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和歌山県・新宮市を訪ねて(1日目)ーその2ー  by 有田 慎二

 

歴史のまちで、歴史を感じる寺めぐり

 

1泊2日の新宮ツアー。1日目のテーマは“寺めぐり”ということで、宗応寺~瑞泉寺~本廣寺と新宮市内のお寺を巡る。

 

最初に伺った「宗応寺」は、かの聖徳太子が開創とされる、新宮最古の名刹。約700年前につくられたという聖徳太子像は、赤いはかまをはいた可愛い子どもで、これは聖徳太子の2歳のとき、東を向いて手を合わせ、短いお経の言葉をしゃべった、という言い伝えにもとづいているとか。子どもの仏像というのは珍しい。

 

それにしても、聖徳太子といえば飛鳥時代、それも大化の改新の前の人ですよねえ?恐らく私がこれまで訪ねた中では最古のお寺だろう。近年は歴史上その存在を疑問視する声もあるが、実在の人物であってほしいね、聖徳太子。いや、まだ子供だから厩戸王子か。

 

続いて、正式な名称はわからないが、お釈迦様が寝転んだ、じゃなくて、入滅する(つまりお亡くなりになる)姿を描いた「涅槃図」(でいいのかな?)の掛け軸を拝見。これはお釈迦様の命日とされる2月15日の涅槃会法要で披露され、本来ならその後1~2週間ほどしか見ることができない貴重なもの。それを今回は我々ツアー一行のため、特別に観せてくれてありがとうございました。

 

ちなみに1~2週間ほど、とアバウトなのは、どうやらご住職の大らかな性格によるものと推測される。というのも、取材当日はこの大変貴重な掛け軸をガラス越しとかではなく、直に間近で観れて、写真もフラッシュ焚いて取り放題。「かなり傷んでますけど、保存とか大丈夫ですか?」と、心配するほど自由に取材させてくれたので、随分大らかだな、と感心した次第。しまいには、ツアー参加者の1人が、「撮った後で言うのもなんですが、フラッシュは禁止したほうがいいですよ」とアドバイス。するとご住職は、「はあ~、考えてみましょう」と仰っていたので、もしかしたら今年の涅槃会からはフラッシュ禁止になっているかも。気になる向きは宗応寺の涅槃会法要から1~2週間以内に宗応寺へ行ってみるべし。

大らかな性格(と推測される)宗応寺のご住職

大らかな性格(と推測される)宗応寺のご住職

聖徳太子像。歴史の教科書から消えないことを祈る

聖徳太子像。歴史の教科書から消えないことを祈る

涅槃図の掛け軸。(もしかしたら最後の)フラッシュ写真

涅槃図の掛け軸。(もしかしたら最後の)フラッシュ写真

 

お寺めぐりの2つめは「瑞泉寺」へ。通称・大寺と呼ばれ地元で親しまれているこのお寺のシンボルは梵鐘で、昭和の半ばまで住職が梵鐘を撞いて時刻を知らせていたという。そしてなんと今回は、ツアー参加者1人1人が実際に梵鐘を撞かせていただくという粋な計らい。自分で撞いた梵鐘から、ゴォ~~ンと響き渡る鐘音は、音色もいいけど、いつまでも続く余韻がまたいいですなあ。都会で汚れ切った心が、すーっと澄んでいく感じ。心洗われる、という表現はこういうときに使うんだろうな、きっと。

 

ちなみにここのご住職は東京の出身だそうが、新宮へ移り住んでよかった、大変良いところだ、と力説なさっていたのが印象に残った。もう1つ、なぜが仏像の頭が青いのも珍しくて気になった。なぜ青い頭なのかについては、わからない、とのこと。

風格漂う瑞泉寺の門。ガイドさんは、夜また姿を変えて登場する

風格漂う瑞泉寺の門。ガイドさんは、夜また姿を変えて登場する

梵鐘を撞く瑞泉寺の住職。写真用にポーズだけ

梵鐘を撞く瑞泉寺の住職。写真用にポーズだけ

瑞泉寺の青い頭の仏像

瑞泉寺の青い頭の仏像

 

寺めぐりの最後は、「本廣寺」。ここは新宮城の城主であった水野家の菩提寺であり、南北朝中期以来、熊野別当に代わって熊野を統治した七人衆(七上鋼)の1人、周防守行栄の屋敷跡でもあるそうな。行栄は源頼朝の叔母にあたる丹鶴姫の弟・新宮十郎行家の子孫といわれ、天正19年(1591)新たな勢力を得た堀内氏善に同心せず討たれたといわれる。と、書いてあった。このときは何のことかよくわからなかったが、後で調べてみたら、いや、面白い。源平の争いにこの新宮の地が大きく関わっていたなんて、初めて知った。けど、その物語については長くなるので割愛。興味がある向きは、再度言うけど、自分で調べてね。

 

また、この寺には水野家所蔵の品として、現在では製作が困難といわれる成功緻密な工芸技術による水野家定紋「沢瀉(おもだか)」の入った経机や、茶道江戸千家の流祖川上不白が五代水野忠昭公より拝領した定紋入りの飯器などを所蔵している。とも書いてあった。

 

その飯器は実物を見せていただいたし、ほかにも永野公や川上不白の掛け軸など貴重な品々も。ところで、川上不白って、ご存知でした? 恥ずかしながら私は浅学にして存じ上げず、ここへ来て初めて知りました。境内にも「書写妙法蓮華経印塔」という法華経を一字ずつ書き写した六万九千三百八十四個の小石を埋葬した一字一石経塚があり、これも茶聖川上不白の建立。そんな偉人が新宮の出身で、だからお茶を嗜まれる方々にとって新宮はある意味、聖地のようなものなんですねえ。いや、恐れ入りました。

 

取材当日も東京からなにやら偉い先生が来ていて、さっきまでお茶会を開いていたという。茶道という文化を通じて新宮を知る、というのもいい手だと思う。

本廣寺の貴重な所蔵品の数々

本廣寺の貴重な所蔵品の数々

 

書写妙法蓮華経印塔。一字一石の小石は埋まってて見えない

書写妙法蓮華経印塔。一字一石の小石は埋まってて見えない

 

第2回目は、以上です。

☆ 次回の ーその3- は、「 仲氷店で味わう -並んでも食べたいかき氷― 」です。
どうぞお楽しみに!!

 

( 2018年2月17日寄稿 )

 

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