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『天地人』 アーカイブ

2009年01月04日

『天地人』第1回「五歳の家臣」

 はい、とうとう始まっちゃいましたね『天地人』『風林火山』『篤姫』と続けて3年目になりますが、本年度も無事完走ができるでしょうか。仕事の関係上、さすがにしんどくなっているので、今後はリレー方式も検討していますが……ともあれ、また1年間お付き合い願います。
 今回はスペシャルとして45分のところを、75分と30分も延長して放送する力の入れ方。最初から飛ばしすぎて後半バテバテにならないことを祈ります。オープニングは天正14年(1586)、秀吉が大金で兼続を臣下に加えようとしますが、金では動かない姿勢の兼続が登場しました。豊臣秀吉(笹野高史)は、これまでの秀吉役を演じた役者のなかで、五本の指に入るほど味があるのではないでしょうか。その代わり北政所さんは老けすぎているような気が……失礼、仲間ねねさんを見たあとだからギャップがあったとしてお許しください。
 時代のほうは永禄7年(1564)から始まります。ちょうど坂戸城主・長尾政景が宇佐美定満と野尻池で舟遊びの最中に溺死してしまう事件です。同時になんと尾張の織田信長(吉川晃司)も登場し、我が故郷の小牧山城まで出てきたのはビックリしました。しかし、秀吉の前身である藤吉郎さん老けすぎ。まぁ猿顔なのでちょうどよいかもしれませんが。『風林火山』では信長は一切登場せず、視聴率がとれなかった失敗に懲りたのか、今回は信長の時代から絡ませて、秀吉・家康と続くようですね。視聴率とるにはオーソドックスな手段でもあります。
 ストーリーは阿部寛の上杉輝虎(謙信)の話でもたせつつも、可愛らしいミニ与六(加藤清史郎)中心に話が流れましたね。ちょっと賢すぎる感がありますが、いい子役を抜擢しました。仙桃院(高島礼子)はミニ与六を見て、「星が見えた」などとメルヘンチックなこといってるし、「北斗の七星」とかいって、与六(兼続)を劉備の軍師・諸葛亮孔明になぞっています。まぁ原作の『天地人』も天の時(魏)、地の利(呉)、人の和(蜀)のまるっきり『三国志』ですから、今後も三国志のエピソードを採用してゆくのかもしれません。結局、与六は喜平次(景勝)の近習として、家を出て雲洞庵に行きますが、あの輝虎を崇拝していた与六が、輝虎と面会したときのギャップはなんとかならなかったものでしょうかね。
 今回はドラマのつくりとミニ与六の可愛さに助けられた感はありますが、気になる初回視聴率でお手並み拝見といきますか。
 それはともかく、本年度もまた桐野先生の『膏肓記』かわい先生の『豊泉堂雑記』橋場先生の『日次記(ひなみき)』などなど、歴史作家先生のブログと連動しながら、1年間大河ドラマ『天地人』を楽しみたいと思います。

 史跡紀行では新潟県南魚沼市の景勝・兼続の生誕地である坂戸城と雲洞庵が紹介されました。僕が現地を訪れたのは昨年1月の雪のさかりでして、坂戸城が吹雪で撮れなかった思い出があります。結局、雪が止むのを待って喫茶店で30分ほど待機したのですが、止む気配なく撮影はNGでした。こちらの南魚沼市は本書のデザインを担当した上田氏が取材しました。なんていったって上田の庄ですから、少なからず縁があったわけでして……。ということで第1回は上田氏撮影の雲洞庵と最寄のJR上越線六日町駅のスタンプをUPします。

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はい、今回からはじまる天地人関連写真・スタンプのコーナーの元ネタは、大河ドラマ『天地人』の副読本となる下記の本です。ただし、場合によっては本で紹介しきれなかった写真やスタンプが登場することもありますので乞うご期待!

tenchijin.jpg 『天地人 直江兼続』

(メディアボーイ) B5版 144P 1600円 2008年11月発行。12月2刷。直江兼続の生涯をつづったダイジェストはじめ、五大合戦戦記ドキュメント、政治面でみた兼続像、兼続ゆかりの南魚沼・上越・与板・会津若松・米沢の紹介、さらに資料編では上杉氏の版図変遷・関連史跡・人物事典・略年表・略系図など従来の構成から一新させました。巻末特集には肖像と甲冑選、スタンプコレクションなどをもうけています。まさに兼続のすべてを徹底検証した充実の一冊。代表の森田芳夫氏も寄稿しています。

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2009年01月11日

『天地人』第2回「泣き虫、与六」

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 気になる初回の視聴率は24.7%と『篤姫』の初回を大幅に上回る記録となりました。ただ、『篤姫』の場合は、初回が最低視聴率で後半尻上がりに伸ばしましたので、そのあたりは楽観視は決してできません。さらにこの順調な滑り出しのところ、その出鼻をくじく事件が起こりました。通常、大河ドラマは49~50回なのですが、今回は47回に短縮され、11月22日で打ち切られるそうです。これはあとに続くスペシャル大河ドラマ『坂の上の雲』がこの時間帯に続くことになったからですが、そうなると、スペシャルは3年続くわけですから、2010年度の『龍馬伝』、2011年度の『○○○○○』(未定)も47回前後で打ち切られることになりかねません。もちろんただ長々と放映するのも芸ではないことはたしかですが、今後の視聴率を含む動向を見守りたいところです。

 前置きが長くなってしまいましたが、本編のストーリーはまだ史実には連動しない創作部分で、雲洞庵での集団生活になじめない喜平次と与六。頑固でありながら健気に生きるミニ与六の行動ひとつひとつが(失礼! ゴロニャン)みたいで可愛い。そして雪の中、家に帰ってきてしまう与六を母が追い返してしまい、迎えにきた喜平次が「もう歩けん」という与六をおんぶし、その光景を母が見て感動しています。「いつまでもわしの側にいろ」と喜平次が本心を打ち明け、「喜平次の側にわしがおる」という子役たちの名演技で、おばさんたちの涙腺を緩ませる見事な反則技をつかいました。
 ここで冒頭の写真、大河ドラマに登場した風景に似ていませんか。そうです坂戸城遠景です。なんかブルーのフィルターをかければ、あのミニ与六を喜平次がおんぶして歩いた光景のようですね。実はこの写真、前回の写真も撮影した上田氏の力作で、大河ドラマ関連本の制作班が1年がかりで撮影した成果です。もし、これが版元のゴーサイン後から取材に出ていれば撮れなかった光景。本書ではこういった雪の風景も撮り降ろしで掲載していますので、ぜひお楽しみください。
 物語の終盤で時代が8年とんで、天正元年(1573)となり、妻夫木聡の樋口兼続にチェンジ。まだこの時点で14歳ですが、童顔(ごめんよ妻夫木君)だから許してあげましょう。与六と喧嘩していた又五郎も泉沢久秀となっておりましたが、他にいた近習たちの解説がありませんでした。とくに喜平次に年齢が近くリーダーシップをとっていたあの子どもは、誰に該当するのでしょうか。なかなかいい演技していただけに名前も出てこなかったのは惜しいです。
 妻夫木兼続は泉沢久秀とともに川中島に遠足気分で出かけたところ、高坂弾正昌信の一帯に遭遇。あとで追撃される窮地に陥りますが、なんとか危機だけは脱したようです。そして武田信玄が亡くなったあたりで次号に続きます。史実に対する解説は桐野先生の『膏肓記』「はしば先生の日次記」も併せてぜひお読みください。勉強になりますよ。

 史跡紀行では早くも謙信の居城・春日山城のあった新潟県上越市が紹介されました。市内の林泉寺や春日山城の大井戸などが登場し、JR信越本線の列車も出てきましたね。今回は春日山城とJR春日山駅のスタンプをUPします。ただし、春日山城へは春日山駅から歩くと結構大変ですので、直江津駅からバスで行くか、レンタサイクルをおすすめします。

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2009年01月18日

『天地人』第3回「殿の初恋」

 景勝のライバルとなるもう一人の養子・景虎(玉山鉄二)登場。歴史作家の先生方からはもう一人の養子・上条政繁が出てないと突っ込みが入っていますが、どうしちゃったんでしょうか。
 無骨な景勝に対し、多芸でハンサムで春日山城の女性のアイドルとなっている景虎。兼続がなんとかしようとしゃしゃり出て、景勝にお尻ペンペンされたり、仙桃院にお灸を据えられているところがおかしい。お船と兼続の再会はひょんなところから。暴れ馬が登場し、お船がそれを止めている。世が世ならGIジョッキーになれる資質ありのお船さん。ところがそのお船さんに景勝がひと目惚れ(コシヒカリではありません)。舞ができない景勝に替わって、上半身裸になっておかしな踊りをする兼続と上田衆たち、謙信の気をひこうと必死になっている姿が笑えます。
 また余計な気を遣う兼続が偽のラブレターでお船と景勝を引き合わせますが、シャイな景勝はしゃべることもできません。兼続は自分のやっていることが裏目裏目に出て、出陣も叶わぬこととなり、景勝の出陣の際に通夜のように泣き出すし、母の手紙を読んで泣いている。史実の兼続とは違うような気もしますが、あの反則技でもあったミニ与六の泣き顔をフィードバックさせて母性本能をくすぐっているのでしょうか。
 今回、少し気になったのは景勝の妹・華姫(相武紗季)と兼続が親しげに話しているシーン。華姫はのちに景虎に嫁ぎ、悲劇を迎えてしまうヒロインです。しかし、坂戸のある南魚沼にはもうひとつ伝承が残っていまして、景勝の妹・桂姫と若き日の兼続が恋に落ちる話があるようです。だったらいっそのこと華姫と兼続に恋心を抱かせ、そのうえで引き裂かれた話にしたほうが、いっそストーリーにもふくらみがもてたでしょうに。原作の真田幸村の妹とかいう初音(長澤まさみ)と恋に落ちる話などいらん気がします。というのは武田の忍びで望月千代女の養成した「歩き巫女」は、妖艶なテクニックで男を落とす術があるのですが、お堅いNHKではそのようなシーンは割愛され、不完全燃焼になってしまうからです。
 あと、いきなり岐阜城の吉川信長が出てきて、「天地人は信玄ではなかった」なんて唐突すぎますね。でも、吉川信長はかっこよくていい味出しています。人物設定はまずますではないでしょうか。
 なお、こちらこちらこちらもお忘れなく。

 史跡紀行ではお船の直江家の故郷である新潟県長岡市与板町が登場。本与板城と菩提寺の徳昌寺、伝統工芸の打ち刃物などが紹介されました。与板城のほうが登場しなかったところを見ると、小出しに紹介してゆくのでしょう。本与板城は時間がなくて本丸跡まで行けず、遠景だけ撮影して終わらせましたが、丘のような山ですので遠景では分かりにくいです。今回は本与板城の入口に開設された売店おせんと打ち刃物、与板へのバスが発着するJR長岡駅のスタンプをUPします。

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2009年01月25日

『天地人』第4回「年上の女(ひと)」

 はい、今週土曜(31日)午前中にようやく観ました。これならわざわざ録画せずお昼の再放送観ればよかった感じですが。事後報告になって申し訳ないのですが、第4回は視聴率を延ばし、早くも26.0%を記録したようです。『篤姫』で味をしめたのか、ホームドラマ路線を継承してゆくのでしょうか。さて、今回の内容。
 完全にラブコメ路線に突入してしまいましたね。謙信に心を寄せるお船の姉お悠、婚姻した景虎と景勝の妹華姫、そして景勝がお船にひと目惚れの設定だったのが、いつの間にかお船と兼続がいい仲になっています。でもお船と兼続の関係って絶対、ハウス名作劇場『アルプス物語わたしのアンネット』に登場するアンネットとルシエンの「女王と下僕」ですよね。府内湊へ買い物へ行くときは「兼続ついて参れ」ですし、その帰りに雨に打たれて、小屋で二人っきりになると「そなたには女はまだ早い」ですから。でも、小屋のシーンはもう少しラブコメ度を高くしたほうがいいのにと思うのは余計なおせっかいでしょうか。
 あと、お船と兼続が従兄妹の関係になっており、兼続の母は泉重歳女でなく、直江親綱女のほうを採用したようです。まぁ、そちらのほうが兼続とお船の関係がより親密になってよいのですが、となると父樋口惣右衛門の身分を自動的につり上げないと、薪炭用人の樋口家ではつりあいがとれないのではないでしょうか。
 さらに信長の使者とかで、幸村の妹から姉に設定が替わったとかいう初音(長澤まさみ)登場。兼続との三角関係にもっていきたいようですが、なぜ、真田家の身分の娘が歩き巫女のような女忍者になっているのでしょうか。なんかこのあたり頭がメダパニしそうな内容です。
 あと興味深かったのは上田衆の面々の名が登場したこと。雲洞庵にいた利発そうなぼっちゃんは安部政吉でした。あの天正10年(1582)の本能寺の変の際、魚津城で玉砕してしまった悲劇の武将です。こういうマイナーな人物が登場するのは面白味がありますね。でも、子役時代から大人になっているので、子役との対比ももう少し分かりやすくしたほうが……。

あとこちらも相互リンクしていますのでぜひ併せてお読みください。
桐野作人先生『膏肓記』
橋場日月先生『日次記(ひなみき)』
かわい先生の『豊泉堂雑記』

 史跡紀行ではのちの上杉米沢藩となる山形県米沢市を紹介。今回登場した信長が謙信に贈った洛中洛外図屏風は米沢市上杉博物館にありますが、常設ではなく企画展のみの公開で、たまたま僕が秋に行った際は観ることができました。しかし、残念なことにこの米沢市上杉博物館にはスタンプがありませんでした。今回は昨年1月に訪れた際の米沢城跡(上杉神社)とJR米沢駅のスタンプをUPします。こちらの雪バージョンのほうが、季節的な雰囲気も出ていいでしょ!

