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にわあつし アーカイブ

2007年03月29日

新幹線を運転する1

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はじめまして。旅じゃ会員のにわあつしです。小生、今ヨーロッパ鉄道ふれあいの旅を次々企画中。今から30数年前、ヨーロッパはTEE国際特急全盛期に、ユーレイルパス片手に一人鉄道乗り回しの旅をして以来、ヨーロッパの鉄道旅の素晴らしさにはまり、回を重ねるごと同行者が増え、最大20人ぐらいの時もあり、また新幹線運転士メンバーの旅もありました。今年は6月に2週間、高速列車TGV.ICE.タリス、チザルピーノ、イーエススターを含め、ヨーロッパ鉄道ふれあいの旅が決定。同行者11名、主に、一般のツアー旅に不満を抱いた段階塾年層の女性陣です。旅の目的地までの移動手段のみ利用される事が多い日本の鉄道と違って、駅、そして列車に乗ったところから旅が始まるヨーロッパの鉄道。生活感溢れる車内で各国の人々と素晴らしい景色を見ながらふれあいの旅をするのが楽しみなのです。鉄道旅の記録はこれから次々報告したいと思います。

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その前に、私の経歴欄――元新幹線電車運転士。そうなんです。それも今は骨董的な存在の0系電車の時代なんです。基本的には今の700系電車などとも運転そのものは極端に変わらなく、車で言えばナビが付き動力性能が向上し、操作もコンピューター化していることですかな!0系はマニアル車。運転士の感性で動かすことができた電車だったのです。天候や乗車人数や電車の癖!つまり加速とかブレーキの効き具合ををブレーキ弁ハンドルとノッチ操作で判断し運転していく。駅での停止位置や時間の正確な確保はこれらの事をいち早く体に染み込ませる事がポイントです。例えば、駅入線時は運転士の一人舞台。ATC信号で30キロ以下へ速度が落ちたら運転士は自分がバトンタッチします、という白い確認ボタンを押す。そして30キロ以下ギリギリの速度で、ホームに並ぶお客達の視線の中停止位置目指して入線していく。そして、50メートル手前でブレーキをかけて、体にかかる重みを感じ取りながらブレーキを抜いて停止位置にぴたりとあわせるのです。決まると最高の満足感ですよ。電車でGO!ではない本当の運転日記、これからもつづきますよ。

投稿者:にわあつし
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※旅じゃBLOGでは会員からの投稿およびそれ以外の読者からのご意見・質問をお待ちしています。デジカメ写真の投稿も大歓迎です。(文字量は400~800Wが目安ですが基本的に自由です。たくさん書いていただいた場合は、複数日に分けることもできますので。おもしろ・びっくり写真などに簡単なネームだけでも全然OKです)。会員の方は直接書き込めるようにシステムを構築中ですが、なにぶんまだWEBコンテンツ技術が追いつきませんので、当分の間は管理人までメールで投稿お願いします。(宛先は必ず明記してください。迷惑行為防止のため、コメントとトラックバックをいったん保留後公開いたします)

2007年04月09日

新幹線を運転する2

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温暖化現象が進んでいるせいなのか、今年は、我が家の近く薩埵(さった)峠から望む冷ややかな日にくっきりと輝く富士山の姿の見える日が、少ないですね。峠近くに咲く桜も、天候のせいか夜明けの行灯のようにいつの間にか咲いて散っていくようです。

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さて新幹線を運転するバート2!季節は春。新幹線の沿線も、桜、菜の花、そしてれんげ草が咲き、運転台からの景色も180度花のパノラマでとても見晴らしが良く。と言いたいところですが、しかしこの季節、美しい花畑に群がる虫たちも多く、高速で走る新幹線電車の前はたちまち虫の雨かカーテンか。プチプチプチと、前面ガラスに当たってきます。運転士は、ウオツシヤー水を出してワイパーでガラスを洗い視界を確保しながら運転をして行きます。

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タイトルフォトは30年ほど前の富士山をバックに走る0系新幹線。0系が走る当時は、防音壁もなく、れんげ草が一面に咲きほこり、スカッとした風景でした。横から見る0系のフォルムはノスタルジックで懐かしいですね。700系のアヒル顔や500系の鋭いウエッジ顔と比べ優わな顔つきで、さしずめ仏顔と言うところかな??ところで、0系のこの先頭部分の中に結構広い空間があるのです。正式には運転室機器室と言うのですが、4畳半ぐらいの広さがあり、椅子も用意されています。業務で移動する職員がよく利用する部屋で、国鉄に入社仕立ての頃、私は、旅や帰省で新幹線利用の時、運転士に頼みよくこの通称ボンネツト室に乗せてもらいました。薄暗く外の景色も見えませんが、業務扱いで乗車させてもらっていたのでかなりの旅費の節約になった思い出があります。700系など新規車両にはこの室はないようです。
今、運転はすべて1人乗務で、東京~新大阪、最短2時間半、生理現象もままならず、乗務前から体調管理をするようです。国鉄時代は、ひかりは運転士2人乗務で、交代をしながら東京~新大阪を運転をしていました。トイレはもちろんのこと、食事交代もできたし、眠気覚ましのためか、社内販売のかわいいレディたちが必ずコーヒーなどのドリンクサービスに運転台を訪れてくれるなど、現在の新幹線運転士勤務と比べると夢のようでありました。これから0系運転当時にタイムスリップをして、当時の東京~新大阪間の運転旅日記を綴っていきます。パート3につづく。

投稿者:にわあつし
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2007年04月14日

新幹線を運転する3

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0系アーカイブ、これから東京~新大阪間ひかり号の運転をしていくのですが、その前に、新幹線電車運転士になる道筋を教えます。私が現役の運転士だった当時の国鉄時代は、初めに、国鉄新幹線総局の登用試験を受け運転部門に入社。最初に整備掛という、雑役の仕事からスタートしました。次に、電車掛・電車の修理部門で働き電車の構造など覚え、2年9カ月で憧れの新幹線運転士の登用受験資格がつきます。そして年に1度、東京運転所管内で10数人程の運転士募集に応募、受験をしたのでした。整備掛から電車掛へ、そして運転士とすべてに学科、適性試験がありました。特に運転士登用試験は4次までの適性試験がありかなりの倍率だったのを覚えています。

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そして運転士試験合格後、半年間学校、半年間見習いの後、一人立ちになる3駅区間の実馳試験にクリアーして、正式に運転士となりました。写真は0系教本、ATC信号表示地点表、運転日誌です。当時の運転士職場は、元SLの機関士など、運転にかけては根っからのプロの運転士が揃っていて、新幹線開業に伴い転換してきたポッポ屋ばかりでした。

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さて今の新幹線運転士登用の道。JR登用試験で入社後、駅勤務、その後車掌を3年程経験後、1年に一度10数名程の新幹線運転士募集に応募し、採用されると、晴れて運転士になるのです。しかし、ずーっと運転士をしているわけではなく、再び駅に降りて、営業の仕事をするという、何でもしなければならない環流システムなのです。また、運転士登用の試験は適性検査のみだそうです。今、JRはオールラウンド勤務の時代。0系の時代は、運転士は運転する電車と運転だけの道を一筋に、プロ仕事士の駆け抜けていった時代でした。写真は、これから運転する0系電車の運転グッズです。制帽、時計、業務で使用する腕章、制服の袖に付けるワツペン、乗務日誌・JR用、新幹線運転免許証―JRになってから個人貸与、そして手前の銀色に光る棒が、電車を動かす鍵!ブレーキ弁ハンドルです。自動車でいえばキーを回す、つまり、このハンドルを運転位置におくことにより、人間でいえば動脈に値する、103線・直流母線に電気が流れ電車は出発準備OKとなるのです。さあ、東京駅から出発しよう。
パート4につづく。

