『風林火山』第21回「消えた姫」

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すいません、日曜は管理人担当の連載ですので、吉野会員の3回連続投稿を途切れさせてしまいました。でも、28日零時過ぎてから書いていますので、吉野会員のほうを先にUPしているんですがね。
はい、前回の続き。由布姫が諏訪の甘酒を三条夫人にすすめ、ぶりぶりぶりっこの本性を剥がそうとしますが、三条夫人はあっさり飲もうとし、それを侍女の萩野が飲んでしまう。以前の『風林火山』と立場が逆転しています。まあなんという性格の悪いヒロインでしょう。これには勘助も家臣から総スカン喰らっています。
このあと由布姫は甲斐から故郷の諏訪へ戻され、さらに小坂観音院へ移されます。ここでかつての『風林火山』でも有名な衝撃シーン。由布姫が輿から逃亡し、身代わりとなった侍女が自害するというストーリー。そのまま勘助ボロボロになって追いかけて、サザエさんみたく裸足でかけて霜焼けになって動けなくなっている由布姫が発見されます。
このあたりは僕がよく愛読しています橋場先生の日次記(ひなみき)にも詳しいのですが、原作は勝頼を産んだあとのシーンなのに、順番が入れ替わっている! しかも勘助は由布姫と駆け落ちしようと言い出す始末。ところが由布姫の心はすでに晴信に奪われてしまっているわけです。でもこの比喩の描写は橋場先生のブログのほうが傑作なので、今後はこちらと併せて読むとより楽しめますよ。
だからそんなに勘助と由布姫のラブを描きたいのなら、いっそのこと『史記』の呂不韋と始皇帝や、春申君と幽王のように自分が仕込んで、「天下人の稚児」としなされ。いや軍師というのはそのぐらいの非情さがないとつとまりません。
史跡紀行では小笠原長時の本拠である長野県松本市が紹介されました。長時の居城であった林城は松本市街の東の山城で、現在の国宝松本城は元は深志城といい、信玄が信濃攻略の拠点とした城です。勘助も縄張りをしたと伝えられていますが、現在の城は天正年間に家康から秀吉に鞍替えした石川数正の頃に原型がつくられたものです。まあそれはともかく、松本城は訪問していますのでスタンプとともにUPできます。
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投稿者:管理人
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