日本の旅館の建物(HRM)

 ホテルと旅館は何が違うのかを考えたことがありますか。答えはあまりに簡単で、ホテルはベッドで旅館は布団。

 この考えで殆んど正しいのですが、もう少し考えてみましょう。

 この二つは、宿泊施設と言う事では何も違わないため、旅館業法という一つの法律で規制されている。法律上の区別は、旅館は和式の構造及び設備を主とする宿泊施設であり、ホテルはそれが洋式で作られる施設のことである。旅館にするには部屋数が5室以上必要で、ホテルは9室と旅館より多く作らなければならない。客室面積も旅館が7㎡(4.2畳)以上なのに対し、ホテルは9㎡(5.4畳)と大きい。

 他にホテルには寝具は洋式(ベッド)であること、出入口及び窓には鍵をかける、隣の客室や廊下との境は壁造りであることが義務付けられている。なるほど隣の部屋と襖で間仕切られ畳の上に寝る旅館とはかなり異なって、宿泊客のプライバシーや安全性を重視しているのがホテルということらしい。

 この法律、作られたのが昭和23年、当時たくさんあった小規模の旅館を守るためもあり、このように決めたのであるが、昨今の少し大きな旅館ではベッドも提供しているし、安全性やプライバシーではホテルとほとんど変わらない。畳の間が有るホテルにも泊まったこともある。

 ホテルと旅館をこのように整理する意味がはたして必要なのだろうか。この法律だけでなく日本には戦後に作られた法律がそのまま息づいていることが多い。この国のちょっとだらしないところだ。

 もちろん、ホテルは外国人旅行者の為に作られた歴史を持つ。

 慶応3年イギリス公使ハリー・パークス幕府にホテルの建設を要請。日本での最初のホテルは、築地の軍艦操練所後に大工の清水喜助(現在の清水建設)により木造で建てられた。「旅館」ではなく「ホテル館」と呼ばれた。清水喜助は運営も行っていたが、余り繁盛はしなかったようで、明治4年には銀座の大火で類焼し焼失している。その後に、日光金谷、箱根の富士屋、などの木造ホテルが次々と作られていった。

 本格的なホテルは、明治6年に横浜グランドホテルが、明治23年には渋沢栄一などの発案で、宮内省の協力を得ながら、フランクロイドライト設計の帝国ホテルが完成している。

 旅行する者にとっての宿は、まずは自分の生命を守ってくれる安全性が最重要であり、次に移動しやすい事やビジネス・観光の利便性の高さが要求される。かつて旅館・ホテルなどが整備される前は、庄屋や武家の住まい、神社や寺が部屋を旅人に与え、宿として使うことが多かった。権力者が安全を保障していたのである。

 戦後の日本では、日本人好みに変身したホテルが数多く建てられることになる。リゾートホテル、コンベンションホテル、ビジネスホテル、ラブホテル。今では、食事や催事をホテルで行い、日常的にも利用することが当たり前の様になっている。

( 20112年5月20日 寄稿 )

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