投稿者:にわあつし
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2007年04月18日

稲葉会員が静岡新聞に紹介されました

2007年4月16日の静岡新聞「古道を歩く」の下田街道⑨梨本宿で稲葉修三郎会員のことが紹介されました。以下、新聞の中身をOCRで読み取りましたので、ぜひご覧ください。

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 百二十万人弱の人でにぎわった今年の河津桜まつり。既に花影は失せ、葉桜となったカワヅザクラの大木の下に昨年十月、石碑を置いた。「峠を越えて 瀬を渡り 伴に歩んだ 五十年」と刻む。河津町梨本地区の中心、川合野で民宿を営む稲葉修三郎さん(82)が妻美代子さん(77)と重ねた金婚の祝い。稲葉さんは父親が早逝し大家族を支えた。職替えは十六にも及ぶ。
 下田街道の宿は湯ケ島(伊豆市)とこの梨本の二カ所。梨本を飛ばす強行軍もあったが、下田を出て小鍋峠を越えても天城の山並みがそびえ、人家が消えた中で急峻な谷や川を渡らなければならない。梨本に宿を取ることが多かった。
 稲葉さんが「南総里見八犬伝」などで知られる文人、滝沢馬琴の随筆「燕石雑志(伊豆の海)」を紹介してくれた。一八〇〇年代初め、馬琴は逗留先の伊豆下田から天城越えで江戸に帰る途次、まだ日は高かったけれど天城山六里を越えがたいと思い、梨本村に宿泊する。「馬琴は小鍋坂、大鍋坂の水音もいと遠し湯が島の道、と口ずさんだ」と稲葉さん。下田屋という旅人宿だったが、既に廃業。本陣や脇本陣も様変わりしていて宿駅の面影はない。
 梨本宿へば河津町小鍋から大鍋を経て入り、大鍋川と河津川を渡る。合流部であり、橋下を清流が若をはむようにして勢いよく下っていく。馬琴が記した水音は二百年後の今も鮮烈だ。
 橋を渡り坂道を少し上ったところの小さな三差路に道標があった。倒れたのだろうか、二つに折れたものをセメントで接合している。
「右下田 左はま道」「右三嶋 左下田道」とそれぞれの面に刻んだ文字が何とか読み取れる。下田街道と海岸へ向かう浜道の分岐点を示す。建立したのは君沢郡小海村(沼津市)の増田七兵衛。七兵衛が立てた道標は小鍋峠の入り口、下田市北の沢にもあった。
 車一台の通行がやっとの急坂がいかにも旧道らしい。いったん国道414号に出て、稲葉さんの民宿「てっぽう」の看板を目印に旧道の下り坂に入る。脇の水路で蛍の餌となるカワニナを確認しうれしくなった。上は国道で車が行き交うが、河津川や支流の瀬音がかき消してくれる。道沿いではツバキの花や夏ミカンの実が彩りを加え、脇道を行く楽しさが増す。
 旧道はループ橋の直下に出る。この間には伊勢新九郎(北条早雲)の軍勢に滅ぼされた深根城(下田市)主関戸吉信のものとされる墓があり、大日如来像や供養塔などをまとめた場所も。延焼を食い止めたケヤキは火伏さんと呼ばれている。
 幕末、通商条約締結談判のため初代米国総領事ハリスや通訳ヒュースケンが下田から江戸に向かい、梨本の天城山慈眼院(坪井弘司住職)に泊まった。慈眼院は国道沿いになってしまったが、当時は七兵衛建立の道標近くに山門があり、深山幽谷の地とされた。先々代の諦堂住職はハリスをしのんでユニークな位牌をつくっていた。戒名は「愛日院殿誠心圓融大居士」。石に米国、左に日本の国旗を配し、末永い日米友好を願った。
 河津町観光協会長でもある弘司住職(51)は温泉施設を建設中。これまでのユースホステルと一体化して観光面での活用を意気込む。今月二十一日がプレオープン。古刹も時代の変化に立ち向かっている。(文・鈴木寛一郎 写真・塚原勝二)

〈メモ〉
梨本宿を巡るコースは伊豆の踊子文学碑の温泉場、湯ケ野(河津町)が起終点の踊子歩道に一部含まれる。踊子歩道は大鍋の橋を渡らないで発電所跡、つり橋を経て民宿「てっぼう」前に出る。七滝口まで同じ道。湯ケ野-七滝口約50分。伊豆急河津駅からバスで湯ケ野まで13分。下田街道はコースではないが、七滝・修善寺方面行きバス西湯ケ野下車。問い合わせは河津町観光協会〈電0558(32)0290〉、中伊豆東海バス〈電0558(72)1841〉へ。

投稿者:にわあつし
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2007年04月23日

新幹線を運転する4

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写真は今から30余年さかのぼり昭和50年春、0系電車全盛の頃の東京駅。昭和39年新幹線開業、45年大阪万博、そしてひかりは西へ博多開業の年でした。このひかりのステッカーは、行き先表示が電車にまだ設置されてなかった頃、よくホームでお客が、ひかり号とこだま号を乗り間違えることが多く、これを防ぐために、ひかり号だけにこの表示ステッカーを貼ったのです。さてこれから乗務するのは東京10時発ひかり5号博多行き、車両編成H59(Hはひかり、こだまはKで区別していた)16両編成。勤務は33仕業、通称とんぼ仕業。つまり、日帰り(とんぼ帰り)で東京~新大阪を運転する勤務です。
この当時の東京運転所運転士の受持つ電車は、基本的に東京から午後下りの新大阪方面電車と新大阪から午前中の上りの東京行き電車を運転、東京の運転士は下りは新大阪までの運転でした。新大阪まで運転する勤務の多くは1泊2日仕業で、大阪に行くと必ず泊まる1日1回片道だけの運転で、これに比べとんぼ帰りの勤務は、月に1、2度ですが結構ハードな勤務でした(現在JR仕業では列車のスピード化による時間短縮に伴って、とんぼ仕業をしてその日再び下り、1泊して上るという勤務が定例化されているようです)。

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品川の東京運転所車両基地にて。後列左2番目が筆者

ひかりの乗務は運転士2人、今日の相方は運転士科同期生の田村氏。同じ釜の飯を食った仲、お互い気心もよくわかり、ハードなとんぼの仕事でも気が楽です。発車15分前、運転準備に取りかかります。最初に、ひかり5号の列車番号を車両に設定登録し、運転台カウンターの各機器のスイッチ類を点検します。そして、車両の清掃など準備終了の標識のランプが赤から白に変わったことを確認すると、ブレーキ弁ハンドルを運転台カウンターの左側にある円筒形の切り口に差し込み、ブレーキの圧力を確認。そしてブレーキ位置におくと発車準備OKです。

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「チーン」と鳴るベルとともに速度計の速度表示上のランプが、0KMから70KMに移動。ATC信号出発OKの指示が出て、線路のポイントが本線につながりいよいよ発車です。懐中時計の発車時間を確認、ホームの発車ベルの音がブザーに変わり、ドアが閉まり、運転台パネルの戸じめ表示灯のランプが点灯すると、「戸じめ点灯、信号70、時刻よし」指先と目で声を出しながら、それぞれの表示を確認。そして、右足元にあるペダルを踏むと、警笛の音とともに発車です。ブレーキ弁ハンドルを緩解すると、カウンター中央の逆転レバーを前進位置に倒し、右側の通称ノツチと呼ぶ主幹制御器主ハンドルを1段下げる。車に例えればアクセルと同じで、1から10まで刻まれ、数字が多くなる程にモーターに電流が多く流れ速度を増していきます。今日はゴールデンウィーク前日、混雑したホームの人混みからしてこのひかり5号は超満席状態で、1ノツチではかなり重苦しいようです。続けてノツチを下げていくと、1両4個ある185KWのモーターが16両分64個一斉に動きだし、後部から力を増して来る感覚が身体に伝わって来ました。本線に入るリズミカルなポイントの渡り音を後に、春の時雨のなか東京駅を離れていきます。ひかりは西へ。
パート5につづく!

