とともに転室扉がノックされた。
「来たよ! 来た、お待たせだね」
菊池氏がすばやく扉に向かい、窓のカーテンを上げると、車内販売の売り子が立つていた。
「コーヒーいかがですか?」
ドリンクサービスにやってきた。
「ありがとう、ホット3つください。あなた笑顔可愛いね」
菊池氏が愛想言葉でコーヒーをもらうと、再び運転台椅子に落ちついた。眠気覚ましのドリンクでホッとするなか、ひかりは、近江平野を走る。

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雨も上がり雲間から明るい日差しが照らしたとき、黄色塗装の電気試験車がすれ違って行った。
「電気試験車の仕業は夜遅いから大変だよね」
「そうだよ、静まりかえった夜中の線路を走るし、おまけに眠気も重なるしね!」
電気試験車は、営業運転の終わった後、専用のパンタグラフを使って架線の状態を検査するために走らせる電車で、この運転仕業は、勤務時間などそれなりに結構ハードな仕事なのです(今は定期的に昼間運転されています)。

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試験車の勤務話に盛り上がるなか、ひかりは右手に琵琶湖を眺めながら走り、そして音羽山、東山と二つのトンネルを越え、2分遅れで京都に到着。京都からは約15分、ひかり5号は遅れを取り戻し、新大阪に定刻どうりに到着をした。新大阪からは大阪運転所の運転士と交代。私たちは、新大阪で3時間半程休憩をとり、トンボがえりで、再びひかり号を運転して夕闇の東京へ戻っていったのです。

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あれから30余年が過ぎました。新幹線車両も、300系・500系・700系そして、N700系と高性能電車が登場しています。運転士が自身の感性で動かしたマニュアル仕様の0系と違い、最新N700系は、運転仕業の個人登録をしたカードと暗証番号による運転室入室、操作、そして、タッチセンサー方式で、モニター画面の指示に従いタッチしながら、運転準備等、機器操作をしていく。ATC信号も、無段階に電車そのものが感知して、ブレーキ調整。走行中の車両故障も、モニター画面を見ながら、必要最少限に故障箇所をカットしていく、まさに一人管理運転の世界です。車両も、支える台車の空気バネの調整で、カーブも速度を落とさないで走ることができ、電車もますますスピード化され、N700系のぞみは2時間半を5分短縮で運転する、東京~新大阪の運転の旅。都市の風景は変貌したが、沿線のローカル風景は今も昔とあまり変わりません。変わったのは0系電車とその時代-時間を楽しみながら、運転の旅をしたあの頃が、0系とその運転に携さわった私達同期生や先輩方の、遠く国鉄時代の思い出の語り草になっているのです。
0系アーカイブ新幹線東京~新大阪運転の旅おわり。

投稿者:にわあつし
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2007年07月10日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅1

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お待たせしました。鉄道で巡るヨーロッパふれあいの旅の出発です。
TEEヨーロッパ横断特急が全盛だった30数年前、一人で優等列車の乗り歩きをしてから、すっかりそのすばらしさにはまってしまい、これまで幾度訪れたことでしょうか!ヨーロッパの歴史ある街並みや、美しい田園風景は、いつの時代も変わりません。各国の人々とふれあいながらの楽しい旅は、生活感あふれる鉄道に尽きます。

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今回は07年6月に2週間ほど、フランス、ベルギー、ドイツ、スイス、イタリア5カ国の世界遺産を含む観光地を旅しました。総勢11名の参加者の多くは、バス旅が多い一般観光ツアーに不満足だった団塊の女性たち。何度か渡欧を経験している彼女たちでさえ、まるで初体験のように鉄道旅の楽しさに感動しています。案内役の私にとっても感無量です。鉄道が網の目のように発達しているヨーロッパ。日本の新幹線にも劣らぬすばらしい高速列車や、色鮮やかで斬新なデザインのローカル列車が、旅を導いてくれます。
これからのヨーロッパ、自由気軽に鉄道を使って、心に残る旅をしませんか。訪れる季節によって表情が変わり、それぞれに趣があります。私の体験上ベストシーズンは、6月ですね。気候も温暖で、花も咲き揃い、美しい風景を楽しむことができます。ただし、この時期は、ヨーロッパはお祭りシーズンなので、ホテルや乗り物などは、早めの予約が必要です。

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さて、ヨーロッパ鉄道心の旅、その始発となるヨーロッパでの出発地ですが、私はいつもパリです。パリから始まりパリに帰る。私にとってパリは、ヨーロッパの故郷のような所です。パリへは日本からの航空便も多く、航空運賃もリーズナブルな設定ができます。パリは、ヨーロッパ鉄道旅の玄関都市ですね。北欧、東欧、南欧方面そして、ドーバー海峡のトンネルをくぐり、ロンドンまで走るユーロスターなど。国際列車の発着本数が一番多いヨーロッパの中心駅でもあります。パリには、SNCFフランス国鉄の駅が。北、東、サン・ラザール、モンパルナス、オーステルリッツ、リヨン、ベルシーの7つの駅があります。

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どの駅も街の中心を囲むように設けられ、それぞれ行き先の地、国々によって出発駅が違い、また、国際色溢れる違った顔があります。ヨーロッパ鉄道旅、それは駅に一歩足を踏み入れた瞬間から、幕を開けます。歴史ある大屋根の下に繰り広げられる映画のワンシーンのよう。あなたも舞台の上から出発しましょう。パート2につづく

投稿者:にわあつし
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2007年07月17日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅2

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出発の舞台は駅。ヨーロッパ大都市のターミナル駅は、大屋根のある巨大な空間の行き止まりスタイルが多いです。「中央」と名の付く駅はほとんど行き止まり式で、列車は到着すると反対向きで発車して行きます。そのなかでも、アーケードスタイルの光の入るドーム屋根には圧倒されます。

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歴史の深さを物語る古い鉄骨と、幾何学模様の大屋根。その下に数メートル四方はある大胆で斬新な広告が、幾重にもぶら下がって構内を飾るパリの駅や、ホームの各支柱に薄型テレビを備え付け、広告を発信しているイタリアの駅など、時代物の中に最新デザインがマッチングしている駅の姿はすばらしく、つい目を奪われます。古い物を新しくしても、他の物との調和が取れなく、けばけばしい宣伝広告が、無秩序に貼られている日本の駅と比べると、古き伝統の中に新しさを調和させ、美しく表現するヨーロッパの国々の街創りのセンスに感心します。

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行き止まり式ホームには、最新型高速列車や、年代物の機関車や客車が、カラフルな塗装で並び、鉄道ファンでなくても、旅人の目を引きつけます。駅の広い構内の周りには、ファーストフードやカフェ・レストランをはじめ、キオスク、銀行など、旅に欠かせないショップが並んでいます。とくにサンドウィッチなど軽食を売るファーストフードの店が多いですね。

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表玄関は駅の顔。壮大で、まるで博物館を思わせるような、歴史的建造物が多く、パリのSNCF国鉄の駅もほとんどが、威厳ある駅舎です。リヨン駅もその一つで、正面にそびえ建つ時計塔が、歴史の深さを物語っています。リヨン駅は、その名の如く、フランス第2の都市リヨン方面、南仏への出発駅。また、スイス方面への列車の出発駅でもあります。
ヨーロッパでは、行き先方面の都市名が、始発の駅名に使われている都市があります。ホームが36番線まであるリヨン駅の、構内に置かれた大きなシュロの木が、コート・ダジュールへの旅の夢を誘っています。初めて南仏に走った豪華列車の名にちなんだ、ベルエポック調の高級レストラン「トラン・ブルー」も、同駅構内にあります。TEE(ヨーロッパ横断特急)全盛の頃、フランス国鉄の誇る、世界一の豪華列車と言われたミストラル号も、このリヨン駅のホームから、バカンスの夢を抱く客を乗せて、南仏ニースに走っていました。
私も何度か乗り、軽音楽の流れるバーで、地中海に沈む夕日を眺めながら過ごした、至福の時を思い出します。現在も、昔と変わらないアーケードのホームに、オール2階建ての最新型TGVデュープレックスをはじめ、多くのTGV高速列車が並んでいます。パリからヨーロッパの国々に出るベース地として、このリヨン駅付近がお勧めですね。パリ・シャルル・ドゴール空港からエアフランスのバスも発着。ホテルも、隣接しているメルキュールホテルをはじめ、スタンダードですがリーズナブルなホテルが多いです。また、パリ市内観光へは、たとえば、エトワール凱旋門までは、地下鉄が乗り換えなしの一本で行けるし、セーヌ河沿いに散歩がてら30分も歩けば、ノートルダム寺院に着く好立地です。ヨーロッパのターミナル(終着駅)は、さながら映画の舞台のようです。改札口もない、ホーム前の構内のベンチに腰掛け、リズミカルな音楽の流れるなか、別れを惜しみ抱擁するカップルや、行き交う旅人を眺めていると、日本の駅にはないノスタルジーを感じますね。次は列車に乗って出発です。パート3につづく

投稿者:にわあつし
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2007年07月21日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅・特別編

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フランス国鉄TGV、すごいですね!時速574.8km。架線から電気を取って走る鉄道の速度とは考えられません。時速581 kmのギネス記録を持っていても、実験線から先に進まない、JRリニア新幹線(写真右)も顔負けです。日本でこのニュースを知り、パリに着くと早々に、リヨン駅の書店で、SNCFフランス国鉄情報誌を入手しました。TGV試験車のスピード記録は、パリ東駅から、フランス・アルザス地方、ヨーロッパの十字路と呼ばれる美しい古都ストラスブールまで延びる、工事中の高速新線で打ち立てられたものです。

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情報誌で見る工事中の路線は、規模の大きさもさながら、ただ一直線に続く線路でありました。自然の生態系を壊さぬよう、また、風景を変えないようにして、広大な田園風景にマッチさせていく。日本の新幹線の、山々や込み入った住宅地を切り開き、縫うように進む風景とは根本的に違い、列車の速度も当然速く出せるだろうと感じます。それに列車とレール間、そして集電機器などとの絶妙な抵抗バランスなど、フランス国鉄の技術のすごさには脱帽です。
東海道新幹線で私が運転した0系電車の最高速度は210kmですが、カーブや勾配が多く、熱海駅など海岸線のルートや、住宅地の沿線や高架部など、速度制限も多くありました。東海道もフランスのような路線なら、東京~大阪間もかなり短時間で走れるでしょうね? 現在ではN700系など、電車の性能もアップしており、加速時間やカーブでの速度を向上させ、分刻みのダイヤを時間短縮に励んでいるようです。
ヨーロッパの鉄道の線路幅は、日本の新幹線と同じ、1435mm標準軌道(スペイン・ポルトガルは広軌1635mm)で、TGVなどの高速列車は、途中から高速専用線に入る、つまり、駅に関しては、TGV専用駅もありますが、ほとんどが普通列車と同じ駅から発着するため、旅行客には大変便利です。それに日本だったら、御蔵入りになるような年代物車両と、最新鋭の列車とが顔を揃えるなんて、とてもユニークな光景じゃないですか。

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今年5月パリ東駅へ、ドイツ最新高速列車ICE3(アイシーイー)が、初めて乗入れました。国際列車の発着が一番多いパリ。TEEヨーロッパ横断特急全盛の頃は、機関車が牽引する客車スタイルが多く、国境の駅で、次に走行する国の機関車が交代していた時代でした。今では各国の異なる電源区間も走行できる、優れものの高速列車が開発され、ドイツ・ICE高速列車も、パリの東駅に登場したのです。これまでより約2時間短縮の4時間半でパリからドイツ・フランクフルトまで直行。パリからの鉄道旅は、ますます便利になり、私も次回は利用しようと今から楽しみにしています。
ヨーロッパ鉄道心の旅パート3につづく。

投稿者:にわあつし
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2007年07月28日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅3

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 さあ、列車に乗って出発です。ヨーロッパ各国を走る列車の個性あるカラーは、旅人の目を奪います。とくに目を引き付けたカラフル列車を2点紹介すると、アルプスの白い山々に溶け込むようなスイスの広告機関車(ブリック駅・写真左)、派手な絵柄のイタリア・ユーロスター(ミラノ駅・写真右)。ユーモア溢れるデザインが、楽しいですね。

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 最初の目的地は、ベルギーの古都・ブリュージュです。ホテルのあるリヨン駅から、国鉄RER近郊線で北駅に移動。オランダ・北欧、そして、ロンドンまで走るユーロスター北方面の玄関、パリ北駅から列車の旅が始まりました。ブルージュへは、途中ブリュッセルで、オーステンデ方面のローカル線に乗り換えます。北駅から乗る列車は、レッドトレインと呼ばれる国際特急タリス号で、ブリュッセルまで313km、1時間25分の旅。ボディや車内すべてが、ワインレッドに統一された、フランスTGVの改良型で、北駅ホームに並ぶ姿はとてもお洒落です。

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私たちのグループは、1等用ユーレイルセレクト・セーバーパス(ユーレイル加盟国から3~5カ国の旅行国を絞り2人以上が同一行動する条件の周遊割引パス)を用意しているために1等車を利用。このタリスの1等車は、席までの食事や、アルコール類を含むドリンクのサービスがあるのです(ただし、時間帯により食事内容も異なり、平日以外はドリンクサービスのみ)。パス以外に必要な、タリス号の1等指定券には、サービス料金が含まれ、今回の旅で一番高額でした。タリス号利用は、食事の時間帯に合わせて計画すると、節約効率が良いですね。
指定車乗車口で、車掌の検札と案内サービスを受けると、いよいよ乗車です。駅での乗り換えでは、ホームも低く、列車には、ステップを駆けて乗るため、参加者の皆さんには、トランクは最大60cmまで、できるだけ大きな滑車が付いている物を用意させました。そして、予約無しで乗車しても、比較的空いていて、大人数でもかたまって座りやすい、一等車の利用を決めています。

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列車は発車時間が来ると、ベルもなく発車します。一般のヨーロッパ観光ツアーでバス旅の窮屈など、苦い経験をされた参加者の皆さん、最初に乗ったタリス号では、ゴージャスな車内でのびのびとくつろぎ、出された食事と美味しいワインに酔いながら、広がる北フランスやベルギーの田園風景を眺める至福の時に、鉄道旅のすばらしさを実感していました。ブリュッセルからは、貸し切りみたいに空いた1等車。オーステンデ方面に1時間で、中世の家並みが残り、「天井のない美術館」と呼ばれるブリュージュに着きました。皆さん、静かで疲れない列車の旅に、感動したようです。
パート4につづく

投稿者:にわあつし
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2007年08月07日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅4

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 パリ=ブルージュ間、美しい風景の中をくつろぎながら過ごした車中の楽しさ。みなさん疲れも見せずに元気百倍。到着後は、船に乗っての運河めぐりや、ライトアップされた夜の街を勢力的に歩き、古都ブルージュを満喫したようです。

