東日本大震災後、福島県いわき市の活断層、湯の岳断層をフィードワークする② トルヌス21号から  by 菊地 正浩

東日本大震災から1年が過ぎ、確実な復興の兆しは、旅の世界においても見えてこない!!

※ これからの旅は防災抜きには考えられないか  

●「いわき浜通り地震」とも呼ぶべきM7、震度6弱の揺れと地表地震断層

 東日本大震災の翌12日、長野県栄村で強震が発生した。内陸直下型地震である。これを契機に日本列島が北海道から沖縄の広い範囲で揺れ動くことになった。

 そして4月11日、いわき市浜通りは突如下から突き上げられる地震に見舞われた。

 地元で聞くと、「台所の流し台にあった物が、勢いよく遠くへ飛んで出た」と言う。福島県浜通りを震源とするM7(深さ6km)で、東日本大震災による誘発地震と発表された。東北東から西南西方向に張力軸を持つ正断層型で、地殻内で発生する直下型であった。

 震源も浅く、北米プレートで発生したもので、太平洋プレートの沈み込みによる東日本大震災の影響を受けた、誘発地震として捉えられている。規模を考えるならば「いわき浜通り地震」と別個に扱っても良いほどの地震と言える。

 今回、この4・11地震で地面に現われた幾つかの断層をフィールドワークしてみた。

 

▼湯の岳断層を中心とする断層群

 

湯の岳断層が走向、無残に倒壊した寺の山門と本堂

 

 この断層の走向は、湯の岳西端部から中央部、東端部、南東側延長部に分けられる。

 西端部はいわき市の遠野で、かつて筆者が訪れた手漉き和紙の里(遠野和紙)附近から、湯本温泉方面へ約10kmにも及ぶ。この間、山林、畑、田圃、道路、河床、民家などを断層が走向し、あちらこちらに被害をもたらしている。

 一口に湯の岳断層と言うが、藤原断層、田場坂断層、鳥館断層など大小併せての断層群を称している。

湯の岳断層

 

湯の岳断層

 

 いわき市には湯の岳断層の他、赤井断層、二つ箭断層、井戸沢断層などの断層群で知られる。

 赤井には閼伽井岳(735m)があり、閼伽井岳薬師が知られている。二つ箭山(710m)の麓には、景勝地夏井川渓谷があり、磐越東線が走っている。近くには小野小町生誕地、入水鍾乳洞、あぶくま鍾乳洞、三春の滝桜といった福島県でも有数の観光地を控える。
▼井戸沢断層は普段あまり知られていない断層

 湯の岳断層のほぼ延長線、いわき市の南端にある。

 茨城県との境、勿来から鮫川上流へと向うと、田人町旅人(たびとまちたびうど)という珍しい町がある。大昔に鮫が太平洋から川を上り、村内の池に住み着いたという伝説があって、原始人が太平洋から移住したことを物語る。これを裏付けるかのように先土器、縄文、弥生、古墳遺跡が多い。大字石井草、字草、芦ノ草、平草、蕨の草、草木、戸草など草のつく地名も多い。中通りの棚倉や淺川から浜通りの勿来へ通じるいずれも街道の要衝地である。

 旅人に入ると地表地震断層が道路などに現われている。道路を横切り田圃や畑を北上、田人中学校のプールや体育館を走向、さらに道路や民家などを横切って北上している。

 4・11断層型地震発生時には、縦揺れとともに、ドンドンという衝撃があり、建物の倒壊、亀裂被害や道路の損壊が起きて混乱したという。

 場所により最大2m以上の段差が生じ、倒木、断層崖、断層池が出現した。

 筆者も県道71号線(勿来淺川線)を走行したが、途中から井戸沢へは「交通止」になり、引き返すことになった。改めて、105号線(旅人勿来線)で井戸沢を目指したが、その途中で幸運にも鮫川に飛来している白鳥の群れに遭遇することが出来た。

 

≪ トルヌス21号(2012年4月11日発行)から 2/3回 ≫

( 2012年9月20日 掲載 )

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