投稿者:にわあつし
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2007年05月11日

新幹線を運転する5

untendai2.jpg 運転台風景のイメージ

0系アーカイブ。その前に、この文章は単なる新幹線の説明ではなく、運転士から見た体験談を描いています。これから先新大阪まで、運転士になったつもりでこのアーカイブを読んでいただくと、おもしろいですよ。さあ、一緒に出発しましょう。
ひかり5号博多行き。16両編成の長さは、1両25メートルX16。400メートルは実に長く感じ、有楽町の駅にさしかかって運転席小窓越しに後ろを覗いても、まだ最後部は東京駅を離れていない。電車は銀座数寄屋橋日劇を横に眺めながら在来線と並行して進む。古き良き時代を物語った日劇も今は近代的ビルに変わり跡形もないが、当時東京を発着の時には、運転旅の疲れを癒やす東京のシンボルでもあった。田町付近までは在来線と並行して走る。時折横に肩を並べる湘南電車の、窓越しの手を振る子供達に警笛で合図を送る。真横に並ぶと、湘南電車の運転士もかなり意識顔でこちらに目を向けているようだ。

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やがて左手に、東京運転所車両基地の長い車庫横を通過(今は品川駅と超高層ビルの街に変貌している)、八つ山のトンネルをくぐり抜けると、S字に大きくカーブをしながら高架線を進んでいく。
「制限90!!」
田村氏が歓呼する。多摩川付近までは、住宅密集地の上を走るためカーブが多く、速度規制が続き、ノッチを小刻みに動かしながら進む。新横浜駅手前で、ATC信号が初めて210Kを表示する。信号歓呼とともにノツチを最大の10まで刻む。ひかり号は相模平野を210K最高速で走り続ける。このあたりは切り通し沿いに線路が続き、上に住宅や線路を跨ぐ橋が多い。

untendai1.jpg運転台風景のイメージ

「先月の交番でね、夜9時頃かな? このあたりで(マグロ)の確認に当たってしまってね! 大変だったよ」
助手席の田村氏に話しかけた。
「三島への回送で、運転台も一人だったし、暗がりの線路を30k以下の速度でゆっくり前方を探しながら走り、それらしきものを発見した時は、冷や汗ものだったね」
私は夢中で話こんでいく。人身事故を業界用語で(マグロ)と言っている。跡処理がまぐろに酷似しているところがあるからだ。人身事故に遭遇して、200Kの速度から最大ブレーキをかけても、停止するまでには約2KMは進む。事故地点の検認は、時間の都合上後続の列車が行う(現在は上り下り関係なく、近くの列車が行うようです)。
「遭遇する人は2度3度続くみたいだし、神社で清めてもらうようだよ」
田村氏が答える。マグロの話題の続くなか、ひかり号は小田原も定時で通過。トンネルをいくつか過ぎると熱海駅。熱海駅はカーブしたホームで待避線もない為、110Kに速度を落とす(現在は180Kで通過)と熱海駅を通過、新丹那トンネルをくぐり抜けると三島で田村氏とハンドル交代だ。
次は豊橋まで彼が運転だ。春雨のなかをひかりは西へ。パート6につづく!

投稿者:にわあつし
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2007年05月14日

新幹線を運転する6

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雨が少し強く降ってきたようだ。三島からは田村氏がハンドルを持ち、私は検査担当業務となる。ひかり号は運転士2人で東京~三島~豊橋~米原~新大阪を4区間に分けて、交代で2区間づつを運転します。また、こだま号は運転士は1人なので、東京~新大阪の場合は、東京~名古屋を運転して名古屋で1時間半余り休憩。再びこだま号を運転して新大阪に下る勤務。上りのこだまは静岡で休憩をとり東京まで上ります。
下り、上りのどちらかが片道こだま運転で大阪泊まりの場合は、片道は必ずひかり運転の勤務になっていました(現在はすべて一人乗務で、検査担当の業務は電車車内の空調や自動ドアその他サービス機器のなど故障応急処置は車掌が行い、動力関係など主回路の故障の場合は、100系からは、運転台パネルで故障車両ユニットをカツトして、他の車両から電源を移すなど、運転台で、運転士1人で管理できるように、電車の性能も向上し、ますますコンピュータ化されています。やがて運転士も運転する仕事から、運転管理させられる立場の運転士になるのかも?)。

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降りしきる雨と電車の高速度に、ほとんど水を拭きとる効果のないワイパーの動く視界のなか富士川を渡る。右手に望む富士山も影形なく隠れている。天気がよく富士山が美しさを表している時、この沿線は、新幹線を撮影する人々を多く見る。田子の浦や富士川は新幹線撮影スポットなのです。蒲原、由比などいくつかのトンネルとみかん畑の間を通りやがて静岡を通過。
「静岡マル!」
お互いに歓呼し乗務日誌に記録する。マルは定刻通り通過の事。15秒以内の誤差は定時とする。これが、天皇陛下のお乗りになるお召し列車の場合は1秒の誤差も許されない。必ず定められた時間に通過・停車駅の定位置で時計の針の12の位置に秒針をぴったり合わせるように運転をしなければならない。これは指名された運転士の職業技になっている。もちろん、停車・発車時の気づかない静かな乗り心地のよさも、まさに電車と一体となり操作していく熟練技なのです。

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ひかり5号は、青々とした牧の原の茶畑台地の香りの中を超満席のお客を乗せて走り抜け、波打つ浜名湖を通過。やがて豊橋の駅に近づいてきた。
「サア!交代しよう。ところで、新大阪に着いたら、久々にお好み焼きでも食べに行こうか!」
田村氏に声をかける。
「そうしよう、大阪に着く頃は雨も上がっているだろうし」
昼飯雑談で盛り上がるうちに、豊橋を定時通過。次は停車駅の名古屋だ。パート7につづく!

