『篤姫』第46回「慶喜救出」

NO IMAGE

 今回は取材のために当日不在にしており、翌日録画したビデオを観ましたが、更新がすっかり遅くなってしまいました。
 天璋院の手紙が実家に届き、「徳川に殉じる」という返事。一方、鳥羽・伏見の戦いで敗れた徳川慶喜は部下を見捨てて江戸へ逃げ帰り、浜御殿で勝安房守と対面します。そこで勝は慶喜に天璋院に会うように勧めます。その大奥では慶喜の首を差し出せと紛叫中。
 篤姫に会った慶喜は「大坂を離れたのは戦を止めること」「首を差し出す覚悟はできている」と言いますが、篤姫は「きれいごとはもうよい」と一喝。「生きてもらいます」「生き恥をさらしてもらいます」といいます。そして「あなたは家族です。大奥1000人を束ねるのも大変なのに、将軍だと余計大変」といって、初めて慶喜が天璋院に心を開きます。桐野先生も申していますように「家族愛」がテーマだったのでしょう。まぁ、離婚などが当たり前の世の中だから、余計教訓になったのかもしれません。あくまでドラマ上の理想だけで現実はドロドロということ日常茶飯事ですが。
 もうひとつ気になったセリフで、篤姫の実家・薩摩と和宮の許婚だった有栖川宮が倒幕の軍で江戸へ進軍するのに対し、岩倉が「歴史はむごいことをする」と言うと、西郷は「縁もゆかりもない者に討たれるのはもっとむごい」と返答。なかなか含蓄深いです。
 以上はあらすじですが、要は尊攘派であった水戸藩出身の慶喜が「錦の御旗」をみて、「朝敵になるのは嫌じゃ」と部下を見捨ててしまったのはたしか。その下で働いていた新選組の近藤・土方などは本当に可哀想。晩年、慶喜もこのことを思い出し、歌に詠んで涙したとか。
 史跡紀行では京都市と八幡市の鳥羽・伏見の戦場を紹介していました。一応、この地は2003年秋に新選組の取材で訪れています。あのときは歴史好きな畳屋の主人がクルマで案内してくれました。あのご主人、まだ覚えていますでしょうか。今回は戊辰戦争の戦場と妙教寺をUPします。ただしスタンプはありません。
bosinsensosenjo.jpg myokyojihondo.jpg
四條たか子先生著の『天璋院篤姫と幕末を旅する』(一水社)を購入していない方は、ぜひこちらからご覧になって購入してくださいまし。
投稿者:管理人
【人気blogランキングへ】