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2009年02月01日

『天地人』第5回「信長は鬼か」

 今回は創作部分の信長と兼続が岐阜で会見する話でしたが、ここで秀吉と三成にも顔合わせの意味があったんですね。ただしストーリーは拍子抜けでしたが。
 信長の南蛮趣味を集めた部屋につれて行かれ、そこで信長とサシでワインを飲む兼続。洛中洛外図を贈った理由や、仏を討つのは間違いなどどぬかす兼続。あれー、たしか謙信ってその前に越中で一向宗を撫で斬りにしていたのでは? まぁ最後は本願寺と講和したのは事実ですが。
 で、信長は「あやつを殺せ」と指示を出し、初音と三成の機転によって救われます。そういえば初音が真田幸村の妹から姉に設定が替わった理由は橋場先生の日次記で知りました。そもそも幸村の血縁とするところにムリがあります。娘まで歩き巫女(くの一)に仕立てる父昌幸って非情ですね。ところがその帰路も描かれず、長島一向一揆鎮圧もすっ飛ばしていきなり天正3年(1575)の長篠の戦いのダイジェスト。さらに1年過ぎて天正4年(1576)に入ります。
 それにしても桐野先生の『膏肓記』に書かれているようにものすごい「義」のインフレ。そもそも「義」とは自分の都合のよい解釈(大いなる私情)にしかとれなくなるのは僕だけでしょうか。
 あと、お船の婿選びが決まりそうで、お船は兼続に心を寄せているのに、相変わらず鈍い兼続。それよりお船って景勝の初恋の相手ではなかったのでしょうか。もうこの頃には兼続が景勝との仲をとりもつための余計なおせっかいもないし、どうもこのストーリー矛盾が多いですな。

 史跡紀行では信長の居城・岐阜城のあった岐阜市を紹介。はい、ここは地元なので何度も行きました。ただし写真は少ないですがね。岐阜城は標高339mの金華山山頂にありますが、中学の頃、自力で登ってバテバテになりました。やっぱロープウェーは楽チンですね。岐阜公園へは昔は名鉄の路面電車が走っていましたが、今はもうありません。僕が行った頃は岐阜城にスタンプが26個もあって驚いたものですが、路面電車も駅弁もなくなり、観光産業が衰退した現在はスタンプも4個しかなく寂しい限りです。今回はJR岐阜駅のスタンプと岐阜城の写真およびスタンプをUPします。

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2009年02月08日

『天地人』第6回「いざ、出陣」

 明らかな創作ですが、拍子抜けするような内容でした。あの「愛」の前立てのせいか、どうも妻夫木兼続は慈悲深いというか、軟弱というか、トホホな人物に描かれてしまっています。
 17歳で初陣した兼続ですが、敵の武将にも母がいることを知ると、斬れなくなってしまい、おまけに味方を負傷させてしまいます。「すいませんでした」と誤り続ける兼続に、景勝は「二度と謝るな!」と一喝。その後も戦いにおいて敵兵一人討ち取れない軟弱さ。あとで兼続が見逃した敵将が討死しているのをみて、涙を流しています。
 で、もって越中を平定して能登に侵出した上杉軍。七尾城攻囲で長陣となり、兼続は直江景綱に会って励まされます。しかし、景綱は病のため春日山に帰り、娘のお船と長尾景孝の婚儀が決まります。兼続に思いを寄せているお船は何かうかない顔。一方の兼続は景虎の配下が犬に景勝の幼名「喜平次」とつけてからかっているのを見て、激怒して刀を抜いてしまう兼続。
 この軽はずみな行動で謹慎処分となり、帰国させられます。しょせん、足手まといにしかならなかった軟弱兼続。またも謝る兼続に、景勝も「たわけものめー」と激怒。
 どうも5回目あたりから気分が萎える内容になりつつありますが、その一方で『天地人』は高視聴率をマークしています。なんでもやおいの傾向があって、それはそれで腐女子の方々に人気だとか。僕としてはもうちょっとかっこいい武将を期待していたんですがね。

今回は慌しいため、こんなところで失礼しますが、他の先生方の批評も併せてお読みください。
桐野作人先生『膏肓記』
橋場日月先生『日次記(ひなみき)』

 史跡紀行では新潟県南魚沼市の樺沢城跡や上田衆の屋敷跡などを紹介していました。物語の舞台は越中・能登に移っていますが、戦いでの上田衆の活躍を紹介したかったのでしょうか。僕も昨年1月に雪中行軍で撮影に行ってきましたが、あまりにも雪深くて、城山へ行くのは断念しました。最寄はJR上越国際スキー場前駅ですが、無人駅のためスタンプがありません。今回は雪の樺沢城と上越国際スキー場駅、比較的近いJR石打駅のスタンプをUPします。

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2009年02月15日

『天地人』第7回「母の願い」

 七尾城攻めはどうでもよかったようなホームドラマでした。
 故郷の雲洞庵で蟄居生活を送る兼続。母が病身でありながら「会わす顔がない」と寺に籠もりぱなしです。今回びっくりしたのは、初登場のお船の最初の婿・直江信綱(山下真司)。えらく老けた役者をと思っていました信綱の年齢。僕はこれまでお船に嫁いだのだから30代とばかり思っていました。ところがウィキ情報によりますが、生年不詳なものの、大永7年(1527)に父景明に攻められ降伏。幼少の景孝に家督を譲ったとあります。このとき仮に1歳としても、お船(21歳)を娶るのは51歳となり、おそらく初婚ではないでしょう。景勝より30近く上ですし、しかも謙信よりも年上になってしまいます。総社長尾氏との結束を固める政略ともとれますが、どうも信綱の生年に疑問ありです。詳しく知っている方がいれば教えてくださいませ。
 一方、兼続の母は生没不詳で、史料に残っていないところを見ると、結構早くに亡くなってしまったのかもしれません。その母お藤が危篤となり、それでも行こうとしない兼続に和尚が怒り、兼続はかろうじて死に目には間に合いますが、母は兼続に言葉を発しようとする前に切れてしまいます。
 母の葬儀に従兄妹にあたるお船が出席し、その帰りに兼続が供をしますが、帰り道で紅葉の散るのを見て、母の言葉を思い出します。
「そなたはモミジになるのです」
 ここでお船とツーショット。「父景綱もモミジの如く散っていった」と云い、兼続は上杉のサムライの生きる道を見出し、「二度と泣きません」と決意。お船は「その言葉をもう少し早く父が聞いていたら」と後悔しますが、まぁドラマですから、ここまでして伏線をはりたいのでしょう。
 ここでもあのミニ与六(加藤清史郎)が回想で出てきましたね。このミニ与六さん、14日の南魚沼市雪まつりに呼ばれ、「わしはこんなとこ来とうはなかった!」と云われず、「わしはこんなとこ来てよかった!」と云われて大盛況だったようです。あの名演技が見たい方はこちら。しかし、老婆心ながら気になってしまうのは、ブラウン管での演技がすばらしければすばらしいほど、現実が虚像になってしまうのではないかと。ケンちゃんシリーズの宮脇君ではないですが、あの『篤姫』で理想の夫婦を演じた宮﨑あおいさんに早くも旦那の不倫疑惑の暗雲が立ち込めています。僕の場合は日記も実像もありのままの生き地獄演じていますが……。

あと、他の先生方の批評も併せてお読みください。
橋場日月先生『日次記(ひなみき)』
桐野作人先生『膏肓記』

 史跡紀行ではほとんど舞台に出てこなかった石川県七尾市の七尾城跡や石動山城跡などが紹介されました。こちらも未訪ですがデザイナーの上田氏が撮影に行きましたので、今回は上田氏提供の七尾城とJR七尾駅のスタンプをUPします。

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2009年02月22日

『天地人』第8回「謙信の遺言」

24日になってようやく録画をみることができ、25日にUPします。
 謙信が柴田勝家を大将とする信長麾下の軍を破った手取川の合戦。予算がかけられなかったのか、あっさりと終わってしまいましたね。雨が降っていたため、鉄砲が使えず大敗したということになっていますが、雨の増水の割には濁らない川なんですね。おまけに秀吉は軍令違反で長浜で謹慎中かと思えば、安土城で信長の機嫌とっていますし。
 上田庄の雲洞庵で世俗を断ち切っていた兼続はようやく謹慎が解け、春日山城へ戻ることになり、弟の与七(のちの大国実頼)も従うことになります。兼続が景勝のもとへ戻ってくると、あれ景勝が笑ってしまいました。たしか景勝って生涯で一度(サルが自分の真似をしたとき)しか笑わなかったのですが、さすがにドラマでこれをやると暗くなると思ったのでしょうか。
 その後、お船の方の婿となった直江信綱にも面会。お船の侍女かよ(あき竹城)がいい味出していました。この人米沢出身で米沢市観光親善大使になっていますね。やがて謙信と面会。謙信は「信長と戦うのは己の欲にあらず、足利幕府を再興するため」の大義名分をふりかざし、兼続が敵と戦い殺すことを悩むのを、「そなたこそがわしの真の遺志を継ぐ」と謙信に云われ、前回、「もう泣きません」と云った兼続がもう泣いています。でも、兼続は毘沙門にはなれないでしょうね。
 そして謙信は毘沙門堂で倒れます。史実では厠で倒れたのですが、厠というのが脚本家の美意識にあわなかったようで……。今回はこのへんにしておいて、次回以降、当日更新をめざします。

あと、他の先生方の批評も併せてお読みください。
橋場日月先生『日次記(ひなみき)』
かわい先生『豊泉堂雑記』

 かわい先生のほうにはなぜかトラックバックが貼れなくなってしまいました。どちらのネット環境に問題があるのでしょうか。

 史跡紀行で石川県白山市の手取川古戦場、松任城跡、松任金剣宮などが紹介されました。松任は昔は松任市だったのですが、市町村合併で白山市に変わりました。昔は松任に行ったとき、松任駅に名物あんころ餅の立売がいたことが記憶に残っています。しかし、手取川古戦場は残念ながら未訪なので、新刊『データで見る最強の戦国武将ファイル』(洋泉社)に掲載した外川先生の写真をお借りしました。本書では外川先生ほか、かわい先生、四條たか子先生、清水昇先生といった歴史作家・研究家の重鎮たちが寄稿していますので、ぜひお買い求めください。
 手取川はJR北陸本線小舞子駅が最寄ですが、この駅は無人駅のためスタンプがありません。スタンプに手取川が描かれた隣の美川駅のスタンプをUPします。
 今回はなんとか急場をしのぎましたが、たぶん、今後写真やスタンプなしの回が出てくることと思います。

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2009年03月01日

『天地人』第9回「謙信死す」

 日曜というのに出張校正があり、午前様で帰ってきてから録画をみました。
 今回で阿部謙信は亡くなります。死に際に兼続を呼び寄せ、口をパクパクしていましたが、何が云いたかったんだか分からない。むしろこれを機に「後継は景勝様じゃ」とでっち上げるかと思いましたが。すでに謙信が死ぬ前から景勝派と景虎派が分かれて争っていましたが、謙信が亡くなるとエスカレート。そこにお船の方の母妙椿尼が「家督は景勝」とでっち上げます。なぜこの場に妙椿尼が? と驚きでしたが、謙信の姉で景勝の母である仙桃院も、このウソにのってしまいます。
 結局、仙桃院、妙椿尼、お船、兼続の4者で謀議がされ、景勝が後継となってしまうのです。仙桃院ならともかく、ここにお船と兼続を加えたのは、のちのお船の再婚へと伏線としたかったのでしょう。お船は「直江家の女として覚悟はできている」と云い、兼続に「何かあったときはそなたを頼る」と云っています。
 景虎の側近・遠山康光が不気味な存在ですが、上田衆の台頭を嫌う柿崎晴家と北条高広は景虎支持です。晴家は景勝派によって謀殺されたようですが、ここでは果敢に景勝の屋敷に棒をもって攻め寄せてまいりました。弟か子の憲家は景勝支持に回っていますが、こちらは出てきません。
 いずれにせよ安穏な日々は終わり、景勝・兼続主従にとって修羅場が始まります。

あと、他の先生方の批評も併せてお読みください。
橋場日月先生『日次記(ひなみき)』
桐野作人先生『膏肓記』

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 史跡紀行では景虎の故郷である神奈川県小田原市と箱根町が出てきました。北条氏の居城・小田原城はインドゾウの梅子さんが有名です。梅子さんは昭和25年(1950)に来日。小田原市の花であるウメから名付けられました。当時推定3歳だったそうですから、今年で62歳になりましょうか。小田原城の再建が昭和35年(1960)なので、城よりも先輩なのです。僕は小田原城へ二度行きましたが、ゾウの長生きと飼育係の尽力に感心しました。この梅子さん、かなりの人気者で、水をお客にかけるというお茶目な芸ももっています。小田原城の動物園はこの梅子さんが亡くなると閉園されてしまうそうなので、早めに会いにいくとよいでしょう。