投稿者:にわあつし
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2007年05月23日

新幹線を運転する7

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ひかり5号は春雨のなか、濃尾平野をひた走る。周りから眺めると、真っ直ぐに見える線路も、運転台からは、ジェットコースターのように急ではないが、段差が繰り返しつづき、前方の線路がなくなっているかのように感じられるような、激しい登り下りがつづく区間もある。電車の上を延びている架線も、50M間隔で立つている支柱ごとにジグザグに架けられ、電車のパンタグラフの集電のスリ板に平均して当たるように設けられている。

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春の雨の日は湿度が高く、運転台の前面ガラスも曇りがち。お互いに声をかけあうと、カバンから洗面用具のタオルと固形石鹸を取り出し、ガラス内側に石鹸を塗りつけ拭いていく。生活の知恵だが、結構曇り止めに効果がある。ガラス拭きをしながら会話がはずむ。
蒲郡付近にさしかかったとき、田村氏に声をかける。
「坂野坂トンネルに幽霊が出る話を聞いたことがあるか!」
彼も振り向き、驚きの顔で、
「あるよ、ある。運転所で噂を聞いた」
はしやぎ顔で答えてきた。
「こういう湿気の多い雨の日に出るらしいね。今日は会えるかも!」
「その幽霊は男かな女かな?」
「白いマントを着た女らしいよ」
「坂野坂の雪女ってところかな!」
互いに、少々ふざけ気味の会話に花を咲かせているうちに、坂の坂トンネルが近づいてきた。トンネルは、愛知県幸田町坂野坂峠の下を通る延長2198Mの長大トンネルだ。ひかり号は坂野坂トンネルの表示を見るや否や、トンネルに突入していく。速度は190K。入ると同時に気圧が変化し、耳をつんざく音、そしてトンネル内の風圧の音に変わってくる。真っ暗の中、前照燈の光がトンネルの舞台を照らし出してゆく。雨で濡れた前面ガラスも、風圧が水滴を跳ね返し、レールの線だけが前方に輝く。互いに顔を見合わせながら、幽霊の出番を冷ややかな目で待つ。トンネルは上り勾配から下り勾配にさしかかる直前であった。フワッー!突然前方が白い霧の幕に覆われた。
「おーい、前が全然見えないぞ!」
田村氏が叫んだ。とたんに、ヒュー!という、空気が吸いこまれるような強い音とともに、二つの目が迫ってきた。

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「出たぁ~!」
私も驚き叫んだ。その瞬間、霧の幕がとれ、上り電車がすれ違っていった。
「あれが坂野坂の幽霊か!」
驚きの顔で息を弾ませているうちに、電車はトンネルの外に出た。何とも気色の悪い一瞬であった。
明日のパート8につづく!

投稿者:にわあつし
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2007年05月24日

新幹線を運転する8

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前回紹介しました坂野坂トンネルは、湿気と気圧の変化でトンネルで起こる現象が起きやすいことで有名な話題のトンネルなのです。幽霊騒動をあとに、ひかり号は矢作川を渡り、やがて名古屋市街地に入って行く。

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第26番町橋を過ぎ160Kに速度を落とすATC信号が出た。停車駅に近づくと、段階的に210-160-(110)-70-30と速度を落とす指示の出る箇所があり、運転士は頭に入れて速度を調整していく。左手、ナゴヤ球場を横に信号70を表示、そして、名古屋駅ホームが前方に近づいてきた。ホームは溢れんばかりの人でいっぱいだ。信号30をホーム直前で受けると、30K以下ギリギリの速度で、整列した待ち客の集中する視線を受けながら、下り勾配の雨の名古屋駅ホームを停止位置に向かって進む。ホームの号車番号を数えながら進み、やがて2号車後部口、50M手前だ。ブレーキ弁ハンドルをおもむろに掛け、ブレーキの効き具合を確かめる、まずい!? 予想以上に後ろから押され気味だ!再びブレーキを増す。
「行き過ぎだーー!」
田村氏が声をあげる。電車は、増しブレーキとともに約2M行き過ぎて停車した。すぐさま、連絡電話で後部車掌に連絡。
「バックします、ドアは開けないでください」
連絡と同時に、逆転ハンドルを後転にし、停止位置までバックした。幸い、お客の混乱もなかったため、無事、名古屋駅停車となった。

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雨で滑りやすいレールと満席客の車両状態が予想以上の停車ミスを起こしてしまったのだ。
名古屋駅は、私にとっての一番気を遣う駅なのです。

パート9につづく!

投稿者:にわあつし
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2007年05月30日

新幹線を運転する9

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停止位置オーバーランだっひかり号のホーム待ち客も、無事何事もなく列車に乗りこんでいる。田村氏と互いにほっとした気持ちで、発車時刻を待つ。この運転台後部1から5号車の自由席車両は、デッキまで立つほどに超満席の状態で、お客のざわめきが後ろから聞こえてくる。
「かなり乗っているね!」
二人で話し込んでいると、コンコン♪ 乗務員扉を叩く音がする。ドアを開けると、いきなり大きな声で、
「何だよ今の止まりかたは。罰金ものだね?」
同期生の菊池氏が、笑い顔で入ってきた。彼は新大阪まで添乗(運転はしないで移動すること)だ。運転台下のボンネツト内から折りたたみ椅子を出すと運転席の2つの椅子の間に並べた。同期生仲間で話しが盛り上がるなか、ひかり5号は名古屋駅を3分遅れて発車をした。

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名古屋市街を離れると、やがて木曽川、長良川の2大鉄橋を渡る。木曽川手前から岐阜羽島駅手前まで、名神高速道路と並行する。
「この前のひかりの仕業で下ったとき、このあたりで俺の運転するひかりを追い抜きした車があったよ、250Kは出てたかな?」
菊池氏が話してきた。並行する距離は10Kもないが、この間、カーレースならぬ新幹線とレースをする車が出没することがあるのです。
岐阜羽島を過ぎた付近から長い登り坂になっていく。この辺から米原手前ぐらいまで約60キロの区間は、新幹線最大の難所である関ヶ原越えだ。関ヶ原まで、1000分の25、つまり、1キロ進むごとに25m高くなる勾配が続き、前方視界もケーブルカーでも運転しているような景色だ。冬場、日本海からの寒気が伊吹山付近で雪になり、大量の積雪をもたらすところだ。

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大雪のときは、スプリングクラーという、水を散らす装置が線路の両端に設けられ、水を散らすことにより、積もった雪を凍らせ雪の舞い上がりを防ぎ、電車のモーターなどに入って絶縁を破壊したり、床下にこびりついた雪の固まりが線路に落ち、砂利といっしよに飛び散って、床下機器やガラスを壊したりする事故のないようにしている。速度も70Kぐらいまで下げて運転をするため、雪が降ると30分から1時間は遅れてしまうのです。今日は雨の関ヶ原越え。雪の天候と同様に、雨の降る日もレールが濡れているのでよく滑る。それに急勾配も重なり、この様な状況のところでの定時運転は非常に神経を使う。登り坂なので速度が上がらず、油断をすると速度は下がっていく。いきなり加速をしようとノツチを上げると、車輪が空転を起こし速度計の針も左右にスライドばかりして、速度表示が安定しない。仕方なくノツチを戻すという繰り返しの運転になる。このため、速度も上がらず時間も遅れてしまうのです。
定刻どうりの時間でこの坂を登りきるのには、岐阜羽島を過ぎたばかりのまだ平坦なあたりから、全速力でこの勾配を登り始め、途中は小刻みにノツチを操作しながら、速度をできるだけ下げないようにして、だましだまし運転をしていく。この関ヶ原の急勾配は悪天候の時は、新幹線のいちばんの泣きどころなのです(いま700系をはじめとして雪の関ヶ原越えは、電車が線路面の滑り状態を感知して速度を自動的にコントロールするため、遅れも少なくなっています)。
明日のパート9につづく!