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 ヨーロッパの列車の多くは、機関車が牽引や推進運転をする客車スタイルであり、床下から響く、つんざくようなモーター音もなく、車内はとても静かです。タリスやTGV、ドイツICE(ICE-3を除く)、イタリアユーロスターなど、各国の新幹線クラスの列車も、ほとんどが、伝統ある動力集中方式です。国際列車が往来するヨーロッパ。電源車が各国の多種電源区間さえクリアすれば、同じ軌道をどこにでも牽引することができ、客車が多国間を跨いで走れるのも、ヨーロッパならではです。
 乗り心地よい落ち着いた車内。私たちのグループはゆったりとした1等車利用なので、席配置も1等オープンシート車は(2席+1席)がほとんど。個室タイプのコンパートメント車両(一部屋6人)もあります(2等車は2席+2席)。
 さて、鉄道旅はブルージュからブリュッセル経由で、再びタリス号に乗りドイツに入ります。途中、世界遺産であるケルンの大聖堂を観光。そして、ライン河沿いの路線を、ロマンティック街道の玄関、ヴェルツブルグに向かいました。両河岸に広がる葡萄畑と点在する古城、伝説の岩ローレライなどがつづく、コブレンツ=マインツ間のライン河名所を、ローカル列車から車窓観光です。ワインを片手に、陽気な車掌の姿に驚きながらも、とても愉快で笑顔の絶えないライン観光でした。

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 ドイツ国鉄御自慢のパノラマカー付きTEEラインゴールド号も、以前はこのライン路線を走っていましたが、今はケルンからフランクフルトまで高速路線ができたため、ICE等の高速列車のほとんどは、ライン河をはずれた新路線を走ります。美しい風景を堪能するには、コブレンツ=マインツ間を経由する列車を選ぶことです。
 とくにこの区間、ライン河を挟んだ両岸に鉄道がありますが、ローレライの岩が眺められる、コブレンツからマインツに向かう右岸の線を選びましょう。ドイツの鉄道旅には欠かせないお勧めのコースです。夏期のヨーロッパは、夜10時近くまで陽がさんさんと照り、毎日、暗くなるギリギリまで観光。まさに2回分のトクする旅をしてますよ! みなさんとても活動的で、ヴェルツブルグの宿であるホテル・マリティムに着いた時間も、まだ陽の明るい夜の9時でした。
パート5につづく

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2007年08月14日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅5

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 何て美しいんでしょう! アルテマイン橋の川面に映るのは、マリエンブルグ要塞の夜景です。そしてマリティムホテルの超豪華な朝食に舌鼓を打つ。皆さん、たった一泊だけなのに、ヴェルツブルグを「再び訪れたい街」のベスト3に入れたようです!
 今日はヴェルツブルグ駅に荷物を預け、中世の面影を残すロマンティック街道の街ローテンブルグへ、ローカル列車で日帰りの旅です。ロマンティック街道は、ローマ時代に造られた歴史遺産の道ですが、車でしか訪れることができない美しい街が点在しています。
 この街道沿いに、フランクフルト=ミュンヘン間どちらの都市からも、朝8時出発して夜9時に到着する1日1便のヨーロッパバスが運行されており、街道めぐりにはとても便利です。以前はユーレイルパス保持者は無料、途中ローテンブルグで約1時間半の停車時間があり、散歩程度の観光もできたのですが、今ではユーレイルパス保持者でもバス運賃は4割負坦。またローテンブルグも30分程度の停車に変わってしまい、フランクフルトからミュンヘンまで直行する場合は、ほとんど車窓観光になってしまいます。バス利用の場合は、途中、気に入った街で下車して一泊したり、また、駅のある街で、鉄道と組み合わせるのも旅プランの一つですね。
 他に、JALユーロエクスプレスやVISTANAドイツ号などの観光バスが、フランクフルト=ミュンヘン間を走っており、昼食付き・日本語ガイド付きで16,000円。チケットは日本の旅行代理店などで購入できます。ただし、これらの観光バスは、出発の曜日が決まっているので要注意です。

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 私たちの旅は、今日中にミュンヘンへ移動予定のため、あえて鉄道を利用し、駅があるローテンブルグの街だけを観光することにしました。ヴェルツブルグからはミュンヘン方面への本線普通列車に乗り、途中駅シュタイナッハで、ローテンブルグまでの真っ赤でスマートな2両編成の汽動車に乗り換えました。
 約1時間余、車窓からドイツののどかな田園風景を楽しみながら進みます。ローテンブルグまでの列車の中は日本人出没度ゼロ! 乗り合わせたドイツの人々とは、言葉よりジェスチャーのほうが気持ちも伝わるようです。まるで御近所同士のようなふれあいの場は、これぞ鉄道旅ともいえるひとときでした。

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 ローテンブルグ(オブ・デ・タウバー)駅から徒歩15分。最初の城壁の入口、カルゲン門をくぐって中世の街に入ります。色彩豊かで美しく、古い歴史ある街並みが、現代の生活の中に自然に溶け込んでいる。皆さん感動したようです。そして、各人自由に、ローテンブルグの街を堪能しました。再びヴェルツブルグに戻ると、ドイツ自慢のICE高速列車でミュンヘンに出発です。
パート6につづく

投稿者:にわあつし
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2007年08月21日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅6

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ヴェルツブルグからミュンヘンまでは、ドイツ最新高速列車ICE-3に乗車。ICE-3は、日本の電車に多い動力分散式で、ミュンヘンまでは300km、約2時間半の旅となります。真っ白な流線形のボディに、迫力ある赤い線が印象的なICE-3が、駅手前にある高速線合流ポイントから一般線に進入し、ヴェルツブルグ駅ホームに入ってきました。
 ホームの列車編成表で確認した1等車の停車位置で待ちます。ヨーロッパの列車は、国際列車をはじめとして、10数両も連結した長大編成が多く、事前に乗車車両の停止位置を確認することが必要です。私たちのように多人数の場合は、荷物の移動作業もあり、乗り継ぎ時間のロスを防ぐため、確認、また確認でした。国際列車は、行き先が異なる車両の混合編成もあるので、乗車する車両の行き先も確認する必要がありますね。
 列車が停止したらドアは、自分でレバーまたはスイッチを操作して開けます。開くのをじっと待っていたら、そのままスゥーと発車してしまいます。日本の寒い地方で、温度維持のための手動式ドアとは考え方が異なり、個人の責任で動いているヨーロッパの生活環境の中の一コマです。

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 乗車すると間もなく、ICEは発車。私たちが乗車した1等オープンシート車は、モニターテレビの仕込まれた革張りシートが並び、すこし硬めの座りごこちは、いかにもドイツ的です。華やかな赤でまとめられたタリス号と比べ、室内は実にシンプルです。車両間を結ぶ通路は、木目調の落ち着いたインテリアでまとめられており、寛ぎながら旅を楽しむリビングルームという感じですね。

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 運転室のある先頭車両は、ガラス越しに前方が眺められる展望スタイルです。速度300km以上も出る高速列車の風景を客室で眺められることも驚きですが、運転台まで見られるなんて、日本の新幹線では到底考えられないことです。
 私たちはゆったりとした革シートに包まれながら、ドイツ・バイエルン地方の車窓風景を楽しんでいます。高速線を200km以上の速度で快走するICE-3と、ときおり並行するアウトバーンで、一緒に走る車の速度の速いこと!! このICEを追い越す速度で走る車には、皆さん声を出して驚いていました。

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 やがて、ICEはミュンヘンに到着しました。今日から中央駅近くのアインホテルに連泊です。今宵はミュンヘン最大のビアホール、ホフブロイハウスで、ドイツに乾杯!

パート7につづく

投稿者:にわあつし
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2007年09月01日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅7

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 朝6時、ホテルの部屋のカーテンの隙間から、ときおり光が注ぎこみます。ミュンヘンの街並みを眺めると、メンバーの皆さんは、早々と朝の散歩を楽しんでおられます。私より人生経験豊富な皆さんの、行動力の凄さ! 今回の旅程も100%予定どおり遂行されつつあります。
 今日はバイエルンの森にそびえる、世界的に有名なノイシュヴァンシュタイン城を訪れます。私も幾度かドイツを訪れていますが、ここを訪れるのは初めてで、たいへん楽しみにしておりました。たいていの観光客はバスを利用するようで、我々のように鉄道を利用してこの城を訪れる観光客は、バックパッカーや地元の人々がほとんど。鉄道での日本人出没度は10%以下ですね。

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 ノイシュヴァンシュタイン城への鉄道を利用した行程は、まずミュンヘン中央駅からアルプスの麓の町フュッセンまで乗車。1日5、6本と少ないですが、ミュンヘン中央駅30番線ホームから直通列車があり、約2時間でフュッセンに着きます。途中、ローカル色溢れる単線の区間を走り、アルプスの山並みを背景に、のどかで牧歌的な風景が続きます。終点のフュッセン駅前からは、路線バスでノイシュヴァンシュタイン城の麓まで行き、山頂の城へは、専用の乗合馬車やバス、または徒歩で40分ほどかけて登ります。城の入場券は、麓のチケットセンターで購入しますが、購入と同時に入場時間が決められており、それも約1時間後ぐらいの設定のため、バスや馬車で行こうと思っても、混雑時は予想外の時間を要してしまいます。私たちは馬車で登る予定だったので、順番待ちを他の人に任せてチケットを購入、予定どおりの時間で、ルートヴィヒ2世の夢の城を堪能してきました。

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 世界に名立たる「白鳥の城」は、観光名所保存のために常に徹底した管理と修復を行っていますが、斬新な趣の観光客用レストランなど、現代建築と中世の芸術が城の中に混在しております。中世のロマンに浸ろうと思って期待していた私などは、ちょっと複雑な感動で城を後にしました。再びフュッセンの町に戻ると、クレヨンで塗りつくされたような、フュッセンの町を散策。お年寄りの姿が目立つ、小さな、そしてカラフルな町並みでショッピングを楽しみ、ミュンヘンへの帰途につきました。

パート8につづく

投稿者:にわあつし
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2007年09月11日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅8

ミュンヘンでは連夜のビアホール三昧。本場のビールやソーセージなど、ドイツの旨味に舌包みをうち、みな大満足です。ちなみにホフブロイハウスのオリジナルビアは1リットル入、6.6ユーロ(約1000円)と、安い、うまい!
 ミュンヘンからの鉄道旅はEC特急で、ドイツ・スイス・オーストリア3カ国の国境に近い町リンダウへ。リンダウからローカル列車を2度乗り継ぎ、ボーデン湖畔を望みながら、ライン川沿いの古都シャウハウゼンに向かいました。ボーデン湖畔を走るローカル列車は、地元の人々で大変な混み様。大人数の日本人客が珍しいのか、多くの人の視線が集中しましたが、たくさんのトランクの置場や、座席まで空けてくれたりと、現地の人々の親切さにみな感動でした。

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 沿線駅の構内やホームでは、自転車ごと乗り付ける人が目立ちます。ヨーロッパの鉄道では、自転車も列車に積み込むことが一般的で、ホームに上がる階段の端に、スロープやベルト式のリフトを設置している駅もあります。列車も自転車マークが表示されている車両を連結しており、車内に自転車を備え付ける場所が用意されています。

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 シャウハウゼンでは、駅前から路線バスでラインの滝へ移動しましたが、観光時間はわずか1時間半余り。ホーム下通路のロッカーへ荷物を預け、大急ぎでバスに乗り込みます。滝を眺めるのも楽じゃない! 分刻みのハードスケジュールでした。バス停から滝までの急な坂は、みなさんかなり辛かったようで、汗をいっぱい流しながらも、予定のバスや列車に乗り継ぎ、時間どおり、次の目的地シュタインアムラインの町に移動することができました。

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 窓辺の花々と、みごとな壁画。中世の佇まいを残した、この小さな町は実に美しく、みな時を忘れて自由な散歩を楽しみました。シュタインアムラインの美しさとともに、列車の隅々まで行き届いた清潔さと、シンプルでカラフルな内装。思わず「かわいいー!」と、口々に叫んでしまいます。さすが、観光国スイスですね。
パート9につづく

投稿者:にわあつし
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2007年09月19日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅9

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「ミストハウス、カンデルシュテーク!」
 スイス国鉄の車内放送は、女声の歯切れよいアナウンスで、カンデルシュテーク到着を知らせます。ドイツ国境近く、スイス北の端シャウハウゼンから、チューリッヒ、ベルンと経由し3時間あまり。ベルン州ベルンルナーオーバーランドの南端、あと1時間も乗ればイタリア国境という、手前の小さな町カンデルシュテークに到着しました。ホームに降りると、ブリュームリスアルプス高峰の谷間から漂う冷気が、身体全体を包み込み、暑さ続きだったドイツの旅から、一転して爽快な気分です。いつも常宿にしているホテルの主人が、愛嬌たっぶりの笑顔で、ホームまで迎えに来てくれました。
 観光国スイスはアルプスの山々と、そこから流れ出す川や澄みきった湖、囲むように広がる緑。そして、景色に染まるように点在する美しい街並みは、誰もが憧れる世界ーの観光国を構成しています。
 スイスの鉄道はとても速く、しかも清潔で快適。ヨーロッパでは、日本だと県境を越える感覚で、次々と国を移り行くのですが、とくにスイスに入国し、スイス国鉄の車両に乗ったとたん。なぜか、ホッ!と安らぎ、旅の疲れが抜けて行く気分になります。私自身、今まで幾度となく、このスイスを出入国した体験から感じるのかもしれませんが、これも鉄道旅ならではの感触ですね。
 スイス国鉄は列車運行も正確で、発着時間の間隔も一定に定められ、大変覚えやすくなっています。構内やホームの列車時刻表には、発車が黄色、到着が白色で掲示されていて、旅行者にも一目瞭然です。

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 チューリッヒ・ベルン間などの主要路線を結ぶIC特急は、車内もお洒落な総2階の列車となっており、子ども向けにレイアウトされた、キッズ車両が連結されている列車もあります。これは見ているだけで楽しくなってしまいます。
 スイスでは4日間、この谷間の街カンデルシュテークに滞在しました。翌朝は澄み切った快晴の空で、宿から徒歩15分ほどにあるリフト乗り場から、リフトで約15分。山の急斜面を擦るように上りながらの風景は、2000メートル級の山の岩肌が連なるパノラマでした。山から流れ落ちる滝の音と、小鳥のさえずる声以外は聞こえないくらい、静かで豊かな時間が流れていきます。

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 リフトを降りて、放牧されている牛たちを横目に、整備されたハイキングコースを歩くこと30分。「アルプスの宝石」と称するエッシネン湖に到着しました。そびえ立つ山の岩肌と、神秘的なブルーの湖面の織りなす世界。私たち全員、時が止まったように、呆然と湖を見つめていました。このエッシネン湖は、何度訪れても、「スイスのすばらしさここにあり」と、感動させてくれる景勝地です。
パート10につづく

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菊地正浩会員NHKラジオ出演情報(10月30・31日)はこちら
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2007年09月24日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅10

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スイスの旅の2日目は、アルプス観光人気№1、ユングフラウ登山観光です。これはもう「スイスの魅力のすべてが凝縮されている!」といっても過言ではありません。トゥーン湖とブリエンツ湖の2つの湖に挟まれたリゾート地、インターラーケンを起点に、アイガー、メンヒ、ユングフラウなど、4000m級の大パノラマの懐を、登山電車で周遊するベストコースです。
 私がユングフラウを観光する時は、インターラーケンに向かう途中、必ず寄り道して訪れる村があります。片方の湖、トゥーン湖のはずれトゥーンからトロリーバスで約15分。美しい城が湖畔にたたずむ、オーバーホーヘンの村に着きます。35年前、初めてスイスを訪れて泊まった当村のユースホステルで、満天の星の光に照らされた湖と、写し出される城のシルエット、そして月の光に浮かぶ、ユングフラウの山々の幻想的な世界に感動しました。以後訪れるたび、頬ずりをして家族のように迎えてくれるオーナー老夫婦の優しいこと。すっかりこの村のとりこになり、今回も旅の案内人として、皆さんをこの村に引き連れ、古城のある湖畔を散策するなど、癒しの時を過ごすことができました。