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 あともうひとつは箱根の北条五代の墓がある早雲寺で、ここは景虎が幼少時を過ごしたところ。ここは2007年11月に『篤姫』の取材で訪れています。このときは箱根湯本から箱根関所を経由し、バスで熱海へ出て清水で一泊という変わったルートで旅をしました。
 今回は大盤振る舞いで小田原城と梅子さんおよびJR小田原駅のスタンプ、早雲寺と箱根登山鉄道箱根湯本駅のスタンプをUPします。

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2009年03月08日

『天地人』第10回「二人の養子」

 まぬけな番組づくりに視聴者も嫌気がさしてきたか、前回はこれまでのワースト視聴率20.3%を記録してしまいました。阿部謙信がいてこれですから、20%を切るのも時間の問題となっており、先が思いやられます。しかし、冒頭ガイドのイケメンって何とかなりませんかね~。
 柿崎晴家(角田信朗)の奮戦で始まりました今回。棒を振り回してゾンビの如く立ち回る角田氏。さすがK1選手です。刀を素手で折ってしまうし、K1のよいPRになったと思います。3月でテレビ放映が終わってしまうノアからも一人派遣すればよかったのに。そうだ! まだ配役の決まっていない前田慶次は三沢光晴にやってもらおう。
 なんてバカなことを書いてしまいましたが、この落とし前をつけるために、景虎が景勝のところに赴き、詫びを入れています。仙桃院の勧めがあったようですが、プライドの高い景虎はいたく憤慨していた様子。それに加え、側近の遠山康光が茶々を入れている様子で、景勝と景虎が互いに信じていたとしても周囲が巻き込んでしまうような描かれ方でした。
 ここでいきなり兼続の父樋口惣右衛門登場。景勝に春日山城本丸へ移り、さらに金蔵をおさえることを進言します。なるほど、よくこれは兼続が仕掛けたように書かれているものが多いのですが、軟弱な兼続より親父の進言のほうがリアリティあふれますね。結局、聞き入れない景勝に対し、責任を惣右衛門がとるような形で本丸乗っ取りを実行します。
 景虎方もそれに気づいており、本丸へ兵を進めますが、上田衆のたった4人で撃退してしまいました。相手の兵弱すぎです。本丸乗っ取りに成功した兼続が急ぎ景勝、ついで仙桃院のところに急行しますが、ここで景虎と鉢合わせ。刀を抜いたところで次回に続きます。さて誰が止めるのでしょうか。
あと、他の先生方の批評も併せてお読みください。
橋場日月先生『日次記(ひなみき)』

 史跡紀行では新潟県長岡市の栃尾エリア(旧栃尾市)の秋葉公園や常安寺、新潟県上越市の春日山城跡や林泉寺などが紹介されました。春日山城はこれまで三度ほど行っているのですが、栃尾エリアは未訪です。ただ取材のため秋葉公園や常安寺は撮影していますので写真をUPします。肝心の栃尾エリアにはスタンプがありませんので、スタンプは春日山城の売店にあったものをUPします。 

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2009年03月15日

『天地人』第11回「御館の乱」

 前回はなんとか視聴率が22.2%まで回復し、なんとか20%切りを防ぐことができて何よりです。ところで、前回「毒を食らう」→「二人の養子」、今回「鬼の面」→「御館の乱」とテレビガイド予告からタイトルの変更があったようですが、なぜなんでしょうか。理由を知っている方がいれば教えてください。
 本題に入ります。本丸を乗っ取ったのもかかわらず、仙桃院のもとへ駆けつけ、景虎と鉢合わせになる兼続。腕を切られますが、なんとか仙桃院に助けられます。結局、景虎を説得できず御館の乱が始まります。でもまだこの時点で政庁となる御館は出てこず、春日山城内での戦いが繰り広げられます。お船は仙桃院のもとへ駆けつけ、景勝の陣に移ることを勧めますが、仙桃院はこれを拒否。さらに兼続のもとへ行き仙桃院のメッセージを伝えます。兼続が「鬼にならねばならぬ」といえば、お船は「そなたが鬼なら、わらしは夜叉になろう」といい、妖怪夫婦の誕生です。これが予告でのタイトルだったのですが。妻夫木兼続では険しい表情に乏しかったのでしょうか。しかし、まだ夫の信綱が存命なんですけど……兼続とお船の仲を羨む信綱には哀愁が漂っておりました。
 一方の播磨の書写山では羽柴秀吉と明智光秀が面会。光秀は謙信を誉め、信長の悪運が強いと云ってへらず口を叩きます。吉川信長も自分の覇道に疲れている様子で「謙信ならばこの俺を止めることをできたであろうに」とつぶやき、そこに初音が「鬼になりなされ」と慰めます。だからどうしてタイトル変更しちゃったのでしょうかね。
 2カ月におよぶ攻防の末、景虎は春日山城を撤退し、御館に移ります。このとき華姫が死を決意しながら景虎についていくといい、鬼の表情だった景虎に束の間の安らぎが。一方の景勝側は兵糧が尽きかけているところで次回に続きます。

 あと、他の先生方の批評も併せてお読みください。
橋場日月先生『日次記(ひなみき)』


 史跡紀行では引き続き新潟県上越市が登場。春日山城の上杉三郎屋敷跡、御館跡、十念寺、居多神社、居多ヶ浜などが紹介されました。十念寺と居多ヶ浜以外は行ったことがあります。居多神社の宮司をつとめる花ケ前盛明氏は、上杉謙信や直江兼続研究の第一人者として知られ、歴史関係の著作を多数出していいます。今回は最寄のJR直江津駅とスタンプ、居多神社と五智歴史の里にあったスタンプをUPします。

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2009年03月22日

『天地人』第12回「命がけの使者」

 すっかり更新が遅くなってしまい申し訳ありません。25日になってようやくUPできます。今週前半は完徹で、食事もロクにとれなくなるわで、マジやばかったです。本当。
 今回はいきなり春日山城が兵糧不足という窮地からはじまりました。謙信が春日山城に金蔵以外、兵糧は備蓄していなかったというのも変な話ですが。歴史作家先生たちが気にしていた謙信もう一人の養子だった上条政繁(鷲生功) がようやく登場しました。本当に一瞬だけでしたが。
 さらに武田勝頼(市川笑也)や妹菊姫(比嘉愛未)も顔見せです。勝頼は相変わらず暴君に描かれ、高坂弾正が諫めるわ、妹からも「兄は器を知らぬ」というひどさ。『甲陽軍鑑』が元になっていますので、仕方なしともいえるのですが、実際、2万ともいわれる大軍を越後と信濃の国境に進めているのですから、「本当に長篠で大打撃を被ったの?」と疑問に思う研究家さんたちもいるわけでして。現実、長篠敗戦以後、信長・家康が取り戻せたのは、それ以前の失地くらいなもので、この時点では甲斐・信濃に攻め込んでいません。菊姫はお船の方とキャラがかぶるような男勝りの登場でした。

●桑取って何処?
 今回のメインは軍需物資の援助を頼みに郷士のいる桑取へ兼続が独りで出かけるというアドベンチャーでした。兼続が桑取の長である斎京三郎右衛門へ会いに行く途中、怪我をした老婆を助け刀まで預けてしまいます。結局、背後から殴られ、牢に入れられるわリンチに会うわ、散々な目に会う兼続。景虎が金品を贈ってきたのに対し、兼続は真心で接し、結局、桑取の長を動かしたという道徳臭いお話でした。ところで気になったのは桑取の位置です。検索してみますと地図の赤囲みあたりで、ちょうど春日山の背後にあたり、東側の御館と南の信濃方面は景虎側におさえられていたとなると、西側を頼るしかなかったわけです。もっともこんな山間で米がたくさんとれたかは疑問なんですが。不慣れながら地図で初めてペイント挑戦してみました。あくまで管理人の推測です。

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●信綱の立場は……?
 もうひとつ気になった点は、お船と兼続の仲を嫉妬し、「そなたはわしの妻、わしが直江の婿とは不足か」と怒る直江信綱です。一応、お船と兼続が従姉関係なのですが、兼続を引き立てるための演出なのでしょうか。兼続よりずっと上位の重臣なんですがね。第7回でも書きましたが、長尾景孝説は年齢的に符合せず否定されているようです。総社長尾家の出自とされていますが、未研究なのでコメントは控えます。それにしてもお船が床で待っていても信綱は来ず、朝を迎えてしまい、ずっと見守っていた侍女のかよが足がしびれるというオチ……。当時の夫婦感覚にはなんとも理解しがたいことでした。これは次号への伏線のようにもとられたのですが果たして。

あと、他の先生方の批評も併せてお読みください。
橋場日月先生『日次記(ひなみき)』

 史跡紀行では相変わらず新潟県上越市の春日山城跡、さらに桑取谷、新潟県十日町市の犬伏城などが紹介されました。春日山城はともかく、桑取谷や犬伏城は未訪でさすがに写真をUPするのが苦しくなってきました。今回は春日山城跡から望む市内の眺めとJR十日町駅のスタンプ(いただきもの)で失礼します。

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2009年03月29日

『天地人』第13回「潜入!武田の陣」

 冒頭の「あふれる若さで戦国をChange」って止めてもらえませんかね。モチベーション上げるどころか、かえって脱力してしまいます。
 兵糧の憂いはなくなっても、相変わらず景虎側には北条・武田の二大大名が支援しているのですから、これでは景勝・兼続主従もひとたまりもありません。悩む兼続に父の励ましがあったり、弟の与七の何気なく云った言葉がヒントになって、武田との同盟を画策します。信濃と上野の上杉領の割譲という屈辱的な和睦に周囲は反対。景勝も最初は拒否していましたが、兼続の「自ら立つ勇気はないのか」という説得に、ついに景勝も応じます。
 そして兼続が武田の使者に立つ前夜、夫信綱と同衾したお船ですが、寝付けず外に出ているところを兼続と出会い、髪結いの紐を渡します。嗚呼、信綱の立場はどうなるのでしょうか。そして泉沢久秀と弟与七の3人で武田軍の高坂弾正昌信(大出俊)と面会。高坂昌信の死は旧暦で5月7日なので、景虎が御館に移る前に亡くなっているのですが、どうしても花をもたせたかったようです。昌信は「謙信公は信玄が見込んだ男児」といって和睦を承諾し、同盟が成立すると思いきや、次回で亡くなってしまうんですね。つまりこの時点の兼続の命がけの使者はまったく無に帰してしまうわけで、次回、高坂弾正と勝頼の奸臣といわれる長坂・跡部の両名との対比がされるのでしょうか。
 最後にどうでもいいけど、信長と現代衣装風の初音のコンビはもういいや。とくに初音は時代劇の雰囲気をぶち壊しにしてますね。

 あと、他の先生方の批評も併せてお読みください。最近は他の先生もひどい番組に気分が萎えてしまったのか、連載は橋場先生と僕だけになってしまいましたが。
橋場日月先生『日次記(ひなみき)』

 史跡紀行では高坂弾正昌信ゆかりの長野市松代町を取り上げ、海津(松代)城や明徳寺、昌信の墓などが紹介されました。昌信をここで登場させたのはこの松代を紹介したかったからなのかもしれません。松代は2006年に『風林火山』の取材で行きました。この場所は『風林火山』第48回「いざ、川中島」で紹介しましたが、今回は別のアングルの海津城跡碑をUPします。最寄の長野電鉄松代駅にはかつてスタンプがあったようですが、現在はないみたいです。観光地なのでぜひスタンプは復活してほしいんですがね。松代駅には無料のレンタサイクルもあって便利です。ただ僕は明徳寺未訪でしたので、今回は長野駅のスタンプでごまかします。

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 余談ですが、大河ドラマ視聴中に千葉県知事選で森田健作氏の当確のテロップが流れました。いすみ鉄道の元社長の吉田氏も立候補していたようですが、2年の任期を10カ月で投げ出してしまったようで、いすみ鉄道のほうはどうなってしまうんでしょうかね。同じ森田でもカリスマ編集者森田芳夫氏に千葉県知事選出馬してほしかったのは、あくまで私見ですが。

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2009年04月05日

『天地人』第14回「黄金の盟約」

ガ~ン! あまりの脱力系の番組づくりと軟弱兼続に視聴者は離れていき、前回はとうとう17.8%というワースト更新。3月中に20%を切ってしまったよ。この先、どうなるんでしょうかね。お先真っ暗です。
 で、今回も脱力系のストーリーに唖然。前回の約定を違えて攻めてくる武田軍に兼続が「もう一度使者として行かせてくれ」といい、周囲から幽閉されてしまいます。これでは第12回で桑取の郷士に真心で接したはずの兼続が、今度は黄金で武田を懐柔しようとする矛盾。この銭ゲバと化した兼続を、周囲が幽閉したのもわからないわけではないですが。第12回で余計なストーリーを挿入したから、さらにおかしくなったわけで、兼続の「義」もここまでくると、単なるご都合主と成り下がってしまいました。もちろんこれは妻夫木君が悪いわけではなく、支離滅裂な脚本を書く作家がいけないのですが。
 今回のストーリーをうまくもっていくとしたら、兼続は前回で死ぬ寸前の高坂弾正に会っているわけですから、史実とは違えども『甲陽軍鑑』のように長坂長閑斎・跡部勝資の両名に悪役ぶりを発揮してもらえばよかったのです。兼続が再び使者に立ち、この奸臣両名に会います。このような感じで……。

