手漉き和紙の里(9)~消えた海底(うぞこ)染色紙・障子紙~ by 菊地 正浩
- 2009.05.19
- 手漉き和紙の里(KK)
相模国愛甲郡高峰村大字角田・同海底(現・神奈川県愛甲郡愛川町)は、海底障子紙と言われたほどの和紙の里であった。神奈川県中央北部に位置し、西には丹沢山塊が連なり町の中央は宮ヶ瀬湖から中津川が流れる。この中津川流域を中心に丹沢山地の東に広がる扇状地である。地名は中津川の別名、鮎川に由来するといわれる。昭和30年(1955)、愛川町と高峰村が合併、同31年中津村を編入した。
奥の中津渓谷は景勝地であったが、宮ヶ瀬ダム完成(1996)により水没してしまった。西部の半原(はんばる)地区では養蚕が盛んで、絹糸の産地としては全国の80%を占めていた。ミシン糸の産地で「糸の町・半原」として知られる。さて、和紙の里であるが、現在の愛川町役場がある角田を中心とした地域で、中津川に角田大橋が架けられている。橋の下に拡がる地域に上海底、下海底という所があり、川沿いの集落が手漉き和紙の里であった。
赤・白の三椏
現在はその面影もないが、わずかに楮(こうぞ)や三椏(みつまた)が自生している。ネリに使う黄蜀葵(とろろあおい)のことを「ネ」と呼んでいたらしい。
取壊される郷土資料館
愛川繊維会館(レインボープラザ)と手漉き和紙の体験コーナー
愛川町郷土資料館が半原小学校脇にあり、和紙に関する器具資料が展示されていたが、老朽化したのでふれあいの村へ新築移転のため閉館してしまった。歴史を感じさせる建物だけに惜しい気もするが、新設された資料館には色々な歴史遺産が展示されるという。また、半原神社の至近に愛川繊維会館(レインボープラザ046-281-0356)があり、養蚕、撚糸、染色に関する展示のほか、和紙の体験コーナーも設けられている。このように生産こそ行われていないが、海底和紙の伝統を守って行こうと活動している。
塩川の滝
話は少しそれるが、この地域には難読地名が多い。海底(うぞこ)、八菅(はすげ)、半原(はんばる)、三増(みませ)、馬渡(まわたり)、などであるが、三増峠は武田信玄と北條氏康が大合戦したところとしても知られる。八菅神社はかって八菅山の山岳信仰の聖地であり、山伏が集う修験道場で毎年3月には火渡り神事が行われて有名である。背後の山は仏果山(748m)、経ヶ岳(633m)などといった山がある。塩川の滝や鉱泉旅館も多いところである。
丹沢山塊の鉱泉、飯山温泉郷、美登利園
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