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 オーバーホーヘンからは、インターラーケンまで連絡船に乗船。アルプスの白い山々や、湖畔に点在する三角屋根の街並みと、メルヘンチックな風景の中を進む約2時間の船旅は、至福の時を感じさせ、氷上を滑るように静かに進む連絡船も、周りの風景にしっくり溶け込んでいます。船はインターラーケン・ウエストに到着。そして隣駅インターラーケン・オストから、ユングフラウ登山列車の周遊が始まります。アイガー、メンヒ、ユングフラウと、主峰3山を仰ぎ見る展望駅、2061mのクライネシャイデックまでは、2つにコースが分かれており、私たちは、ラウターブルーネン経由で、300mの高さの断崖から流れ落ちるシュタウブバッハの滝を散策して、クライネシャイデックに向かいました。

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 そして、ユングフラウ鉄道に乗り換え、山岳鉄道の頂点である、アイガーの北壁を貫くトンネルの終点、標高3454mのユングフラウヨッホ駅に到着。幸い快晴に恵まれて、トップ・オブ・ヨーロッパの名に値する展望を、楽しむことができました。登山電車に乗れば誰もが簡単に、富士山の標高に近い高さの、雪と氷の世界を満喫させてくれます。一歩一歩労して登る登山者へは、よく整備された道のサービス。また、労せずしても、誰にもすばらしい景色を眺めさせてくれる登山電車。2つのサービスを選択できる、スイスの観光に対する力の入れようには脱帽です。このユングフラウ鉄道は日本からの観光客も多く、登山電車内での日本語案内は以前からありましたが、最近のユングフラウヨッホ駅の中のレストランや売店などの設備はホテル並に整備され、3000m以上の雪に覆われた岩山のなか、存在すること自体が凄いです。
 帰路はグリンデルワルトにて、ヴェッターホルン3700mの雄大な姿を仰ぎながら、スイス料理に舌包みを打ちました。
パート11につづく

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2007年10月04日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅11

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 スイス・カンデルシュテークからイタリアへは、目と鼻先ほどに近い距離。トランクや大きな荷物をスイスの常宿に預けると、皆さんリュック一つで、1泊2日のイタリア・ミニ旅行に出発です。行き先は、水の都ベネチア。夕食のとき、宿のオーナーが、「イタリアでは、スリや置き引き、しつこい奴に気をつけて!」と、大きなアクションでスピーチを披露。その滑稽な説明に、皆さん笑いこけていました。
 翌朝、放牧に向かう牛の行列を横目に、私たちはカンデルシュテークの駅に向かいます。山々の岩肌に囲まれた谷間の駅は、列車が到着しない限りは静寂そのもの。裏山に放牧されている牛のカウベルだけが、軽やかに響いていました。

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 IC特急は、カンデルシュテークを発車すると、輪を描くように勾配を上り、レッチェン谷の峠を越えると、ツェルマットに行くBVZ鉄道の中継駅、ブリュックに到着。ここからミラノまでは、イタリア・スイス両国鉄共同運行の、高速特急チザルピーノに乗車です。
 ジュネーブ発のチザルピーノは、このブリックで合流して、イタリア方面に入りますが、ソフィア・ローレンに似た女声アナウンスは、ますますイタリアの雰囲気を盛り上げます。また、カーブでも車体を傾け、速度を落とさずに走れる車体傾斜気構装置を備えており、山間のカーブもハイスピードで快走。乗り心地もとても静かです。
 全長約20kmのシンプロントンネルを抜けると、もうイタリア入国。あの、ヘミングウェイ『武器よさらば』の舞台、美しいマジョーレ湖を左に眺めながら、約2時間でミラノに到着です。
 昨年もベネチアに行くとき、このチザルピーノに乗ったのですが、ミラノ駅到着が定刻より1時間も遅れ、乗り継ぎや、それ以後の行動が、かなり狂ってしまいました。イタリアの列車時間は、遅れて当たり前で、余裕ある乗り継ぎ時間が必要です。今回は乗り継ぎ時間を2時間ほど確保。万が一、定時に到着した場合は、ミラノのミニ観光を計画していました。
 幸いにも、みなさんの行いが良いのか、チザルピーノはミラノへ定刻到着。即タクシーを飛ばして、ドーモやプラダを散策、忙しいながらもミラノの雰囲気を堪能し、予定どおり、フィレンツェ行きの列車に間に合いました。

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 イタリアの経済、そしてファッションの中心地ミラノ。鉄道の玄関であるミラノ中央駅で、歴史ある大アーチドームの下に立つと、構内はまるで大市場のようです。多くの列車が並ぶ前に、土産品店や、ファーストフード、化粧品ほか、あらゆる店が連なっており、そこに行き交う旅客や働く人々のざわめきに、これが本当のイタリアなんだと実感します。
 フィレンツェまでは、イタリアの誇る新幹線ETR500イーエススターに乗車。フェラーリのスポーツカーをも手掛けるピニンファリーナのデザインは、大変なお洒落であると同時に迫力があります。色使いも斬新なイタリアンデザインで、真っ赤な厚みあるシートにゆったりと寛ぐと、車内サービスのドリンクを片手に、イタリアの農村風景を眺めながら、列車はフィレンツェに向けて南下します。

パート12につづく

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2007年10月13日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅12

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 イタリア・ユーロスターは、またも定刻どおり、大理石造りのフィレンツェのホームに滑り込みます。ルネッサンスの都は、快晴に恵まれすぎてか、とにかく暑い日です。約5時間の散策タイムの計画は、市内バスで街が一望できるミケランジエロ広場からスタート。バスは市内を迂回するようにして坂道を登り、駅から20分ほどで、ミケランジェロ作の、ダビデ像のレプリカの立つ広場前に到着しました。
 バスを降りようとした直前、百人以上のイタリア女学生の集団が、折り返しのこのバスに乗ろうと、バスの入口を取り囲んでいます。
「ヤバイ!降りられるかな?」
と思う間もなく、ドアは開き、降りる私たちを車内に押し込むように、勢いよく乗り込んできました。運転手は高見の見物です。私は必死で、前方をふさぎ押し入る女学生たちのグラマーな胸元を、容赦なく押し捲くり、掻き分けながら、必死で旅行メンバー全員を降車させました。女学生たちの無秩序さに、みな少々興奮気味です。広場から望むフィレンツェの美しい情景にたたずみながら、気を和らげることにしました。その後、アルノ川に沿って歩き、ポンテベッキオやドウオモなどの名所を自由散策。そして、再びユーロスターに乗車。ボローニャを経由して、深夜のベネチア・サンタルチア駅に到着しました。
 翌朝のベネチアもすこぶる快晴。ホテルを出ると、すぐ横のサンタルチア鉄道駅前から、ヴィポレット「水上バス」に乗船。ちょうど朝のラッシュ時間帯で、大変な混みようです。20分ほどでサンマルコ広場に到着です。

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 着くとすぐ、みなさんからの希望であった、ゴンドラクルージングの交渉です。広場前の桟橋は、客待ちのゴンドラが並んでいます。さっそくゴンドリエーレ「漕ぎ手」に声を掛けます。ミュージック湊者を付けて1槽120ユーロ(19,800円)を希望。しかし、漕ぎ手をいれて、1槽の定員が7人までなので、私たちメンバー11人では、3槽必要とのこと。
 結局、予算オーバーのため、ミュージックなしで、1槽100ユーロ、2槽で周ることになりました。コースは、ゴンドリエーレ任せでしたが、溜息の橋など、華麗なベネチアの水上の迷路を楽しませてもらいました。ゴンドラは平均1槽100ユーロ(16,500円)、6人まで乗船でき、所要40分~1時間のクルージングが多いようです。値切る交渉も必要で、できるだけ定員近い人数で乗れば割安になります。ゴンドラ乗り場は、サンマルコ船着場あたりが多く、ここからのクルージングは、ベネチアのハイライトを周ってくれるので、初めてのゴンドラ乗船にはおすすめです。

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 細い路地裏を見上げれば、洗濯物が心地よい風に干され、小橋から眺めると、カンツォーネの歌声とともに観光客を乗せたゴンドラが、家並みの隙間の運河を漕いで通って行きます。サンマルコ広場の鳩と戯れる人々や、鐘楼の響きなど、ベネチアは何度訪れても、いつも新鮮に心弾む街です。みなさん、たくさんの土産ものを手に、ベネチア始発のチザルピーノで、再びアルプスの国へ帰ります。
パート13につづく

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2007年10月17日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅13

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 スイス、レマン湖沿いの古都ローザンヌから、フランス・パリまでは508㎞。フランスTGV(超高速列車)に乗れば、約4時間です。スイスでの最終日は、世界遺産の都市ベルンを散策したあと、IC特急でローザンヌへ向かいました。
 山合いの酪農地帯を抜けると、美しいレマン湖が眼下に広がります。山麓の斜面いっぱいに、太陽の恵を受けた豊かな葡萄畑が連なっています。そこはスイス第2のワインの産地であるヴォー州。アルプスを望む葡萄畑と湖の間、点々とした小さな集落を縫うように、列車が進みます。チャップリンやオードリー・ヘプバーンが余生を過ごした、ヴヴェイやモルジュの町も、湖畔のすばらしいロケーションの中にあります。

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 まだTEE(ヨーロッパ横断特急)が活躍していた30年ほど前、レマン湖の端のリゾート地モントルーで、シヨンの古城をバックに走るTEEの美しい姿に魅せられ、幾度か、撮影にこの地を訪れた思い出が浮かんできます。現在のローザンヌ発パリ行国際TGVは、先端がとがった一次型車両で、フランス国鉄おなじみの銀色ボディーにブルーのライン。車両ドアの横に貼られたスイス・フランスの表示が、国際線列車であることを示しています。
 私たちの乗る最終のTGVは、パリ・リヨン駅到着が深夜。夕食は車内のレストランカーを予定していたのですが、残念なことに乗車予定の列車には、連結されておりません。急遽、スイスフランの小銭の清算も兼ね、ローザンヌ駅のフードショップでファーストフードを買い込み、車内で食事をすることになりました。1等車利用といえど、「リッチにレストランカー」ばかりでなく、みんなで楽しく食事というのも、また結構ではありませんか?

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 TGVはローザンヌを発車すると、カーブの多いジュラ山脈の峠を走り、約2時間で、ブルゴーニュ地方の食の都ディジョンに到着。ディジョンはマスタードやブルゴーニュワイン、そしてエスカルゴ料理でも有名です。ディジョンマスタードは、日本のからしのように、鼻にツーンと沁みるものではなく、独特の酸っぱさが、ステーキやソーセージの美味しさを引き立てます。それに、肉の臭みも消してくれるため、私も土産品のひとつにしています。ディジョンを出ると、TGVは高速専用路線に進入。ブルゴーニュ白ワインの代表であるシャブリの産地を横目に、典型的なフランスの農村地帯を、最高速で一路パリへ向かいます。
パート14につづく

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2007年10月25日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅14

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 フランス・ノルマンディー地方にある世界遺産のひとつ。僧院の島、モンサンミッシェルは、パリから約450km、東京から京都ぐらいの距離に位置します。日本人にも人気の高い観光地であり、観光ツアーに組み込まれるか、あるいはオプショナルとして、必ず掲載されています。ヨーロッパ鉄道の旅も終盤を迎え、残るはあと3日間のパリ滞在。ユーレイルパス有効日のラストは、このモンサンミッシェルを日帰り観光することになりました。

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 観光ルートは、パリ…鉄道(TGV)…レンヌ…バス…モンサンミッシェルの往復コース。パリ・モンパルナス駅9時05分発のTGVに乗車。ブルターニュ地方の中心都市レンヌまで365km、2時間の鉄道旅です。TGVはパリを出ると、地平線まで続く、なだらかな田園地帯の中を進みます。ときおり遮るポプラ並木、そして、赤茶色の屋根に石壁の村落が、遠くに通り過ぎて行きます。イル・ド・フランスの、のどかでそして、穏やかに広がる美しい大地。ゆったりとしたソファーにくつろぎながら、車窓を眺めるひとときは、列車旅の幸福感を感じさせます。レンヌまでの国内線TGVは、車体こそスイス・フランス間の国際線と同じ一次型車両ですが、1等車の座りごこちはとてもソフトで、シートにも厚みがあり、リクライニングの動きもたいへんに滑らか。天国にいるような心地よさです。

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 大聖堂のある町シャルトル、24時間自動車耐久レースで有名なルマンの町を過ぎると、レンヌに到着。ここからモンサンミッシェルまでは、バスで約1時間半の道程です。料金は、10.1ユーロ(約1,700円)。モンサンミッシェル行バスターミナルは、黒い石の彫像の立つレンヌ駅玄関の右手にあり、日本から来た大勢のフリー旅行者がバスを待っていました。モンサンミッシェルへの日帰り観光は、TGVが着くレンヌからバス利用のコースがベスト。日本のガイドブックも、ほとんどこのコースを紹介しているようです。

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 パリを出発する時は、雲ひとつもない快晴だったのですが、モンサンミッシェルに着く頃は、今にも泣きそうな曇り空。バスを降り、島の入口の門をくぐったあたりで、大粒の雨が降りだしました。修道院を登る参道の土産品店で、皆さん、簡易なレインコートを購入。ところがこれは、薄いビニールを広げ、頭に被せるだけの代物なのに3ユーロ(約500円)と高い!この話題は、帰国時まで続きましたね。有名なブラール叔母さんのオムレツは食べられませんでしたが、大天使ミカエルの修道院は時間をかけ、ゆっくり見学することができました。
 パリへの帰途、乗り収めの列車なるTGV車内では、鉄道旅の思い出話に、みなさん盛り上がっていました。パリに近づき、列車のデッキに立っていると、隣のデッキでは仕事終わりの乗務員が、口笛で「パリの空の下」を吹いていました。私のヨーロッパ鉄道旅は、いつもパリから出発し、パリに帰ります。このメロディを聴くと、故郷に帰る安堵感に包まれます。そして、パリの街のざわめきがわくわくと伝わってきます。そういえば昔、列車が東京に近づく時に、鉄道唱歌が流れ、わくわくした時代がありましたね!