兼続「高坂殿との和議の約定は成立したはずです」
長坂・跡部「はて、わしらは知らんのう。第一、筆頭家老であるわしらは何も聞いておらぬ」
兼続「ですから信濃と上野の上杉領を譲るという条件で」
長坂・跡部「そんなもの、今の殿の力をすればたやすく攻略できることじゃ」
兼続「……」
長坂・跡部「それよりもホレ、謙信公は莫大な遺産を遺したというではないか。そちらを出すのじゃ」
兼続「……」
長坂・跡部「どうせ討死すれば金など不要じゃろ、出すのじゃ出すのじゃフェッフェッフェッフェッ」

兼続が去ったあとで、
長坂「跡部、お主も悪よのう」
跡部「そういう長坂様こそ」

 最後は時代劇に登場する悪代官と商人のノリになってしまいましたが、こうすれば兼続が悩んだうえで、黄金を武田軍に差し出したのは苦渋の決断だったとなります。こういうの期待したんですが、長坂長閑斎・跡部勝資の両名は登場しませんでした。結局、金を武田軍に贈ることを決断した景勝。兼続と上田衆を百姓に変装させて武田への使者にたち、あっさりと景虎の監視網をクリアしてしまう。全然緊迫感がありませんな。しかもいきなり武田勝頼と面会。「金で動かさそうとは上杉も落ちたものよう」となじる勝頼に、兼続は謙信が信玄に塩を贈った話(ウソ)を出し、「金は使い方次第で卑しき者にも尊き者にも変わります」って、これ「塩は使い方次第でうまくもなればまずくもなる」という徳川家康と阿茶の局(お梶の説もあり)のパクリではないですか。で、金と塩は一緒なんでしょうかね。
 このあと、またも二元中継で安土城の信長と初音のコンビが出ていました。合成の風景でアニメじみた両名。青春ドラマやってんじゃないんだからさぁ~。
 上杉と武田の同盟が成立したあと、勝頼の妹菊姫が景勝との婚儀が決まりますが、勝頼の妻北条夫人は、北条氏政の妹で景虎とも兄妹のはず。こちらの関係はまったくスルーされてしまいましたね。どうでもいいことですが。

遅れましたが、他の先生方の批評も併せてお読みください。
橋場日月先生『日次記(ひなみき)』

 史跡紀行では新潟県湯沢町の荒戸城跡、南魚沼市の龍澤寺や樺沢城跡などが紹介されました。なぜか季節に似合わない冬の景色で。実は僕も昨年1月に樺沢城跡と龍澤寺へ行ったのですが、あの豪雪は半端ではなく、城山の登山は断念しました。最寄は上越国際スキー場前ですが、北越急行の各駅停車は通過してしまうのが残念です。樺沢城跡と上越国際スキー場前(無人駅)に近いJR石打駅のスタンプは、第6回でUPしてしまったので、今回は昨年1月の豪雪のとき、凍死寸前で撮影した龍澤寺と雪煙をあげる北越急行電車をUPします。関連するスタンプはありませんので今回は割愛します。

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2009年04月12日

『天地人』第15回「御館落城」

 まだ15回というのに、あまりにもちぐはぐ陳腐なストーリーに、すでに歴史作家の先生方も気分が萎えて批評から脱落してしまった今年の大河ドラマ。こちらも相当気分が萎えており、見続けるのも辛くなってきました。すでに視聴率20%を切ってしまっているのに、ワーストを更新しそうで怖いです。
 で、何なんじゃ? この緊迫感まるでなしの御館の乱は! ストーリーでは御館の乱の張本人である兼続が、景勝の母仙桃院と妹華姫のいる御館へ使者に立とうとし、代わりにお船が仙桃院のもとを訪れています。でも、まったく効果なしで、景虎側についていた北条高広は何者かに殺されてしまいます。戦死したのは高広の子景広なんですがね。
 結局、この御館の乱の顛末は本来は兼続が一番腹黒いことをしておきながら、それを景虎の側近遠山康光に悪事のすべてを押し付ける乱暴なストーリーでした。実際は景勝と武田勝頼が同盟を結んだ時点で、一度は勝頼の仲裁で景勝と景虎の和議はいったん成立しているわけです。御館落城前に仙桃院の説得に応じ、道満丸を人質に出そうとしますが、これも遠山ともとれる和平反対派に殺されてしまいます。でも、史実では御館落城後に上杉憲政が道満丸を連れて仲裁にあたろうとしたところを、景勝の手の者に殺されているわけです。
 でも、優しい妻夫木兼続に泥を塗らせたくない脚本家がおかしなシナリオにしてしまったおかげで、もう支離滅裂な内容になってしまったわけです。鮫ヶ尾城の最期ももう無茶苦茶。城主堀江宗親の裏切りにあったのは史実ですが、それなら堀江勢が景虎に攻めかかってきてもよさそうなのに、景虎のところは誰も攻めてくる気配もなく、しかも兼続と上田衆が駆けつけています。で、この期におよんで「道満丸様の不幸は我らの仕業じゃない」ってあなたおかしいでしょ。しかも景虎は「兼続、大義であった」ってね。大義って一体なんなのと思う結末でした。だから景虎の最期もわけ分からぬままで、せっかくの名場面すら台無しにしました。
 そういえば今回、信長と初音の漫才コンビは出てきませんでしたね。出てきたところでどうにもなりませんが。

このひどいストーリーぶりはこちらの批評も併せてお読みください。
橋場日月先生『日次記(ひなみき)』
桐野作人先生『膏肓記』

 史跡紀行では新潟県妙高市を取り上げ、関山神社、鮫ヶ尾城跡、勝福寺などが紹介されました。ここは昨年二度訪れたところで、鮫ヶ尾城の遠景は午後逆光になるので、午前中に再撮しました。アクセスでJR信越本線北新井駅から徒歩25分となっていましたが、徒歩25分は往復で考えると結構きついです。それならば隣の新井駅でレンタサイクルを借りたほうが賢明。ただし、変則ギアのない自転車なので坂道は結構辛かったのですが。今回は勝福寺の子どもっぽい景虎像とJR新井駅のスタンプ、および鮫ヶ尾城跡と城の麓・斐太県民休養地にあったスタンプをUPします。余談ですが、斐太県民休養地では景虎グッズを多数販売していました。

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2009年04月19日

『天地人』第16回「信玄の娘」

 なんか、本日の大河ドラマ終了後あたりからぐぐっとアクセスが増えていたようですが、この日は仕事が立て込んでおり、日付が変わってから更新しています。愛読者には申し訳なかったかな。
 今回はまったりとしながらも時代が2年も進み、急展開になってしまいました。でも、ホームドラマ仕立てで肝心の歴史的事項はすっ飛ばされていたようで……。景勝と菊姫の婚礼に関しても、いきなり寝所に懐剣を所持している菊姫。予告ではもっと緊迫した雰囲気が流れるかと思っていたのですが、さすがはホームドラマ。庭先の雪割草を見ただけで上杉家と打ち解けてしまいました。体育会系の姫様って単細胞なのね。実際には晩年は人質生活が続いて不遇な人生を送ったのですが、このあたりはどう描かれるんでしょうか。
 一方、浜松城の徳川家康(松方弘樹)が顔見せ。なんか秀吉とキャラがかぶりすぎていませんか。そして安土城の信長とともに「上杉家には策士がいる」と、兼続との絡みに伏線をはります。
 といっているウチに御館の乱はあっけなく終結したかと思えば、兼続は家老に抜擢されます。しかし、まだこの時点での兼続の地位はそれほど高くなかったはずなのに、直江信綱と二人体制になっています。実際は信綱死後に兼続は狩野秀治と二人の執政体制に入るのですが、狩野秀治は出てきませんね。
 でも、兼続と信綱がようやく打ち解けあったと思いきや、もう信綱は殺されてしまって何が何だか分からない。実際は御館の乱の論功行賞のもつれがあって、上田衆と外様国人衆の対立があったんですけど。このあたりはのちに反乱を起こす新発田重家すら登場しません。この事件の起こったのは天正9年(1581)9月で、御館の乱の最中に景虎から景勝に鞍替えした毛利秀広が、景勝の側近の山崎秀仙を殺害し、止めに入った直江信綱も巻き込まれて殺されてしまうのです。その毛利秀広も岩井信能に討ち取られているのですが、名前も何も出てこないんじゃ、一体なんなのととまどうばかりです。次回で未亡人となったお船と兼続が結婚して「直江兼続」となるわけですが、この回想シーンもう少し細かくやってくれないと、せっかくの信綱の立場はどうなってしまうのでしょうか。

久々にタイムリーに書いてくださった、こちらの批評も併せてお読みください。
桐野作人先生『膏肓記』
橋場日月先生『日次記(ひなみき)』

 史跡紀行では菊姫の故郷である山梨県甲府市を取り上げ、信玄の居城・躑躅ヶ崎館跡(武田神社)が紹介されました。ここは2007年の大河ドラマ『風林火山』の取材で訪れた地ですが、なぜか『風林火山』のときは写真をUPしていませんでしたので、今回は武田神社とスタンプをUPします。

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 あと菊姫が歌舞伎『本朝廿四孝』の「八重垣姫」のモデルと紹介されました。八重垣姫は架空の人物で、こちらは上杉謙信の娘で武田勝頼に嫁ぐ設定になっています。諏訪法性の兜が原因で両家が不和になったが、八重垣姫が兜に祈願して氷のはる諏訪湖を渡って勝頼のもとへ行くというストーリーです。今回は紹介されませんでしたが、諏訪湖上にはこの八重垣姫像が立っていますので、今回はこの八重垣姫像と最寄駅のJR中央本線上諏訪駅のスタンプもUPしておきます。

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なお、来週の4月26日は取材で不在のため、帰京後の更新になり、遅れますのでご了承ください。

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2009年04月26日

『天地人』第17回「直江兼続誕生」

 大変遅ればせながら、取材から帰京後にようやく録画を観ましたのでUPします。本来なら4月末日に更新するつもりだったのですが、5月に入ってしまいました。
 いろいろなことがあって焦点がボケてしまったような今回でしたね。直江信綱が亡くなって未亡人となったお船と兼続が結婚して直江家の名跡を継ぐ。これで今回の主人公である直江兼続が誕生するわけです。でも国内争乱で夫婦は顔を合わすこともなかったと。まぁ、時期的にいえばそうかもしれませんが、形だけでも式くらいはあげてもいいでしょうに。本来のラブコメ&ホームドラマのつくりに習うなら……。

兼続「お船ちゃん、じ、実わ、ぼ、僕は君のことがず、ずっと好きだったんだ」
お船「私もよ兼続、あなたのことが好き」

 とこんな具合な青臭いドラマなるのですが、どうもシリアスになってしまい、どういう視聴者を対象にしているのかわかりません。その頃、すでに信長の軍は越中に侵攻し、防御の要となる魚津城に迫ります。魚津城では老臣の吉江宗信や兼続の幼なじみの安部政吉も討死してしまうわけですから、このあたりは幼少の頃からの深い関わりも描いてほしかった気がしますね。
 一方、余計な安土城で信長と石田三成が面会。信長への仕官を断ったあと、あのうざい初音と何やら話しております。原作では初音と兼続が男女の関係をもつのですが、これでは三成と初音のほうが仲睦まじいですね。ドラマでは初音との関係をはばかったのでしょうか。どーでもよいことですが。
 天正10年(1582)に入って武田家はあっけなく崩壊。景勝も援軍を送りますが、勝頼は自害して武田家は滅亡します。ここで信長が光秀を折檻。これを家康が止め、このあと光秀は家康と茶をたしなみ、「このまま上様について行く気か」と家康にもちかけます。本能寺の変は光秀・家康共謀説をとるのでしょうか。そして光秀は天海に転身するのでしょうか。
 武田家滅亡後、景勝のもとへ輿入れしていた菊姫は「何の値打ちもありません」と嘆き、景勝は「夫としてこれからも守ってまいる」と無骨ながらも美しき夫婦愛。菊姫も「いま初めて妻となれた」と涙を流します。ですから本題の兼続とお船夫婦はどーしちゃったのよー?

