新幹線を運転する7

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ひかり5号は春雨のなか、濃尾平野をひた走る。周りから眺めると、真っ直ぐに見える線路も、運転台からは、ジェットコースターのように急ではないが、段差が繰り返しつづき、前方の線路がなくなっているかのように感じられるような、激しい登り下りがつづく区間もある。電車の上を延びている架線も、50M間隔で立つている支柱ごとにジグザグに架けられ、電車のパンタグラフの集電のスリ板に平均して当たるように設けられている。
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春の雨の日は湿度が高く、運転台の前面ガラスも曇りがち。お互いに声をかけあうと、カバンから洗面用具のタオルと固形石鹸を取り出し、ガラス内側に石鹸を塗りつけ拭いていく。生活の知恵だが、結構曇り止めに効果がある。ガラス拭きをしながら会話がはずむ。
蒲郡付近にさしかかったとき、田村氏に声をかける。
「坂野坂トンネルに幽霊が出る話を聞いたことがあるか!」
彼も振り向き、驚きの顔で、
「あるよ、ある。運転所で噂を聞いた」
はしやぎ顔で答えてきた。
「こういう湿気の多い雨の日に出るらしいね。今日は会えるかも!」
「その幽霊は男かな女かな?」
「白いマントを着た女らしいよ」
「坂野坂の雪女ってところかな!」
互いに、少々ふざけ気味の会話に花を咲かせているうちに、坂の坂トンネルが近づいてきた。トンネルは、愛知県幸田町坂野坂峠の下を通る延長2198Mの長大トンネルだ。ひかり号は坂野坂トンネルの表示を見るや否や、トンネルに突入していく。速度は190K。入ると同時に気圧が変化し、耳をつんざく音、そしてトンネル内の風圧の音に変わってくる。真っ暗の中、前照燈の光がトンネルの舞台を照らし出してゆく。雨で濡れた前面ガラスも、風圧が水滴を跳ね返し、レールの線だけが前方に輝く。互いに顔を見合わせながら、幽霊の出番を冷ややかな目で待つ。トンネルは上り勾配から下り勾配にさしかかる直前であった。フワッー!突然前方が白い霧の幕に覆われた。
「おーい、前が全然見えないぞ!」
田村氏が叫んだ。とたんに、ヒュー!という、空気が吸いこまれるような強い音とともに、二つの目が迫ってきた。
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「出たぁ~!」
私も驚き叫んだ。その瞬間、霧の幕がとれ、上り電車がすれ違っていった。
「あれが坂野坂の幽霊か!」
驚きの顔で息を弾ませているうちに、電車はトンネルの外に出た。何とも気色の悪い一瞬であった。
明日のパート8につづく!
投稿者:にわあつし
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