パート15につづく

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2007年11月01日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅15

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 鉄道で巡る心の旅も、締めくくりは起点の街パリです。異国において周遊して最初の街に戻るコースは、とくにその街への親しみが湧くものです。パリは初めて訪れる人には、不思議な懐かさを感じさせ、再び訪れると、なぜか安堵の溜息を漏らさせる街。同行の皆さんも、パリの街並みを見て、ホッ! としたようです。美しい歴史ある街の景観は、いつ訪れても変わらない。鉄道駅やメトロ、バス停やホテルなど、人々の集ういたるところで漂う、甘い香水の香り。私も初めて訪れて以来、この香りを嗅ぐ度に、パリに来たんだなあ、という実感に包まれます。

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 作曲家・黛敏郎さんの、パリを唄う詩の一節に、
「どんなにみすぼらしい恰好にも、誰も妙な顔をしない、そして、どんなに金をかけた盛装にだって、誰も振り向いてはくれない。パリは自由そのものである」
という、語りがあります。パリは古き伝統ある街並みに、斬新さが、どこよりも風景に馴染み、そして溶け込んでいく街。パリの人々は、誰もが自由に、自分を表現して生きています。私自身、人目を気にする性質なので、パリは最高に気ままに動ける街です。

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 パリ市内観光は、こんな自由なパリを肌で感じてもらおうと、案内役の私の一存で、リヨン駅近くのホテルから、セーヌ河に沿って、ノートルダム寺院、サンジェルマンデプレ、ルーブル美術館、そしてシャンゼリーゼ、エトワール凱旋門まで、約10㎞の道程を歩きながらの散策でした。快晴の空に、突然の激しい雨が降る、気まぐれな天候の中でしたが、ゆったりと充実したパリ巡りでした。
 ヨーロッパの旅の終わりに語ってくれた、みなさんの鉄道旅の感想ですが、パリから始まり、ベルギー、ドイツ、スイス、イタリア、そして、フランス・パリまで、5カ国を周遊し、移動距離は約5,500㎞。これは札幌から鹿児島を往復するぐらいの距離です。タリス、ドイツICE、スイス・チザルピーノ、イタリア・ユーロスター、フランスTGVなどの豪華高速列車や、ローカル列車を乗り継ぎ、言葉の壁を越えて、気軽に各地の人々と触れ合えたこと。鉄道ならではの心に残る旅ができ、たいへん感動した様子です。ヨーロッパ鉄道・心の旅は、今回で終了です。私もまたヨーロッパへ、新たな心のふれあいを求めて出発します。それでは次回をお楽しみに!

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次回のヨーロッパの旅へつづく

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2007年11月06日

ふるさと心の旅

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 ふるさと心の旅、今回は私の故郷静岡県由比町にある景勝地、薩埵(さった)峠を紹介します。
「トンネルを抜けると突然、窓越しにはまばゆいばかりの青い海が広がり、そしてその向こうには、覆い被さるように堂々とそびえる富士山が…… 」
 東名高速道路なら、静岡から上り線薩埵トンネルを出たとき、JRなら東海道本線興津駅から上り薩埵トンネルを出たときに、お天気次第で前方に写る光景です。峠はトンネルの出口付近の頭上、薩埵山を通る旧東海道の峠をいいます。
 薩埵山はその昔、南北朝時代の『太平記』では足利尊氏とその弟直義とが戦い、戦国時代は武田信玄・今川氏真・北条氏康らが、三ツ巴の争いを繰り広げた戦いの山です。東海道の難所薩埵峠は、鎌倉時代の『海道記』に、北国の道中にも此の名ある、親不知子不知の話に名高く、「ここを通る時は、親も子を返り見る暇なく、子も親を頼りにすることができない」と語られる峠です。険しい峠ゆえに、見渡す景色は美しく、山部赤人の『万葉集』で「田児の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ不尽の高嶺に雪は降りける」と当時、興津から原までを広く、「田子の浦」と言っていた頃、赤人が険しい薩埵峠越えで、開けた眺望に感激して、この詩を読んだと言われています。残念ながら、『東海道中膝栗毛』に登場する弥次さん喜多さんは、ここ倉沢の海岸で獲れた、鮑やサザエに舌包みをうっている間に大雨になり、美しい景色も見ずに急ぎ足で、興津の宿に下ったようです。安藤広重の五十三次の由井の風景は、この薩埵峠から見た駿河湾と富士を描いていますね。

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 峠の下は海岸線すれすれに、国道1号線、東海道本線など、日本の大動脈が通っています。当時、ルート選定で、山岳地帯は工事難と多額の経費がかかるため、海岸線に決定しました。鉄道に至っては明治21年(1888)1月から由比海岸の工事が始まり、翌22年7月東海道本線東京~神戸間全線開通。ちなみに東京~大阪間の旅行費用は、明治初年の頃は、かご賃や宿賃その他で、11円36銭(約14万2000円)、鉄道開通時の明治22年は、わずか3円33銭(4万2000円)で、所要20時間余りだったそうです。当時、酒1升は約12銭でした(鉄道料金は、酒1升1500円として換算。ただし、当時の価値観は定かではありません)。
 現在は新幹線に多くの客が移り、ローカル色が濃くなった東海道本線ですが、以前は峠の下、山下海岸を壮大な富士山をバックに、国鉄の花形列車が走る姿は、絵の世界そのものでした。

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 今でもこの海岸は、鉄道写真のベストロケーション。富士山が見える晴れた日には、数少ないブルートレインなどの撮影に、多くの鉄道ファンが線路脇で、カメラを構えています。薩埵峠へはJR由比駅下車。駅前の旧国道を西へ200mほど進み、山側に折れると、寺尾・倉沢の集落のなか、旧東海道を約3キロ半、ゆっくり1時間のハイキングコースです。自動車でも小型車なら、倉沢の西端からの急坂と、狭い道に注意すれば、峠の近くの駐車場まで行けます。峠までの道は整備されていますが、周りの景色は昔のままです。由比名産のビワとミカンの実る道を、広重の世界へ歩きませんか?
※インターネットの由比ライブカメラで薩埵峠をいつでも見れますよ。

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2007年12月14日

ヨーロッパ鉄道心の旅・クリスマス編1

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 ヨーロッパ鉄道心の旅は、ホットなクリスマス編です。世の中は今、クリスマス一色ですね。本場ヨーロッパの11月末頃から始まるクリスマスシーズンに合わせ、かねてから楽しみにしていた、フランス・TGV東ヨーロッパ線の高速営業運転世界一TGVに乗車。フランス・アルザス地方の中心都市で、クリスマス市で賑わうストラスブールと、ルネッサンス時代の木骨組みの町コルマールを訪ねました。

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 11月のヨーロッパは、日照時間が短かく、天候も不安定。朝の7時はまだ真っ暗闇です。日曜のせいか、パリ東駅に向かう地下鉄は、大変空いており、ゆったりと移動。新線開業とともに化粧直しされた東駅コンコースは、日本の都市の駅のように明るい照明はありません。1849年に開業し、150年の歴史と風格をもつ駅舎内は、最新の列車案内板や斬新な広告などのインテリアが自然に調和されており、ヨーロッパデザインのすばらしさを物語っています。
 乗車する7時24分発のシュツットガルト行きのTGVは、5番線ホームで発車時間を待っていました。30番線まである広い大ホームの列。そして私の乗るシュツットガルト行き10両編成のTGVは、多客時間帯なので、ストラスブール止まりの10両編成TGVが連結され、なんと20両もの長大編成です。列車案内の駅員に、チケットを見せて乗車。ステッブを上がり、予約してある1等車の指定席に座ります。

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 1等のシートは、グレーの配色のシート並びに、4席ほど薄いグリーンのシートが、不規則にアクセントを付けています。床のマットフロアーは、大理石模様を施す、とてもシックな内装。片側2列・1列の座席の、テーブルを照らすスポット照明や車内の照明も、大変柔らかく、落ち着かせてくれます。車内を仕切る壁は大胆な紫色。1等のシックな内装に比べ、2等は片側2列づつの席配置。紫色のシートの並びにオレンジ色のシートが不規則に配列された、大胆かつモダンな配色。何となくウキウキさせてくれる車内です。
 これら、東ヨーロッパ線TGVのインテリアデザインは、フランス・ファッションデザイナー、クリスチャンラクロアが担当したようで、もう一つの車両であるビュッフェは、カウンターやテーブルの色も紫。そしてビュッフェの名前が「すべてすばらしい」という、自信たっぷりの車内店名なのです。
 TGVは時刻どおりに、パリ東駅を発車。まだ暗い、パリ郊外の星を散りばめたような、周りの電灯の光の中を、速度を増して進みます。ストラスブールまで450㎞、2時間20分。速度320km/hの営業運転は世界一の速さです。日本の新幹線も、東海道では最高時速は270km/h。300km/hを出せる、500系やN700系も、最高速度を発揮できるのは、山陽新幹線の一部区間だけで、この東ヨーロッパ線TGVは、今や高速列車を走らせている国々の頂点にたっているのです。最高時速330km/hを誇るドイツICE-3も、この東ヨーロッパ線でパリに乗り入れ、320km/hの速度で運転しており、ドイツもフランス同様に、世界一になっています。車窓の景色が薄明るくなるなか、TGVはまっすぐに延びるシャンパーニュの田園地帯を、320km/hの速度で走り抜けて行きます。その感覚は旅客機が飛び上がる時に似て、音や振動は少ないものの、「早い!」の一言に尽きますね。
 景色の移り変わりが早く過ぎる割りに、静かな乗り心地に感動しているやいなや、TGVはもう高速線を降り、ストラスブールの町に近づいてきました。
パート2につづく

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2007年12月18日

ヨーロッパ鉄道心の旅・クリスマス編2

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 パリを出た世界最速TGVの旅も、美しいシャンパーニュの風景と、くつろぎの乗り心地に酔いしれているうちに、20両もの長編成列車はストラスブールのホームいっぱいに停車しました。ストラスブールは長い歴史の中で、フランスとドイツの国籍になんと5度も変わった町です。ヨーロッパの十字路と呼ばれるこの町の、歴史の深さが、重厚な駅舎の色に、染み込まれているようです。
 TGV新線開業に合わせ造られた、総ガラス張りの大ドームがこの駅舎を覆い被さり、近未来的な風貌を表しています。それにしても、歴史ある駅舎をそのまま残し、最新デザインと共有させるという、ヨーロッパの町造りには、感心させられますね。
 モミの木にクリスマスツリーを飾る発祥の町であるストラスブールは、クリスマス市が町のあちらこちらで開かれていて、クリスマスを楽しむ人々で賑わっています。長い夜が続くこの季節は、夕暮れになると町の目抜き通りや、建物の壁面に飾り付けられたクリスマスイルミネーションが輝き、いっそう華やかさを盛り上げています。日曜日のためか、たくさんの観光客が世界遺産に登録されている名所プチィットフランスの、木骨組みの建物が並ぶ美しい風景を散策しながら、イル川の河岸に沿って歩いて行きます。

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 夕暮れ時、私たちもこの人並みを追うようにして、スポットライトに照らされ聳え立つ、ノートルダム大聖堂まで歩きました。赤色の砂岩で260年の年月を架けて造られた高さ142mのゴシック様式の傑作です。大聖堂の周りには、ケーキや、チョコレート、ローソク類やオモチャ、人形など、クリスマスツリーのオーナメントなどを売る屋台がところ狭しと並び、本場クリスマスの賑わいを醸し出しています。特設のメリーゴーランドには、サンタ帽をかぶった子どもたちが、廻る光の中ではしゃぎまわります。また、チャップリンの真似をした道化師や、サンタクロース姿のおじさんも、広場に集う人々と、クリスマスの雰囲気を楽しんでいます。

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 時と共に鳴り響く、大聖堂の壮厳な鐘の音が、お祭りの賑わいに拍車を懸け、本場のクリスマスのムードが最高調に達します。頭上に、エンジェル模様のイルミネーションが輝く通りを、クレベール広場まで歩くと、高さ20mはあろうかという伝統のモミの木の、巨大ツリーのイルミネーションが、輝く星のように光っていました。ドイツとフランスの景色や文化遺産を持つ、古都ストラスブールは一度に二つの国の雰囲気を楽しめます。また、花が咲き、町が美しく飾られた季節と、クリスマスでイルミネーションで輝く時期の、二通りの町の顔がある、奥深い素敵な町ですね。
パート3につづく

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2007年12月28日

ヨーロッパ鉄道心の旅・クリスマス編3

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 ルネッサンス時代、木骨造りの家並みが残る町コルマールは、アルザスワインの故郷でもあります。TGV東ヨーロッパ線開通により、パリから直通のTGVに乗ると、2時間50分で訪れることができる身近な町になりました。
 パリに住む友人が、フランスで訪れたい一番の町は? と訪ねた時に、即答したのが「コルマール」。私もいつか訪れたいと、憧れていました。ストラスブールから約30分の列車移動でコルマールに到着。駅前はホテルなど近代的な建物が並び、煉瓦色の時計塔のあるお洒落な駅舎だけが、歴史の町に訪れたことを印象づけています。めざす木骨組みの建物のある町並みは、ガイドブックに駅から歩いて15分ほどと記載。しかし、駅前を左折し、広い道路に沿って歩き、途中、クリスマス用のモミの木などの植木を売る露店商の並ぶ公園を眺めながら、それらしき町並みに着いたのは約30分後でした。

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「頭の家」という、変わった名の前の、ホテル兼用の建物の前に到着しました。目の前は木骨造りの家並みが続き、まるで中世の世界に迷い込んだ雰囲気です。クリスマス市の買物客や観光客などで、入り組む通りは大変な賑わい。ストラスブール同様に、たくさんのクリスマスオーナメントを売る屋台が連なり、広場にはミニ観覧車やメリーゴーランドが設けられ、子どもたちがはしゃぎまわっています。
 小雨がぱらつき、底冷えするので、屋台で名物のホットワインを飲み、温まりながらの散策。アルザスワインやチョコレートなど、お菓子を売る店が多く、甘い蜜のような香りと、華やかな飾り付けに、つい足を止め、店に引かれます。16世紀に建てられたというブフィスタの家の、木造りの格調ある出窓と、描かれた絵、ウロコ屋根が、歴史の深さを物語っています。軒先の店表示の凝った看板を眺め、石畳に足を一歩一歩踏み締めながら、奥深いメルヘンの町並にしばし感動。戦災に影響を受けず残された町、コルマールの美しさに、時の止まるのを感じた一日でした。後ろ髪を引かれる想いでコルマールをあとに、再びTGVで、イルミネーション華やかな、パリに帰りました。

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 シャンゼリーゼ、そして、パリの巨大デパートを覆い尽くす、イルミネーションの美しさ。肌で感じた、本場ヨーロッパのクリスマスの世界でした。
 来年も鉄道で巡る心の旅を、次々と計画しています。ヨーロッパの美しい、また、かわいい町を、列車で訪れていきます。乞うご期待ください。
2007年締

投稿者:にわあつし
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2008年01月09日

ヨーロッパ心に残る町1

シュタインアムライン〔スイス〕

 もう30数年も前になるだろうか。初春のまだ薄ら寒い朝、ラインの流れる川面に上がる朝靄に陽に照らされた光の粒が輝き、靄の隙間から現れた民家の鮮やかな壁画模様。その美しさに、しばし呆然とたたずんだという、この町の強烈な印象が思い出される。
「ラインの宝石」に相応しい町シュタインアムラインは、あの緩やかなラインの流れからは想像もつかぬ、豪快な「ラインの滝」のある古都シャウハウゼンから、カラフルな電車で30分の道のりだ。ゆっくりとラインを船で楽しみながら訪れる行き方もある。

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 久々に訪れたシュタインアムラインの空は、透き通るほどの青空で、遮るものは何もない初夏の陽射しが、肌を多い尽くす。静けさ漂う小さな駅を降り、坂道を10分ほど下ると、目の前はライン川。架かる橋のその向こうには、針先のように天を指す塔が目立つ。11世紀に建立された、この町の名の歴史を物語る聖ゲオルグ修道院である。そして、連なる家並みが、シュタインアムラインの旧市街になる。
 橋の中央の欄干では、観光客らしき老夫婦が、しばし川面を眺めていた。「何か見えるのですか?」と、そっと声をかけてみた。
「ここからの景色眺めていると、身体中がリフレッシュされ、心地良い気分になるんだよ。時々、二人でここに来て時を過ごすのさ」
 老夫婦は明るい笑顔で答えてくれた。青く澄み切った空の下を流れる、ラインの水の聡明さと、川岸ののどかな風景を見ていると、時の流れも止まり、安らぎの時を感じさせるロケーションだ。