こちらの批評も併せてお読みください。
橋場日月先生『日次記(ひなみき)』

 史跡紀行では新潟県長岡市与板町の与板城跡や与板歴史民俗資料館の直江兼続像、日吉神社などが紹介されました。ここは昨年8月に「青春18」で日帰り旅行したところです。与板町内のポイントをくまなく取材したのですが、本与板城だけは本丸まで行けませんでした。今回は与板城遠景と兼続像、与板歴史民俗資料館のスタンプをUPします。

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2009年05月03日

『天地人』第18回「義の戦士たち」

 久々にCGでお金をかけた魚津城攻めが登場しましたね。魚津城3000に対し、織田軍15000となっていましたが、実際の織田軍は4万くらいいたといわれます。
 与板城で留守を預かるお船から志駄(志田)義秀率いる一隊が救援に駆けつけていましたが、この志駄義秀という人物、直江景綱の娘の子にあたり、お船とは従兄弟にあたります。このとき直江家当主の短刀とひと房の黒髪が兼続に贈られ、「死んでなるものか」という決意を新たにします。
 でもね、魚津城救援が実は兼続の秘策で、信濃からの織田軍を陽動したというのはあり得ない話。すでに織田と上杉の兵力差は歴然としており、上杉が八方塞がりで滅ぶのを待つしかなかったのが実情。むしろ上杉が魚津城救援に向かった隙をついて信濃から越後へ侵攻したのは、織田軍の策略であったといえましょう。
 景勝の軍は天神山城まで兵を進めますが、すでに魚津城は二の丸も落ち、本丸を残すのみとなってにっちもさっちもいかなかったわけです。これも兼続が最初から陽動のために兵を出したというのはムリな話で、しかも家老である兼続が織田の包囲網をかいくぐって使者に立つというのはあり得ない話。しかも主命で「魚津に降伏を勧める」としています。しかし、「降伏」というのは敵方に降るということであり、実際は「魚津城を明け渡して上杉本隊に合流を勧めた」わけですから、どうもこのあたりは降伏に対する矛盾がみえます。結局、魚津城の将はこれを潔しとせず玉砕の道を選んでしまうわけですが。
 この時点で魚津城を見殺しにした上杉は、武田が高天神城を見殺しにして崩壊の道を歩んだように、同じ道をたどった可能性はあったわけです。いくら「義の戦士」とはいえ、他の越後国人衆は新発田重家のように信長になびいていたわけですから、武田家滅亡のように上杉家も離反を相当招いたのではないでしょうか。
 それだけに本能寺の変は景勝・兼続主従にとってラッキーマンであり、反対に1日違いで玉砕の道を選んでしまった魚津城はアンラッキーであったといえるのです。この本能寺の変はその後の大名や織田家家臣の明暗をくっきり分けてしまった一大事件だったのです。

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 史跡紀行では富山県魚津市の魚津城跡や天神山城跡などが紹介されました。魚津は未訪でしたが、本を制作する際に魚津市から写真を提供してもらいました。天神山城跡の麓には魚津歴史民俗博物館が立っていますが、魚津城跡は大町小学校内に碑が立っているため、自由に見学できません。とくに最近は凶悪な犯罪事件が起こった影響もあって、各学校への立ち入りは厳重になっています。平日とかに職員に声をかければ撮らせてもらえることも多々ありますが、確実に許可を得て撮影しようとすると教育委員会や校長の審査が必要になってしまい、これまた手続きだけで結構な手間がかかってしまうものです。今回は『天地人 直江兼続』(メディアボーイ)から転載した魚津城跡とJR魚津駅のスタンプをUPします。

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追伸:米沢ではGWの期間中、上杉まつりで盛り上がっている様子です。嗚呼、行きたかった……。

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2009年05月10日

『天地人』第19回「本能寺の変」

 ガガガーン! とうとう前回で第13回のワーストを更新する16.7%。せっかく米沢では上杉まつりで盛り上がっていたというのに、どーすんだよ、この数字。あまりの萎えぶりに他の歴史作家先生も連載は止めてしまったし……。
 魚津城を放棄して春日山に戻った上杉軍。春日山まであと5里という二本木まで迫った森長可の軍は三国峠で滝川一益の軍が敗れると、あわてて信濃へ引き返したとしていますがあり得ない話。史実では森長可は関山に止まっており、越後から撤退するのは当然、本能寺の変を知ってからです。「鬼武蔵」の異名をとる長可が泣くぜ。で、その退却する森軍を討ち漏らす兼続。春日山に戻ってくるとお船がいます。魚津を見殺しにしてしまったことで泣きながら飯を喰う兼続。お船と結婚しても結局、泣き虫は治りませんね。
 一方の本能寺の変。先に光秀から魚津城に密使が届いていましたが、信長を討つ前に手紙を出すとはいい度胸しています。で、これまで何度も劇的に描かれた本能寺の変でしたが。これを台無しにしたのは初音。とっくに包囲されているのに、「お逃げください」とか馬鹿なことをいい、信長も「信長の夢、お前が見届けよ」とか相変わらず最期まで漫才コンビ。本来なら濃姫とか長可の弟蘭丸君が活躍するのに、どこへやら……。さらに信長が自害する際には謙信の亡霊が出てくるわで、なんかせっかくの本能寺の変のハイライトを見ようと戻ってきた視聴者に「もーみたくねぇ」と止めをさしたようなアホな設定でした。
 で、もっていつの間にか光秀の陣中に潜入し、光秀の首を絞めている初音。そんな優秀な忍者なら本能寺の変が起こる前に光秀を暗殺できただろうが! この初音という存在がドラマをぶち壊しているのですが、この女今後も秀吉や家康と絡んでくるのでしょう。脚本家は視聴率落とす元凶と思っていないのでしょうか。
 魚津城玉砕は悲しいシーンでしたね。城将たちが耳に孔をあけて自分の名札を結んだエピソードが採用されていましたが、雲洞庵で一番利発そうな弐介(安部政吉)とミニ与六をもう少し絡ませ、回想シーンに使えばもうドラマチックになったでしょうに。そして間に合うと思って駆けつけたけど、間に合わず玉砕してしまったとしたほうが悲劇性ももっと出たでしょう。最後は兼続とお船の夫婦ドラマで終わってしまいましたが。

 史跡紀行では京都市中京区の本能寺が紹介されました。元の本能寺は元本能寺南町の本能寺小学校にあったのですが、廃校後に発掘調査が行われて遺構などが発見されたようです。現在の本能寺も本能寺跡も未訪ですが、京都の特派員が撮影してきた本能寺跡とJR京都駅のスタンプをUPします。

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 あとついでに先週、上杉まつりで米沢へ取材に行ってきた女流漫画家かつレキジョ空飛鳥特派員が食した新発売のJR米沢駅の駅弁「上杉の智将 直江兼続公御膳」1300円もUPしておきます。直江の家紋をイメージした六角形の容器に米沢牛の牛串や肉団子、油揚げの巾着、棒だら煮、玉こん・里芋の串刺し、松前漬け、おみ漬け、厚焼玉子焼き、蒸し海老のちらし寿司、山形県産米はえぬき、米澤のもろみ茄子、梅しそ団子などが入ったデラックスな中身。しかも1日限定10食なのですが、よくぞ買えました。ご苦労さまでした。

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2009年05月17日

『天地人』第20回「秀吉の罠」

 あれっ! 本能寺の変からいきなり3年もすっ飛んでしまいました。早くも天正13年(1585)夏の越中落水城での秀吉との会見ですか。新発田重家の反乱のほうはまったくスルーされています。賤ヶ岳の戦いも、小牧・長久手の戦いも……やっぱりメインは中央舞台との絡みなのですね。
 で、またも鬱陶しい初音が春日山に登場。兼続はなぜか焦っています。このノリって『功名が辻』のときと同じでもういいやって感じですね。で、秀吉の使者かと思えば故郷に帰るって……。
 秀吉が景勝に面会を求めると、景勝は「会わぬ」といい、兼続が必死に説得すると、景勝は「会っても話さぬ」といいます。しかし、景勝はこのとき31歳。秀吉との年齢差は18歳ありますから、無愛想な無言ではかえって秀吉の機嫌を損ねかねないと思うのですが。
 そして落水城で秀吉・三成・景勝・兼続の4者で面会。相変わらず調子よく話す秀吉に景勝はギャグの通じぬ無言。兼続がフォローしますが、ついに秀吉は上洛をうながします。ここで景勝も口を開き、秀吉との同盟が成立しました。
 しかし、三成は兼続に対して無愛想。しかも過去に命を救われているのに忘れている兼続をなじり、「義とは都合のよいときふりかざすものか」と図星をつかれてしまいます。さらに「まっすぐ正直なのもよいが度がすぎるとアホ」とまで言い放つ三成。兼続立場がありません。というところで次回に続きます。

 史跡紀行では新潟県糸魚川市の塩の道や親不知海岸、勝山(落水)城跡などが紹介されました。糸魚川駅には何度か行ったことがありますが、落水城は取材で行くことができませんでした。ということで落水城の写真がUPできませんので、今回はJR糸魚川駅のスタンプと駅にあった翡翠勾玉のモニュメントをUPします。

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緊急NEWS!
紀行作家の伊佐九三四郎会員25日(月)午前1~2時、NHKラジオ第一放送に出演します。
〔列島インタビュー〕タイトルは『幻の人車鉄道』です。
深夜便ですが、ぜひお聴き逃しのなきよう。

2009年05月24日

『天地人』第21回「三成の涙」

 前回はえらく時代をすっ飛ばしてくれましたが、今回は三成との友情に1話を割いてしまいました。でも、これって隆慶一郎先生の『一夢庵風流記』にも出てきたネタですし、今さらねという感じがしないでもないです。三成との友情を描きたかったのは、のちの関ヶ原合戦の共謀説の伏線にしたかったのかもしれませんが、この説自体、現在は否定的な見解もみられますしね。
 宴席で三成の図星に切れてしまった兼続。秀吉がその場をおさえて三成の過去を話しますが、結局またもまたも出てきたうざい初音。あれっ前回故郷に帰ったのではなかったの? どうやら三成は初音にホの字の様子ですが、初音が関心をもつ兼続に対抗意識をもっているようにみえてしまうのは、僕だけでしょうか。こうなるといくら天下国家などとうたったところで、一人の女性をめぐる争いになってしまいます。まぁそれで『三国志』の董卓も呂布も滅んでしまうのですが。
 一方、菊姫の懐妊の誤報に慌てている最中に、三成が兼続の屋敷に訪ねてきますが、不在中に上田衆の面々を愚弄する始末。兼続が屋敷に戻ってくると、帰ろうとする三成に鉢合わせ。ついでに百姓たちが農産物をもってきてみなで宴会が始まります。場を盛り上げようと裸踊りをする兼続。三成は「アホにはなれぬ」といいながらも、兼続を認め合う仲になり、おにぎりを半分っ子してお友達になりました。めでたし、めでたし。
 次回、ようやく真田幸村が登場。しかし、予告編でもまた初音が~嗚呼、お願いだからもう出ないでおくれ!

 史跡紀行では石田三成の故郷ということで滋賀県長浜市を取り上げ、長浜城、北国街道、三成出生地、観音寺などが紹介されました。長浜城や三成出生地は訪れたことがあるのですが、観音寺だけは未訪です。今回はJR長浜駅前の秀吉&三成出会いの像、長浜駅スタンプ、長浜城をUPします。

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2009年05月31日

『天地人』第22回「真田幸村参上」

 ようやく戦国武将人気No.1の真田幸村が登場しましたが、相変わらず初音の存在が場をぶち壊しにしています。真田の使者としてやってきた初音。ここで初めて自分が真田家の姫ということを明かしますが、母の身分が低いため忍びとして扱われたということになっています。そこまで昌幸が手段を選ばず非情な人間でしたら、もっと子づくりに専念して、歩き巫女の集団をつくっていると思いますがね。まぁ、自分の娘にもさらに間諜つけているのは昌幸らしくていいですが。あと、くうだらない初音と兼続のラブシーンは余計。
 しかも上杉に人質に出される幸村も姉に惚れている様子でお前はシスコンか! 「姉上以上に美しい女子はいない」って、だからお前はしょせん信州の田舎者なんだよ~。こう書くと幸村ファンを敵に回しそうですね。クワバラ・クワバラ、ドラマに対する突っ込みです。
 で、人質の身分でありながら横柄な態度に出る幸村。これって前回のツンデレ三成と同じではないですか。唯一の見応えあったシーンは幸村と泉沢久秀の槍の手合わせですね。稀代の智謀の士といわれる幸村より、こちらのほうが幸村の実像に近くていいです。しかし、槍を盗んだ事件は余計でした。で、なぜに幸村は知らないふりしながら「自分が腹いせに盗んだ」とかいうのでしょうか。これでは単なる天邪鬼ですよ。
 で、真田が徳川家康に攻められると、兼続は援軍を出すとともに人質であった幸村を真田に返します。原作にもあった話ですが、兼続の「義」や「愛」というのを強調したかったのでしょう。で、もって幸村は役目を終え、また春日山に戻って兼続の弟子となりました。めでたし・めでたし。

 史跡紀行では真田家ゆかりの長野県上田市、真田本城跡や長谷寺、上田城、真田幸村像などが紹介されました。上田駅周辺の上田城は行ったことがありますが、旧真田町エリアは未訪です。上田城も行ったのが10年以上も前になりますから、デジタルデータがありません。今回は上田駅前の幸村像とJR上田駅のスタンプをUPします。幸村像も駅前が整備されて場所が変わりましたね。

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2009年06月07日

『天地人』第23回「愛の兜」

 本日は総会終了後、三次会まで行ったあとに更新しております。身体がもたないよトホホ。
 まずは6月4日の読売新聞の記事ですが、新潟県では天地人の時間帯20時~20時45分は、トイレも我慢してテレビにかぶりつくため、水道使用量が激減するそうです。長岡市の水道局では放送開始前は約5050トンだった配水量が約3750トンまで減っているとかで、やっぱりジモティーの熱の入れ方は違いますね。NHKだからCM入らないし、トイレにもいけないのでしょう。
 余計な話題をはさみましたが、今回のストーリー。あのうざい初音も登場しなかったし、あまりのひどいストーリーに萎えてしまった視聴者を取り戻すため、またまた反則技を使いました。あのミニ与六(加藤清史郎)君の再登場です。秀吉に上洛をすすめられて悩む景勝に栗林政頼の見舞いということで、故郷の上田庄への帰郷。景勝・兼続・お船の3人で雪の上田庄へ向かい、幼い頃修行した雲洞庵へ向かいます。ここで回想シーンを使い、出ました! ミニ与六の名ゼリフ。
「わしはこんなとこ、きとうはなかった」
 他にも天の岩戸ならぬ、押入れ部屋に籠もる少年喜平次に対し、ミニ与六が階段の隙間から顔をのぞかせ「大丈夫、わしがついておる。まかせておけ」と、なんとも可愛い仕草が視聴率回復に貢献したと思われます。
 でもって、景勝が幼い頃書いた「第一義」という文書を見つけてきて、夢の中に謙信が登場。ついに景勝は上洛を決意します。一方の兼続は我が心を支える一字を模索し、一番最初に書いた「愛」の字をお船が「よいではございませんか」といって、「愛」の字に決定。あの「愛」の前立のお披露目となりました。しかし、この「愛」の字は諸説あって、どのような意味があったかは結論をみません。少なくとも「Love」とか「博愛」といったものではないのはたしか。でも、こう捉えてしまうから、ドラマではあの涙もろい軟弱な兼続になってしまったんですね。