投稿者:にわあつし
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2007年05月31日

新幹線を運転する10

ひかり5号は、超満席の重い車両ながら雨の関ヶ原を順調に登りきり、米原を5分遅れで通過した。米原で田村氏と運転を交代。同級生の運転談義に花を咲かせていると、ガラガラという台車を引く音とともに転室扉がノックされた。
「来たよ! 来た、お待たせだね」
菊池氏がすばやく扉に向かい、窓のカーテンを上げると、車内販売の売り子が立つていた。
「コーヒーいかがですか?」
ドリンクサービスにやってきた。
「ありがとう、ホット3つください。あなた笑顔可愛いね」
菊池氏が愛想言葉でコーヒーをもらうと、再び運転台椅子に落ちついた。眠気覚ましのドリンクでホッとするなか、ひかりは、近江平野を走る。

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雨も上がり雲間から明るい日差しが照らしたとき、黄色塗装の電気試験車がすれ違って行った。
「電気試験車の仕業は夜遅いから大変だよね」
「そうだよ、静まりかえった夜中の線路を走るし、おまけに眠気も重なるしね!」
電気試験車は、営業運転の終わった後、専用のパンタグラフを使って架線の状態を検査するために走らせる電車で、この運転仕業は、勤務時間などそれなりに結構ハードな仕事なのです(今は定期的に昼間運転されています)。

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試験車の勤務話に盛り上がるなか、ひかりは右手に琵琶湖を眺めながら走り、そして音羽山、東山と二つのトンネルを越え、2分遅れで京都に到着。京都からは約15分、ひかり5号は遅れを取り戻し、新大阪に定刻どうりに到着をした。新大阪からは大阪運転所の運転士と交代。私たちは、新大阪で3時間半程休憩をとり、トンボがえりで、再びひかり号を運転して夕闇の東京へ戻っていったのです。

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あれから30余年が過ぎました。新幹線車両も、300系・500系・700系そして、N700系と高性能電車が登場しています。運転士が自身の感性で動かしたマニュアル仕様の0系と違い、最新N700系は、運転仕業の個人登録をしたカードと暗証番号による運転室入室、操作、そして、タッチセンサー方式で、モニター画面の指示に従いタッチしながら、運転準備等、機器操作をしていく。ATC信号も、無段階に電車そのものが感知して、ブレーキ調整。走行中の車両故障も、モニター画面を見ながら、必要最少限に故障箇所をカットしていく、まさに一人管理運転の世界です。車両も、支える台車の空気バネの調整で、カーブも速度を落とさないで走ることができ、電車もますますスピード化され、N700系のぞみは2時間半を5分短縮で運転する、東京~新大阪の運転の旅。都市の風景は変貌したが、沿線のローカル風景は今も昔とあまり変わりません。変わったのは0系電車とその時代-時間を楽しみながら、運転の旅をしたあの頃が、0系とその運転に携さわった私達同期生や先輩方の、遠く国鉄時代の思い出の語り草になっているのです。
0系アーカイブ新幹線東京~新大阪運転の旅おわり。

投稿者:にわあつし
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2007年07月10日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅1

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お待たせしました。鉄道で巡るヨーロッパふれあいの旅の出発です。
TEEヨーロッパ横断特急が全盛だった30数年前、一人で優等列車の乗り歩きをしてから、すっかりそのすばらしさにはまってしまい、これまで幾度訪れたことでしょうか!ヨーロッパの歴史ある街並みや、美しい田園風景は、いつの時代も変わりません。各国の人々とふれあいながらの楽しい旅は、生活感あふれる鉄道に尽きます。

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今回は07年6月に2週間ほど、フランス、ベルギー、ドイツ、スイス、イタリア5カ国の世界遺産を含む観光地を旅しました。総勢11名の参加者の多くは、バス旅が多い一般観光ツアーに不満足だった団塊の女性たち。何度か渡欧を経験している彼女たちでさえ、まるで初体験のように鉄道旅の楽しさに感動しています。案内役の私にとっても感無量です。鉄道が網の目のように発達しているヨーロッパ。日本の新幹線にも劣らぬすばらしい高速列車や、色鮮やかで斬新なデザインのローカル列車が、旅を導いてくれます。
これからのヨーロッパ、自由気軽に鉄道を使って、心に残る旅をしませんか。訪れる季節によって表情が変わり、それぞれに趣があります。私の体験上ベストシーズンは、6月ですね。気候も温暖で、花も咲き揃い、美しい風景を楽しむことができます。ただし、この時期は、ヨーロッパはお祭りシーズンなので、ホテルや乗り物などは、早めの予約が必要です。

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さて、ヨーロッパ鉄道心の旅、その始発となるヨーロッパでの出発地ですが、私はいつもパリです。パリから始まりパリに帰る。私にとってパリは、ヨーロッパの故郷のような所です。パリへは日本からの航空便も多く、航空運賃もリーズナブルな設定ができます。パリは、ヨーロッパ鉄道旅の玄関都市ですね。北欧、東欧、南欧方面そして、ドーバー海峡のトンネルをくぐり、ロンドンまで走るユーロスターなど。国際列車の発着本数が一番多いヨーロッパの中心駅でもあります。パリには、SNCFフランス国鉄の駅が。北、東、サン・ラザール、モンパルナス、オーステルリッツ、リヨン、ベルシーの7つの駅があります。

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どの駅も街の中心を囲むように設けられ、それぞれ行き先の地、国々によって出発駅が違い、また、国際色溢れる違った顔があります。ヨーロッパ鉄道旅、それは駅に一歩足を踏み入れた瞬間から、幕を開けます。歴史ある大屋根の下に繰り広げられる映画のワンシーンのよう。あなたも舞台の上から出発しましょう。パート2につづく

投稿者:にわあつし
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2007年07月17日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅2

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出発の舞台は駅。ヨーロッパ大都市のターミナル駅は、大屋根のある巨大な空間の行き止まりスタイルが多いです。「中央」と名の付く駅はほとんど行き止まり式で、列車は到着すると反対向きで発車して行きます。そのなかでも、アーケードスタイルの光の入るドーム屋根には圧倒されます。

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歴史の深さを物語る古い鉄骨と、幾何学模様の大屋根。その下に数メートル四方はある大胆で斬新な広告が、幾重にもぶら下がって構内を飾るパリの駅や、ホームの各支柱に薄型テレビを備え付け、広告を発信しているイタリアの駅など、時代物の中に最新デザインがマッチングしている駅の姿はすばらしく、つい目を奪われます。古い物を新しくしても、他の物との調和が取れなく、けばけばしい宣伝広告が、無秩序に貼られている日本の駅と比べると、古き伝統の中に新しさを調和させ、美しく表現するヨーロッパの国々の街創りのセンスに感心します。

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行き止まり式ホームには、最新型高速列車や、年代物の機関車や客車が、カラフルな塗装で並び、鉄道ファンでなくても、旅人の目を引きつけます。駅の広い構内の周りには、ファーストフードやカフェ・レストランをはじめ、キオスク、銀行など、旅に欠かせないショップが並んでいます。とくにサンドウィッチなど軽食を売るファーストフードの店が多いですね。