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 橋を渡り、緩やかな坂を上がると、目の前は市庁舎広場。石畳の広場の周りの家並みの壁には、中世の絵画の世界が広がる。人々や動物、調度品ほか、生活感溢れるさまざまな絵が描かれており、色鮮やかというよりは、歴史の深さが色として滲み出ている。まさに町並そのものが生きた美術館だ。なかでも、ホテル・アドラーに描かれた、画家アロイスカリジェの壁画は、あまりにも有名。そして、それぞれの家が、赤牛の家、王冠の家など名前を付けているのも大変ユニークである。壁画のすばらしさもさることながら、囲まれた窓にはゼラニウムやベゴニアなど、赤白のさまざまな花々が飾られ、賑わいを増している。スイスを旅していると、家の窓辺に必ず花が飾られている光景を目の当たりにするのだが、壁画と花々の調和した美しさは、この町ならではの風景だ。
 旧市街のメインストリートは、市庁舎前広場から、ウンター門まで300mもない短い距離。車の通行が禁止の通りには、花屋さんや、レストランのテーブルなどが道に乗り出して店を開き、人々が集う。騎士像の立つ噴水では、水遊びの子どもたちが騒いでいる。

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 賑やかなメインストリートを逸れて、路地に一歩入ると、裏通りは人影もなくひっそりとし、壁画の家こそ少ないが、中世の世界がそのまま現在に残っている感じ。横道から突然、「鎧の騎士」や「お姫様」でも現れそうな、心ときめく通りが幾つも存在する。また、ラインの川岸には、おいしい川魚のレストランが並び、川の美しい風景を眺めながら舌つづみを打つ。そして、この町の歴史を調べたいのなら、3カ所ある博物館を訪れるとよい。
 シュタインアムラインの町は、旅人を中世の時代にタイムスリップさせ、忘れ得ぬ癒しの時を与えてくれる、心に残る町である。
パート2につづく

投稿者:にわあつし
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2008年01月22日

ヨーロッパ心に残る町2

カンデルシュテーク〔スイス〕

 スイスの人気観光地で一番に上げられる地域と云えば、インターラーケンを中心に、アイガー、メンヒ、ユングフラウの3大名峰を望み、麓にツゥーン、ブリエンツの2つの湖が広がるベルナー・オーバーラントであろう。スイスの観光のすべてが、この地域に凝縮されていると言っても過言ではない。インターラーケンを起点に、登山鉄道が走る近辺の村は、日本ツーリストのメッカである。
 カンデルシュテークは観光客の雑踏からはかけ離れた、このベルナーオーバーラント地域の西はずれ。ブリュームリスアルプスの2000mを越す山々に囲まれた谷間にある小さなリゾート村である。鉄道でベルンやインターラーケンからは約1時間、また、マッターホルンの山麓ツェルマットに行く、BVZ鉄道の出発駅ブリックへも、30分もかからぬ距離にあり、私のスイス観光はいつもこの町が拠点となる。スイス各地へ鉄道で移動する場合はとても便利な町で、列車が谷間を下り、車窓に写るのどかな町の風景は、心落ち着くスイス旅の故郷でもある。

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 IC特急も停車する山合の小さな当駅の、裏の丘には牛たちが放牧され、列車の往来がない時は、山々の冷気の漂う静けさのなか、牛のカウベルの音だけが、谷間の風に乗せられながら響いている。私の常宿は、数軒ほどの商店が並ぶ駅前の静かな通りを5分ほど歩いた、小さな教会の隣に建つプチホテル。町はアルプスからの澄んだ雪解け水の、流れる音が響く小川に沿って、数軒のホテルと商店があるぐらいで、車の往来も少なく、辺りは牧歌的風景が広がる。

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 このカンデルシュテーク一番の観光スポットにエッシネン湖がある。「アルプスの宝石」と言われ、むきだしの岩肌の山の下、流れ落ちる幾つもの滝や、天候により極端に変わる湖水の色は、実に神秘的だ。高台のレストハウスでくつろぎながら、表情を変える湖や、湖畔に放牧された牛たちの光景を眺めていると、緩やかに流れる至福の時を感じさせる。湖まではカンデルシュテークの駅からは、ホテルのある町並みを抜け、お花畑の広がる風景の中を、ゆっくりと散策しながら、約20分でリフト乗り場に着く。

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 2人乗りのチェアリフトに乗ると、約10分で山頂に到着だ。このリフトからの移り変わる景色がまたすばらしい。眼下には放牧された牛たちが戯れ、周囲の山々を望めば、幾つもの滝が流れ落ちる雄大な大自然のロケーションで感動の連続だろう。リフトを降りると、広がる視界のなか、整備されたハイキングコースを、エッシネン湖に向かって歩く。途中で湖まで、林の中を抜けるコースと、牧草地を通るコースの2つの道に分かれるが、行きは放牧されている牛たちの中を歩き、山々をバックにツーショットも、楽しい思い出だ。

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 私のお勧めのベストシーズンは初春。それも6月がよい。カンデルシュテークの町の周囲も、エッシネン湖のハイキングコースにも、可憐な花々が咲き揃い、牛たちが遊び、残雪を抱く山々の姿が、美しい絵の世界で迎えてくれるだろう。
パート3につづく

投稿者:にわあつし
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2008年02月01日

ヨーロツパ心に残る町3

オーバーホーヘン〔スイス〕

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朝日が眩しく車窓を照らすなか、バーゼル行きのIC特急は、トゥーン駅の長いホームに停車した。平日の朝8時頃なら、通勤客などで混雑する時間帯なのに、ここトゥーンの駅は、乗降客もまばらで、ホームは閑散としている。列車のドアを開け、ステッブを降りると、さわやかな初夏の冷気が身体全体を包み込み、しごくリフレッシュな気分だ。心地よい空気の中をトゥーン駅前のバスターミナルに向かう。
 めざすオーバーホーヘンは、トゥーンからトロリーバスで約15分ほどの、トゥーン湖畔にある小さな町。バス車内の自動券売機でチケットを購入。2.2スイスフラン(約220円)である。バスは右手に美しいトゥーン湖を見ながら走ってゆく。スイス・ベルナーオーバーラントのこの湖岸には、4つの円筒の塔を持つ城がある古都トゥーン、ユングフラウ登山の玄関の町インターラーケンや、ゴールデンパス・ラインの中間の町シュピーツなどが、日本でもよく知られている。

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 まるで童話の絵本の中から抜け出たような美しい町が点在しており、オーバーホーヘンもそのなかの一つだ。町のシンボルは、湖岸に張り出して建つ12世紀構築のオーバーホーヘン城。尖った屋根の水塔があるこの城は、幾度か戦争で領主が変わり、要塞にもなった。現在は歴史博物館になっており、ゴシック、ルネッサンス、バロックなど、時代の流れを室内装飾に見ることができる。庭園もたくさんの花々で飾られ、とてもメルヘンチックである。
 城のすぐ横には、トゥーン湖の連絡船乗り場があり、トゥーンやインターラーケンから、船で訪れることもできる。バスはこの連絡船乗り場から、民家のあいだの坂道を登り、国道沿いに停車する。オーバーホーヘンは、小高い丘と湖に挟まれた小さな町。町の人々は、子どもから大人までみな笑顔で迎えてくれ、とても親しみ深い。

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 湖畔に出ると、オーバーホーヘン城の向こうには、ベルナーオーバーラントの名峰アイガーやユングフラウの山々が顔を揃え、目の前はピラミッドのような独立峰ニーセン(2362m)が、湖を覆い被さるように、雄大な姿を見せている。湖畔沿いのベンチに、しばし腰掛けて、青く澄んだ湖に戯れる水鳥たちを眺めながら、ぼーっと時を過ごす。ここからのロケーションは、城と白いアルプスと青い湖それに赤や黄色の花々が色を加え、鮮やかな絵画の世界を創っている。私はスイスを旅するときは必ず立ち寄り、無心の時を過ごすことにしている。とても気のなごむ癒しの町だ。

パート4につづく
投稿者:にわあつし
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2008年02月20日

ヨーロツパ心に残る町4

ベネチア 〔イタリア〕

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 ベネチアを訪れるときは鉄道がよい。映画『旅情』冒頭のシーンでは、「ベニスの夏の日」のメロディとともに、ヒロイン、キャサリン・ヘップバーンが、鉄橋を渡る列車の中で、まるで子どものようにはしゃぎながら映写機を回し、初めて旅するベネチアの街に期待と喜びを表現。ラストシーンではせつない汽笛とともに、サンタルチア駅を離れる列車の窓から身体を出して、やるせぬ別れの気持ちを演じるシーンなどが登場し、ベネチアと鉄道は、旅人にとって最高のロケーションになるからだ。
 列車は陸側のメストレ駅を出ると、海を渡る長い大鉄橋に入る。鉄橋を渡る列車のリズミカルな音とともに、やがて海の向こうに、赤茶けた屋根の揃った美しいベネチアの町並みが現れ、列車は近づいて行く。心ときめかせながら、これから訪れる水の都への憧れにワクワクしながら行くのも、鉄道旅ならではの感動である。できるなら、列車の窓から思い切り顔を外に出して、潮風に迎えられながら眺めて行きたい(ユーロスターやシサルパンなどの特急列車は窓は開かない)。

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 やがて終着駅であるサンタルチア駅に到着。列車を降りた乗客たちは、それぞれに旅の荷物を持ちながら、ドドッと駅舎に流れて行く。駅舎を突き抜けて玄関前に出ると、運河と活気溢れるヴィポレット「水上バス」乗り場の雑踏が突然目の前に拡がり、海の中にある異色の街に来たことの強烈な印象を与えてくれる。
 鉄道旅では、荷物の移動などの都合上、宿は駅の近くに決めることが多い。昨年泊まった宿は、サンタルチア駅から徒歩3分の4つ星ホテル「ベリー二」だ。世界的観光地だけに、ホテル料金は他の都市と比べ割高だが、ベネチア市内ではサンマルコ広場などメインストリート付近に比べ、駅付近は安いようだ。宿のつくりも廊下こそ、この町のように迷路みたいであったが、メゾネットタイプの部屋にベネチアンスタイルという年代物の内装は、大変趣があり落ち着かせてくれた。
 ベネチアは街のすべてが写真の被写体になり、シャッターボタンから指を外す暇がないほどだ。入り組んだ個性ある歴史的また芸術的建築が海を埋め、その細い路地の運河を、波を軒先にチャプチャプと当てながら、観光客を乗せたゴンドラが行き交う。時折、狭い運河の交差点で、建物の間に吊り下げられた信号機に従って、向きを変えている運搬船やゴンドラのゴンドリエーレの交わす大きな声が、活気ある運河の路地裏に響く。
 潮の香漂う哀愁の街ベネチアの観光は、旅人に無限のテーマを与えてくれる。ガイドブックを見ながら、地図を頼りに歴史的建築物を訪れるもよし。ゴンドラに乗り運河めぐりを楽しむもよし。サンマルコ広場のハトと戯れ、楽団の演奏に酔いしれるもよし。また映画『旅情』のヒロインになりかわり、ロケ地めぐりもおもしろい。

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 私はいつも、迷路のような町並みを、道に迷いながらただ歩き、細い路地裏で頭上の洗濯物を眺め人々の暮らしぶりを感じたり、数えられぬほどあるショップを覗いたりして人々と接する、ぶらり散策が楽しい。ベネチアは何度訪れても新鮮な気持ちで迎えてくれ、まるでイタリアの磁石のように引き寄せられる、飽きない街である。

パート5につづく
投稿者:にわあつし
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2008年03月03日

ヨーロツパ心に残る町5

ブルージュ 〔ベルギー〕
「天井のない美術館」と言われる、美しい街ブルージュは、首都ブリュッセルから、オーステンデ方面への急行列車で約1時間。車窓いっぱいにベルギー・フランドル地方の広がる田園地帯を眺めながらの、のどかな列車旅だ。
 13世紀頃から北海に通じる航路の拠点でヨーロッパ最大の港町として栄えたブルージュは、15世紀末、港への航路が泥で埋まり北海への道が絶たれると、繁栄の町から閉ざされてしまい、20世紀初めに新しい海路が開かれるまで何百年もの間歴史の蔭に埋もれていた。

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 中世ハンザ同盟の町として、豪華絢爛に輝いていた時代そのままに現存する町並みは、心に響くものがある。ブルージュ駅から街の中心マルクト広場に聳えるベロアの塔までは、ゆっくり歩くこと約30分。メロディを奏でるカリヨンの音とともに、366段の石段を登り詰めた高さ83mの鐘楼からの眺望は、煉瓦色の屋根の鮮やかさと、三角形の切り妻の家並みの階段状の形が、宝石のカットのような美しさに見える。そして「北のベニス」と呼ばれるほどに、迷路のように張り巡っている運河の輝きは、名の如く宝石を散りばめたような世界である。
 今回訪れた6月のブルージュは、曇り空に時折小雨のぱらつく肌寒い気候であった。濡れた石畳の通りを歩き、見上げるゴシック建築の市庁舎やベロアの塔は、フランドル特有の霧が、覆い被さりまた流れて行き、幻想的な世界を描き、深い眠りの歴史を映し出しているようである。

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 遊覧ボートで巡る町並みはまた違う顔がある。橋梁の下すれすれに進むなか、運河の両岸には歴史的建物が続き、建物を覆う蔦や木々とともに運河に映る。折り返し地点近く「愛の湖」には、白鳥が戯れ子どもたちが遊ぶ。すぐ近くには、かつて中世ヨーロッパで流行した「らい病」で、帰らぬ子どもたちを収容したという、ペギン会修道院の白い建物があり、激動の時代の哀れさを語りかけているようである。

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 昔、アントワープで貿易会社をしていた友人家族に連れられ、初めて訪れたブルージュのマルクト広場の屋台で子どもたちと食べた、マスタードをたっぷりとつけた揚げたてフライドポテトの味が忘れられず、今回も移動屋台を探す。観光馬車乗り場横に屋台を発見し、寒いなかホカホカのフライドポテトを、昔を思い出しながら食べる。

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 ブルージュでの味は、本場ベルギーのまろやかな味の琥珀色ビールと愉快なチョコレート、そしてホカホカのフライドポテトが最高のグルメであった。

パート6につづく
投稿者:にわあつし
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2008年03月12日

ヨーロッパ心に残る町6

アヴィニョン〔フランス〕
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 夕暮れ迫るのアヴィニョン橋は、ローヌ川を照らす夕日の輝きで、小金色に染まっていた。澄んだプロバンスの空の下、絵のように美しい風景は、つい踊りたくなるような幸せの気分にさせられる。

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 童謡でもおなじみのサン・ベネゼ橋は、中世の城壁で囲まれた町のはずれ、穏やかに流れるローヌ川のほとりで、川面に浮かぶように架けられている。城壁に囲まれた古都は、クリスマスを真近に控えてイルミネーションが町並みを飾り、露店の焼き栗屋では、熱く香ばしいひとときの味覚が、寒い街行く人々を誘う。

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 元ローマ法王庁であった巨大な宮殿を筆頭に、数々の美術館や美しい教会など、城壁の中の町並みには見どころが溢れている。忙しい時間で訪れた古都の、土産店の壁で賑やかに鳴いていたプロバンスの蝉の「チ、チ、チ」と唄う声が、毎日、私の店の壁でも鳴いている。冬に連れて来たプロバンス蝉だが、夏になって、我が町清水の蝉と仲良くなるだろうか? 鳴き声を聞くたびに、アヴィニョンの美しい風景を思い出す。

