日本の旅館の建物(HRM)

 旅館に泊まってのんびり過ごす習慣は、日本人が昔から持つ優れた生活スタイルであった。ところが現在、旅館は3日に1軒ほどのペースで倒産している。経営が大変なのである。旅館には古臭いイメージが付きまとい、恋人との情事ですら、温泉旅館で燃え上がるよりは、海辺のホテルで失恋した方がカッコいいという時代になってしまっている。小さな旅館は本当につまらないのだろうか。

 京都にお庭を見に行った時、小さな旅館に泊まった。明治時代に建てられた町家を最近になって改造した旅館である。今風にいえば200年住宅とでもいえる建物だ。京都の街は、幕末の騒乱、蛤御門の変の時に長州兵により火をつけられ、その大部分が燃えてしまった。現在建っている町家はその後建て替えたため、築140年ほどのものが多い。そして今、この町家を使い続けることが難しくなっている。老朽化が激しいのに加え、建築基準法がその建替えを許さないからだ。

 京都は碁盤の目の道路が街区を形づくり、この街区を小割にして家が建てられた。そのため、道路に接しない敷地が沢山出来ている。今となって建築基準法が作られ、家を作る敷地は道路に接する必要がありますと言っても、歴史がそれを阻んでいる。違法では建て替えが出来ない。現在の建物を改修しながら使い続けるしかない家が数多く存在しているのだ。

 当然だが、京都の人は京都の伝統的な街並みを愛している。この街を維持し存続させる事は、ここに住む人にとって半ば義務であるかのようだ。親から受けつだ家、縁あって住んでいる家、彼らはこの建物を後世に残そうとする。まさに京都人の遺伝子である。そして、その保存の方法の一つが、町家を日本旅館へと改造することでもあった。

 「旅館にするには、行政との実に多くの協議をくぐる必要が有って・・・その苦労は実に重いものでした。」と宿の主に苦労話を聞いた。100年以上前の建物が今の細かな法律に適合することは出来るはずもない。あまりにも無理がある。
旅館ではあるが、ここではしっかりとした食事の提供が出来ない。家庭用の昔ながらの台所しかないからである。風呂は元々なかった。庭先に増築してユニットバスが取り付けてある。トイレは共用である。

 しかし京都のど真ん中にある旅館だ、市内に多く残る銭湯に出かければ、ちょっとした温泉気分にもなれる。汗を流した後、ぶらぶら歩く帰り道におばんざいの店、お酒を飲んでから宿に帰る。うなぎの寝床の建物。職場と住まいが一体となっているこの細長い建物を町屋と呼んでいる。家の真ん中には坪庭があり、そこの廊下を抜けて部屋に戻る。布団に潜り込む。ちょっとカビ臭い匂いに加えて御香の香りもする。襖の向こうからは若い女性の話声zzz。

 これまでの旅の楽しみ方は、名所旧跡を訪ねること、美味しい郷土料理を食べ温泉に入ってゆったりと過ごせること、一緒に旅する人との羽目を外した楽しい会話・・・などだろうか。これに違う楽しみ方も加わってきている。周辺の自然観察、宿の主の昔話や街の歴史散策、そこに住む人達のエネルギーが直接伝わってくること。自然と街と人とのふれあい、小さな旅館に泊まって、こんな楽しみを味わってみませんか。

 

( 2012年5月14日 寄稿 )

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