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表玄関は駅の顔。壮大で、まるで博物館を思わせるような、歴史的建造物が多く、パリのSNCF国鉄の駅もほとんどが、威厳ある駅舎です。リヨン駅もその一つで、正面にそびえ建つ時計塔が、歴史の深さを物語っています。リヨン駅は、その名の如く、フランス第2の都市リヨン方面、南仏への出発駅。また、スイス方面への列車の出発駅でもあります。
ヨーロッパでは、行き先方面の都市名が、始発の駅名に使われている都市があります。ホームが36番線まであるリヨン駅の、構内に置かれた大きなシュロの木が、コート・ダジュールへの旅の夢を誘っています。初めて南仏に走った豪華列車の名にちなんだ、ベルエポック調の高級レストラン「トラン・ブルー」も、同駅構内にあります。TEE(ヨーロッパ横断特急)全盛の頃、フランス国鉄の誇る、世界一の豪華列車と言われたミストラル号も、このリヨン駅のホームから、バカンスの夢を抱く客を乗せて、南仏ニースに走っていました。
私も何度か乗り、軽音楽の流れるバーで、地中海に沈む夕日を眺めながら過ごした、至福の時を思い出します。現在も、昔と変わらないアーケードのホームに、オール2階建ての最新型TGVデュープレックスをはじめ、多くのTGV高速列車が並んでいます。パリからヨーロッパの国々に出るベース地として、このリヨン駅付近がお勧めですね。パリ・シャルル・ドゴール空港からエアフランスのバスも発着。ホテルも、隣接しているメルキュールホテルをはじめ、スタンダードですがリーズナブルなホテルが多いです。また、パリ市内観光へは、たとえば、エトワール凱旋門までは、地下鉄が乗り換えなしの一本で行けるし、セーヌ河沿いに散歩がてら30分も歩けば、ノートルダム寺院に着く好立地です。ヨーロッパのターミナル(終着駅)は、さながら映画の舞台のようです。改札口もない、ホーム前の構内のベンチに腰掛け、リズミカルな音楽の流れるなか、別れを惜しみ抱擁するカップルや、行き交う旅人を眺めていると、日本の駅にはないノスタルジーを感じますね。次は列車に乗って出発です。パート3につづく

投稿者:にわあつし
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2007年07月21日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅・特別編

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フランス国鉄TGV、すごいですね!時速574.8km。架線から電気を取って走る鉄道の速度とは考えられません。時速581 kmのギネス記録を持っていても、実験線から先に進まない、JRリニア新幹線(写真右)も顔負けです。日本でこのニュースを知り、パリに着くと早々に、リヨン駅の書店で、SNCFフランス国鉄情報誌を入手しました。TGV試験車のスピード記録は、パリ東駅から、フランス・アルザス地方、ヨーロッパの十字路と呼ばれる美しい古都ストラスブールまで延びる、工事中の高速新線で打ち立てられたものです。

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情報誌で見る工事中の路線は、規模の大きさもさながら、ただ一直線に続く線路でありました。自然の生態系を壊さぬよう、また、風景を変えないようにして、広大な田園風景にマッチさせていく。日本の新幹線の、山々や込み入った住宅地を切り開き、縫うように進む風景とは根本的に違い、列車の速度も当然速く出せるだろうと感じます。それに列車とレール間、そして集電機器などとの絶妙な抵抗バランスなど、フランス国鉄の技術のすごさには脱帽です。
東海道新幹線で私が運転した0系電車の最高速度は210kmですが、カーブや勾配が多く、熱海駅など海岸線のルートや、住宅地の沿線や高架部など、速度制限も多くありました。東海道もフランスのような路線なら、東京~大阪間もかなり短時間で走れるでしょうね? 現在ではN700系など、電車の性能もアップしており、加速時間やカーブでの速度を向上させ、分刻みのダイヤを時間短縮に励んでいるようです。
ヨーロッパの鉄道の線路幅は、日本の新幹線と同じ、1435mm標準軌道(スペイン・ポルトガルは広軌1635mm)で、TGVなどの高速列車は、途中から高速専用線に入る、つまり、駅に関しては、TGV専用駅もありますが、ほとんどが普通列車と同じ駅から発着するため、旅行客には大変便利です。それに日本だったら、御蔵入りになるような年代物車両と、最新鋭の列車とが顔を揃えるなんて、とてもユニークな光景じゃないですか。

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今年5月パリ東駅へ、ドイツ最新高速列車ICE3(アイシーイー)が、初めて乗入れました。国際列車の発着が一番多いパリ。TEEヨーロッパ横断特急全盛の頃は、機関車が牽引する客車スタイルが多く、国境の駅で、次に走行する国の機関車が交代していた時代でした。今では各国の異なる電源区間も走行できる、優れものの高速列車が開発され、ドイツ・ICE高速列車も、パリの東駅に登場したのです。これまでより約2時間短縮の4時間半でパリからドイツ・フランクフルトまで直行。パリからの鉄道旅は、ますます便利になり、私も次回は利用しようと今から楽しみにしています。
ヨーロッパ鉄道心の旅パート3につづく。

投稿者:にわあつし
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2007年07月28日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅3

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 さあ、列車に乗って出発です。ヨーロッパ各国を走る列車の個性あるカラーは、旅人の目を奪います。とくに目を引き付けたカラフル列車を2点紹介すると、アルプスの白い山々に溶け込むようなスイスの広告機関車(ブリック駅・写真左)、派手な絵柄のイタリア・ユーロスター(ミラノ駅・写真右)。ユーモア溢れるデザインが、楽しいですね。

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 最初の目的地は、ベルギーの古都・ブリュージュです。ホテルのあるリヨン駅から、国鉄RER近郊線で北駅に移動。オランダ・北欧、そして、ロンドンまで走るユーロスター北方面の玄関、パリ北駅から列車の旅が始まりました。ブルージュへは、途中ブリュッセルで、オーステンデ方面のローカル線に乗り換えます。北駅から乗る列車は、レッドトレインと呼ばれる国際特急タリス号で、ブリュッセルまで313km、1時間25分の旅。ボディや車内すべてが、ワインレッドに統一された、フランスTGVの改良型で、北駅ホームに並ぶ姿はとてもお洒落です。

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私たちのグループは、1等用ユーレイルセレクト・セーバーパス(ユーレイル加盟国から3~5カ国の旅行国を絞り2人以上が同一行動する条件の周遊割引パス)を用意しているために1等車を利用。このタリスの1等車は、席までの食事や、アルコール類を含むドリンクのサービスがあるのです(ただし、時間帯により食事内容も異なり、平日以外はドリンクサービスのみ)。パス以外に必要な、タリス号の1等指定券には、サービス料金が含まれ、今回の旅で一番高額でした。タリス号利用は、食事の時間帯に合わせて計画すると、節約効率が良いですね。
指定車乗車口で、車掌の検札と案内サービスを受けると、いよいよ乗車です。駅での乗り換えでは、ホームも低く、列車には、ステップを駆けて乗るため、参加者の皆さんには、トランクは最大60cmまで、できるだけ大きな滑車が付いている物を用意させました。そして、予約無しで乗車しても、比較的空いていて、大人数でもかたまって座りやすい、一等車の利用を決めています。

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列車は発車時間が来ると、ベルもなく発車します。一般のヨーロッパ観光ツアーでバス旅の窮屈など、苦い経験をされた参加者の皆さん、最初に乗ったタリス号では、ゴージャスな車内でのびのびとくつろぎ、出された食事と美味しいワインに酔いながら、広がる北フランスやベルギーの田園風景を眺める至福の時に、鉄道旅のすばらしさを実感していました。ブリュッセルからは、貸し切りみたいに空いた1等車。オーステンデ方面に1時間で、中世の家並みが残り、「天井のない美術館」と呼ばれるブリュージュに着きました。皆さん、静かで疲れない列車の旅に、感動したようです。
パート4につづく

投稿者:にわあつし
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2007年08月07日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅4

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 パリ=ブルージュ間、美しい風景の中をくつろぎながら過ごした車中の楽しさ。みなさん疲れも見せずに元気百倍。到着後は、船に乗っての運河めぐりや、ライトアップされた夜の街を勢力的に歩き、古都ブルージュを満喫したようです。