 アヴィニョンへは、パリ・リヨン駅からTGVで約2時間40分。アヴィニョンTGV駅から町の市内まではシャトルバスで15分。在来線で他の都市から来ると、到着するアヴィニョン・セントル駅は町の入口だ。駅前からレビュブリック門を入ると、メインストリートがまっすぐ延び、法王庁や、サン・ベネゼ橋へは直線距離である。

パート7につづく
投稿者:にわあつし
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2008年03月26日

ヨーロッパ心に残る町7

二ーム〔フランス〕

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「ちょっと見て! 私の車掌姿似合うでしょ! 」
 ニーム駅ホームで、発車するまでの間、TGVから降り立つ女性客に帽子をかぶせ、和やかな場を創っている車掌のユニークさに脱帽。ニーム駅でのワンシーンである。

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 南フランス・プロバンス地方のニームは、ローマ時代の遺跡が多く、ゴッホの絵の舞台アルルと共に、イタリア的な顔をもつ町だ。パリ・リヨン駅から最新2階建TGVデュープレックスで約3時間。TGVはパリを離れ高速路線に乗ると、最高速度でフランスを横切るように南下。2階車窓から流れるさまは、緑溢れる田園と牧歌的風景から始まり、シャンパーニュの葡萄畑、やがて絵の具で塗り尽くしたような真っ青な空と、土色の家並みと渇いた大地に変わり、隣国スペインに近づいた実感を覚える。

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 12月なのに、快晴の空気はまるでクールミントのように清々しく、身体全体がリフレッシュさせられた。奴隷同士の残酷な戦いの場であった古代闘技場跡の片隅で、気持ちよく眠りについている猫の姿に「平和だなー!」と、プロバンスの町に酔いしれた旅であった。

パート8につづく
投稿者:にわあつし
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2008年04月09日

ヨーロッパ心に残る町8-1

ローテンブルグ〔ドイツ〕[1]

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 城壁に囲まれた町ローテンブルグは、中世のたたずまいの中に現在の生活が、何の違和感もなく溶け込んでいる。
「始めに高いところから町を眺めようか!」
 町が眺望できる市庁舎の塔に登る。一人やっと通れる木造の狭い階段と梯子を登り、塔上に出ると、真っ青な快晴の空の下は、とんがり屋根の家が連なりメルヘンチックな世界が広がる。町を囲む全長3.4キロの城壁の外は、鮮やかな緑の田園地帯が地平線いっぱいに広がり、目を爽やかにさせてくれる。

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幾重もある石畳の通りは、個性顔の看板を出した商店が並び観光客の目を誘う。
「ねえ、ちょっと!あの古い燭台ステキね?」
「どのシュネーパルがオススメ?」
買物客の会話が、通りを賑わしている。
[シュネーパルはローテンブルグ名物のパン菓子]

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「オーイ馬車がきたよー!シャッター・チャンスだ?」
連続する美しい町の光景に、観光客も目を休ませる暇もない、美しいローテンブルグのひとときである。

ローテンブルグ[2]につづく
投稿者:にわあつし
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2008年04月10日

ヨーロッパ心に残る町8-2

ローテンブルグ〔ドイツ〕[2]

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 ローテンブルグは町のすべてが観光名所である。
「観光と買物と、よく歩きもうくたくた。疲れたな! 景色の良いところでちょっとひと休み! お腹も空いたし、何か食べようかな?」
プレーンラインで少休止だ。
「おばさんたちみたいに、ベンチで青空サンドも楽しいね?」

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「オーイ! こちらの青空レストランも美味しいよ……隣においでよ」
 陽気なアメリカ人ご夫妻のお誘いで、昼下がりのひとときは青空レストラン。名物ソーセージとポテトそして、フランケンワインの美味しさに、酔いしれる贅沢なランチタイムであった。鉄道でローテンブルグまでは、フランクフルト中央駅からヴェルツブルグまでICE特急で約1時間。ヴェルツブルグでアンスバッハ方面支線に乗り、スタインナッハ駅乗り換えで終点ローテンブルグタウバー駅下車。71㎞約1時間。駅前から歩き、緩やかな坂道を登りきること15分ほどで、左奥に町を囲む城壁の入口であるタウバー門が見えて来る。門を潜ればそこはもう中世の世界だ。

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パート9につづく
投稿者:にわあつし
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2008年04月21日

ヨーロッパ心に残る町9-1

パリの街角で[1]

paris1.jpg 「おお! この青く澄み切ったパリの空、なんとすばらしいだろう! この私の燃える思いを、この一輪の花に込めて、誰かに捧げたい!」
paris2.jpg「ちょっとマダーム、ボンジュール! 私の熱い気持ちをあなたに捧げます、受け取ってね、いいでしょ、ジュテーム!」
paris3.jpg 「ねぇ、私にも花を頂戴よ」

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夕暮れのモンマルトルの丘からのパリの街は、夕日がまばゆく輝いていました。

パリの街角で[2]につづく
投稿者:にわあつし
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2008年04月22日

ヨーロッパ心に残る町9-2

パリの街角で[2]
 パリは、町の美しさもさることながら、誰もが自由に自分を表現して活きずく町です。そしてパリは、恋人たちの熱いふれあいが、街角に大変馴染むロケーションです。

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世界遺産の背景になるノートルダム寺院の前の1シーン。

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 鉄道駅は出会いや別れが時を刻む舞台です。
「今度はいつ逢えるかな……? 気をつけてね……!」
「別れたくない…離れたくない…!」
 気持ちが伝わって来るようです……パリ・リヨン駅で

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日没のエッフェル塔はまたロマンチックな景色です。

パリの街角で[3]につづく
投稿者:にわあつし
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2008年05月01日

ヨーロッパ心に残る町9-3

パリの街角で[3]

 パリは幾度訪れても新鮮に迎えてくれる奥深い街だ。パリでも興味深いところの一つに、墓地がある。その人の生前の生きざまを形として残しているお墓のスタイルは、とても感慨深い。パリに集った多くの芸術家たちの、眠るモニュメントを訪ね歩くのも、パリ散策の一つである。

cimetiere-du-pere-lachaise1.jpg cimetiere-du-pere-lachaise2.jpg

 なかでも、パリで一番広く、多くの文化人が眠っているペール・ラシェーズ墓地は、見応えがあるところ。落日の墓道は、木葉が舞い落ちて寂しさの中にロマン漂う情景だ。この墓を見ると、優しさ思いやりの深かった家族の絆が、見る人の心の中に深く染み込むようである。

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 生々しい形は、そのまま銃弾に倒れた様子を墓にした、19世紀のジャーナリスト、ヴィクトル・ノワールの墓。

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 アイルランドの劇作家オスカー・ワイルドの墓は洗練されたスタイル。

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あまりにも有名な、シャンソンの女王エディット・ピアフの墓。広い墓地を巡り巡ってやっと見つけたピアフの墓は、多くのファンが捧げた花で飾られていた。

パリの街角で[4]につづく
投稿者:にわあつし
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2008年05月07日

ヨーロッパ心に残る町9-4

パリの街角で[4]

パリの街は西欧文化の傑作である。統一されたクラシカルな街並みは、旅人を気軽に迎え入れ、ただ歩き眺めているだけでもウキウキとさせてくれる。街角には、心奪われる被写体が満ち溢れていて、ワクワクの連続だ。一見、自由気ままそうに見えるが、実に開放的で魅力的な街にまとめてある。そこには、パリを愛し生活する人々の、美しい街づくりの長い歴史と、結束された規律と秩序に守られて街が動いていることの他ならない。

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世界に名だたる名画に、実に気軽に接することができる(オルセー美術館で)

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どうして間に入ったのか? どうして出すのか? 縦列駐車のベテランさん教えてちょうだい!(自由なパリの駐車風景)

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 おーい!刈り込み過ぎたかな?(セーヌ川岸で)

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似ても似つかぬ描写だね!(芸術橋の上で)

パリの街角で[5]につづく
投稿者:にわあつし
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2008年05月17日

ヨーロッパ心に残る町9-5

パリの街角で[5]

 パリはナポレオン・ポナパルトの時代から「世界一美しい都市にしよう」とめざして整備されてきた。街並の美しさもさることながら、超斬新なデザインも違和感溢れるオブジェも、なぜかそこにあって当たり前のように、街に染まってしまうから不思議だ。そして、そこに生活する人々もまた同じである。

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ヘンリー・ミラー作の「聴く人」のオブジェ(マレー地区、サン・トゥスタッシュ教会前)

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街行くパリジャン(サンジェルマン・デ・プレにて)

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斬新な広告のバス(ノートルダム寺院で)

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観光客を乗せたお洒落な電動三輪車(オルセー美術館近くで)

パート10につづく
投稿者:にわあつし
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2008年05月24日

故郷心の旅日記

tourbosyu.jpg maboroshinotaki.jpg

幻の滝は幻であった!
 5月21日、雨上がりの快晴の中、小山町観光協会主催の富士山幻の滝探検ツアーに参加しました。期待わくわくで、JR駿河小山駅から送迎バス乗車。富士山5合目須走口から、残雪残る道をスタートです。

tozan.jpg snow-fuji.jpg

 参加総勢約100名、多くは中高年の元気な女性陣で、静岡おやま案内人「四季の旅人」のガイドに先導され片道約40分の山歩き。ダケカンバやヒメシャラなどの木々を掻き分け、残雪に足を滑らぬように踏み締めながらの登山でした。そして、標高約2500m、須走口特有の砂地の道を進むと、やがて幅は30m、長さは100m以上はあろうと思われる大きな雪渓にぶつかりました。
 休憩の間、案内人が雪渓付近を慎重にチェック。嫌な予感と思い気や……「皆さん誠に残念ですが、今日は雪解けが遅く水も流れていないため、今回の滝発見は幻になりました。次回のチャンスにまたお出かけください」……でした。「幻の滝」とは、毎年5月中旬頃の晴れた日、雪解けの水が岩の壁を流れ落ち、高さが10m以上の滝ができるそうで、発見する時間帯も昼下がりから2時ぐらいまでで、3時以降は水が枯れて滝が消滅してしまうようです。場所も毎年決まってはいないそうで、今回は例年よりも寒く雪解けも遅いようなので、再度挑戦する方は6月初旬頃までに探策に来てくださいとのことです。

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 帰途は馬返し付近にある和製グランドキャ二オンなる富士山の断層を散策。そして、日本桜百景に選ばれた富士霊園の桜並木、富士スピードウェィの外観などをバスで車窓観光。残念ながら幻の滝は見えなかったものの、「四季の旅人」の皆さんのきめ細かな案内の良さに、心に残るすばらしい1日となりました。ちなみに今回の参加費は、バス代、お土産の絵葉書含め1500円でした。次回は絶対に幻の滝を見つけたいですね!
 追伸--「幻の滝」の名を登場させたのは、須走口5合目で山小屋を経営する「菊屋」の主人故高村豊さんで、平成2年小山町議会だよりに掲載したのが最初だそうです。

投稿者:にわあつし
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2008年06月07日

にわあつしhotヨーロッパ「6/5スイス時間PM5時」

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世界遺産の街スイス・ベルンは、相変わらず活気に満ちています。
カラフルなユーロイベントの旗が並ぶ建物の下、歴史あるアーケードはショッピングを楽しむ人々で賑わっています。一新された駅前のターミナルからは、よそ見をしていると、跳ばされそうなぐらいにひっきりなしに、市電やトロリーバスが往来しています。

投稿者:にわあつし
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2008年06月09日

ライブイン・ヨーロッパ/洞窟内の滝「6/6スイス」

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 雨凌ぎのためにコース変更して訪れた、スイス・ラウターブルンネンにあるトリュンメルバッハの滝です。氷河から溶けた水が、洞窟の中を流れるところです。
 毎秒20tの水量だそうですが、滝坪近くから洞窟の中を50度以上はあろうリフトに乗り、流れ落ちる上の部分に案内され、流れる姿を観せてくれるスイスの観光力には感心させられます。

投稿者:にわあつし
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2008年06月10日

ライブイン・ヨーロッパ/ジューンブライド「6/7スイス」

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ヨーロッパでも、6月は結婚式が盛んですね!
スイス・シュピーツ城で遭遇した新婚カップルです。訪れた昼下がりの時はもう7件目のようで、結婚式ラッシュでした。ツゥーン湖畔の花咲く美しい景色に囲まれた古城での結婚式。
どうぞ、お幸せに!

投稿者:にわあつし
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2008年06月12日

ライブイン・ヨーロッパ/コートダジュール「6/10南仏ニース」

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もう南仏は熱い夏真っ盛りです。コートダジュールの海岸は、どこも日光浴の人々で溢れています。
ここニースの海は、老男若女を問わず、長く照りつける太陽の下、日光浴を楽しんでいます。
そしてまた、そのなかに大胆なトップレスの女性たちが目立つのも、南仏のすばらしい太陽の恵みがあるからなのかもしれませんね!

投稿者:にわあつし
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2008年06月13日

ライブイン・ヨーロッパ/エズ村「6/10昼下がり南仏」

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日本でも人気の観光地エズです。
ニースから定期バスで約20分。岩山の頂にあるエズ村は、入り組んだ路地に家が造られています。頂上の公園から眺める下界は、澄んだ青空の下、コバルトブルーの海と南仏特有のオレンジ色屋根がマッチングし、美しい絶景を描いていました。

投稿者:にわあつし
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2008年06月18日

ヨーロッパ鉄道心の旅2-1

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 ヨーロッパ鉄道旅第一報はイタリア・ミラノ駅から。いつ訪れても圧倒される巨大アーチと、そのアーケードの下にうごめく多くの人、人、人。ファツションの最先端の街ミラノの駅は、相変わらず活気とざわめきに溢れかえっていた。南仏ニースに行く列車への乗り換えの時間が5時間ほどあり、ミニ市内観光を済ませるといつものように駅散策に出かける。毎年訪れているミラノ駅だが、駅構内をにぎわす広告の斬新さにはいつも心動かされる。

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 24番線まである、ホームを覆う巨大アーケードの薄暗さから外れ、ホーム先端からアーチのフォルムとともに列車を撮るべく広いコンコースを行ったり来たり。

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 そして、突然入線してきたピカピカおニュー列車に驚き、シャッターを撮りっぱなしだ。イタリア国鉄関係者や職員が見守るなかの列車撮影。私も昔かたぎの日本の新幹線写真をちらつかせながらイタリアーノ職員に話しかけ、ニューユーロスター? アンダースタンド……? 列車の顔も車と同じく、四角目ー丸目ーオパール目に進化するのかな??? ミラノ駅の出来事でした。

ミラノにてつづく

投稿者:にわあつし
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2008年06月20日

ヨーロッパ鉄道心の旅2-2

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「ミラノデザインは工事現場まで!」
アーチドームの緩やかな曲線美に美しく映える列車の姿は、ミラノ駅ならではの傑作アートである。

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そして街に出れば、歴史的建造物が溢れんばかり並んでいる。年代物だけに、修復する建物も多い。これら建物の壁等の修復工事を覆うシートのデザインがすばらしい。単に工事中の目線を良くするために、覆うシートや壁に花々や子どもたちなどを描いている我が国とは違い、その建物と同様の窓枠等をシートに描き、なおかつ斬新な巨大ポスターがデザインされる。その歴史的背景を壊さずに最新アートを表に現わすスタイルには感心させられる。モンブラン社の黒いドレスの女性の目線には、つい引き込まれてしまいそうだ。そういえば辺りを見ると、男女を問わず歩く若者のほとんどが黒っぽい服装をしており、しかも実にオシャレに着こなしている。ひょっとして今年の流行スタイルかな? レストランの白いパラソル上の工事テントはバイクレーサーデザインで、今にも飛び出しそうな迫力だ。

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ドーモ広場前の工事テントは金融関係の広告かな? でも私の頭の中の被写体は、手前の背中を大胆に出した女性に神経が集中していた!!