 史跡紀行では山形県米沢市の上杉神社稽照殿、愛染明王堂、愛宕神社、最上川などが紹介されました。稽照殿にはあの有名な「愛」の前立てが展示されています。愛宕神社は未訪でしたが、愛染明王堂は昨年11月にカリスマ編集者森田芳夫氏と米沢へ取材に行った際に、森田氏が見つけた場所だったのです。史跡ポイントしては案内板もなくほとんど注目されていませんでしたが、改めて森田氏の嗅覚に恐れ入った次第です。今回は愛染明王堂と米沢観光案内所のスタンプ、米沢市内のおもしろい兼続自販機をUPします。

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緊急NEWS!
鉄道写真家でレイルマンフォトオフィス代表の山﨑友也会員写真展「レイルロマン~光とともに~」が6月4日(木)~6月10日(水)(10~19時、日曜休館)までキャノンギャラリー銀座で開催中です。
詳しくはこちらこちら

2009年06月14日

『天地人』第24回「戸惑いの上洛」

 話が急展開して随分とアップテンポな曲が流れておりました。利休の娘お涼(木村佳乃)登場。利休の娘ですが、実在ではっきりしているのは6人の娘のうち「吟」「三」「亀」の3人だけで、お涼という人物は見当たりません。のちに秀吉に気に入られて側室に求められたが断って、利休自害の遠因になったのは次女の三ですが、このあたりはお涼とからんでくるのでしょうか。
 上洛して上方の作法も知らない景勝と兼続主従。お涼のアドバイスを聞きながら連日大名家への挨拶回り。せっかく謙信公の太刀を奉納したのに、お涼が用意した金の太刀袋を喜ぶ秀吉。これに対し景勝はかなり精神的なショックを受けた様子です。反三成派ということで、ピエロにされてしまったのは福島正則(石原良純)。女遊びに景勝を呼んでおかしな踊りで盛り上がっているし、竹内流柔術でお涼に投げ飛ばされてしまうわで、正則ファンが見たら激怒することでしょう。たしかに正則の妻は恐妻で長刀で斬りつけられて逃げ出した逸話がありますが、石原良純が演じている時点で哀れさを感じます。
 で、もってお涼も兼続に好意を寄せる様子で、今度は兼続をめぐってお船・初音とのしのぎ合いでも始まるのでしょうか。まったくもってバカバカしくて眠気がおそいながら意識朦朧で見ていた今回でした。景勝は挨拶回りの疲労からか倒れてしまうし……。たしかにスーツで身を固め営業回りが大変なサラリーマンの悲哀が浮き彫りにされていました。

あと、久々に先生が批評書いてくれましたので、こちらも併せてお読みください。
桐野作人先生『膏肓記』

 史跡紀行では京都市の三条大橋、平安神宮外苑(左京区)、本圀寺(山科区)などが紹介されました。平安神宮外苑や本圀寺は未訪ですが、本圀寺は黄金の鳥居や梵鐘、灯籠などがあって興味深いですね。本圀寺最寄の京都市交通局・京阪京津線の御陵(みささぎ)駅にはスタンプがありませんので、今回は撮影した三条大橋と京阪三条駅のスタンプをUPします。

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2009年06月21日

『天地人』第25回「天下人の誘惑」

 再来年の話になりますが、2011年度の大河ドラマは、三代将軍・家光の生母・江(ごう)の生涯を描いた『江~姫たちの戦国~』の発表がありました。やはり戦国→幕末→戦国と来るようで、信長・秀吉・家康はドラマにははずせないのでしょう。原作のないオリジナル脚本だそうですが、脚本家は『篤姫』の作家で、明らかに篤姫ウケを狙っている様子です。さて、江役はいったい誰になるんでしょうね。

 本題に入ります。景勝が過労で倒れ、名代をつとめる兼続。そんな兼続に秀吉から誘いの手が伸びます。大坂城ではいきなり幸村が秀吉の近習として仕えていたので兼続はビックリ。まぁ真田は「表裏比興の者」といわれるほどですからね。と、ここまではよかったんですが、あの初音が出てきて、またもドラマが台無し。北条に送られたはずの初音が任務をはたさず逃げ出したため、裏切者として追手に追われ深手を負って上杉の宿所に逃げ込みます。そこに初音を引き渡せと幸村が参上。幸村は兼続に「関白の家臣になってくれ」と懇願し、家臣になれば褒美として姉の命を救うことができると。な、馬鹿な。で、もって救う手立てをお涼に頼む兼続。
 翌日は兼続が出仕しているところ、景勝に利休が尋ねてきます。利休は秀吉が兼続に執心していることを告げますが、景勝は「いらぬ詮索は無用」と動じません。と思ったらいつの間にか初音は逃げ出しており、兼続はそれを探していると、今度は三成がきて止めさせようとする。兼続は「女一人救えなくてどうする」と、妻でもないトラブルメーカーに執心して男の株を一気に大暴落させました。兼続ファンの女性も怒ったでしょうね。で、三成も「初音は俺が探す」といって、秀吉が景勝の前で兼続を家臣にしようとしていることを告げてあとにします。
 でもって、いよいよ一番最初のオープニングに登場した秀吉と兼続のやりとりが始まるといったところで、次回に続きます。しかし、ただ単に秀吉が兼続を狙っているだけにしておけばいいのに、くうだらない初音を出してしまったことでスケールの小さい兼続にしてしまいました。女一人救えなくてってねぇー、あなた今までどれだけ多数の人々を巻き込んで殺したの? 景虎・華姫・魚津城兵しかり……。この違和感が続く限り、ドラマはどんどん萎えてゆくことでしょう。なんというダメな脚本家でしょうか。

 史跡紀行では大阪府堺市の千利休屋敷跡、南宗寺などが紹介されました。残念ながら堺は未訪の地で、ついに写真も途切れてしまうところだったのですが、幸い以前制作した『全国路面電車でゆく旅』(交通タイムス)であの山﨑友也カメラマンが撮影した阪堺電車と南宗寺の写真がありましたのでUPします。ただし今回はスタンプはありません。南宗寺は大坂夏の陣で戦死したという伝説のある家康の墓があったりして、なかなか興味深い寺です。

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(撮影/山﨑友也)

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2009年06月28日

『天地人』第26回「関白を叱る」

 タイトルの「叱る」って、『利家とまつ』で利家が秀吉を殴ったように、兼続が秀吉を叱るというあり得ないシーンを期待していたのですが、優しい兼続が関白様を叱るシーンってありましたっけ? 兼続が金を積まれても秀吉の招きには応じず、怒った秀吉が刀を抜く事態に至りましたが、結局は何もお咎めなし。あのあとで秀吉正室おねが秀吉を叱っていたシーンがタイトルなんでしょうか? なんだかよくわかりませんねぇー。
 景勝&兼続主従が屋敷に帰ってきたあと、無口な景勝が関白と刺し違える覚悟で遺言までしたためていたのに兼続は感激した様子ですが、やっぱりこのシーンは前田慶次と秀吉との対面のほうがサマになったのではと思います。
 役目を終えた景勝は故郷に戻ることになり、妙顕寺城(京都市中京区)で小早川隆景や秀吉と会見。秀吉は「こないな無礼者は初めてじゃ」といいながらも、上杉の「義」を認めて東国の守護神とします。哀れ新発田重家は蚊帳の外になっています。この妙顕寺城というのは初耳(勉強不足)だったので調べてみましたが、聚楽第が完成するまで京都の政庁が置かれたところとか。ちょうど聚楽第が完成する前のタイミングだったのですね。
 で、また今回も兼続に引き続き石田三成も株を下げました。あのトラブルメーカーの初音を救うために、「お暇」を請うなどとは……。結局、この程度の器量では徳川家康に太刀打ちができるわけもないでしょう。三成に対する警戒は、すでに兼続を招いた千利休によっても忠告されています。でもこれも意味不明。利休は「天下の禍となるのがあのお方の宿命」「守りたい者を壊してしまう」などと言っています。「守りたい者を壊す」というので、匿った初音を処刑でもすれば「さすが」と感心したのですが、そうではなく三成は初音を助けています。で、兼続が三成のもとを訪れ、「無用の敵をつくってはならん」とアドバイスしますが、初音には会うことなく立ち去ります。初音はそのまま三成のもとに残る決意をしたようですし、これでもうドラマから消えてくれると萎えてしまった後半部分もなんとか観続けることができるかもしれません。
 家康に嫁いだ朝日姫(平田敦子)には笑いました。ずいぶんと恰幅のよい役者さんを選んだようで、密談のときには寝室で家康がムリにどけようとしていましたね。不幸な一生を歩んだとは思えないほど対照的な人物像になっています。で、その家康も天正14年(1586)10月に上洛。褒美として秀吉の陣羽織を所望し、「殿下に代わりいくさを任せてください」と、サルとタヌキの化かし合い。やはりここでも三成は警戒心を抱いていますが、またあの初音が絡んでしまわないことを願うのみです。
 次回予告ではタイトルが「与六と与七」になっており、番組予告にあった「兄と弟」から変わったようです。またも視聴率UPを狙った懐古主義であのミニ与六(加藤清史郎)を登場させるようです。こちらのほうが楽しみですね。

 史跡紀行では大阪市中央区の秀吉の居城・大阪城(当時は大坂城)を取り上げ、大阪城天守閣所蔵の大坂の夏の陣図屏風や復元黄金の茶室などが紹介されました。城に近い豊國神社と秀吉像も登場しましたが、残念ながら大阪城は未訪です。今回はH津文化財団長のH津氏が撮影した大坂城と最寄のJR大阪城公園駅のスタンプをUPします。

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2009年07月05日

『天地人』第27回「与六と与七」

 期待したほどミニ与六と与七が出てきませんでしたね。残念です。
 やっぱり中央場所と絡まなかったのが痛いか。哀れ7年にわたって抵抗を続けた新発田重家の反乱はナレーションだけで終わってしまいました。今回は賢兄に対する弟の葛藤を描いたようなホームドラマでした。源氏の流れをくむ小国家の名跡を継いだ弟実頼ですが、婿養子は肩身が狭いようですね。上杉の名代として上洛し、秀吉から従五位下但馬守の官位をもらい、姓を小国から大国に改めます。この改姓は主君景勝の命によるものなのですが、ドラマではドロンジョー様の茶々(深田恭子)が提案し、秀吉が命じたことになっています。まぁ許容範囲でしょう。
 春日山に帰郷後、官位をもらった実頼に対して兄の兼続が激怒。喧嘩になります。鎌倉時代の頼朝と義経のような兄弟だったのでしょうか。しかし、兼続さん、あなただってのちに豊臣の姓をもらっているではないですか。天正16年(1588)、景勝・兼続主従は実頼も連れて二度目の上洛を果たし、景勝は従三位参議、兼続は従五位下山城守の官位をもらいます。これに対し、兼続が秀吉に対し、「我々の心中を察してくだされ」とわけのわからないことを口走っています。
 結局、実頼は兄と比較されるのが厭で京都に残ることを申し出たようですが、というより実家が厭で単身赴任を選んだと思ったのは僕だけでしょうか。話しは変わってお船の方がおめでたようですが、この時期に生まれた子って誰? 長男景明は文禄3年(1594)生まれだし、長女於松なのでしょうか?
 次回はもう伊達の話で佐渡攻めはやはりスルーされてしまうのでしょうか。あれ? 前田慶次がまだ出てきませんねー。

あと、こちらも併せてお読みください。
桐野作人先生『膏肓記』

 史跡紀行では旧白根市(現・新潟市南区)の大凧と、西蒲区の天神山城跡が紹介されました。両方とも未訪ですが、岩室の天神山城跡は上田氏が取材に行っていますので、今回は上田氏撮影の城跡をUPします。最寄はJR越後線岩室駅ですが、残念ながら2007年3月に無人駅になってしまいスタンプがありません。あしからず。

