タナ・トラジャ紀行・その⑴ インドネシア・トラジャ族の葬式 -前編ー  by  堀 冬樹

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セレベスの旧称で知られるインドネシアのスラウェシ島、その中南部高地に位置するタナ・トラジャ。 ここは南緯3.4度と、まさに赤道直下に有りながら、標高は800メートルと高く、夜半から早朝にかけては涼しい(やや寒いという人もいる)。

 

2016年3月前半、僕はこの地を再び訪れた。僕のタナ・トラジャ行きはこれが2度目で、前回は1995年6月上旬だった。よって21年ぶりの訪問である。まずこの地を訪ねる人が、是非とも見ておきたいのが、トラジャ族の「葬式」である。

 

 

[トラジャ族の葬式、ランブ・ソロ]

タナ・トラジャの人口は約50万人で、人口の大半はトラジャ族である(注1)。ちなみにインドネシア全土には、250もの民族がいる。

 

その中で、 彼らトラジャ族は「葬式をするために働く」と言われるほど、実に豪華な葬式を行なう。

 

何十頭(あるいは何百頭)もの水牛や豚が生贄として用意され、弔問客に振る舞われるのだ。さらには舞踊、闘牛、ボクシングなど、数々のイベントが何日間も行なわれたりする。その金額は彼らの日常生活からは、とても考えられない程の出費である。

 

何故それ程までに、葬式にカネを掛けるのか? それは「アルック・トドロ」と呼ばれる、先祖伝来のアニミズムと関係がある。

 

アルック・トドロの基本理念は、人生を生と死に二分し、両者を5対5の比重で捉えるというものだ。そして生から死への通過儀礼が、すなわちランブ・ソロ(葬式)なのである(注2)。

 
ランブ・ソロ、つまり葬式が豪華であればあるほど、また弔問客が多ければ多いほど、死語も幸福になれるという。よってこの地の葬式には、観光客も参列出来るという特徴がある。

 

[いざ、ランブ・ソロへ]

3月4日(金曜日)19時20分、タナ・トラジャ観光の拠点となる町、ランテパオに到着(ここまではスラウェシ島南端の町、マカッサルからバスにて、10時間がかりで来た)。

 

そしてこの町の西側を流れる、サダン川の川沿いにある、ルタ・リゾートという中級ホテルに投宿する。

 

早速ランブ・ソロに関する情報(葬式情報)を、ホテルのレセプションで知る。まず明日に一件、そして3日後の3月7日にも一件あるという。諸般の事情から後者を選んだ。

観光の拠点ランテパオの市場
観光の拠点ランテパオの市場

 

ガイドのアンドリアノさん。タナ・トラジャ近郊のレストランにて
ガイドのアンドリアノさん。タナ・トラジャ近郊のレストランにて
タナ・トラジャを流れるサダン川。まだ雨季なので水は汚い。乾季になると美しい川になり、ここはマンディ(水浴び)する人でいっぱいになる
タナ・トラジャを流れるサダン川。まだ雨季なので水は汚い。乾季になると美しい川になり、ここはマンディ(水浴び)する人でいっぱいになる

 

「誰が亡くなったの? 」

 

3月7日(月曜日)。観光の拠点ランテパオの町から、南西に40キロ離れた所にある、マリンボンという村に向かう車の中で、僕はガイドのアンドリアノという、中年男性に尋ねた。

 

「サレス・サスという80歳の女性だよ」

 

聞く所によると、その人は何と1年前に亡くなり、丁度1年が経った今日が葬式だという。

 

「えっ、1年!」

 

「驚かないでくれ。何で1年も経ってから、葬式をやるんだい? と思うだろ。トラジャ族の大半はそうなんだ」

 

アンドリアノの話によると、トラジャ族の習慣として、家族の誰かが亡くなると、遺族の男性は1年間出稼ぎに行くらしい。そして出来るだけカネを貯め、より豪華な葬式を執り行なおう、という事なのだ。

 

「僕もそうだった。祖父が亡くなってから1年間、マレーシアのクアラルンプールに行き、来る日も来る日も、慎ましやかに暮らしながら、休日もほとんど取らずに、肉体労働に励んだんだ」

 

「そりゃあ大変だったろうねえ!ところでその1年間、遺体はどうするの? 」

 

「ホルマリン漬けだよ。決して遺体を焼いたりはしないよ」
更に驚いたのは、遺族はホルマリン漬けになった遺体と一緒に、1年間は同じ部屋で寝るという。僕は21年前に、この地を訪ねた時は、そこまでは知らなかった。

 

「じゃあ昔、まだホルマリンが無かった頃は、遺体はどのようにしてたの? 」

 

「その当時は死語4日後に、葬式を執り行っていたんだ。だけどそれじゃあ、大半の貧乏人は大した葬式は出来ないだろ。ホルマリンに感謝だよ!」

 

ああ、僕は今までの人生で、ホルマリンに感謝した事なんて、有っただろうか! やっぱりタナ・トラジャの文化は面白いなあ!

 

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(注1)トラジャ族全体の人口は65万人ほどで、おもに南スラウェシ州の所々に居住している。

 

(注2)ランブ・ソロ(Rambu Solok)とは、トラジャ語で「葬式」の意味である。ちなみに「結婚式」はランブ・トゥカ Rambu Tukak という。ランブ rambu という語は、儀式一般を意味する単語だ。

 

( 2016年7月4日投稿 )

後編に続きます。お楽しみに! (^^)