暮らしの風景

これがモンゴル草原

これがモンゴル草原

 

モンゴルにはまだ遊牧生活の人々がいる。地平線を背景とした広い草原に、牛、馬、ラクダ、羊、ヤギの5畜を野放し暮らしている。なんとも胸が躍ってしまうこの風景に一度は行きたい、地平線に囲まれたその大地に溶け込んでしまいたいという思いが若いころからあった。そしてその思いが、我孫子野鳥を守る会のメンバーが企画してくれたネイチャーツアーに参加することで実現した。草原に分け入り鳥を見つけるのが目的である探鳥ツアーであるが、草原の中での素朴な暮らしも垣間見ることができるはず。6月の緑濃い魅力的な草原の真っただ中へ行くのである。

 

期待の反面、モンゴルへ行くと決めた時にはかなりの不安があった。私たちが慣れ親しんでいるツアー旅行から見ると、トイレやお風呂、食事やサービスなどが極端に劣悪ではないかという心配である。寒暖の差も激しいという。これにはかなりの準備がいるように思えた。懐中電灯にトイレットペーパー、醤油にコブ茶、ソウセイジや缶詰、焼酎に燻製、下痢止めと熱さましにビタミン剤などの薬をスーツケースに詰めた。紫外線除けのサングラスや、寒さ除けのアノラックパーカーにセーターも入れ、登山のときと同じような装備である。

 

まずは、成田からの直行便でウラン・バートルへ、モンゴル国の首都である。5時間半ほどでジンギンス・ハーン国際空港に着き、ホテルへと向かう。道は舗装されているのだが、かなりの凸凹がある。冬の厳しい寒さが凍上現象を起こし、舗装を持ち上げ凸凹を作ってしまうためだ。通年5月までは雪が降るというから、コンクリートの工事が行えるのは半年間程度である。近代的な街づくりに向け、この国は厄介な大地と取っ組まなくてはならないのだ。

 

幹線道路を一歩外れると、それからの道路は大地のまま、よくバスが走れると思える田舎道である。草原にまばらに木が生えていて、これはイギリス郊外の風景によく似ている。草原の草は極端に短い。その中をバスはガタゴトと走ってホテルに着いた。

 

ホテルの敷地は外側の草原と違って草深かった。そこで気が付くのだが、草原の草が短いのは家畜が食べてしまうからである。放牧された家畜が幾度となく通り過ぎながら食べ、そのため草の葉は家畜が食べることができる極限まで短い。短くなった草原は離れて見ると手入れの行き届いたゴルフ場の様にも見える。このままゴルフ場にしてしまえ、と言いたいところだが、短い草の草原には様々なフンが置いてきぼりになっている。馬の饅頭のような形や、ヤギの小さなコロコロしたやつ、べっとりとした牛のフンと、注意しないと靴を汚してしまう。

ゴルフ場のような草原

ゴルフ場のような草原

 

ありがたいことにホテルはリゾートホテルだった。予想を上回る快適さがあり、トイレも問題はないと言って良い、と言いたいところだが、日本人から見ると惜しむようにしか水が出ていない。国全体に水が少ないのだから仕方がない。そのため、トイレで使う紙はもちろん流せない。ウンチに汚れた紙は便器の隣のごみ箱に捨てるのがルールとなっている。いずれにしろ、まずはウンチと仲良くなることである。パリやローマでも大型犬などのウンチがけっこう落ちていて、踏んでしまった経験が何度もあるが、「郷に入っては郷に従え」である。

 

郊外の湖に探鳥に出かける。湖のほとりで遊牧の集団に出合った。出合ったというより、飲み込まれたと言う表現の方が正しいのかもしれない。まず牛が来て、馬が来て、次いでヒツジとヤギが一緒に来た。最後はラクダである。何百という家畜の集団。そして印象的なのは、それぞれの家畜たちをまとめている精悍な風貌の若者たちだ。「チョォー・チョォー」と掛け声、馬を操り家畜を追いさっそうと通り過ぎてゆく。犬が後を追いかける。この様な体験は、日本人にとってまったく次元が違う経験と言って良く、表現しにくい興奮が走りぬけて行く。

 

移動する遊牧民に飲み込まれる

移動する遊牧民に飲み込まれる

 

我々の旅行日とは外れているが、モンゴルでは革命記念日である7月11日からの3日間、ナーダム(祭り)という大イベントがある。この祭りでは、競馬と弓の競技にモンゴル相撲が行われるが、この3種目がモンゴルの武道である。これが現代に残り、いまやモンゴル観光の目玉となっている。

 

競馬は、馬の年齢に合わせて15kmから30kmといくつかの距離に分けられ、草原の地平線を目指して走り抜く耐久レースである。短距離走である都会の競馬とは全く異なる。

 

堺屋太一が、蒙古の軍隊が極めて強かった理由を述べている。強さの第一は、馬に乗って戦っていること。それも一人の兵が何頭もの馬を引き連れ、乗っている馬が疲れると乗り換えて戦った。押しては返しまた押し寄せる戦法に、10倍もの敵が蹴散らされたという。次に武器は弓である。彼らは比較的小さめの弓を操り、馬上から連射することが出来た。最初の弓が外れても即座に第二の矢が飛んでくるため、敵の歩兵は近づくことも出来ずに射殺されてしまったのである。そして最後は格闘技で、相手を組み伏せ捕らえてしまうということになる。それらの技が今ではお祭りになった。

 

兵の強さに加え、軍隊としての特筆すべき特徴がある。それは兵への食料の補給が不要であったことである。堺屋はモンゴル兵の食事は週に一度程度であったと書いている。兵は食料となるヒツジや牛を引き連れていて、馬上で干し肉や乳製品を食べ休まず進軍することができたという。我々の日常的に行っている3度の食事を行う必要がなかった。

 

古来から、耕作を卑しいことと信じているモンゴル人は農業を行わない。従って、穀物も野菜も食べなかった。家畜が与えてくれる肉と乳製品が栄養のすべてで、驚くべきことだが、それだけで健康を維持する仕組みを持っていた。私たちはこんなことを彷彿とさせる遊牧民の集団移動の中に突然飲み込まれたのであった。

 

 

( 2016年8月7日投稿 )

後編に続きます。お楽しみに! (^^)

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