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2009年07月12日

『天地人』第28回「北の独眼竜」

 ようやくレキジョの間で人気急上昇の伊達政宗(松田龍平)登場しましたね。松田優作のサラブレッド一族。昨年は弟翔太君が『篤姫』の徳川家茂役で出ていましたね。なかなか対照的な兄弟です。あの野心剥き出しのキャラが、なかなか滑稽です。まぁ、政宗と兼続が相容れなかったのは逸話にもありますし……。でも、どうみたってあれって東北の人たちを「蝦夷(えみし)」といって蔑視した大和朝廷のようなものです。
 あの時点で秀吉の中央政権が天下を併呑するのは時間の問題だったわけだし、家康が北条・伊達と結んで天下をひっくり返そうとする思惑はわからないわけではないですが。田舎にいたから時流が読めないといったって、冷静に相手の力量が読めなければ政宗もタダの馬鹿者にしかみえないです。
 で、もって政宗と兼続の会見。「無謀な戦はおやめくだされ」という兼続に対し、野心剥き出しにする政宗。挙げ句の果てに家族の話をするもんだから、あらら政宗の逆鱗にふれてしまったよ。この人。で、もって政宗が刀まで抜いたのに、愛姫をみて止めてしまうなんて拍子抜け。だったら最初から刀なんて抜くなって。これなら『花の慶次』のように慶次にぶん殴られている政宗のほうがよかったよ。
 佐渡攻めもちびっとだけ出ましたが、すでに兼続が河原田城に乗り込んで本間高統が城で降伏するシーン。あれ? 高統って自害したのではなかったっけ? で、もって佐渡の金山開発がはじまりますが、兼続が安産の御守に彫った犬。最初は景勝が猪と間違えるほどお粗末な出来でしたが、すごい上達ぶりでした。木彫りといえば『わたしのアンネット』のルシエンの木彫りを思い出します。どうせならルシエン兼続が彫った木彫りをアンネットお船が破壊するとおもしろかったのに……。
 で、兼続が佐渡の経営をしているうちに、政宗が摺上原の戦いで蘆名氏を滅ぼしてしまいます。それを遠目で見て喜ぶ家康に北条の使者が。なんと御館の乱で鮫ヶ尾城を去った遠山康光ではありませんか。史実では景虎に殉じたはずですが、これは意表をつかれました。
 といっている間に今度は北条が真田の名胡桃城を奪い、「惣無事令」違反ということで小田原攻めが始まろうとしています。

 史跡紀行では新潟県佐渡市の羽茂城や鶴子銀山、妙宣寺などが紹介されました。佐渡島は15年以上前に一度だけ行ったことありますが、史跡関連は未訪です。妙宣寺には兼続奉納の槍があるんですね。写真は『天地人 直江兼続』(メディアボーイ)で使用した佐渡市羽茂支所提供の羽茂城跡をUPしますが、残念ながらスタンプは今回もありません。せめて佐渡フェリーのスタンプぐらいはあればよかったんですが。

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2009年07月19日

『天地人』第29回「天下統一」

 詰め込み気味の小田原攻めでしたね。兼続が小田原出陣の際に魚津城で玉砕した武将の木札を身につけて出陣しました。前田利家・上杉景勝・真田昌幸ら東山道軍が松井田城を攻め、降伏した城主の大道寺政繁に兼続が酒を差し出す。「敵に礼節をもって尽くし、真心で返せば心にかえす」などといっていますが、このおかげで大道寺政繁は小田原攻めの道案内までしちゃって、あとで秀吉に「不忠者」として切腹を命じられています。もっともこの件はドラマには出てこなかったので、兼続も面目躍如といったところでしょうか。
 八王子城攻めも、秀吉から「攻撃が手ぬるい」と叱責され、力攻めで殺戮を繰り返したのが事実。せっかく兼続も久々に刀をふるって戦っているのですから、少しは「鬼」と化した一面をみせてもよかったのではないでしょうか。
 今回のドラマはやはり小田原攻めに本筋が置かれたようで、兼続の出番はあまりなかった感じでしたが、あとあとの伏線となる家康の態度はなかなか奥が深いですね。伊達に「参陣の必要はない」と書状を送っていたり、北条に通じているとみせかけて見殺しにしたりと。で、もって北条は石垣山一夜城をみて戦意喪失で降伏。
家康の関東移封も三成の進言となっています。家康は三成に「こたびは城ひとつ落とせず、戦は苦手なようじゃの」と云っていますが、これは忍城の水攻めに失敗した話です。でも、この失敗ひとつで戦下手とされてしまうのも三成が可哀相な気がしますが。
 で、もって天下統一がなり、兼続は春日山に帰って家族に再会。「関ヶ原まであと10年」って、このあとも九戸政実の乱や朝鮮出兵もあって戦乱は続いているんですが……。

 史跡紀行では宮城県仙台市と大崎市を紹介。仙台市博物館の政宗の甲冑や仙台城跡、岩出山城跡などが登場しました。岩出山、仙台ともに未訪ですが、スタッフが仙台を取材していますので、今回は青葉(仙台)城跡の伊達政宗像とJR仙台駅のスタンプをUPします。

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2009年07月26日

『天地人』第30回「女たちの上洛」

 ずいぶん×4遅くなりました。30日になってようやく録画を観ることができました。
 今回は千利休の自害と景勝正室の菊姫が人質として上洛する話でしたね。まず千利休の切腹については諸説あって結論をみないのですが、大徳寺の木像の話は出てこず、政へたてつく者への見せしめとしてされています。利休が詫びを入れれば助かったかもしれないというのも事実ですが、利休は「頭を下げれば利休の茶は穢れる」と拒絶し、自害の道を歩みます。利休の自害は聚楽屋敷内で行われ、秀吉の命を受けた上杉景勝の軍勢が屋敷を取り囲んだそうです。ドラマでは石田三成が豊臣政権を磐石なものにするために利休を見せしめとしたことになっていますが、ここに家康の謀略説を交えればもう少し深い展開になったのではないでしょうか。
 そして本題の「女たちの上洛」ですが、菊姫の上洛は文禄4年(1595)のことで4年も早い設定になっています。この頃、お船に次女誕生。ドラマでは梅になっていますが、史料では名がなく、早世してしまうようです。一方の菊姫は景勝が愛していないと思い上洛を拒否し続けます。景勝と菊姫の間に子がいなかったのは事実ですが、子がいないから夫婦仲が悪いというのは早計というもの。実際の菊姫は質素倹約を奨励した賢夫人として敬愛されていたようです。菊姫の意図を知ったお船も菊姫に同伴して上洛することを決意というところで次回に続きます。

 史跡紀行では京都市上京区の聚楽第跡が紹介されました。聚楽第自体は豊臣秀次事件によって徹底的に破壊されたため、現存する史料も少ないのですが、西本願寺の飛雲閣は聚楽第から移築されたといわれます。聚楽第跡は未訪ですので写真がありません。西本願寺の写真は阿弥陀堂しかありませんので、今回は西本願寺の阿弥陀堂と飛雲閣のスタンプをUPします。

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2009年08月02日

『天地人』第31回「愛の花戦(はないくさ)」

「花戦」とは、いかにも朝鮮出兵を煙にまいたようななんともほのぼのとしたネーミングですが、これは実がなる、ならない、つまり子ができる、できないの別の意味合いもあったんでしょう。
 北政所が活けた「ヒメサユリ」を淀が越後から大量に取り寄せ、希少価値を台無しにしたというエピソードは『絵本太閤記』に出てくる佐々成政の逸話から採用したものでしょう。成政が北政所に珍花として献上したクロユリを、淀が知って白山で大量に採取し、無造作に活けたため、成政は北政所の怒りをかい切腹させられる。もっともこれ自体、かなりマユツバものですがね。しかし、なんとなく北政所が鶴松を殺したようなニュアンスが伝わってきて少々不気味でした。
 結局、秀吉の朝鮮出兵は愛児鶴松の死が発端になったような描かれ方になっていました。肥前名護屋へ淀が同行するというのも変な話。結局、「愛」を唱える兼続が朝鮮出兵を止めさせようとするが、三成は「国の礎を固める」などとおかしなこと云っているし、なんともちぐはくな展開でした。
 景勝・兼続主従は一年余り肥前名護屋に在陣し渡海することになりますが、秀吉の母大政所の死はスルーされてしまったようで、いつの間にか淀が懐妊しています。秀吉が名護屋在陣中にできたことにしたかったのでしょうか。今回は本当にホームドラマの戦国版『大奥』のノリでしたね。

 史跡紀行では、淀ゆかりの京都市伏見区の妙教寺と淀古城址石碑および東山区の養源院などが紹介されました。淀殿が住んだ淀城は京都競馬場の最寄駅である京阪淀駅の北西に残る淀城とは別の場所で、現在残る城跡よりさらに1キロ北にあったようです。妙教寺は2003年に訪問したことがあるのですが、このときは慌しく取材したため、淀古城址の石碑を撮り損ねてしまいました。養源院のほうは未訪ですので、写真はありません。今回は妙教寺山門と京阪淀駅のスタンプをUPします。

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2009年08月09日

『天地人』第32回「世継ぎの運命(さだめ)」

時代は文禄2年(1593)、世継ぎの秀頼が生まれ、豊臣家に暗雲が立ちこめるところです。秀吉の養子として秀俊(上地雄輔)と秀次(眞島秀和)が登場。秀俊って最初誰だったっけとわかりませんでしたが、のちの小早川秀秋だったんですね。でも秀俊が養子に入ったのは天正13年(1585)で、まだこのときは数え12歳ですよ。いくら童顔(失礼!)の上地君でも12歳を演じさせるのはムリがありましょうに。
 で、秀俊が毛利家へ養子に出されそうになっているところ、毛利輝元から秀俊を上杉家への養子にともちかけられ、さすがの景勝・兼続主従も困惑した様子。もっともこんな話はドラマの創作で、実際は毛利家に送り込まれるところを叔父の小早川隆景が養子にもらい受けるんですね。兼続にはようやく嫡男の景明が誕生していますが、毛利輝元の嫡男秀就は文禄4年(1595)生まれだし、景勝の嫡男定勝に至っては慶長9年(1604)まで待たなくてはなりません。やれやれです。
 秀吉は関白秀次に「国を5つに分け、一つを秀頼にやってくれ」とか親馬鹿ぶりを発揮し、秀次が無視すると怒って伏見城を築城。朝鮮出兵に加え、伏見築城という諸大名たちへの負担に、家康が「ま~たれぃ、じぶのしょう」と三成を呼びとめて嫌味をいう。うーん、この灰汁の強いキャラはすばらしい。一方の三成と兼続は広間で寝そべって青春を語り合っています。なんて呑気な!
 兼続が春日山に帰国後、若狭屋の主人が湊で行き倒れになっている高貴な女性を助け、なんとそれが利休の娘お涼。映画『おろち』ですばらしい演技をみせた木村佳乃のストーカーぶりが活かされています。
 で、もってついに関白秀次には高野山への追放命令が出て、石田三成が鬼に変身するというところで次回に続きます。

 史跡紀行では京都市伏見区の伏見桃山陵や伏見城の石垣、御香宮神社、景勝橋などが紹介されました。なんとこの伏見区は7月28日に取材したばかり。しかし、なぜあのインチキ城の伏見城は取り上げなかったのでしょうか。伏見城は伏見桃山城キャッスルランドの施設として再建されたものですが、2003年の閉園後、城はかろうじて残されたものの、耐震強度などの関係で入城できなくなっています。それともまた別の機会に取り上げるのでしょうか? 今回は御香宮神社と境内にある伏見城石垣、JR桃山駅のスタンプをUPします。

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2009年08月16日

『天地人』第33回「五人の兼続」

 とうとう知り合いのレキジョさんが恐れていました鬚面の兼続になってしまいましたね。ついでに三成も鬚面。イケメンというのは鬚があってはだめなんでしょうか。童顔ばかりですからどうしても鬚で老けさせることになってしまいます。でも、たしかに妻夫木兼続殿は宝塚の男装の麗人みたくなってしまうんですね。これはちょっと……。
 今回は関白秀次の切腹から始まり、三条河原で妻子の処刑。悪の三成本領発揮かと思えば、またもやあのうざい初音が出てきて「彼って突っ張っているけど本当はやさしい人なのよ」みたいなこと言い出します。たしかに三成が秀次を庇った話は『武功夜話』にもありますが、どうも前回とのギャップがぬぐえません。それにしても家康は悪ぶりが徹底していますね。秀次の切腹に対して三成の至らなさを責める家康。えらく的を得ている気もしますが、ここで無口な景勝が「主の責めを家臣に求めるのはご検討違いで姑息な手段」と言い放ちます。家康からイジメを受ける三成に対し、景勝が救いを求めた形で、これが関ヶ原の伏線となるのでしょう。
 で、もって今回のタイトル。まぁなんとなく分かっていましたが、兼続が分身の術を使うわけでもなく、景勝が吐いたセリフだったんですね。兼続が5人いれば……でもちょっと変だぞ! でもって三成独りが殿下の罪をかぶることを見かねた兼続が合議制を発案。これが世に言う豊臣五大老・五奉行の制度ですが、五大老に家康を加えることを発案したのは兼続で、しかも五奉行に加わることを辞退しています。これで結局、豊臣政権の崩壊を招いたんじゃないのかとツッコミが入るところですが、景勝が大老に列せられるのは小早川隆景の隠居後のことだったのでは?
 で、もって前田利家と兼続・三成が秀吉を説得。ここで鉄面皮の三成が泣いています。演技かと思えば本音だといっていましたね。でも、太閤殿下は子どもとの遊び過ぎが原因でとうとう斃れてしまいましたよ。子どもをあやすのは結構エネルギーいりますからね。

 史跡紀行では秀次ゆかりの滋賀県近江八幡市の八幡山城跡、秀次像などが紹介されました。な、なんと実はこの日、奇遇なことに近江八幡に降り立っているのです。2時間しか滞在できる時間がなかったので、近江八幡城へ行くことも検討していましたが、結局は歴史的に頻度が高い隣の安土へ行ってしまいました。安土は新快速が停車しないので、近江八幡で乗り換えたのです。近江八幡での滞在時間は14分。さすがに写真は撮れませんでしたが、この間にJRと近江鉄道の駅および観光案内所のスタンプをGETしましたので、今回はそのスタンプだけUPします。

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 そういえばミニ兼続を演じた加藤清史郎君。今度は兼続の子景明の子ども役で再登場決まりましたね。明らかに視聴率を意識していますが、天才子役に期待大です。
 