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 ヨーロッパの列車の多くは、機関車が牽引や推進運転をする客車スタイルであり、床下から響く、つんざくようなモーター音もなく、車内はとても静かです。タリスやTGV、ドイツICE(ICE-3を除く)、イタリアユーロスターなど、各国の新幹線クラスの列車も、ほとんどが、伝統ある動力集中方式です。国際列車が往来するヨーロッパ。電源車が各国の多種電源区間さえクリアすれば、同じ軌道をどこにでも牽引することができ、客車が多国間を跨いで走れるのも、ヨーロッパならではです。
 乗り心地よい落ち着いた車内。私たちのグループはゆったりとした1等車利用なので、席配置も1等オープンシート車は(2席+1席)がほとんど。個室タイプのコンパートメント車両(一部屋6人)もあります(2等車は2席+2席)。
 さて、鉄道旅はブルージュからブリュッセル経由で、再びタリス号に乗りドイツに入ります。途中、世界遺産であるケルンの大聖堂を観光。そして、ライン河沿いの路線を、ロマンティック街道の玄関、ヴェルツブルグに向かいました。両河岸に広がる葡萄畑と点在する古城、伝説の岩ローレライなどがつづく、コブレンツ=マインツ間のライン河名所を、ローカル列車から車窓観光です。ワインを片手に、陽気な車掌の姿に驚きながらも、とても愉快で笑顔の絶えないライン観光でした。

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 ドイツ国鉄御自慢のパノラマカー付きTEEラインゴールド号も、以前はこのライン路線を走っていましたが、今はケルンからフランクフルトまで高速路線ができたため、ICE等の高速列車のほとんどは、ライン河をはずれた新路線を走ります。美しい風景を堪能するには、コブレンツ=マインツ間を経由する列車を選ぶことです。
 とくにこの区間、ライン河を挟んだ両岸に鉄道がありますが、ローレライの岩が眺められる、コブレンツからマインツに向かう右岸の線を選びましょう。ドイツの鉄道旅には欠かせないお勧めのコースです。夏期のヨーロッパは、夜10時近くまで陽がさんさんと照り、毎日、暗くなるギリギリまで観光。まさに2回分のトクする旅をしてますよ! みなさんとても活動的で、ヴェルツブルグの宿であるホテル・マリティムに着いた時間も、まだ陽の明るい夜の9時でした。
パート5につづく

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2007年08月14日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅5

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 何て美しいんでしょう! アルテマイン橋の川面に映るのは、マリエンブルグ要塞の夜景です。そしてマリティムホテルの超豪華な朝食に舌鼓を打つ。皆さん、たった一泊だけなのに、ヴェルツブルグを「再び訪れたい街」のベスト3に入れたようです!
 今日はヴェルツブルグ駅に荷物を預け、中世の面影を残すロマンティック街道の街ローテンブルグへ、ローカル列車で日帰りの旅です。ロマンティック街道は、ローマ時代に造られた歴史遺産の道ですが、車でしか訪れることができない美しい街が点在しています。
 この街道沿いに、フランクフルト=ミュンヘン間どちらの都市からも、朝8時出発して夜9時に到着する1日1便のヨーロッパバスが運行されており、街道めぐりにはとても便利です。以前はユーレイルパス保持者は無料、途中ローテンブルグで約1時間半の停車時間があり、散歩程度の観光もできたのですが、今ではユーレイルパス保持者でもバス運賃は4割負坦。またローテンブルグも30分程度の停車に変わってしまい、フランクフルトからミュンヘンまで直行する場合は、ほとんど車窓観光になってしまいます。バス利用の場合は、途中、気に入った街で下車して一泊したり、また、駅のある街で、鉄道と組み合わせるのも旅プランの一つですね。
 他に、JALユーロエクスプレスやVISTANAドイツ号などの観光バスが、フランクフルト=ミュンヘン間を走っており、昼食付き・日本語ガイド付きで16,000円。チケットは日本の旅行代理店などで購入できます。ただし、これらの観光バスは、出発の曜日が決まっているので要注意です。

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 私たちの旅は、今日中にミュンヘンへ移動予定のため、あえて鉄道を利用し、駅があるローテンブルグの街だけを観光することにしました。ヴェルツブルグからはミュンヘン方面への本線普通列車に乗り、途中駅シュタイナッハで、ローテンブルグまでの真っ赤でスマートな2両編成の汽動車に乗り換えました。
 約1時間余、車窓からドイツののどかな田園風景を楽しみながら進みます。ローテンブルグまでの列車の中は日本人出没度ゼロ! 乗り合わせたドイツの人々とは、言葉よりジェスチャーのほうが気持ちも伝わるようです。まるで御近所同士のようなふれあいの場は、これぞ鉄道旅ともいえるひとときでした。

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 ローテンブルグ(オブ・デ・タウバー)駅から徒歩15分。最初の城壁の入口、カルゲン門をくぐって中世の街に入ります。色彩豊かで美しく、古い歴史ある街並みが、現代の生活の中に自然に溶け込んでいる。皆さん感動したようです。そして、各人自由に、ローテンブルグの街を堪能しました。再びヴェルツブルグに戻ると、ドイツ自慢のICE高速列車でミュンヘンに出発です。
パート6につづく

投稿者:にわあつし
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2007年08月21日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅6

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ヴェルツブルグからミュンヘンまでは、ドイツ最新高速列車ICE-3に乗車。ICE-3は、日本の電車に多い動力分散式で、ミュンヘンまでは300km、約2時間半の旅となります。真っ白な流線形のボディに、迫力ある赤い線が印象的なICE-3が、駅手前にある高速線合流ポイントから一般線に進入し、ヴェルツブルグ駅ホームに入ってきました。
 ホームの列車編成表で確認した1等車の停車位置で待ちます。ヨーロッパの列車は、国際列車をはじめとして、10数両も連結した長大編成が多く、事前に乗車車両の停止位置を確認することが必要です。私たちのように多人数の場合は、荷物の移動作業もあり、乗り継ぎ時間のロスを防ぐため、確認、また確認でした。国際列車は、行き先が異なる車両の混合編成もあるので、乗車する車両の行き先も確認する必要がありますね。
 列車が停止したらドアは、自分でレバーまたはスイッチを操作して開けます。開くのをじっと待っていたら、そのままスゥーと発車してしまいます。日本の寒い地方で、温度維持のための手動式ドアとは考え方が異なり、個人の責任で動いているヨーロッパの生活環境の中の一コマです。

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 乗車すると間もなく、ICEは発車。私たちが乗車した1等オープンシート車は、モニターテレビの仕込まれた革張りシートが並び、すこし硬めの座りごこちは、いかにもドイツ的です。華やかな赤でまとめられたタリス号と比べ、室内は実にシンプルです。車両間を結ぶ通路は、木目調の落ち着いたインテリアでまとめられており、寛ぎながら旅を楽しむリビングルームという感じですね。

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 運転室のある先頭車両は、ガラス越しに前方が眺められる展望スタイルです。速度300km以上も出る高速列車の風景を客室で眺められることも驚きですが、運転台まで見られるなんて、日本の新幹線では到底考えられないことです。
 私たちはゆったりとした革シートに包まれながら、ドイツ・バイエルン地方の車窓風景を楽しんでいます。高速線を200km以上の速度で快走するICE-3と、ときおり並行するアウトバーンで、一緒に走る車の速度の速いこと!! このICEを追い越す速度で走る車には、皆さん声を出して驚いていました。

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 やがて、ICEはミュンヘンに到着しました。今日から中央駅近くのアインホテルに連泊です。今宵はミュンヘン最大のビアホール、ホフブロイハウスで、ドイツに乾杯!

