空の旅(MS/AR)

 

その昔、高村光太郎が智恵子抄の中で・・・

 

智恵子は東京に空が無いといふ。

ほんとの空が見たいといふ。

 

・・・と、書きました。

 

東日本大震災による東京電力福島第1原子力発電所の事故で福島県は“ほんとの空”を失いかけました。あれから2年がたち、ようやく智恵子の故郷、阿多多羅の山にも“ほんとの空”が戻りつつあります。

その一方で“ほんとの空”が未だに戻らないのが本土復帰41年を迎えた沖縄です。沖縄の空はカーキ色やねずみ色、無機質なジュラルミンの飛行機に覆われているのです。

その沖縄に少しばかり明るい話題を呼んでいるのが、日本トランスオーシャン航空のスペシャルマーキング機“ジンベイジェット”です。沖縄の碧い海の様子を機体いっぱいに表したジェット機が時折、美ら海水族館から飛び出して羽田空港にやって来ます。

 

ジンベイジェット

 < 日本トランスオーシャン航空創立45周年と沖縄美ら海水族館開館10周年記念のコラボジェット「ジンベイジェット」 

 

このスペシャルマーキング機のブームは1993年、ANAのマリンジャンボが最初でした。当時、小学校6年生だった千葉県市川市の大垣友紀惠さんが機体一面に海底の世界を描き日本中を飛び回ったことは記憶にあると思います。このマリンジャンボは大震災と少なからず縁があります。期間限定の就航で1995年1月末に一般塗装に戻される予定でしたが阪神・淡路大震災によって寸断された山陽新幹線の代替輸送手段として塗り替えの時期を延長しフル活動したのでした。

以来、この20年間にポケモンジェット、ディズニー・ドリームエキスプレスなどのキャラクター系、嵐、GLAYなどのアーティスト系、そしてサッカーワールドカップ、五輪応援のスポーツ系などのマーキングをあしらった飛行機が大空へ夢を運びました。

 

マリンジャンボ

< 1993年9月12日 「マリンジャンボ」就航初便(ANA63便 札幌行き)。ゲストとして大垣友紀惠さんも搭乗しました >

 

沖縄の碧い海と青い空はみんなのもの、一日も早く沖縄の空が平和を運ぶ旅客機で埋め尽くされ、“ほんとの空”が戻ってくることを願って止みません。そして、青森県三沢、東京都横田、神奈川県厚木、山口県岩国の空域も我々の手に戻るよう待ち望んでいます。

 

( 2013年6月8日 寄稿 >

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