『天地人』第15回「御館落城」

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 まだ15回というのに、あまりにもちぐはぐ陳腐なストーリーに、すでに歴史作家の先生方も気分が萎えて批評から脱落してしまった今年の大河ドラマ。こちらも相当気分が萎えており、見続けるのも辛くなってきました。すでに視聴率20%を切ってしまっているのに、ワーストを更新しそうで怖いです。
 で、何なんじゃ? この緊迫感まるでなしの御館の乱は! ストーリーでは御館の乱の張本人である兼続が、景勝の母仙桃院と妹華姫のいる御館へ使者に立とうとし、代わりにお船が仙桃院のもとを訪れています。でも、まったく効果なしで、景虎側についていた北条高広は何者かに殺されてしまいます。戦死したのは高広の子景広なんですがね。
 結局、この御館の乱の顛末は本来は兼続が一番腹黒いことをしておきながら、それを景虎の側近遠山康光に悪事のすべてを押し付ける乱暴なストーリーでした。実際は景勝と武田勝頼が同盟を結んだ時点で、一度は勝頼の仲裁で景勝と景虎の和議はいったん成立しているわけです。御館落城前に仙桃院の説得に応じ、道満丸を人質に出そうとしますが、これも遠山ともとれる和平反対派に殺されてしまいます。でも、史実では御館落城後に上杉憲政が道満丸を連れて仲裁にあたろうとしたところを、景勝の手の者に殺されているわけです。
 でも、優しい妻夫木兼続に泥を塗らせたくない脚本家がおかしなシナリオにしてしまったおかげで、もう支離滅裂な内容になってしまったわけです。鮫ヶ尾城の最期ももう無茶苦茶。城主堀江宗親の裏切りにあったのは史実ですが、それなら堀江勢が景虎に攻めかかってきてもよさそうなのに、景虎のところは誰も攻めてくる気配もなく、しかも兼続と上田衆が駆けつけています。で、この期におよんで「道満丸様の不幸は我らの仕業じゃない」ってあなたおかしいでしょ。しかも景虎は「兼続、大義であった」ってね。大義って一体なんなのと思う結末でした。だから景虎の最期もわけ分からぬままで、せっかくの名場面すら台無しにしました。
 そういえば今回、信長と初音の漫才コンビは出てきませんでしたね。出てきたところでどうにもなりませんが。
このひどいストーリーぶりはこちらの批評も併せてお読みください。
橋場日月先生『日次記(ひなみき)』
桐野作人先生『膏肓記』
 史跡紀行では新潟県妙高市を取り上げ、関山神社、鮫ヶ尾城跡、勝福寺などが紹介されました。ここは昨年二度訪れたところで、鮫ヶ尾城の遠景は午後逆光になるので、午前中に再撮しました。アクセスでJR信越本線北新井駅から徒歩25分となっていましたが、徒歩25分は往復で考えると結構きついです。それならば隣の新井駅でレンタサイクルを借りたほうが賢明。ただし、変則ギアのない自転車なので坂道は結構辛かったのですが。今回は勝福寺の子どもっぽい景虎像とJR新井駅のスタンプ、および鮫ヶ尾城跡と城の麓・斐太県民休養地にあったスタンプをUPします。余談ですが、斐太県民休養地では景虎グッズを多数販売していました。
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投稿者:管理人
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