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2009年08月23日

『天地人』第34回「さらば、越後」

 高校野球で新潟県勢が決勝戦進出を決めた日に国替えとは何とも皮肉ですね。これで新潟県民は『天地人』観なくなってしまうのでしょうか? 長年の故郷・越後から会津への国替え。120万石の栄転でありますが、これには家臣の反発も相当あったようで、兼続の泉沢久秀などは寝込んで拒否しています。そこに兼続が「帰農して越後に残る者を集めてくれ」と久秀に言い出し、越後一揆の下地をつくります。ただ久秀は実際は荒砥城代になっていますから会津に行っていますけどね。
 越前から春日山に移封される堀秀治(かなやす慶行)も登場。兼続のためにさんざんとばっちりを受けた人です。年貢は無断で半分持って行ってしまうわ、本百姓は連れて行ってしまうわで、領国経営は困難を極めたのですが、秀治の家臣で兼続同様、天下の三陪臣(『名将言行録』)といわれた堀直政(監物)は出てきませんね。この人がドラマに出てくるとおもしろいのですが、兼続=正義ですから登場しないのでしょうか。
 越後を去るとき、お船は家族とかまくらをつくり、「もうかまくらをつくることはできない」と嘆いていますが、別に南国に国替えでもあるまいし、会津地方でもかまくらぐらいつくれると思いますが……。越後を去る者、残る者。仙桃院やお涼は越後に残り、兼続は雪をみて泣き出します。泣き虫は大人になっても変わっていませんね。でもひとつ気になったのは山に登って越後を眺めるシーン。あれって僕も行った直峰城(新潟県上越市)のような気がするのですが。あとはオープンニングにも出てきた山。あれは南魚沼市の八海山(1778m)だそうです。 八海山といえば地酒の銘柄にもありましたね。で、もって思い出のシーンで時間を稼ぎ次回に続きます。

 史跡紀行では新潟県魚沼市の目黒邸や鷹待山城、六十里越などが紹介されました。JR上越線の小出駅から会津若松に至る只見線のルートですね。残念ながら目黒邸などは未訪ですので、今回は最寄駅のJR越後須原駅のスタンプと雪の只見線(会津川口駅)の写真をUPします。

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2009年08月30日

『天地人』第35回「家康の陰謀」

 げげっ! 越後(新潟県)を去る前回は視聴率ワースト更新の14.9%。やはり鬚面の兼続がレキジョさんたちにそっぽを向かれてしまったのでしょうか? それともトイレまで我慢して観ていた新潟県民たちの影響でしょうか? この先が思いやられます。
 秀吉と前田利家の二大武将が亡くなってしまう回でした。秀吉の臨終場面で三成の「三献茶」のネタですか。どうも芸がありませんね。
 家康の悪役ぶりが際立ちましたね。会議のうえで三成をいじめたり、秀頼が諸侯を集めさせた場面では上杉に対して「奸臣」呼ばわりし、これに対して兼続が反論します。しかも家康の挑発にのった三成が、家康暗殺を企て、ああ出ちゃったよ、うざい初音。なんと兼続のもとにかけつけ三成を止めるよう進言します。本能寺の変では光秀を暗殺しようとしたぐらいですから、いっそのことあなたが家康を暗殺したら? ここで島左近(若林豪)登場。おおっ『Gメン'75』の立花警部補懐かしい。って知っている人いるかな? 実際の家康暗殺は左近が企てたのですが、三成はこれを「卑怯」と止めてしまったのでは?
  結局、家康が遺言を無視して約定を破ったことで詰問使を派遣され挑発しているのも変。ここで家康は素直に謝罪していたほうが、悪ぶりが徹底できたはずなのに。あの野心家の伊達政宗さんは、すっかり家康の飼い犬になってしまったようですな。
 最後の利家の臨終シーンは、宇津井健さんの演技が見事でしたね。家康が見舞いにきたところ、病身で油断させ家康の首に短刀を突きつけ、「貴殿の命ここで奪うこともできる」と言って、息子の利長と兼続のいる前で家康に秀頼の後見を誓わせます。このシーン、『利家とまつ』で利家を演じた唐沢寿明の時もありましたが、利家がみせた最後の気概という点ではこちらに軍配があがりますね。

 史跡紀行では京都市東山区の阿弥陀ヶ峰と豊国神社などが紹介されました。こちらは未訪ですが、本日は大阪城の豊国神社のほうへ行ってきました。今回はスタンプはありませんが、京都の豊国神社は特派員が撮影したものがありますので、豊国廟と秀吉の墓をUPします。

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2009年09月06日

『天地人』第36回「史上最大の密約」

 取材に出かけており、更新が9月11日と大幅に遅れました。なお、また12~16日も取材のため、来週も更新が17日以降となります。予めご了承ください。実はこの放送、松山観光港でも流れていてタイムリーに半分観ることもできたのですが、楽しみが減るので自宅の録画まで我慢した経緯があります。
 時は慶長4年(1599)閏3月、五大老の前田利家が亡くなり、福島正則・加藤清正ら7名が三成襲撃を企てます。で、三成は家康のところに逃げ込み、なぜか淀からの手紙が家康のもとに届いている。で、もって三成は奉行職を辞任し、佐和山で蟄居します。この間にも前田利長に詰問状を送る家康。兼続の涙目が家康のワルぶりを徹底させています。
 結局、景勝は国に帰ることになり、菊姫とお船は上方に残ることに。で、大坂を発つ前に兼続が三成のもとを訪ねると、三成は草鞋を編んでおり、お前は劉備玄徳か! で、兼続も一緒に編み出し、「兵士たちに履かせてやれ」って、兵士全員分の草鞋を三成さんが編むのですか! なんという暇人でしょうか。でもって兼続と三成の関ヶ原の共謀作戦がはじまるわけですが、毛利に立っていただけというのは大谷吉継(刑部)の案であったはずなのに、いつの間にか三成・吉継の友情が、兼続にすり替わっているぞ!
 まぁ、今回は時間もなく無味乾燥な感じでしたがこれにて失礼します。次回はいよいよ「直江状」ですね。家康の激怒ぶりが見ものですが、これもタイムリーで観れませんので、帰国後の楽しみといたします。

 史跡紀行では福島県会津若松市と南会津町が紹介され、会津若松城・直江屋敷跡・鴫山城跡などが取り上げられました。南会津町は未訪でしたが、会津若松は1年前の8月31日に訪れ、レンタサイクルで回ってきました。もっともこのときは神指城跡がメインで直江屋敷跡があることは知りませんでしたが。会津若松城のほうは2007年5月に訪れていますので、今回は会津若松城(鶴ヶ城)と城のスタンプをUPします。

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2009年09月13日

『天地人』第37回「家康への挑戦状」

 16日の帰国後も慌しくて、すぐに録画を観ることもできず、18日になってかろうじてUPします。それでも今回は「直江状」という見せ場があったため、視聴率は21.4%と、かなり高い数値を出したようです。
 時は慶長5年(1600)3月、兼続は神指城の普請に急ぎ、これが春日山城の堀秀治に讒言されて、家康から上杉のもとに詰問状が届きます。嗚呼、やはり兼続とともに「天下の三陪臣」と呼ばれた堀直政(監物)は出てきませんでしたね。この人にスポットをあてるとおもしろかったのに。
 で、もって兼続が家康へ返書をしたためのが、世にいう「直江状」。この名文がたちまちベストセラーとなり、毛利・福島・小早川・伊達などの諸大名や淀殿・秀頼母子、三成にも読まれています。いいですね夢の印税生活って。しかし、あんなに出回ったということは当時はコピー機がないのですから、一生懸命書き写して出回ったのでしょうかね。この頃には活版印刷が日本に入ってきていますけど。
 家康が怒って会津攻めの軍を起こし、兼続は白河の革籠原で待ちうけ、誘引して家康軍に打撃を与えようとします。このときの妄想シーンが楽しいですね。一方の上方ではようやく大谷吉継が登場。しかし、差別を意識してしまったか出番はほんの少し。ここで吉継が三成をたしなめるシーンがあってもよさそうなのに。しかもドラマでは三成に「なぜ大将に立たぬ」と問い、三成が「わしには人望がない」と答えていますが、実際は吉継が「お前には人望がないから毛利を大将に立てろ」といったはず。人望というより20万足らずの石高の三成に諸大名が従わないというのは真相でしょう。また三成を善玉に描くあまり、人質として大坂入城を拒んだ細川ガラシャの自害などは端折られましたね。
 三成挙兵後、家康は単細胞の福島正則を騙し、結局、上杉とは戦わずに下野小山(栃木県小山市)で、踵(きびす)を返して西へ転進します。兼続はここぞとばかり追撃を主張しますが、景勝は「追い討ちをかけるのは義に背く」というフェアプレイを説き、追撃しません。しかも景勝が「わしを切ってからにせよ」といい、兼続は刀まで抜きますが、結局は景勝に従うことになります。でも、ここで景勝が家康と対決しなかったのが、減封とはいえ上杉家を存続させることができたのですから、敗軍の将としては正解だったのかもしれませんね。

 史跡紀行では福島県会津若松市の神指城跡や白河市の白河関跡、小峰城跡、革籠原防塁跡などが紹介されました。白河関や革籠原などは未訪ですが、白河小峰城は2007年10月に訪問しましたので、今回は白河小峰城と城のスタンプをUPします。

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2009年09月20日

『天地人』第38回「ふたつの関ヶ原」

 大河ドラマの『天地人』はまだまだ続きますが、当ブログでは今回が最終回になります。なんとか完走できればよかったのですが、諸般の事情もありまして24日をもって更新をいったん休止することになりました。今後は自分のブログで続けてもよいですが、競馬予想もあるし何だか慌しくって……。
 冒頭では「関ヶ原」と出て何も解説もなく、いきなりオープンニングに入ってしまいましたね。いったい何ざんしょ?
 タイトルではふたつの関ヶ原として、関ヶ原の本戦と長谷堂合戦の二元中継を行いましたが、九州や他の戦いはまったく無視されてしまいました。黒田官兵衛さん可哀相。で、もって小田原落城後、姿をくらましていた遠山康光がなんと家康の配下として三度復活。この脚本家、よほど康光に思い入れがあるようですね。まぁ、それはともかく、今回の関ヶ原合戦は史実を嫌ったのか独自の展開がみらましたが、どうもしっくり来ないような内容でした。大谷吉継もどうも戦いにおける緊張感がみられませんし……。本戦での一番のメインは小早川秀秋の去就です。上杉を尊敬しているキャラで最初から西軍についているような感じで、三成との確執がみられない。大谷吉継も裏切りを予測していない。でもって戦場において「戦いはいやじゃ、どちらとも戦いたくない」などという平和主義に走っている。まさか三成が小早川の陣のある松尾山上まで登ってくるとはご苦労様です。三成はこの時点で「関白になってもらう」という条件を出し、「関白」という言葉に秀次が粛清された時のことがフィードバックしてしまう。家康からの鉄砲威嚇もありましたが、どちらに属するということもいわずに山を降りてしまう。
 で、錯乱して大谷隊の横を通るつもりが戦闘になってしまったとでもいうんでしょうか。ひどいストーリー仕立てでした。
 結局、三成は敗走し、佐和山城に戻ろうとしますが、すでに落城。そこにすでに年代的にはおばさんになっているはずの初音登場。三成を救い洞窟に匿いますが、あなたのキャラならそのまま家康に売り飛ばしたほうがおもしろいんじゃないの?
 一方の兼続のほうは敗戦だったこと強調したくないためか、最上勢の奮戦の様子はまったくスルーされ、明日は総攻撃というところで本戦での敗報をきく。で、兼続が殿(しんがり)を引き受け、最上軍に突進するところで次回に続きます。あーあ、結局みんなが期待していた前田慶次は出てきませんでしたね。せめてちょい役でも出してくれればよかったのに、役者が最後まで決まらなかったんでしょうか? それとも慶次が出ると兼続が引き立たなくなるために出さなかったんでしょうか。『上杉将士書上』によれば、兼続が敗戦の責任をとって自害しようとするところを、慶次が止めるんですがね。

 史跡紀行では本戦の岐阜県関ヶ原町はスルーされ、山形市の最上義光(よしあき)像や山形城跡、専称寺、長谷堂城跡などが紹介されました。長谷堂城跡は昨年10月に訪問しましたが、山形城のほうは未訪のままです。最後は小関氏撮影の最上義光像とJR山形駅のスタンプで締めくくります。

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 はい、第38回をもちまして力尽きちゃいましたが、あと残り9回のドラマは最後まで観ようと思います。でも、義務感という緊張の糸が切れて見忘れちゃったりして……。なお、これまでのバックナンバーはこちらのカテゴリーから見ることができます。最後ですが、当社で制作した下記の本は大河ドラマ『天地人』の副読本となるので、まだ購入していない方は来年絶版になる前にぜひ購入しておくことをおすすめします。それではみなさんごぎげんよう~。

tenchijin.jpg 『天地人 直江兼続』

(メディアボーイ) B5版 144P 1600円 2008年11月発行。12月2刷。直江兼続の生涯をつづったダイジェストはじめ、五大合戦戦記ドキュメント、政治面でみた兼続像、兼続ゆかりの南魚沼・上越・与板・会津若松・米沢の紹介、さらに資料編では上杉氏の版図変遷・関連史跡・人物事典・略年表・略系図など従来の構成から一新させました。巻末特集には肖像と甲冑選、スタンプコレクションなどをもうけています。まさに兼続のすべてを徹底検証した充実の一冊。代表の森田芳夫氏も寄稿しています。

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