ミラノにてつづく

投稿者:にわあつし
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2008年06月24日

ヨーロッパ鉄道心の旅2-3

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 雑踏のミラノ観光を楽しむと、ミラノ駅からRIVIERA-DEIFIORI[花のリビエラ号]に乗車、一路ニースに向かう。列車は途中ジェノバから地中海を左手に眺めながら走って行く。
 沿線には黄色やオレンジなど原色に塗られた明るい色の建物が目立ちはじめ、建物の窓やベランダには、たくさんの洗濯物が、気持ちよさそうに泳いでいた。カラッとした空気の流れは、照り付ける陽射しをより強く感じさせるようだ。車窓から眺める海岸沿いには、日光浴をする人々が浜辺を埋め尽くし、夏真っ盛りである。イタリア側リビエラ海岸の町サンレモ、国境の町ヴェンティミリアを過ぎるとマントン、モナコと、コートダジュールの海がつづく。

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 夜8時、花のリビエラ号は定刻通りニース・ヴィル駅に到着した。夜10時近くまで陽射しが明るいこの時期、街はまだ活気に満ちており、芋虫のような形のトラムが走り、熱い陽射しのなか、旧市街ではアイスクリームを片手に観光するレディーたちが多く目立っていた。

つづく

投稿者:にわあつし
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2008年06月25日

ヨーロッパ鉄道心の旅2-4

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 映画『太陽がいっぱい』のあのメロディが、思わず映画のシーンと共に浮かんで来てしまう、熱い太陽と澄み切った青い空。ニースはすばらしい晴天に恵まれ、即、カメラ片手にニース散策である。お祭りのように活気とざわめきに溢れる旧市街を突き抜け、海岸沿いに延びるプロムナード・デザングレ「イギリス人の散歩道」大通りを歩く。

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 夏真っ盛りの陽射しのなか、海辺は海水浴や肌を焼く人・人・人……タマジャリの浜だが、海の水は透き通るコバルトブルーでとても綺麗だ。カラフルなパラソルとシートを備えた、ホテルのプライベートビーチもあるが、開放的な人々で溢れかえる浜は、着替えもバスタオルみたいな大きな布を被せるだけの大胆な着替え、そしてトップレス姿の女性があちこちに寝転んでいるのも、ニースでは当たり前の光景である。

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つづく

投稿者:にわあつし
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2008年06月27日

ヨーロッパ鉄道心の旅2-5(1)

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エズ村[1]
 ニースから定期バスで約20分、通称「鷹の巣村」と呼ぶエズ村にやって来た。ニース市街地から坂道を登り詰め、紺碧の地中海を見下ろす山の頂へ。敵からの侵入を防ぐために、山のてっぺんに造られた村は、石作りの家が一軒一軒迷路のように造られており、細い石段の道は中世の雰囲気を漂わせている。一番高台にある熱帯植物園の展望台からの景色はまさに絶景の世界だ。

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 しばしの至福の時を過ごし坂を下る。美しいのは村や風景ばかりではない。村で出会った南仏美人の笑顔と愛嬌に、後ろ髪引かれる思いでエズ村をあとにした。

つづく

投稿者:にわあつし
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2008年06月28日

ヨーロッパ鉄道心の旅2-5(2)

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エズ村[2]

エズ村での光景。中世の雰囲気漂う村は、細い路地を歩くと、オシャレな飾り付けの家があり、村の人との素朴な出会いがあり、魅力いっぱいの村である。

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つづく

投稿者:にわあつし
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2008年07月02日

ヨーロッパ鉄道心の旅2-6

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 久しぶりに訪れたモナコ公国の鉄道駅は、地下トンネルであった。長さ300mもある豪華大理石の長い連絡通路で、市内とつながっている。しかし、人影も見当たらないほどにひっそりとしていた。それもそのはず、突然の鉄道のストライキにあたったのである。

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 美しいエズ村からバスでモナコに入り、観光後は列車でニースに戻り夕刻のTGVでパリに発つ予定であったが、ニース行きの列車がない!! 旅をしていると予想外のハプニングに出くわすことがある。イタリア・ミラノ駅では、手荷物預かり料金が、荷物の個数ばかりでなく、1個の荷物は20kg制限! 床に管理しておくだけなのに重量制限とは? ボヤキながら慌ててスーツケースを開け、荷物を振り分け、重さ調整をしたり、ニース行列車では、我々の予約指定席に現地客が居座る始末。それもなんと制服のイタリア国鉄職員である。私はチケットを見せ、No.1~6の指定を確認させる。ところがこの職員の言い訳は「あなたの席は1~6ではなく、1と6の2席だ!」などと、いい加減なことを言ってくる始末だ。腹立しかったが、こちらも一歩も退かずにかなり強く言い込め、席に納まった出来事であった。

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 さて、ストライキのモナコ駅で、ニースから我々の乗るTGVの定時出発を確認したため、早々にバスを使ってニースに戻る。旅は道ずれというが、ハプニングも次の旅へのアドバイスとして心に収め、無事定刻通り発車したTGVで、ニースを後にパリに旅発った。

つづく

投稿者:にわあつし
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2008年07月07日

ヨーロッパ鉄道心の旅2-7

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スイス「ベルンの熊」
 世界遺産の街ベルンは、少し小雨混じりの天気だ。しかし、この街は歴史ある長いアーケードが続き、雨天の観光にはさほど影響がない。アーケード下の商店街は買い物客で活気にあふれ、品数も豊富で値段も安く、スイスでのショッピングルートとして必ず旅のコースに入れる、私のおすすめの街である。

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 昨年訪れた時に工事中だった、ベルン中央駅前の市電のターミナルも新装され、ターミナルからは石畳に敷設された軌道を、カラフルな塗装のトラムが引っきりなしに出発してゆく。
 幾度と訪れているベルンだが、まだ見たことがないのが、この街の名付けのシンボルである熊で、今回、一番始めに街外れの熊公園を訪れた。登別温泉の熊牧場のように、手を挙げ餌を求める獰猛な熊たちがたくさん待ち構えているかと思いきや、なんと、大きな熊が一匹だけ丸い濠の中に、きょとんとした顔で寝そべっていた。その姿はとても寂しそうなベルン熊だった。

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つづく

投稿者:にわあつし
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2008年07月10日

ヨーロッパ鉄道心の旅2-8

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スイス・ルツェルン 「シュタットケラー」

今回の旅、スイスでの一泊目は、ムーゼック城壁やカペル橋など中世の名残ある古い街、ルツェルンに宿をとる。この街に来ると楽しみに必ず訪れるのが、スイスのフォルクローレショーで有名な店「シュタットケラー」である。引率人数も今回は多く、また、私自身結構この店の楽しさにはまっているので、ぜひ皆さんに盛り上がってもらおうと、日本で予約をしておいた。

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 外まだ明るいが夜の8時、総勢17名でテーブルに着く。メニューは、69スイスF(約7100円)のSausageコースを予約。フライやステーキなどのコースもあったが、旨いソーセージのあるこのコースを選んだ。コースには、スイス名物チーズフォンデュも含まれ、ショー代も入っての料金である。確実に1Lは入っている大ビールジョッキ代を含めると一人8500円ほどであった。愛嬌振りまく専属のおじさんウェイターが手際良く料理を運ぶなか、200人の客が集うレストランでのショーが始まる。客層は我々日本人はじめ、アメリカ、オーストラリア、アフリカなど国際色豊かで、ショーをしている舞台では、お客を引き込んでヨーデル、スイスホルン他スイス音楽で、最高の盛り上がりを見せている。気が重かった雨のスイス初日だったが、ショーの楽しさにすっかり爽快の気分で、皆さん一日の幕を閉じた。

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追伸、この店の料理だが、最初にチーズフォンデュが出る。かなりの量のあるパンを、チーズを付けて食べ始める。空腹でスタートしたら、パンとチーズでかなり満腹状態。メイン料理はその後、大皿サラダとともに、大盛りのフライドポテトと添えて出てくる。ゆっくり、ぼちぼち、調整しながら進まないと、手つかずの料理がテーブルに並ぶ始末となる。

つづく

投稿者:にわあつし
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2008年07月17日

ヨーロッパ鉄道心の旅2-9

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スイス・ルツェルン 「トゥリュンメルバッハの滝」

 旅の行程も天候次第で変わって来るもの。今年のスイスは、天候不順のためか、厚い雲に覆われた日が続いていて 、青空の見えた日はスイス滞在4日目からであった。ルツェルン近郊のピラタス登山を雨のために中止。代わりに訪れたのが、ライブINヨーロッパでも紹介したトゥリュンメルバッハの滝だ。
 ユングフラウ方面のBOB登山鉄道の駅ラウターブルンネン駅前からポストバスで約10分。滝入口バス停を降り、幾つかの滝が流れ落ちる谷間の小道を10分ほど歩くと、トゥリュンメルバッハ滝入口のチケット売り場と滝方面への石段が続いている。そして、まさしく身近に滝壺があることを察する物凄い水音が、身体中に響き渡る。

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 滑りそうな濡れた石段を音に引き寄せられるように登ると、洞窟から地上に流れ落ちる爆流が見られ、すぐ横の洞窟には、滝に沿って昇るエレベーターが設けてある。氷河から溶けて、10段階も洞窟内を流れ落ちる滝を、エレベーターを使って滝昇りをし、上段の滝から観瀑させてくれる。スイスの観光力には驚かされるばかりだ。上段から毎秒2万リットルの凄まじい水が、洞窟内を見え隠れしながら流れ落ちる姿を、急な石段に沿って下り、ビショビショに体感しながら眺めた。雨日の恩恵は凄まじい滝の息吹に感動の一日であった。

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つづく

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2008年08月02日

ヨーロッパ鉄道心の旅2-10(1)

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スイス・古城のある町を尋ねて……(1)

 丘の上に建つ、四つの美しい円塔。城下町トゥーンを出発した連絡船は、やがてツューン湖の大海へ。水路の出口近くには、フランスの華麗な城を想わせるシャダウ城が姿を見せます。結婚式でしょうか? カップルがしきりに手を振っています。

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 今日は1日、これら古城のある町や村を巡る散策の旅。30分ほど進むと、船はオーバーホーヘンの船着場へ着きました。次の船までの1時間、この小さな村でしばし時を過ごすこととなります。12世紀に建てられたオーバーホーヘン城は、険しい要塞になった時代もあり、湖畔に張り出して建っている水塔は、重厚な歴史を物語っているようです。普段なら美しく聳えているはずの白いユングフラウの山々も、今日は厚い雲に覆われて、想像の世界へと私たちを誘ってくれます。

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 やがて私たちは、静かな湖畔で水鳥たちがはしゃぎまわる光景を見ながら、次の連絡船でシュピーツの村をめざします。明るい陽ざしが射す対岸はもう青空。広がる葡萄畑の中、小高い丘の上にシュピーツの古城が見えてきました。

つづく

投稿者:にわあつし
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2008年08月06日

ヨーロッパ鉄道心の旅2-10(2)

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スイス・古城のある町を尋ねて……(2)

船着場を降りると、葡萄畑のなだらかな坂を登っていきます。シュピーツは丘陵地帯に広がるのどかな町。小高い丘の上に建つ小さな城は、元貴族の館で、現在は博物館になっています。

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 城の頂上からは隣の教会の結婚式が見えました。純白のドレスが花々や木々の緑に映え、美しいシルエットを描いている6月の花嫁。ツューン湖畔をバックに写す記念写真もすばらしく、美男美女のカップルは、さながら映画のロケのようです。

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 シュピーツ城の花咲く庭園は、今まさに結婚式ラッシュを迎えて大盛況。幸せムードむんむんの城を後に、坂を登って駅に向かいました。シュピーツの駅は、湖畔から20分ほど坂を上がった高台にあり、特急も停車する主要駅であります。そして日本でも人気のある、ゴールデンパスライン鉄道路線の中間駅。私たちは次の古城の町モントルーをめざして出発です。

つづく

投稿者:にわあつし
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2008年08月16日

ヨーロッパ鉄道心の旅2-10(3)

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スイス・古城のある町を尋ねて……(3)

 シュピーツからモントルーまでのゴールデンパスライン路線は、スイスの典型的な高原酪農地帯を走る。雪を冠るアルプスの山々からは少し離れるが、緑豊かな高原をゆくのどかな路線は、アニメ世界名作劇場で有名な『アルプス物語わたしのアンネット』(1983年)の舞台ロシニエールの村など、美しい小さな村が続き、車窓からスイスのすばらしさを満喫できる路線でもある。

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 私たちはシュピーツから途中乗換駅ツワイジンメンまでは普通列車に乗車。ツワイジンメン駅から、人気のパノラマ列車で終点モントルーに向かう。

つづく

投稿者:にわあつし
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2008年08月22日

ヨーロッパ鉄道心の旅2-10(4)

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スイス・古城のある町を尋ねて……(4)

 パノラマ列車の座席は、幸運なことに先頭展望車が指定になっており、180度の視界のなか、移り変わる美しい車窓の景色を満喫。やがて眼下にレマン湖を眺めながら、湖畔のリゾート地モントルーに到着した。

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 1日のラストを飾る古城は、バイロンの『シヨンの囚人』の詩の舞台、シヨン城。城はモントルー駅から30分ぐらい歩いた湖畔沿いに建つ。ちょうど城の横にはスイス国鉄が通っており、もう30年以上も前から、この城を入れた鉄道写真の撮影に、幾度か訪れた馴染みの場所でもある。今回は時間が少ないことから、駅から撮影ポイントまでトロリーバスを利用する。
 ところで、このトロリーバスでは我がグループ17人が、なんとキセル乗車をしてしまったのである! このスイス市内交通のバス利用方法であるが、チケットはバス停留所か車内の自動券売機で購入し、目的地に着いたらただ降りる自己申告制が多い。人数が多いので、日本のワンマンバスの感覚で、降りる時まとめて運転手さんに料金を支払えば良いと安易に考え、城の停車場で料金を差し出したところ、答えは「ノー!」。料金は受け取らず、
「必ず券売機で精算してくださいね。料金はいいです」
 片道2.6F(260円)×17人でなんと4,420円もタダ乗りをしてしまったのだ。運転手さんにはただただ申し訳なく、後ろ髪引かれる思いで、バスを後に城へ向かった(旅の恥はかきすてならず、ルールを守るべし!)

