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 取材に出かけており、更新が9月11日と大幅に遅れました。なお、また12~16日も取材のため、来週も更新が17日以降となります。予めご了承ください。実はこの放送、松山観光港でも流れていてタイムリーに半分観ることもできたのですが、楽しみが減るので自宅の録画まで我慢した経緯があります。
 時は慶長4年(1599)閏3月、五大老の前田利家が亡くなり、福島正則・加藤清正ら7名が三成襲撃を企てます。で、三成は家康のところに逃げ込み、なぜか淀からの手紙が家康のもとに届いている。で、もって三成は奉行職を辞任し、佐和山で蟄居します。この間にも前田利長に詰問状を送る家康。兼続の涙目が家康のワルぶりを徹底させています。
 結局、景勝は国に帰ることになり、菊姫とお船は上方に残ることに。で、大坂を発つ前に兼続が三成のもとを訪ねると、三成は草鞋を編んでおり、お前は劉備玄徳か! で、兼続も一緒に編み出し、「兵士たちに履かせてやれ」って、兵士全員分の草鞋を三成さんが編むのですか! なんという暇人でしょうか。でもって兼続と三成の関ヶ原の共謀作戦がはじまるわけですが、毛利に立っていただけというのは大谷吉継(刑部)の案であったはずなのに、いつの間にか三成・吉継の友情が、兼続にすり替わっているぞ!
 まぁ、今回は時間もなく無味乾燥な感じでしたがこれにて失礼します。次回はいよいよ「直江状」ですね。家康の激怒ぶりが見ものですが、これもタイムリーで観れませんので、帰国後の楽しみといたします。
 史跡紀行では福島県会津若松市と南会津町が紹介され、会津若松城・直江屋敷跡・鴫山城跡などが取り上げられました。南会津町は未訪でしたが、会津若松は1年前の8月31日に訪れ、レンタサイクルで回ってきました。もっともこのときは神指城跡がメインで直江屋敷跡があることは知りませんでしたが。会津若松城のほうは2007年5月に訪れていますので、今回は会津若松城(鶴ヶ城)と城のスタンプをUPします。
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投稿者:管理人
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