地熱発電と温泉

 

 

新潟と長野の県境、山地で平坦に乏しい有数の豪雪地帯。700年前、湯本川の浸食によってできた深い谷間から熱い湯が湧出した。一羽の鷹が毎日同じ場所に舞い降り、終日葦の茂みに潜んでいるのを一人の樵人が谷間に降りて熱泉を発見、「鷹の湯」として越後三名湯の一つになった。薬効の高さは、有馬、草津と並び日本三大薬湯と呼ばれている。
 源泉は湯本地区の鷹の湯、天水島地区の鏡の湯、兎口地区の庚申の湯の三つで、総称して松之山温泉郷という。他に、翠ノ湯、湯ノ湯、じょうもんの湯、湯坂の湯の四源泉がある。温泉街を形成するのは鷹の湯である。

< 歴史と権威のある温泉 >
 古文書によると、天和2年(1682)将軍綱吉の時代、検地役人が入浴、貞享4年(1687)に公儀から湯場の制札が立てられ、湯宿5軒を定め湯木銭の掟があったという。
 「越後名寄」には「湯室三間に四間、湯壷二つ、六尺に二間二つにしきり、東は熱、西は冷」とあり、当時は熱泉と冷泉の2湯あったとされる。
 昭和39年、地下264m毎分210ℓの熱泉を掘り当てた。泉質は硼酸塩化土類食塩泉。
 江戸時代の文化14年(1817)、諸国温泉効能鑑(温泉番付表)には、東前頭11枚目、越後松之山の湯として載り、文化・文政時代には最も流行、湯治客が多かった。
 以後、越後では最上位、全国でも常に上位にランクされた。全国的に稀少な90℃以上の自噴泉で、約1200万年前の化石海水が断層から一気に湧出する「ジオプレッシャー型温泉」だと考えられている。我が国はほとんどが火山型温泉である中で、とても珍しい温泉と言われる。

鷹の湯源泉

鷹の湯温泉街

地炉(じろ)語らいの場、足休めの場として自由に入れる

 

 

< 地熱発電の実証試験を考える >
 福島原発の事故を受け、俄かに脚光を浴びてきたのが地熱発電である。平成11年に八丈島に建設してから、しばらく話題にならなかったが、国としても再生可能エネルギーの一つとして積極姿勢に転じた。
 平成23年12月からバイナリー地熱発電実証試験が開始された。100℃以下の源泉熱を利用した発電システムとしては、国内初の実用レベルの試験運転である。
 実証試験設備なので、他の地熱発電所のようなPR館はないが、見学者が増えてきたのも事実である。2012年秋アジア諸国の駐日大使館一行が視察に訪れたほどである。
 当初、7~750mの1、2号の生産井であったが、1000mの追掘をして3本になった。汲み上げた熱水は蒸気で発電し熱水は、老人センターへ温泉として提供してはいるが、そのほとんどを捨てている。従って、発電が進めば進むほど温泉は減衰していくものと心配される。事実、取材のかぎりでは湯の湯で減衰したという。
 歴史と薬効のある松之山温泉郷が減衰、枯渇などにならないよう実証試験の段階で検証してほしいと思う。

松之山温泉バイナリー発電実証試験設備

発電の仕組み

発電の仕組み

 

 

( 2014年4月22日寄稿 )

 

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