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つづく

投稿者:にわあつし
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2008年09月05日

アーカイブズ心の旅1

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「京都市電」

 昭和50年夏。熱い陽射しの照りつける京都であった。車で京都入りした私は、円山公園の境内にある京料理の店「いもぼう」をめざし、混雑している東大路通り通りを走っていた。古都の路は一般自動車に混じり、観光バスやタクシーなどがひしめき合って大渋滞中。

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 そのとき「チンチーン!!」と車の集団のあいだを、「そこのけそこのけ!」と言わんばかりに、必死で鐘を鳴らしながら、チンチン電車が身体を振って走ってきた。とてもユニークで印象的な光景であった。それにグリーンとクリーム色の優しいスタイルは、京都の風情にぴたりと染まっていた。

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つづく

投稿者:にわあつし
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2008年09月12日

アーカイブズ心の旅2

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「セッテベロ」
 世界一豪華! とイタリア国鉄が誇った特急電車の名である。1953年、日本の東海道新幹線が開業する10年以上も前に、イタリアに登場したこの電車。モダンな球形の前後展望車、そしてオール1等の車内はまるで動く応接間であった。ゆったりとした淡いブルーの座席、絵の描かれた扉でカバーされた荷物棚、豪華に仕立てられた室内は、実に優雅な旅を演出してくれた。後に小田急ロマンスカーや、名鉄ビスタカー誕生のモデルにされたことはあまりにも有名だ。

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「7つの美」の意味を持つこのセッテベロと初めて対面したのは1974年の夏である。スペインからの夜行列車を乗り継いで、かなり疲れ気味の私は、まだ目の覚めやらぬままに雑踏のミラノ駅ホームを歩く。巨大ドーム下に並ぶのホームの中に、まるでヒロインのように、赤と緑のスカートを履いたETR300形式、セッテベロ号が停車していた。初めて対面したその時、憧れの電車に私はただ呆然とたたずみ、それまでの疲れも一瞬に消え去ったことを覚えている。

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 やがて発車した車内では、さっそく前方展望室を満喫、そして、展望室後方の上部に設置された運転台を覗き込んだ。すると、「オーイ! 上がっておいでよ」と運転士が声を掛けてきた。そして私は、セッテベロ号運転台からの旅を楽しむこととなった。160k/h前後の速度でイタリアの平野を進むセッテベロの運転台は、我が新幹線の運転台と比べ、古典的な装置にも見受けられたが、並べられた計器類を見ると、イタリア国鉄の伝統と歴史の重さを深く感じさせるものがあった。
「ピーピーー!」ハギレよい汽笛と、長年の友だったみたいに陽気に話す運転士の会話に、名画「鉄道員」の世界に溶け込んでいるような、セッテベロの旅であった。

つづく

投稿者:にわあつし
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2008年09月23日

アーカイブズ心の旅3

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「ミストラル」
 フランス国鉄が世界に誇った豪華列車。列車名の由来は「南仏・プロヴァンス地方に吹く風」。パリ~ニース間1088㎞を9時間10分、平均120k/hで走った。

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 オール一等の車内は、オープンとコンパートメントの座席車を始め、フルコースディナーを提供する食堂車、ブティックの付いたバー、それに理髪室などが設けられ、それらのすべてがとても上品に仕上げられていた。
 私もこのミストラル号に3度乗車する機会があった。まるでヒッピーのような格好での鉄道一人旅。リッチな紳士淑女ばかりの列車内に少し緊張はしたが、列車内に流れる軽音楽に癒されながら、紺碧の地中海を眺め過ごした最高の列車旅であった。そして2度目は、新幹線の運転士仲間と鉄道旅の途中、ニースからカンヌまでの30㎞の区間、旅メンバー16人中の私含め6人、ミストラル号の運転士の好意により、牽引するCC6500形機関車の運転台での旅を楽しんだ思い出がある。
 このとき私が他の旅メンバーに連絡せずに、また、全員のチケットも所持したままで運転台に乗車したため、車内のメンバーは車内検札の時に車掌に説明できず、下車後に旅メンバーから大変なお叱りを貰ってしまった。

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 現在はミストラル号に変わり、TGVが主役路線だが、ニースを訪れるたびに思い浮かぶ、私の旅の記憶である。

つづく

投稿者:にわあつし
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2008年10月09日

ふるさと心の旅--サヨウナラ由比町1

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 平成の市町村大合併が、我が故郷・由比にも訪れました。平成20年11月1日、あとひと月たらずで、静岡市と合併を致します。 明治22年(1889)、1宿10カ村で由比町ができてから120年、町政の歴史に幕が降りるのです。地名は庵原郡由比町が静岡市清水区由比と、静岡市と元の清水市の合併された地名の中のはずれに記され、全国的に知られた由比の名も薄れてしまいそうです。

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 由比は富士山が美しい姿で眺められる名所「薩埵(さった)峠」や、水揚げ日本一を誇る「桜エビ漁」そして、慶安の変で江戸の世に名を広めた「由比正雪」など、町として知られた事柄が多いのです。これらが失くなる訳ではないのですが、新地名で由比がぼやけないように、オリジナリティのある町づくりを願うものです。

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 我が故郷を、由比エトセトラで紹介します。一回目は鉄道編です。海と山に挟まれた細長い町を、東海道本線、新幹線、国道1号線、東名高速など日本の大動脈が突き抜けています。そして、我が町の住民は、東海道本線の線路や国道を、自分の家の裏庭の如く使用しています。

つづく

投稿者:にわあつし
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2008年10月21日

サヨウナラ由比町2「歴史編」

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 江戸から京都までの東海道五十三次の十六番目の由比宿は、北は青森・尻屋崎、南の下関から約735㎞と、ちょうど本州のど真ん中に位置する宿場町です。由比の名の語源は、いろいろな関係を結ぶ、「結(ゆい)」から生まれたようで、その昔は湯井とか湯居、由井などいろいろな字体で表されていました。現在の「由比」の字体になったのは江戸時代からのようです。また、豪族が地方を支配した平安後期の1056年、「前九年の役」で大活躍をした大宅光任の曽孫・光延が、源頼朝から駿河の清水・高橋、由比、西山の三郷を与えられ、光延の三人の息子の一人である光高が由比の俗姓を名乗り、由比氏として名主君臨、現在もその子孫が健在しています。

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 平成6年、町おこしの一つとして、江戸時代の歴史に触れられる施設・由比本陣公園内に「東海道広重美術館」が開館しました。歌川広重の東海道五十三次の「由井」や、ゴッホが模写した事で有名な「亀戸梅屋舗」など1300点が収集・展示されています。その向かいには、『慶安太平記』で全国に名を知らしめた駿河の快男児・由比正雪の生家と言われる「正雪紺屋」があります。

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 正雪は『由比根元記」に「由比宿紺屋吉岡兼房の倅富士太郎」と記されていますが、浪人救済のために正雪が起こした「慶安の変」は、幕府への謀反の騒動として処罰は厳かったようです。正雪の身内はすべて死罪とされ、現存する紺屋が出生地なのかは定かではありません。私は幼少の頃、捻挫した痛い足を引きずりこの正雪紺屋に通い治療した思い出があります。柔術で覚えたという治療は、慣れた手つきで痛みも早くとれ、さすが正雪の子孫! とおじいさんを尊敬していました。ただこの頃は、正雪がどんな人物だったのかは知りませんでしたが。

つづく

投稿者:にわあつし
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2008年10月30日

サヨウナラ由比町3「味覚と祭」

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 由比の味覚といえば、温州ミカン、倉沢びわ、そして桜エビが挙げられます。ミカンについては天明6年(1786)、紀州出身の厳城和尚が、気候風土のよく似た由比の地へ紀州ミカンの苗木を植えたのが始まりです。また、びわは昔から「茂木びわ」という、小粒のびわが栽培されていましたが、明治の半ばになって、九州で栽培されていた甘く大粒の「田中びわ」を西倉沢・柏屋川島幸平氏が貰い受け、苗木を栽培したのが現在の由比のびわになったようです。ミカンもびわも、由比の温暖な土地が育む味覚の実りといえましょう。収穫の時期を迎えた町の段々畑は、暖かい潮風を浴びたミカンやびわの実で、色とりどりの賑わいをみせます。

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 そして“桜エビといえば由比”といわれるほど、日本一の桜エビ漁の町として、由比は全国に知られています。桜エビを使った料理の店が、町内に数多くあり、なかでも由比漁港内にある『浜のかき揚げや』は、漁船から直に卸される新鮮さが、訪れる観光客に人気を呼んでいます。

 由比の桜エビ漁が盛んになったきっかけは、明治27年(1894)冬、由比町今宿・渡辺中兵衛共同の鯵夜曳船(夜間に鯵を捕るために網を曳く船)が、富士川の河尻沖で網を下ろす際、いつも網に付けている浮樽をうっかり忘れ、そのまま網を下ろしたところから始まります。網が深く沈み過ぎ、やがて網を引き揚げると、思いがけないほど多く(一石・180L)の桜エビが捕れ、やがて鯵船曳網から桜エビ揚操網漁に変わって、日本一の桜エビ漁の町になったようです。以前は、捕れた桜エビを浜に干したため、由比の海岸は赤い桜エビの絨毯のようで、鮮やかな風情がありました。今は、冷凍技術や輸送の進歩で、新鮮な生桜エビが全国の家庭でも味わえます。

 この桜エビにちなんで、毎年5月3日に由比漁港では、「桜エビ祭」が開かれ、多くの観光客で賑わいます。このほか、由比名物の甘夏ミカン“デコポン”にちなんだ3月の「デコポン祭」、大道芸や太鼓など様々なイベントを繰り広げる、10月の「由比街道祭」など、オリジナリティ豊かな催し事はいずれも大好評です。

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 明治22年(1889)に町制施行した由比町も、町政120年の歴史に幕が降りようとしています。2008年11月1日には静岡市清水区に編入。由比の地名は片隅になってしまいますが、豊かな恵みの町は健在です。標高707mの浜石ヶ岳の頂上に立てば、快晴の日には北に南アルプス連峰、東に富士山、そして駿河湾の大海原の南には伊豆半島、西に三保半島と360度のパノラマが広がり、風光明媚な由比の地を眺望することができるのです。

おわり

由比町消滅まで残りあと1日!

投稿者:にわあつし
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2008年11月15日

紅葉散歩1「安倍峠」

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 曇り空が続く中休みの日、静岡県と山梨県を結ぶ山越えの道・安倍峠を訪ねた。戦国の武将・武田信玄が、静岡・梅ヶ島から掘り出した金を運んだと言われる安倍川の秘境である。

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 周遊ルートは、静岡→[県道29号線]→梅ヶ島温泉→安倍峠[1416m]→身延山久遠寺→[国道52号線]→静岡で、総距離は132㎞。少し小雨模様の国道52号線を山梨・身延山めざして北上。日蓮宗の総本山である久遠寺で参拝を済ませると52号線と分かれ、大城川に沿って山裾に向かう。

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 ここから静岡・梅ヶ島まで18㎞の山道は、通称豊岡梅ヶ島林道と呼ばれる。道は最近、完全舗装され、離合しにくい箇所こそあるが、よく整備されて走りやすく、秘境とは思えない林道であった。山肌に沿って続くつづら折りの道からは、県境を貫く八紘嶺[1918m]などの山々の尾根が、鮮やかな紅葉の衣を拡げ始め、美しい絵巻を繰り広げていた。

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 この峠道は、富士山もこの景色の中に顔を揃える絶景で、この時期は白い雪を被った富士山と、周囲の紅葉とが織り成す見事なロケーションを見られる季節でもある。残念ながら訪れた時は曇に隠れ次回の楽しみとなった。やがて安倍峠を越え、鯉ヶ滝、安倍の大滝を眺めながら信玄の金の路ロマンを満喫すると、旅の締め括りは、梅ヶ島温泉にて癒しの湯に浸り、帰途に着いた一日であった。

投稿者:にわあつし
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2008年12月04日

紅葉散歩2「京都・高雄山神護寺」

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前日の雨で、赤く燃えていたモミジの色も燻り散り始めた、京都・高雄山神護寺です。バス停前のもみじ家旅館横から、下ってはまた登る長~い山道を、元気いっぱいで歩く、多くの超熟年客パワーには脱帽。散り積もるモミジのジュウタンの上を、カリントウ風味のもみじの天ぷらを味わいつつ、暮れゆく高雄の秋を満喫しました。

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つづく

投稿者:にわあつし
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2008年12月09日

紅葉散歩3「かやぶきの里を訪ねて」

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 川端康成の小説『古都』の舞台にもなった北山杉の里、北山・中川集落。新トンネルの開通で幹線道路からはずれ、ひっそりとした静けさのなかで、600年余り続く京都の伝統工芸が培われていた。北山集落から国道162号を北上すること約1時間、日本の原風景を残す「かやぶきの里」がある。ここ北山集落は、50戸中38棟が茅葺の家。そして、なんと「有限会社かやぶきの里」として、住民の皆さんが協力して集落を守っているのがすばらしい。

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 その集落の中に三軒ある民宿の一つ『またべ』に宿をとった。一泊二食8500円で、宿の設備は一般ホテル並に整備され、何よりも驚いたのは、宿の従業員[集落のおばさんたち]は、宿泊客の片付けが済むと自宅に帰り、宿は泊まり客だけの貸し切りの家になってしまうこと。ひっそりと静まりかえった山里の風情を、しみじみと体感させられた旅であった。

つづく

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2008年12月18日

紅葉散歩4「鯖街道を走る」

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 福井県小浜の港でひんやりした日本海の空気を精いっぱい吸い、マーメイドの像でのワンショットを済ませると、若狭街道「鯖街道」を山合いに走る。

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 約30分で「熊川宿」に到着した。若狭の人々が、鯖を背負うて京の都をめざした街道の宿場町は、上・中・下ノ町の三つの古い町並が続き、国の重要伝統的建造物保存地区と示されている。平日なのか訪れている人も少なく、ぶらり散歩でのどかな町並みを歩く。

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 町並みの通りを流れる前川水路では、平成名水百選に選ばれたという、河内川からの流れの速い冷たく澄んだ水が、芋洗い車をゴトゴトとリズミカルに廻し野菜を洗っていた。出会う町の人々とのふれあいには、観光ずれしていない素朴さが満ち溢れており、店先で売られている土産品も、心がこもり大変リーズナブル。訪れる旅人にとって嬉しいかぎりである。旅のみちづれに、地元の富有柿を味わいながら帰途に着いた。ちなみに、富有柿は一袋に20個程入り100円でした。

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2008年12月28日

ブルトレ廃止

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 来年3月のダイヤ改正で、東海道を走るブルートレインの廃止が決定。JRも営業利益優先のために廃止せざるを得ない訳でしょうが、旅のロマン溢れる最高の列車が消えてゆくことに、日本の汽車旅の魅力が少しずつ崩れてゆく思いがします。我が故郷の名所、由比・山下海岸を走るブルトレの姿は、日本の鉄道路線の列車風景を代表する美しいロケーションです。乗る旅人も、走る姿を眺める人々も、魅力ある列車、美しい路線が重なり合い、汽車旅の楽しさが生まれてゆくのです。

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 この12月19日発表を聞き、沿線の撮影スポットには朝7時45~50分頃通過する「特急富士・はやぶさ」を撮影しようと、連日のようにファンが詰め掛けています。新幹線のスピード化により、目的地までいかに早く運ぶかのビジネス最優先が、今の東海道です。
 ヨーロッパの汽車旅は、運ばれながら車窓を楽しむ旅です。日本だって美しい風景はいくらでもあります。そんな運ばれながら楽しむ旅が、日本を代表する東海道にもあってほしいものです。きっと忘れられている癒やしの空間が見つかることでしょう。

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ブルトレ全盛時(1980年時)の時刻表とさくら・富士。時刻表表紙は著者撮影


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