パート7につづく

投稿者:にわあつし
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2007年09月01日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅7

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 朝6時、ホテルの部屋のカーテンの隙間から、ときおり光が注ぎこみます。ミュンヘンの街並みを眺めると、メンバーの皆さんは、早々と朝の散歩を楽しんでおられます。私より人生経験豊富な皆さんの、行動力の凄さ! 今回の旅程も100%予定どおり遂行されつつあります。
 今日はバイエルンの森にそびえる、世界的に有名なノイシュヴァンシュタイン城を訪れます。私も幾度かドイツを訪れていますが、ここを訪れるのは初めてで、たいへん楽しみにしておりました。たいていの観光客はバスを利用するようで、我々のように鉄道を利用してこの城を訪れる観光客は、バックパッカーや地元の人々がほとんど。鉄道での日本人出没度は10%以下ですね。

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 ノイシュヴァンシュタイン城への鉄道を利用した行程は、まずミュンヘン中央駅からアルプスの麓の町フュッセンまで乗車。1日5、6本と少ないですが、ミュンヘン中央駅30番線ホームから直通列車があり、約2時間でフュッセンに着きます。途中、ローカル色溢れる単線の区間を走り、アルプスの山並みを背景に、のどかで牧歌的な風景が続きます。終点のフュッセン駅前からは、路線バスでノイシュヴァンシュタイン城の麓まで行き、山頂の城へは、専用の乗合馬車やバス、または徒歩で40分ほどかけて登ります。城の入場券は、麓のチケットセンターで購入しますが、購入と同時に入場時間が決められており、それも約1時間後ぐらいの設定のため、バスや馬車で行こうと思っても、混雑時は予想外の時間を要してしまいます。私たちは馬車で登る予定だったので、順番待ちを他の人に任せてチケットを購入、予定どおりの時間で、ルートヴィヒ2世の夢の城を堪能してきました。

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 世界に名立たる「白鳥の城」は、観光名所保存のために常に徹底した管理と修復を行っていますが、斬新な趣の観光客用レストランなど、現代建築と中世の芸術が城の中に混在しております。中世のロマンに浸ろうと思って期待していた私などは、ちょっと複雑な感動で城を後にしました。再びフュッセンの町に戻ると、クレヨンで塗りつくされたような、フュッセンの町を散策。お年寄りの姿が目立つ、小さな、そしてカラフルな町並みでショッピングを楽しみ、ミュンヘンへの帰途につきました。

パート8につづく

投稿者:にわあつし
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2007年09月11日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅8

ミュンヘンでは連夜のビアホール三昧。本場のビールやソーセージなど、ドイツの旨味に舌包みをうち、みな大満足です。ちなみにホフブロイハウスのオリジナルビアは1リットル入、6.6ユーロ(約1000円)と、安い、うまい!
 ミュンヘンからの鉄道旅はEC特急で、ドイツ・スイス・オーストリア3カ国の国境に近い町リンダウへ。リンダウからローカル列車を2度乗り継ぎ、ボーデン湖畔を望みながら、ライン川沿いの古都シャウハウゼンに向かいました。ボーデン湖畔を走るローカル列車は、地元の人々で大変な混み様。大人数の日本人客が珍しいのか、多くの人の視線が集中しましたが、たくさんのトランクの置場や、座席まで空けてくれたりと、現地の人々の親切さにみな感動でした。

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 沿線駅の構内やホームでは、自転車ごと乗り付ける人が目立ちます。ヨーロッパの鉄道では、自転車も列車に積み込むことが一般的で、ホームに上がる階段の端に、スロープやベルト式のリフトを設置している駅もあります。列車も自転車マークが表示されている車両を連結しており、車内に自転車を備え付ける場所が用意されています。

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 シャウハウゼンでは、駅前から路線バスでラインの滝へ移動しましたが、観光時間はわずか1時間半余り。ホーム下通路のロッカーへ荷物を預け、大急ぎでバスに乗り込みます。滝を眺めるのも楽じゃない! 分刻みのハードスケジュールでした。バス停から滝までの急な坂は、みなさんかなり辛かったようで、汗をいっぱい流しながらも、予定のバスや列車に乗り継ぎ、時間どおり、次の目的地シュタインアムラインの町に移動することができました。

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 窓辺の花々と、みごとな壁画。中世の佇まいを残した、この小さな町は実に美しく、みな時を忘れて自由な散歩を楽しみました。シュタインアムラインの美しさとともに、列車の隅々まで行き届いた清潔さと、シンプルでカラフルな内装。思わず「かわいいー!」と、口々に叫んでしまいます。さすが、観光国スイスですね。
パート9につづく

投稿者:にわあつし
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2007年09月19日

鉄道で巡るヨーロッパ心の旅9

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「ミストハウス、カンデルシュテーク!」
 スイス国鉄の車内放送は、女声の歯切れよいアナウンスで、カンデルシュテーク到着を知らせます。ドイツ国境近く、スイス北の端シャウハウゼンから、チューリッヒ、ベルンと経由し3時間あまり。ベルン州ベルンルナーオーバーランドの南端、あと1時間も乗ればイタリア国境という、手前の小さな町カンデルシュテークに到着しました。ホームに降りると、ブリュームリスアルプス高峰の谷間から漂う冷気が、身体全体を包み込み、暑さ続きだったドイツの旅から、一転して爽快な気分です。いつも常宿にしているホテルの主人が、愛嬌たっぶりの笑顔で、ホームまで迎えに来てくれました。
 観光国スイスはアルプスの山々と、そこから流れ出す川や澄みきった湖、囲むように広がる緑。そして、景色に染まるように点在する美しい街並みは、誰もが憧れる世界ーの観光国を構成しています。
 スイスの鉄道はとても速く、しかも清潔で快適。ヨーロッパでは、日本だと県境を越える感覚で、次々と国を移り行くのですが、とくにスイスに入国し、スイス国鉄の車両に乗ったとたん。なぜか、ホッ!と安らぎ、旅の疲れが抜けて行く気分になります。私自身、今まで幾度となく、このスイスを出入国した体験から感じるのかもしれませんが、これも鉄道旅ならではの感触ですね。
 スイス国鉄は列車運行も正確で、発着時間の間隔も一定に定められ、大変覚えやすくなっています。構内やホームの列車時刻表には、発車が黄色、到着が白色で掲示されていて、旅行者にも一目瞭然です。

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 チューリッヒ・ベルン間などの主要路線を結ぶIC特急は、車内もお洒落な総2階の列車となっており、子ども向けにレイアウトされた、キッズ車両が連結されている列車もあります。これは見ているだけで楽しくなってしまいます。
 スイスでは4日間、この谷間の街カンデルシュテークに滞在しました。翌朝は澄み切った快晴の空で、宿から徒歩15分ほどにあるリフト乗り場から、リフトで約15分。山の急斜面を擦るように上りながらの風景は、2000メートル級の山の岩肌が連なるパノラマでした。山から流れ落ちる滝の音と、小鳥のさえずる声以外は聞こえないくらい、静かで豊かな時間が流れていきます。

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 リフトを降りて、放牧されている牛たちを横目に、整備されたハイキングコースを歩くこと30分。「アルプスの宝石」と称するエッシネン湖に到着しました。そびえ立つ山の岩肌と、神秘的なブルーの湖面の織りなす世界。私たち全員、時が止まったように、呆然と湖を見つめていました。このエッシネン湖は、何度訪れても、「スイスのすばらしさここにあり」と、感動させてくれる景勝地です。
パート10につづく

投稿者:にわあつし
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